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横浜ドリームランド外周列車を発見 [廃線]

外周列車の現役時代1.jpg
この古写真、写っているのはジャン父(故人)と幼少の私です。背後に走っているのは昭和39年(1964年)8月開園~平成14年(2002年)2月17日に閉園した横浜ドリームランド初期の頃にランド周囲を走っていた外周列車というもの。
運行期間は短く、昭和45年(1970年)ランド敷地内、冒険の国他を公団ドリームハイツに売却したことでこの外周列車は消滅。
実際はもっと前に運行停止になっていたようです。
背後を走るのは1.jpg
この外周列車のデータはネット上にしかない。
HPドリームランドメモリーズの中に開業前のランド航空写真があり、雑誌レジャー産業1968.9号からの転用航空写真左に外周列車の線路と駅が写っている。
http://members.jcom.home.ne.jp/dream41834/dream1003.htm
もう一つは「YouTube横浜ドリームランド前編」に、外周列車現役の勇姿が映像として残されている。
ドリームランド空中写真.jpg
外周列車勇姿(YouTubeから).jpg去って行く外周列車(YouTubeから).jpg
数少ない一級資料といっていいが、ネット上の史料はもう一つあって、図々しくもそれはかくいう私の船山史家の呟きⅠ、詳細は過去Blogを見ていただきたいのですが、そこでは推測も交えて幾つかの謎に挑んだつもり。
①外周列車は当時の地方鉄道法で認可されたもの。
 (おそらく園内施設の遊覧鉄道のレベルではなくもう少し本格的なものでしょう。)
②レールの規格は姉妹園だった奈良ドリームランド外周列車が日本国有鉄道規格1067mm軌間だったので、おそらく横浜ランド外周列車も同じではないか。
③機関車の燃料、動力はディーゼルエンジンだった。
④車両は奈良ランドの車両製作と同じ帝国車両(後の東急車輛)と推測。
⑤途中駅や踏切もあった。
⑥乗車料金は当時の金額で70円だった。
⑦現在のどの辺りを走っていたのかを歩いてみた。
⑧外周列車以外にも豆汽車があった。
⑨正式廃止日時は公団ドリームハイツに売却した昭和45年(1970年)頃。

ランド開園が昭和39年、私は38年生まれなので、私がこの外周列車に乗ったのは1歳の頃で記憶にない。冒頭1枚目のモノクローム写真でジャン父に抱かれた風景、この場所も正確にはわからない。
既にランドは閉園され、現在は市と県のドリームハイツ、横浜薬科大学、俣野公園、横浜薬大スタジアム他になっている。
大観覧車(ワンダーホイール)、シャトルループ、ボブスレーならともかく、ずっと前に消滅した外周列車なんか知ってる人はそうそういないだろう。
横浜薬大.jpg
今回、このネタを掘り起こしたのは、昨年の10月、秋雨の中を横浜市内某所の裏道を走ってたらそこがメチャ狭い生活道路で行き違いスペースが限られ、幼稚園か保育園の前にお迎えスペース分、道幅が若干広い箇所があって、そこで対向車をやり過ごしたら、左手の幼稚園の植木の葉の隙間から小っちゃいSLが見えたのである。
葉っぱの隙間から.jpg
くるまを停めて覗いてみた。
おやぁ?.jpg
何だこれは?
よく旧国鉄のSLがデンと重々しく鎮座している公園はあるが、このSLは小っちゃいミニSLといった感じ。単なるモニュメントだろうか?
その日は土曜か日曜だったので園児も先生もいない。広い園内で運動会シーズなのか園庭には旗飾りが舞っていた。
正門も錠が架かっているので門の隙間から手を伸ばして正面からカメラに収めた。

後日、何なのか調べてみたら、どうもこのミニSLこそ横浜ドリームランドの外周列車、牽引していた機関車らしいのが判明した。私のアルバムに載っていたものである。
心中、火が点いてしまった私は即座に幼稚園に電話しましたよ。園児を相手にしてるだけあって元気なお声が返ってきた。
「ハイ○○幼稚園ですっ」
「初めてお電話します。横浜市○○区在住の○○という者ですが、そちらに置いてあるSLについてお話をお伺いしたいのです。あれはもしかして横浜ドリームランドを走ってた外周列車ではないですか?」
「ハイそうですよく御存じですね。確かにドリームランドを走っていたものですが、でも当時の事情を知っている者はもういないんですよ」
確かにそうだろう。
ランドが閉園して10年、その前に外周列車が廃止になってから40数年経っている。事情を知る方も鬼籍に入られたに違いない。
押しかけたら迷惑かと思ったが、こっちも後に引けなくなった。
「そうですか。ではご迷惑でないようにおじゃまして写真に収めることは可能でしょうか?」
俺だってこういう丁寧語を喋れるんです。そしたらあっさりOKが出たのである。
「よろしいですよ。いつだったか先日も女優の五大路子さんが見に来られたので・・・」
五大路子さん?
私は知らないです。舞台女優さんかな。旦那さんの大和田信也さんは知ってますけど。五大さんは2013年8月にこの公園を訪れておられます。
http://hamonika.cocolog-nifty.com/godai/2013/08/post-f7ff.html

写真はもちろんだが、できればお話もうかがってみたいものである。
「私の実家に、そちらの機関車の現役時代の写真が2枚あるんですよね」
これに相手はハマった。
「そ、そうなんですか?では平日でしたらいつでもお出でください。来られたら事務所に来て言っていただければ。。。」と相成った次第。
アポが取れた。ランドを走ってたのも確認できた。となると早い方がいい。たまたまジャン母が入院することになり(もう退院しております)入院手続きで有休取った平日午後、SLを間近で観る為に幼稚園に赴いた。

園児がたくさんいる。
平日だからアタリマエか。先生も数人いる。なかなか賑やかな幼稚園である。
だけどただでさえ園児誘拐なんていう変な事件が多発している昨今、こういう場に私みたいなのがウロついてたらアヤしまれかねない。訪問販売のように見られるのも心外だし。
私は園児に接してたひとりの先生に、「事務室は何処でしょうか?」と尋ねた。
奥の建物だという。そこへ行って名前を名乗り、「先日電話でドリームランドの機関車をお訪ねした者です」と言ったら目が輝いた。
「お電話を頂いたあの方ですね」、職員さんが3人もでてきた。
冒頭のモノクロ写真を見せて、「これがあの機関車の現役時代の雄姿です」と説明したら職員さんは跳びあがるように喜んだものである。
「わぁ~見てみてこれ、あの子だって、ホントだぁ走ってる凄い凄い」
ここで女性の職員さんはSLをあの子と呼んでいる。今は動かない走らない機関車だが、やはり園児に接してるだけにそういう夢?遊びの感情が豊かなんですね。SLも大事にされているのがわかった。
「お時間は取りませんので写真を撮らせて下さい。それと車輪の幅を計らせていただければ。。。」
「車輪の幅?」
「車輪の間の距離です。それでレールの規格が大体わかるんです」
快く了承をいただいた。私はYouTubeにも現役時代の動画がUpされてることを教えた。それに返すように男性の職員さんが言うには、
「あのSLはここの先代の理事長が(園長だったかも)が鉄工所の関係(知り合い?)で、安いキロ当たり幾らの鉄屑みたいな金額で買い取ってここに運んだんだそうです」
「そうですか。て、鉄屑だったんですね。でもここに来る前は何処にあったんですか?」
「う~ん、それが・・・何処から運んだのかはわからないんですよ」
「あれって何で動いてたんですかね。まさか石炭?」
「ディーゼルっぽいです。動かなくなった今でも油の臭いがしますから」
「うん、今でも何となく軽油の臭いがするよね」
やはりそうか。SLもどきのDLだったんだな。
「あれはず~っとあのままなんですか?」
「今はそのまんま置いてありますがいずれレールの上に載せる予定です。その方が園児も喜ぶし・・・」
「レールもあるんですか?」
「ありますよ。置いてあります。ご案内します」
案内していただいた。

レールは園庭の端に無造作に置かれていた。
レールがあった.jpg
細いタイプだった。迂闊にもレールを計測するのを忘れてしまったが、30kgレールではないだろうか。地方のローカル鉄道の構内で留置線によくある細いタイプです。現在は製造されていません。
レールを撮影している間に、男性職員さんがSL前方部に掛かっていたホロを外してくれた。
レールの断面.jpg

鎮座してる1.jpg
横から.jpg
SL君に見入る。(DLだけど)
50年ぶりの再会である。
ブルーのタンク、ボディ。錆もなくはないが塗装し直されていた。
「ここにドリームランドってありますね」
ボディのプレートにDREAMLANDと打ってある。これで間違いない。私のモノクロ写真に写っていたSL君なのが証明された。
プレート.jpg
富士車両.jpg
ボディには製作社の名前も打ってあった。
富士車輌とある。昭和39年製作である。
奈良ドリームランド(2006年8月閉園)の車両製作は帝国車両(後の東急車輛)だったが・・・。
現在の富士車輌株式会社は廃棄物や鉄をスクラップする環境設備機械やゴミ収集車を製作する会社でレール上を走行する車輛は製作していない。でもかつては旧国鉄の貨車他、幾つかの車輛を製作していたらしいのだ。

連結器は見た事のないタイプだった。
変な連結器.jpg

駆動部分1.jpg
駆動部分2.jpg
潜ってみた.jpg
潜って車輪の間を計った。これで軌道の規格が概略わかるハズ。
700mmだった。車輪の幅を考慮するとおそらく762mm(30インチ=2フィート6インチ)のニブロク軌道、ナローゲージと言っていい。
日本の標準軌道幅、ゲージは1067mmが圧倒的に多い。
760mm幅ゲージは軽便鉄道に多く存在したが、現在762mm線路幅の鉄道は三重県内の三岐鉄道北勢線、近畿日本鉄道内部線、富山県にある黒部渓谷鉄道だけです。
運転席.jpg
斜め後ろから.jpg
職員さんと二人で、しばしSLを見つめた。
「もう動くことはないだろうけど、よく残ってましたね」
職員さんは、「レールに載せたらご連絡致しましょうか?」そこまで言ってくれたのだが、私はそれは固辞しました。ここにあるだけで充分です。

この幼稚園の名前は取り敢えず今回は伏せさせていただきます。横浜市○区です。職員さんは見学に好意的でしたが、訪れる際は必ず事前に電話を入れてアポを取ってください。
それとそこへ至る道が狭いです。普通自動車ですれ違いできる個所は限られています。それでいて通行車両が少なくないので私も2回ほどアタマから突っ込んで対向車をやり過ごしました。通学路なので時間帯によっては学生さんも多いんです。
職員さんに、「ここに運んだ?あの狭い道をですか?」って聞いたら職員さんも「う~ん・・・」って固まった。それだけ狭い道なのだ。
鎮座してる2.jpg
このSL君の現役時代は短かった。
もっと走りたかったかも知れないし、かつて牽引した仲間たちはもういない。でも走ることはなくてもここで園児たちに囲まれて幸せな老後余生を送って欲しいものである。
コメント(11) 

コメント 11

のばら

こんにちはSL保存状態が良かったみたいですね。あまり傷んでなさそうですね。
by のばら (2014-05-07 16:56) 

きくぞう

こ、これは... 走れ!K100ですね。

by きくぞう (2014-05-07 23:13) 

船山史家

のばらさん。
SL君のボディは磨かれてました。
荒れた状態で放置されてたら園児たちも、園児たちの親御さんも見て悲しむでしょうからね。
今頃は本文中にあるとおり、レールの上に鎮座されてるかもしれません。
by 船山史家 (2014-05-08 08:04) 

船山史家

きくぞーさんってこういうの好きそう。
たまには童心に還らないとね。失礼ながら、私はきくぞーさんのBlogはいつも童心に溢れたタッチだからお気に入りなんですよ。大人の駄菓子屋みたいです。(これ誉めてんですからねっ)
でも、走れ!K100って。。。(笑)
by 船山史家 (2014-05-08 08:06) 

みー

よく見つけましたね~!! ワタシが初めて行ったのはたぶん41か42年ごろ
だったと思うので、列車はあったっていうことですね。
写真で確かめてみようっと。写ってたらいいな・・・
あの五重塔みたいだった建物は今も残ってるんですね?
by みー (2014-05-08 16:31) 

船山史家

みーさん。
この取材の時、私は童心に還っていました。SL君の現役時代は短く、昭和41年か42年頃だと思います。乗車券が残っているのですが当時の金額で70円でした。みーさんも写真探してみてください。
今はドリモノ、ランド、エンパイア、素晴らしいサイトが散見されます。起ち上げた人は資料保存の目的もあると思いますが、あの頃の夢を懐かしんでいるでしょう。
エンパイアは廃墟になってた頃、私の悪友が塔の内部で悪さしてたんですよ。現在は横浜薬科大学の何かの施設(図書館?)かな。そこで学ぶ学生さんたちはランドは知ってても外周列車は知らないでしょうね。
by 船山史家 (2014-05-09 07:55) 

Dramland.jp

あのSLの本物のプレートも保存されていますよ。
http://www.yumeza.com/日本語/過去の横浜夢座公演/2013年/
このお芝居にはドリームランド.jpも協力しました。
by Dramland.jp (2014-06-01 22:22) 

船山史家

ドリームランドJP様こんにちは。
五代路子さんですね。すみません知らなくて。(^^;
連れて行ってくれよ。。。♪
夕焼けの見える丘へ。。。♪
あの日別れた友達がきっと待っている。。。♪
その丘は俣野の丘。もう消えてしまいましたが、あの丘に行くと、あの施設に、キャラクターに会えるような気がします。生まれ変わったエンパイアが建ってるからそう思うのかも知れません。
ドリモノが残っていたら追いかけたかったんですがねぇ。でもSL君(DLですが)幸せそうでしたよ。今はレールの上に鎮座してるかな。
by 船山史家 (2014-06-02 19:19) 

匿名

はじめまして。「外周列車の内燃機関はどんな形式か」と云う
話が出ていましたが、私が知る限りですが以前に他の方が書かれて
いたように奈良ドリームランドの外周列車はディーゼル式で、
当時の技術水準からしても電気式は無理だったのと、横浜ドリーム
ランドも恐らくディーゼル式だったと推測した通りで、この機関車が
現存していた事だけでもスクープですね。
ちなみに、某浦安で走っている外周列車もディーゼル式です。
理由としては、石炭式の内燃機関の場合はボイラー技師免許が
必要な事と、運転技術に関して一定の技能講習と専用免許が必要な
為、それら免許などが不要な「ディーゼル式」にされたと聞いて
おります。
(恐らく奈良も横浜もそうした理由でディーゼル式だった事も考えられ
ます)
ご存知と思いますが五大路子さんがその幼稚園を訪れたのは、
昨年秋にランドマークで上演された横浜ドリームランドの記憶を舞台化
するに当たっての取材だったと思います。
by 匿名 (2014-11-15 14:18) 

船山史家

匿名さんこんにちは。
内燃機関の情報ありがとうございます。
旅に出てますので明日以降、改めてお返事いたします。
by 船山史家 (2014-11-15 17:58) 

船山史家

改めまして匿名さん。外周列車の内燃機関についての情報ありがとうございます。
石炭式だとボイラー技士免許その他が必要なんですね。昨今の技術だったら電池式走行も可能でしょうが、You-Tubeの画像を見ても石炭特有の煙は出てないようだし、ディーゼル式で間違い無いでしょう。
遊園地の職員さんが、今でも油の香りがすると言っていました。手入れをすれば動き出すでしょうか。
運転してたスタッフはどういう経歴の人なんでしょね。旧国鉄のOBとか。
五大路子さんのことは職員さんも言ってましたが、それとは別に軽探団さんというサイトにもこの機関車が登場していましたよ。
>この機関車が現存していた事だけでもスクープ。
私もそう思いますが、施設に迷惑がかかっても悪いので園名は伏せました。敷地が広くその片隅に置いてあり、事前に申し入れたら見学は可能だと思います。
50年近い歳月が経っているので、園児たちも園児たちのお母さんもあの機関車の履歴書を知らないでしょう。
この取材からもう1年近く経ちましたが、それ以来、訪問しておりません。
職員さんのお話では、レールの上に鎮座するのことでした。その後が気になりますが、そこへ至るまでの道が狭く、私のセダンだとギリなんです。
某浦安で走っている外周列車・・・某浦安は私の過去の過ちがバレてからは我が家では存在しないことになております。(汗)
by 船山史家 (2014-11-16 11:34) 

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