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岩櫃山 [鉄路と風景]

吾妻線9時12分発.jpg
高崎駅5番線ホームに入線したのは吾妻線9:12発の長野原草津口行3両編成。
岩櫃城に続いて2回めの吾妻線乗車ですが、これで私は上越・長野新幹線、高崎線、信越線、上越線、両毛線、上信電鉄、上毛電鉄、東武伊勢崎線&桐生線、ディーゼルの八高線、そして吾妻線、上州の旅客鉄道全てを乗車しました。
在来線の種類が少ないが首都圏と比べちゃいけないよ。上州はくるま社会なんだから。
郷原駅1.jpg
今回降りる郷原駅は前回の岩櫃城散策の群馬原町駅のひとつ先です。レールは岩櫃山の南、吾妻川の段丘を桟道のようにぐるっと廻っていた。
郷原駅に10:12に到着。
無人駅です。SUICAは使えないどころか券売機も無い駅だった。そのクセ、「不正乗車(キセル)は犯罪です。正規な乗車券を購入せずに運賃不払いで改札口等から出ますと不正乗車になります。運賃が不足している場合はこの集札箱に入れましょう・・・」・・・な~んて不心得者を戒める文言があったぞ。
キセルは犯罪ですよ.jpg
電子マネーの時代に慣れたのもあるが、キセルなんて単語は久々に目にしたよ。
だけどそれってやろうと思ったらできますよこの駅。吾妻線で駅員がいるのは渋川駅、小野上温泉駅、中之条駅、群馬原町駅(夕方には無人になる)ぐらいで、郷原駅から先は知らないがおそらく長野原草津口駅、万座鹿沢口駅ぐらいでしょう。
敢えて不謹慎な文章、表現をすれば、途中駅の金島駅、祖母島駅、小野上駅、市城駅、矢倉駅、岩島駅、群馬大津駅、羽根尾駅、袋倉駅、1日に4本か5本しか来ない終着駅の大前駅なんかは下り電車なら、あるいは無人駅同士の乗り降りならキセル可能に見えるね。
簡易券売機すらない駅もあるからその場合、こっちから車掌に申告して車内で現金で支払うんだろうか。
このネタをジャン妻に話したら、
「ワンマンカーなの?」
ワンマンカーではなかった。それでいて、「恐れ入りますが乗車券を拝見いたします」の巡回も無かったね。
「キセルができるのとするのは別じゃん。そんなのが蔓延して営業に支障が出たら困るのは地元の人でしょう。まさかアナタそんな不心得者じゃないでしょうね」(ジャン妻)
亭主を疑うような物言いが返ってきやがった。私はちゃんと支払って紙のキップを箱に入れましたよ。
車内アナウンスで、「乗車券は目的地までの購入をお願い致します」ぐらいは言うかと思ったがそれもない。停車駅のアナウンスもぶっきらぼうで、「次は祖母島(ブチッ)」、「次は小野上(ブチッ)」、「次は郷原(ブチッ)」、駅名を1回ずつしか口に出さない。すぐさまブチッってマイクを切ってたぞ。
郷原駅に着いた.jpg
去っていく上り電車.jpg
この写真は私が乗って来た下り電車が動き出した情景ですが、ホーム前方に和服姿の女性が歩いているのが見えますね。
この女性、駅の改札を通っていません。駅ホームの先は階段というか緩い坂になっていて、女性はすぐ傍の踏切(橋場踏切)にスタスタ下りて岩櫃山方面へ踏切を渡って歩いていきました。後部車輌から半身を乗り出した車掌さんにキップを手渡してました。
私は動き出した電車から首を出している車掌さんに乗車券を渡せなかったけど、この辺りが牧歌的というか。まぁ沿線利用客の倫理、良心に任せているのでしょう。
乗った客は皆無で、降りた客は私とその和服の女性1人だけであった。
郷原(ゴウバラ)駅の1日の乗降客数は90人を切ったらしい。私はその1/90という訳か。
右にWCがある.jpg
駅前にWCがあるけど、少ない乗降客が利用するより、国道からスーッと乗り付けた地元ナンバーのくるまの人が勝手知ったる公衆WCの如く利用してましたね。
駅前のロータリーに商店は皆無で、国道145号線と並行していた。
(ちなみに八場ダム工事で新線に切り替わるのはここから二つめ、岩島駅の先からです。)

何か変わったのが出土したんですかね?
何か出たのかな?.jpg
駅を振り返ったら、
郷原駅と岩櫃山.jpg
岩櫃山の雄姿が見える。
岩櫃山は標高802.6mです。標高はそんなに高くはないが岩場がやたらとあるそうです。
あるそうですと言うのは、私は登山趣味は無いし、アブないところには近づかないからなのですが、私が前回訪問した岩櫃城の訪城道は緩い登山道で、郷原駅が起点密岩通り~沢通りに至るルートは岩場の難所だらけで上級者の登山道らしいんだな。
駅前の案内図.jpg
ルート拡大.jpg
東京の女性社員で登山が大好きなのがいる。
ⅠでもⅡでも登場しています。私との信頼関係もバッチリ。個人的な相談を受けてるのもあって、先週今週と2~3回会って打ち合わせた。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2012-12-19
そイツ来年早々に40歳になるのだが、今年の始めまで独身だった。
「山小屋なんかではアタシはまだまだ若手なんですよっ」
「山小屋ぁ?」
「〇〇さんは山小屋なんて泊まったことないでしょ」
「あるわけねーじゃん。俺はビジホとリゾートホテルしか泊まらねぇよ」
「・・・」(ブス~っ)
「俺はアウトドアが苦手なんだよ・・・。ええっと、あまりアブない山に登るなよ」
「大丈夫でーす」
御嶽山噴火の時、
「まさかお前そこにいなかっただろうな」
「大丈夫でーす」
気にかけてくれたのが嬉しいみたい。でもその御嶽山は以前に登ったことがあるそうです。
そして30歳後半ギリギリ今年の始め頃、山登りの趣味が昂じて同じ趣味、登山仲間で5歳か10歳年下の男性と入籍した。
「年下か!!」
「そーですよっ。アタシみたいなのを選んでくれた男性がいたんです」と勝利者宣言。。。
「どうやってGETしたんだ?どんな手を使ったんだ?」
「どーいう意味ですかっ!!」
登山仲間同士、山小屋で雑魚寝をしてたら情が通じたらしい。(ヘンな意味ではありません。)
で、今回の吾妻郡散策の途中で、
「吾妻郡の岩櫃山に登ったことあるか?」
「ありませーん。群馬だと赤城、草津、水上辺りの山ですね。岩岩が好きというわけではないので、妙義も登ったことないでーす。登ったんですかぁ?」
岩櫃山が岩岩なのは知ってたね。
「登ったんですか?」
「いや・・・」
・・・まさか真田の城を見に行ったなんて説明するのも面倒なので、駅から見ただけだと返信した。
「もうひとり身じゃないんだから山に登るなよ」と言ったんですが、選んだ相手も登山者だから俺の忠告を聞きゃぁしない。せめて活火山と岩山は避けて欲しいものである。

帰りの上り電車は11:54分。これを逃すと13:27まで無いのだ。それだけは抑えておかないといけない。
踏切.jpg
万座鹿沢口方面.jpg
高崎方面.jpg
踏切を渡ってT字路を左折、もう廃業した商店を右折、そこから緩い上り坂になる。
たいした坂ではない。だがこの程度でやや息切れがするのは体力が衰えた証拠か。
昨夜の酒は軽くしといてヨカッタぜ。ASLIで決行度数の高いウイスキーを飲んだが、その前の店(和が家、月輪)で少量に抑えて置いたのです。

これは途中の集落から見た岩櫃山。
集落の裏に岩櫃山が・・・.jpg
垂直にそそり立っている。
崩れたら麓の家々なんかアブないが、真田の頃から、もっともっと昔から変わらぬ風景なのでしょう。
岩櫃山UP.jpg
岩櫃山はミニ妙義山に見えなくもない。妙義町に住んでる女性社員が、「上空にヘリが飛んで、号線に救急車が走ってたらまず滑落者ですね」という。
岩櫃山も過去に何回か滑落事故が起きているそうです。
真田丸の幟.jpg
私は岩櫃山に登るのではなく、その麓にある寺の跡へ向かっている。
この先を右折して赤岩通り登山口へ向かうのだが。。。
またかよ.jpg
またかよ!!
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八高線3番ホーム [鉄路と風景]

8月9月10月の出張シリーズはお開きです。
特に10月、僅かな日程の限られた時間内で、こっちの主要社員ほぼ全員と出会えたのでよかった。
癒された気分満載で心中温かい火を点しながら、次はいつ来れるか考えながら、帰京せにゃならんのですが、
東京に一直線ではなく、途中、埼玉県坂戸市に立ち寄らなくてはならないのです。
路線をⅰ―Phoneで検索したら、八高線~小川町で東武東上本線に乗車せよと表示された。到着は15:03。。。
予定.jpg
またまた八高線かよ。。。
前に立川市に向かう際に非電化の八高線ディーゼルカーで高麗川駅まで行き、乗り換え間違いをやらかして川越線に乗り換えてしまい、武蔵高萩駅で折り返したのを思い出したよ。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-07-19
80周年.jpg
八高線は1934年(昭和9年)10月6日に八王子~高崎間の全線が全通して今年で80周年ににある。記念イベントがあるらしい。
まさかこのトシになって八高線を利用するとは思わなかったけどね。
3番線ホームに向かった。
この先100m.jpg
八高線3番ホーム.jpg
八高線は発車アナウンスはあるが発車ベルは鳴らない。定刻になったらいきなり走り出すので要注意です。
倉賀野方面から入線してきたのは2両編成のディーゼルカーだった。群馬藤岡まではほぼ満員です。
ホームで私の前にひとりの男性がいた。
その男性、腰から背中が右に曲がって立つ力がおぼつかない。障害者かと思った。でも杖とか持ってないんです。そしたら突然、ガクンと腰砕けになってホームにひっくり返っちゃったんです。
私は肩を抱えて起こした。「おい。大丈夫か?」
アタマは打たなかったみたい。何とか立ちあがったその男性は焦点の定まらない目を私に向けて、謝るでもなく礼を言うでもなく、頷いてまたフラフラ歩きだし、2両編成の後部車輌の座席シートに倒れ込んでしまったのである。
周囲はやや騒然となった。車内で学生さんや他の乗客が遠巻きに見てる。
この時、2番線ホームにJR職員さんが4人いた。私はそっちへ駆け寄り職員の1人を捕まえて事情を話しかけたら、他の3人は駅の中央へ引き上げてしまったのです。
残ったひとりの職員さんに、
「誰か倒れたぞ」
「ハイ・・・(困ったような表情で)・・・あの方、昼間っから酔っぱらってまして困っちゃうんですよ」
「酔っ払いなのかアイツ?」
酒の香はしなかったようだが。。。「〇〇駅まで行くんだそうです」
「〇〇駅?」
行き先まで知ってたってことは知り合い・・・ではなく・・・行き先を訊かれて答えたに違いない。その職員さんは厄介者にこれ以上関わりたくないような感じだった。でも泥酔者なら自己責任だが、首都圏の在来線と違って八高線はたった2両編成、ワンマン運転だからその場に居合わせた乗客の迷惑率が高いわけよ。
ちょっと義憤に駆られた私は、
「〇〇駅は無人駅じゃねぇか。あのまんま放置しておいてその駅で下りれるかどうかおぼつかないよ」
「そうですねぇ・・・」
職員さんはそれには納得して頷いた。発車時間が迫ってるので前方車両に小走りに走っていった。話の流れで私も前方車両まで同行したよ。
八高線はワンマンカーなので車掌はいない。2両編成の先頭車両の運転士さんは事情を聞いて困ったような表情だった。
「いやぁ・・・それは乗せない方がいいんじゃないですかねぇ。」
「〇〇駅までなんだけどさ」
「他のお客さんの迷惑になりますよ。暴れたりしないんですか?私もお客さんも責任持てないですよ」
私も頷いた。
「いや、そういうのはないから・・・」
暴れるってことはなさそうだけど駅職員さんはどうしても乗せたいみたいだった。駅に置いておきたくないんだろうね。
「あれは障害者ではないのか?」と私。
障害者だったら手帳を持てるから家族に連絡できるでしょう。
「いや、そうではないんです。酔ってるだけなんですよ」
「駅のどっかで覚まさせて次にした方がいいんじゃないですかねぇ。駅に誰かいないんですか?こっちはもう発車時間だし」(運転士)
私も頷いたがそこで問答は打ち切りになった。職員さんは後方に走っていったが、発車時間になったので私は前方車両からボタン押してドアを開けて乗り込み空いてる席に座った。前方車輌からだと酔っ払いがいる後方車輛は混んでいて渦中の人が見えないのだ。

私は障害者なら介添えしてもよかったのだが、酔っ払いなら関わる事もないし、立ってる乗客を掻き分けながら様子を見に行く義理もない。幸いにも騒ぎになってる風でもないからそのまま座席に身を任せた。
八高線は定刻どおりに発車した。群馬藤岡駅を過ぎた辺りからウトウトしかけて問題の〇〇駅に着いた頃に目覚めた。
前方の運転士さんがホームに下りて後方を見に行った。アイツどうなったんだろうと思って後方車輌を見たら・・・
いないぞ?
運転士さんはすぐに車内を戻って来たので私と目が合い、
「いませんでした。どうも〇〇〇駅で降りたみたですねぇ」
いなかったんです。先に話に出た〇〇駅は無人駅だが〇〇〇駅は有人駅です。そこで倒れてるか、駅員さんに介抱されてるのだろうか。
私は前方車両から最後に乗車したので、周囲の乗客は後ろでの経緯を知らない。私と運転士の会話を見て「何があったの?」と怪訝な表情であった。
じゃぁいいや。後はどうなろうと自己責任。
どうも前回の八高線の、荷物置き忘れ事件、冷房故障、私自身の乗り換え間違い事件、上毛電鉄車内の自転車オジさん、私は上州の電車旅で椿事に出くわすなぁ。

そこからは何もなく。途中、ウトウトしながらも小川町駅に着いた。
着いたのだが。。。
小川町1.jpg
八高線はカラカラ音を立てながら高麗川方面へ去っていった。
小川町2.jpg
小川駅構内で八高線から東武東上線本線に乗り換えます。
相互間で乗り換え可能ですが、連絡する跨線橋上に簡易的なICカード改札機が設置されていた。
それも念を押すように2つあって音声センサーが2回流れるんです。1回めに「タッチしてください」のように流れて、もう1回、確認するように「タッチしてください」が流れる。
必ずタッチしてください.jpgタッチを忘れずに.jpg
2回めに「タッチ・・・」流れた時は「るせーな」って思ったのと、今、俺、最初のカード改札機にタッチしたよな、忘れてないよな、ってやや自信が喪失しかけたよ。
簡易改札機が2つあって2回もアナウンスが流れるのはタッチを忘れる人が多いのだろう。どうもタッチするのとしないのとだと乗り越し運賃が異なるらしいんだな。

東武東上線ホームに降りたら人身事故で運転見合わせでやんの。
人身事故の影響により.jpg
小川町駅.jpg
これだもんな。
でも大手私鉄だから復旧は早いだろうと思い、駅周辺の散策・・・とは言っても駅前商店街を数100mほど歩いただけですが、1軒だけ営っていたラーメン屋さんのラーメンがまぁ安くて美味しかったのだよ。
蓬菜亭.jpgらーめん.jpg
400円なんです。安いね。しかも美味しいの。でもこれだけだと記事にするには薄いな。他で見たことのない異色なメニューがあったので再訪を期して後日、掲載します。
30分後にようやく動いた東上線は単線だった。途中、いつの間にか何処からか複線になった。
無事、定刻内に坂戸市を廻って帰京しました。
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冬の気配 [鉄路と風景]

急に安中市の行政に行くことになった。
だがちょっと懸念があるのだよ。
行く前に、「今は(現場には)カオを出さない方がいいかもな・・・」
「行ったらヤバイって?」(ジャン妻)
「うん・・・」
何がヤバイのか。別に私が何かやらかしたわけではないです。昨日の最後にも書きましたが、クレーム、問題が起きており、私のトコにも情報がバンバン来てるんです。
でも私はもう担当外なので公に対処できないのだ。
その原因は人員不足もある。上州で欠員が出そうなのだ。初めてです。私が担当してた2年は欠員、退職者なんか出なかったしね。
というか私が頑として誰も辞めさせなかったのよ。「俺が担当しているウチは辞めるな」とも言ったね。体制が変わって半年経ったらいろいろ出てくるのさ。
今、私が下手にカオ出したら捕まってギャァギャァ言われるに決まってる。私が出しゃばっていいならそりゃ火中の栗でも石でも拾うけど、私が出ると今の会社の職制、命令系統を侵害し、越権になりかねないのだ。
だが、そういうのは現場の子にはわからないのだ。私なら何とかしてくれると思ってるのだろう。でも何もできないのだよ私は。
でも安中市の業務は期日が迫っているのもあって行かなくてはならない。
「今回は(現場には)黙って行ってくる」
「うん。その方がいいかも」
何もできないんだから顔を出さない方がいいと判断したのです。
ホントは会いたいんだ。会って何とかしてあげたいのさ。
安中駅.jpg
新島襄先生下車駅.jpg
無蓋車.jpg
タクシーから.jpg
安中駅は2月の大雪以来です。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-03-01
今回も安中駅から目的地までタクシーで。。。
よく喋る運ちゃんだった。
「寒くなったねぇ。あんなに暑かったのにもう秋を通り越してすぐに冬に向かうような陽気だねぇ。今年の大雪ん時どーでした?」
あの大雪は未だ記憶に新しい。私はテキトーに運ちゃんに相槌打った。
「2回大雪があったよね。1回めは私、安中市と高崎市にいてタクシー使ったんだよ。2回めの大雪ん時は、土曜日曜月曜と休業になっちまったし」
「平野部にあんなに降ったのって過去にないですから」
「ウチの本社は群馬が雪国だと思ってる。大雪対策ってないんですか?行政は雪かきの予算組んでないんですか?て言われたモン。草津や水上じゃあるまいしさ。そういうのって知らないみたいだよ」
「同じ群馬でも草津とか水上とか、あっちの方は雪降りますけどねぇ。」
いつの間にか私まで饒舌になってきた。こっちから逆質問してやったよ。「タクシーってああいう日こそ無線で呼び出されるんじゃないの?忙しくなかった?」
「いやいやそれ以前に走るのが無理なんですよ。でも後閑(ゴカン・安中市西北)に住んでる人からどうしても来てくれって言うから仕方なく出したんだけどスタッドレス履いてチャーンしてもスリップするんです。そのお客さんとは別に、九十九川沿いの道を歩ってた人をひとり乗せて・・・普段はそんなことしないですよ。でも乗せないと軽くて滑っちゃうので。車体を重くしないと走らないんです。」
歩いてた人を拾ったのか。いい話ではある。そういえばタクシー運ちゃんがスリップして事故ったら労災になるんだろうか。ウチの支店の雪かきして筋肉痛になって、「労災になるんですか?」って言ってきたヤツ(笑ふ女)がいた。「怪我じゃないんだから労災にはならないよ」って言いました。
「雪かきって時間外手当つくんですか?」って言って来たり、「大雪で休業した日は有休なんですか?」って言って来たヤツもいた。
どれも、試しにちょっと言ってみようかなってノリだったね。結局は有休扱いにならず特別休暇扱いになって控除もされなかった。
支店の子たちは大喜び。「あまり大っぴらに喜ぶんじゃないっ」って釘を刺した。喜ぶ筋合いのものかよ。

安中市の某行政に着いて、タクシー運ちゃんには待ってて貰った。
某行政.jpg
某行政入口.jpg
ぐんまちゃん.jpg
受付入口にちょっと薄汚れたぐんまちゃんが寒そうに鎮座していたぞ。何か着せてあげればいいのにさ。
「よう、久しぶりだな」
ぐんまちゃんは何も答えない。
「頑張って1位になるんだぞ」
ゆるキャラグランプリのことです。声に出して軽くアタマを撫でてあげました。撫でた後で我にかえって周囲をキョロキョロ見渡したが幸い誰もいなかったね。
2通の届出を出して、その間はタクシー運ちゃんを待たせておいて、安中駅発16:50を目標に走って貰いました。
処理済~上り電車が来た.jpg
季節の巡りは早い。
私とご縁があってから、上州3度めの冬がやってくる。
今回は社の誰とも会わず、後ろめたいような薄ら寒い気持ちで私が向かった先は。。。
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帰途に去来するもの。。。そして。。。 [鉄路と風景]

膳駅13:44発の西桐生行がやって来た。
西桐生行.jpg
もうすぐ赤城.jpg
まさか例のオッさんはいないだろうな。
いなかったです。自転車持ち込み客は誰もいなかった。特筆する内容もなく、新里駅、新川駅、東新川駅と律儀にのんびり停車して、東武線との接続駅、赤城駅に停車しました。
新里.jpg
新川.jpg
東新川.jpg
ここで14:07発の東武特急りょうもうに乗り換えます。
赤城駅は東武鉄道桐生線の終着駅でもある。ここには駅員さんが3人もいたが、東武の社員さんではなく、上毛電鉄の社員さんらしいです。
改札口は2社共通ですが上毛電鉄はSUICAが利用できないので、一旦改札を出て東武の乗車券&特急県を購入した。北千住まで。

私は伊勢崎市の公用でりょうもうを利用したことが数回あります。(太田駅で伊勢崎線に乗り換え)その時に知ったのだが、東武は鬼怒川方面の特急には車内販売があったが、こっち方面の上り電車にはない。先刻、膳城~山上城の往復で、自販機無しでプチ脱水症状になったのをここでようやく学習、売店で爽健美茶を買いました。
降りて振り返ったところ.jpg
上下線揃い踏み.jpg
赤城駅から北には徒歩10分程度でわたらせ渓谷鐵道の大間々駅があります。上毛電鉄、東武桐生線、3車線の位置関係はこのようになっています。
3車線の関係.jpg
上毛電鉄は東武桐生線と赤城駅で接続しますが、わたらせ渓谷鐵道とはくっつきそうでくっつかない?線路が接続しそうで接続していない。でも東武桐生線の相生駅で繋がっているので、相生駅構内経由で接続しているともいえる。
わたらせ渓谷鐵道は旧国鉄の足尾線だが、上毛電鉄と過去に接続していたかどうか。。。
何で接続しないのかなぁ。この辺りに旧国鉄の“官”の意志が残っているのでは?というのは穿った見方でしょうか。
前橋方面へ.jpg
西桐生方面へ.jpg
上毛電鉄の鉄路が西桐生方面へ去っていった。

赤城駅で上毛電鉄にバイバイしましたが、赤城駅から三つ先で、終点西桐生駅から二つ手前の駅に富士山下(フジヤマシタ)という駅があって有名です。
その駅近くに富士山・・・フジサンではなくフジヤマというのがあって標高170m。頂上には浅間神社がある。富士信仰に因む富士塚のデカいものといってもいい。
富士塚というのは全国にある。距離的、体力的、年齢的に富士山まで行けない、登れない人がそこまで行かなくても、近隣の富士塚をもって富士山信仰につなげるもの。ご利益は同じです。
ここ上州桐生の富士山下の富士山は人工的な塚ではなくて自然の丘だが、富士山下駅が富士山の世界遺産登録で有名になったのは、外国観光客がホンモノの富士山最寄駅と間違えてやってくるから。
間違えないように.jpg
社のHPにも、「日本一高い山梨県・静岡県の富士山(ふじさん)ではありません。誤乗車になりませんようにご注意ください」とある。それでいてそのミステイクを逆手に取って、富士山下駅記念乗車券というもの(間違い乗車記念切符のようなもの?)をネット上で販売している辺りはさすが私鉄。
待っていた東武特急.jpg
では帰京します。
今回の一連の上州行は8月末の週末のプライベートなひとり旅なので上州の社員たちには誰にも会っていません。雷雨の夜に「大丈夫かそっち?」のメールをしただけ。
上州の現場でちょっとゴタついており、私なんかにも裏から情報が来るのですが、私はもう上州担当ではないのでその筋に譲る、委ねるしかない。
ところが問題の根幹は、その筋、担当、本社への不信なんですね。それらは電話やメールで届くんですが、「何とかしてください」・・・私を詰る文言や、「帰って来てください」なんてのもあった。ホントですよ。
もちろん「帰ってきてください」ってのは社交辞令なのもわかってます。嬉しいことを言ってくれるけど、そう言われても期待されても何もできないもどかしさ。忸怩たる思い、ジレンマを抱えながら、北千住に向かう東武特急で帰京する私は、現場の声に耳を塞いで逃亡するような気分であったよ。

そして。。。
安中駅.jpg
ひと月後の安中駅。。。

旅は終わらない。
終わらせてなるものか。
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ZEN? [鉄路と風景]

泣くなよ。。。
私は泣いてるその子の前に座った。そこはさっきまでいたオッさんが座って声高に喋ってた位置です。
タオルで目をぬぐってる。表情を見たら目が真っ赤でやんの。泣くなよこれくらいでさ。都会なんかもっとヘンな人いるよ。強くならなきゃ。
そんなに怖かったかね。トラウマにならなきゃいいけどね。家に帰って親御さんに言うかもね。
もしかしてオッさんと私の会話が怖かったのかな。私もそれなりの大きい声を出しましたからね。私はその子を護ろうとしたつもりなんだけどさ。
俺が泣かせたみたいじゃないか。
いたたまれなくなった。まぁそっから先の車内空気の重いこと。上毛電鉄はひと駅ひと駅の間隔が短いんだけど妙に長く感じたよ。
去っていくところ.jpg新屋駅.jpg
粕川駅.jpg粕川駅で車両行き違い.jpg
粕川駅のぐんまちゃん.jpg
女子高生は私とカオ合わせず私も知らん顔。この子は私と車内の空気を共有するのに耐えられなくなったに違いない。
報われない気がしたのとアホらしくなったので前方車両に移りました。なんなんだ俺は。
新屋駅、粕川駅、そして目的地の膳駅。
私は膳駅で下車した。ワンマン運転なので前方車両の運転手にキップを渡した。この運転手はさっきの騒ぎを知ってか知らずかニコニコしてましたね。

後日、泣いてる子の写真をジャン妻に見せたら、
「アナタが泣かせたの?」
「俺じゃねぇよ・・・」
「アナタが怖かったんじゃないのこの子?」
「・・・」
そんなことはその子に聞いてみなきゃワカラン。でも一期一会に決まってるさ。

どうも私の上州旅行は椿事が少なくない。
先日も八高線ホーム3番線で昼間っから泥酔していた男性客を私が抱き起したばかりに、その泥酔客をどう扱うか、発車間際に高崎駅職員と八高線運転士と私の3人でミーティングするハメになったからね。

膳駅.jpg
そういえば江木駅から先、膳駅までは、下車する客はいても乗って来た客はそのオッさんだけで他はいませんでしたね。
上毛電鉄の沿線は小規模の町や農業地帯で、乗客の主力は学生さんの通学輸送のようです。だから朝夕に集中するのかも。もしくは心臓血管センターへの通院客でしょう。
乗客が少ないからか、中央前橋行きの電車が途中から乗客がゼロになって司令部に連絡したら、前橋まで来るに及ばず、三俣駅の側線に留めるよう指令が来たとか、東武線の高性能車両が乗り入れたら電力消費が甚だしく、電気をそっちに喰われて他の電車の動きに支障が出たとか(電圧が下がったのだろうか?)のエピソードがある。
だから他社線が乗り入れない?
電圧を上げればいいってか?
何処の他社線も乗り入れないで、自社だけで頑張っているのはちょっとカッコいいと思うし、上信電鉄の富岡製糸場のような目玉がないので沿線のハイキングツアー、敬老の日に60歳以上500円切符で載り放題、町田酒蔵の舛酒がふるまわれる舛酒列車の運行とか、いろいろ頑張ってるんですよ。

帰りの時刻を確認しようと改めて膳駅の発着時刻を見たら30分に1本はありました。本数多いとはいえないが覚えやすいし、560円の運賃も決して安くはないがそう高くもない妥当な金額でしょう。
1時間に2本?.jpg
泣いてる女子高生を乗せた電車は赤城、西桐生方面へ去っていった。
俺が泣かせたんじゃないぞ。
泣いた涙の分だけ強くなることを願うよ。。。
去って行く電車1.jpg
去って行く電車2.jpg
私が降りた駅は膳(ゼン)という一文字の駅ですが、行政上はひとつ前橋寄りの駅名だった粕川町です。前橋市に編入された町。
膳?食器料理を置く台ではなく、善という人が支配した時代があって、そこから来ているようです。善でも膳でもいい名前だと思う。
膳駅は片側ホームだけで、駅前は自転車を停めるスペースが猫の額ほどあるだけで売店も飲食店も無いです。
県道沿いに酒屋さんがあってそこで水分補給、この時、予備に1本買っておけばよかったんだけど、この先にも自販機あるだろうと甘くみた。私は前日の河越館散策時の労苦を学習していなかったのである。
そこへ行く途中1.jpgそこへ行く途中2.jpgそこへ行く途中3.jpg
目的地まで歩きます。
歩道のないゆるい上り坂です。上毛電鉄のサイクルトレインはこの散策の後、家に帰ってから知ったので、知ってれば利用すればよかったと思った。
もっとも自転車なんか持って乗り込んだら、座席シートで自転車を手で押さえて座ってなきゃならないし、立ったり座ったりしながら駅名の撮影なんかできなかっただろう。
自転車持ち込み同士でさっきのオッさんと会話が増えただろうな。

炎天下をトボトボ歩いてたら陽射しがジリジリ照りつけて来る。頭頂部から額から汗が玉のように噴き出した。時折、赤城方面から吹いてくる風は秋の気配を感じさせた。
私以外に歩いている人なんていない。歩いているのは私だけです。誰ともすれ違わない。
カジュアルを一着も持っていない私は、上着を脱いでるけど黒のスーツオープンシャツです。何者に見えるだろうか。
何処からか鶏糞の香(ニオイ)もするぞ。
行った先にあるものは?
ZEN.jpg
ZEN??
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オッさん [鉄路と風景]

何処の駅から乗車したのか忘れましたが、私の前に自転車を持ち込んだ女子高校生がいた。背は高いけど体格的に未だ1年生か2年生と思われます。
その子はⅰ-Phoneからイヤホン繋いで自分だけの世界に浸っていて、真正面にいる私のカオも決して見ようとしない。私も知らん顔してた。
私は駅に着く度に立ちあがって駅名表示はホームを撮っている。江木駅に着いたら、自転車を担いで乗車した農作業っぽい風体のオッさん、年齢的に70前くらいかな。如何にも何処からか旅をして来たといった感にあるそのオッさんが車内の空気を破った。
処理済~よう喋るんです.jpg
私は駅名を撮影してたので立ったり座ったりしてたんですが、そのオッさんは女子高生の前に座って思いっきり声高に、
「いやぁ暑い暑い。疲れた疲れた。〇〇から自転車で来たんだよぉ」
何処から来たって私の知ったことではないが、ひとりで大声で喋くってるんです。
「この電車は自転車持ち込めるんだねぇ。便利だねぇ。いつからかな。前からそうだったかな?」
これって質問なの?
ひとりごとなの?
私に言ってるのか?どっちでもいいけど耳が遠いのか、とにっかく声が大きい。
誰に話しかけてるでもないようだが、私がいるこの後方車輛には私と女子高校生しかいない。女子高生は音楽を聴いてる。おそらく関わりたくないのだろう。下を向いているんです。
私もこのオッさんを女子高生に関わらせたくない気持ちが動いた。デケぇボリュームのひとりごとに割って入った。
「どっから来たんだって?」
「〇〇から。いつからこの電車は自転車を持ち込めるように・・・?」
私はデケぇ声を途中で遮り、
「いつからかわからないです。自分もこの電車、今日初めて乗ったんで・・・」
「便利だねぇ。。。〇〇からずーっと旅してきていや~疲れた疲れた。便利だねぇこれ」
俺の返事を聞いてないのか。このオッさんは地元の人なのだろうか。「いつからこの電車・・・」と言うからには以前、上毛電鉄を利用した経験があるのかな。
「北原駅で降りるんだけど、あと駅幾つかな?」
「北原駅?次の次の次!!」
こっちも声が大きくなってきた。
「次の次ね」
「次の次の次です。大胡、樋越、北原」
私は、大胡、樋越、北原、って一つ、二つ、三つめ、指折り数えるアクションで伝えた。北原駅は今日、私が降りる膳駅の2つ手前です。
単に喋りたいだけなんだな。ひとり旅で人が恋しくなったのかも知れない。悪い人間ではなさそうだが、私が遮らないとデケぇ声のひとりごとの矛先が前の女子高生に向いてしまうな。

北原駅は私が降りる膳駅の手前なので、このオッさんは私より先に下車するから、そこでこの騒ぎ、椿事は終息するのがわかったので、ここは私が遮るしかないなぁと肚を括った。逆ギレする老人っているからね。
そしたら大胡駅の手前で矛先が女高生に向かったのよ。私から逸れたの。
「お嬢さん、高校生?」
ホぉラ始まった。
「高校生?」
「・・・???」
女高生は自分に話しかけてるのがすぐに理解できずキョトンとしてたが、イヤホン外して、「ハイ・・・」消え入りそうな声で仕方なく返事をした。

ここで大胡駅に着いた。私は時間があれば大胡駅近くにも見たいものがあったのだが、ここで見捨てるわけにもいかないので大胡駅散策は断念して女子高生の左隣、整理券の脇に立ってオッさんの視線をこっちに引き寄せた。
他にもいろいろ喋ってましたね。出身がどうだらこうだらとかね。身の上話なんかに興味ないけど適当に相槌打ちましたよ。
「俺ぁね。〇〇から来て・・・」
さっきも聞いたよ。
「〇〇はこっから遠いね。あそこは電車の本数少ないからね」これは私。同じことを繰り返し繰り返し話し、叫ぶような大声は前方車両にも聞こえたんじゃないだろうか。
オッさんはここでちょっと息切れしたみたい。聞いてもいないのにひとりで喋ってるから自分で疲れたんじゃないの。
大胡駅.jpg樋越駅.jpg
女子高生は困惑してるようだった。
それはデケぇ声で話しかけてくるオッさんに対してか。それに対応して自然と声高になった私も含めてか。でも自転車を持っているので前方車両に退避することもできない。この騒ぎ(というほどでもないが)が収まるまでじーっと辛抱強く耐えているしかない。幸い、駅と駅の間隔が短いのが救いである。もうすぐ終わる。
樋越駅で私まで叫ぶように言った。
「北原駅は次ですよっ。次っ!!」
「次ね!!」
「そうっ。今のうちに前の車両にいかないと・・・」
追い立てるように言いました。
北原駅.jpg何処へ行かれるんだろう.jpg
北原駅に着いた。
オッさんがホームから降りて行く。この後、何処へ行ったかは知らない。
車内、落ち着いた。走行音と車内アナウンスだけになった。さっきの騒ぎはなんだったんだ?
そしたら・・・
あ~あ泣いちゃった.jpg
あ~あ、泣いちゃった。。。
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Cycle Train [鉄路と風景]

車内風景.jpg
11:15発の西桐生駅はゴトゴト発車した。
すぐ城東駅に着いた。次に三俣、片貝、上泉、赤坂と律儀に淡々と停まっていきます。車内から瞬間的に撮影したので写りが悪いですがご容赦。
無人駅が殆どですが、どの駅にも簡易的な駅舎があって赤城おろしを防ぐように北側に覆、壁があるんですよ。
同じ私鉄でも上信電鉄の駅ホームはそういう覆いなんかなかった。殆ど吹きっ晒しだった。赤城から吹いてくる風はよほど寒いんでしょうな。
城東駅.jpg三俣駅.jpg
片貝駅.jpg上泉駅.jpg
沿線風景は田園風景と住宅街が延々と続く。ちと盛り上がりに欠けるけど長閑でいい電車ではある。
上泉駅は剣聖上泉伊勢守信綱が生まれたところ。箕輪城の長野業政の家臣であり、柳生新陰流宗矩やその父、宗巌(石舟斎)に影響を与えた人物です。
上泉駅を過ぎて桃の木川を渡る。ここはアクセントですが、後はずっと淡々とした風景が続く。
桃ノ木川鉄橋1.jpg桃ノ木川鉄橋2.jpg
桃ノ木川鉄橋3.jpg桃ノ木川鉄橋4.jpg
車内は通院に行くお年寄、部活帰りの高校生たち。ひとりの女子高校生がいました。後でちょっとした騒ぎになるのですが・・・。
ハイキングがてら散策に来たという風体の人もいましたね。
処理済~女子高校生さん.jpg
そして自転車です!!
沿線風景が淡々としてるので自転車持ち込みについて述べます。上毛電鉄道は電車運賃のみで車内に自転車を持ち込むことが可能なんです。サイクルトイレイン。しかも持込料無しです。
自転車って小さいのにでも2人分の座席を取ってるけど。
大都会では絶対にありえないでししょう。電車内マナーの常識を打ち破るこのプラン、サービスは、約2年の試行期間を得て平成17年4月からスタートしたそうです。





もちろんルールがあって、
①自転車は必ず後ろの車両に乗せること。
②乗車中は自転車が転倒しないよう手で押さえること。
③車内や駅ホームで自転車に乗車しないこと。
通勤時間帯や、お祭り行事で電車が混雑する日は自転車乗車をお断りするそうです。
車内アナウンスが繰り返し流れた。全部、全セリフは覚えていないけど、
「・・・手で押さえるようお願い致します」
「混雑時には持ち込みをお断りする場合がございます」
「電車内やホームで自転車に乗ることは大変危険ですのでお止めください」
というものだった。電車ん中やホームを自転車で疾走するヤツがいるのかい。

他ではない便利でユニークなものだが、これって乗客数が少ない為に可能なのではないか。集客の為か、現状維持の苦肉の策といっていい。
空いてるから?田舎だから?まぁそうなんだけど、(バカにしちゃいないですよ。)沿線は目立った勾配が無く、急なカーブもなく、単調な田園地帯を走るから可能なのでしょう。
HP見たら「今では年間40000台以上ご利用いただいております」っていうけど、私が乗った11:15発西桐生行は、私が膳駅で下車するまで都合5人いましたよ。全員、両手もしくは片手で抑えていました。
更には驚いたことに、上毛電鉄はレンタルサイクルもやっていて、中央前橋駅、大胡駅、赤城駅、西桐生駅で無料で自転車を貸し出している。
自転車をお持ちの方もお持ちでない方も是非ご利用くださいとあってトテモ牧歌的である。間違ってるといけないので、この驚くべきサービスの貸し出しルールをHPからも転載しますが、貸出時間は午前9時から午後6時までです。返却はその日の午後6時まで。日を跨ぐのはNGらしい。レンタカーと一緒で必ず借りた駅に返すこと。上毛電鉄は無人駅が多いので、その駅に乗り捨てなんてダメですよ。
私は貸出申し込み用紙を見てませんが、身分証明するようなものの提示も求められるだろう。でもそれを事前に知っていたら、この後の散策の労苦は軽く済んだのにと臍をかんだ。

サイクルトレインは自転車を折りたたんで持ち込むのとは違って、折りたたまないで持ちこむのをそういうそうですね。
やはりこういうのは日中に車内が空いているから可能なんですよ。空きスペースがあってこそのもの。でも他社がマネして導入するのはまず難しいと思ったのですが、近年かなりの私鉄で始めているそうです。関東鉄道、一畑電鉄、北陸鉄道石川線、西武線と直通以外の秩父鉄道、いすみ鉄道、小湊鉄道(土日のみ)他、少なくないのがわかった。
それらは日常的に可能なのもあれば、時間帯を指定してたり、イベント日だけイベントと併せた場合もある。無料だったり持ち込み料金を徴収するケースもある。
では誰かが言ってた日本一揺れる電車、上信電鉄ではどうだろうか。
可能だそうです。でもあらかじめ持ち込み可能な指定列車の確認と、駅への事前連絡が必要だとか。鏑川鉄橋の前後のカーブや、高崎商科大前~山名~西山名、千平~下仁田間のカーブで絶対に転倒するだろうから無理だろうと思ってた。持ち込み可能とは最近まで知らなかった。
持ち込んだ乗客をおそるおそる観察してたが余裕でしたね。意地悪くガシャンって倒れるのを期待してたりもしてね。
自転車を持ち込まないこっちは、揺れたらどうするんだ?急停車した時は?って多少は心配するけど持ち込む人は慣れてるんでしょう。ねっナワさん。

まだあります。上毛電鉄はマイカーで駅まで行って電車に乗るパーク&ライドシステムを導入していて、上毛電鉄利用者は駅駐車場を無料です。
もっとも駅は限られていて、上泉駅(13台)、北原駅(26台)、江木駅(38台)、大胡駅(32台)、粕川駅(24台)、新里駅(46台)。。。
これについては事前に確認した方がよさそうです。というのは一部の駅では満車になっている場合があるからです。
心臓血管センター駅.jpg心臓血管センター.jpg
心臓血管センター駅です。
ここで2回めの列車交換。(1回めはどの駅だったか忘れました。)
凄い名前ですね。群馬県立病院の門前駅なんですが、最初は列車交換の為の信号所だったらしい。それが駅に昇格して、行き違いの駅を模索していたのと、病院側とのバス路線の縮小に伴う折衝、いろいろあって病院名を冠にしたようです。
心臓と血管、二つの内臓が駅の名に付いた珍しい駅名ですね。
列車交換1.jpg
前橋方面へ去る電車.jpg
赤坂駅.jpg江木駅.jpg
載り込んで来たオッさん.jpg
ここまでは退屈なくらい長閑な車窓風景、牧歌的な車内光景だったんですが、次の江木駅で声の大きいお喋りなおっさんが乗車して来たんですよ。自転車を軽々担いで。
悪い人ではないのだが、ちょっと困ったオッさんでして。。。(^^;
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もうひとつの前橋駅 [鉄路と風景]

中央前橋駅.jpg
中央前橋駅です。
JRじゃないですよ。上毛電鉄上毛線の起点駅です。
この駅はJR前橋駅から約1km離れていて、けやき通りをトボトボ歩いてその先の交差点の歩道橋を渡ってまだ先で、信号待ち時間を入れると10分以上歩きます。発着に合せて連絡バスが約30分間隔であるらしいがよくわからなかったのだ。
地図.jpg
交差点.jpg
商店街.jpg
この辺りで私は近隣の行政へ届出に出向き、白バイにつかまり、閉店した喫茶店で休憩したり、夜は交差点の先にある有名酒場つくしに行ったり、幾つかのご縁はあったのですが、つくしから先を徘徊したことはないです。
改めて歩いてみたら町並みは古くシャッター商店街のように見えた。高崎みたいに再開発されて新店舗が増えてるようでもないです。
つくしの若旦那が、「ここは官庁街だから」、「夜は湯型5時、8時過ぎると人がサッパリ・・・」も頷けるというもの。
つくしです。
つくし.jpg
この2店には入ってみたいですね。機会があればね。
マハトマ.jpg
やさい畑.jpg
中央前橋駅の改札前に立って「えっ?」って驚いたのが、SUICAやPASMOに対応していないんですよ。現金払いです。(でもまぁそれは上信電鉄も一緒か。。。)
私が今日行く目的地までは560円でした。改札には女性の駅員さんがいて、私の購入した乗車券・・・殆ど昔ながらのキップでしたよ。そういうのってまだあったんだ~って思わせるパンチ?切符切りのハサミみたいなので、
ブチッ!!
日頃は自動改札に慣れてしまっているから、キップを切るという動作と切る音を忘れていました。
仲良く並ぶ.jpg
駅ホームは半ドーム形になっています。北側だけ覆いがあるんです。何故だかおわかりですね。赤城方面からの風をブロックする為ですよ。
節電を謳っていて照明は一切点いていませんでした。
電車2.jpg
電車1.jpg
おおっ、車両は見るからに西武鉄道か東急車両の流れですね。
車内の冷房、空調も最低限でした。その代わりといっていいのか、天井から風鈴がたくさんブラ下がってた。いい音を出しています。
でもこれって落ちたりしないのかな?
(風鈴電車は9月10日までの運行です。)
車内風鈴.jpg
改札にこんな小さい幟がありました。
見ようかどうしようか・・・.jpg
楫取素彦(カトリモトヒコ)という人は群馬の最初の県令(知事)です。山口県萩の出身で、吉田松陰の姉妹を奥さんにしてるから必ず登場するでしょう。(大沢たかおさんが演じることに決まりました。)
この人の在任中に群馬県庁は前橋に決まるので、その移転問題まで描かれるかどうか。。。あまり両市を煽られてもどうかと思うし。
前橋市は萩市、防府市と連携を取っているようです。でも高崎市内ではこの幟は見ないような気がする。
見るかって?
う~ん。どうしようかなぁ。要潤さんや佐藤隆太さん、内藤剛志さんとか、いい俳優さん出てるしなぁ。
HP.jpg
上毛電鉄上毛線は、ここ中央前橋駅と西桐生駅を結ぶ電車で、幾つか支線があるのではなく、鉄道路線はこの上毛線だけです。
創業時の詳細は省きますが、簡単に言うと、もとは赤城山麓の生糸織物の産業輸送を担うものだった。
関東全域の広範囲地図で見ると上毛電鉄と現在のJR(旧国鉄)両毛線がほぼ並行しているように見えますが、大きい拡大地図で見ると両毛線は伊勢崎市をカバーする為、かなり南に湾曲しながら東西に伸びているでしょう。
赤城山麓から離れてしまってもいるんです。そこをカバーするのもあったと思う。
東西に伸びる路線はあっても南北を結ぶ路線がないので、本庄市方面への計画線もあったらしいが頓挫したそうです。利根川を渡る橋を架ける費用が捻出できなかったのかも知れない。

上毛電鉄は何処の他社路線とも接続していない単独、唯我独歩の独立路線のように見えますが、東武鉄道桐生線の赤城駅、ここで私は帰途に東武特急に乗り換えましたが、レールが接続されてるのを確認しました。かなり昔には浅草駅からの直通、特急、夜行が中央前橋駅まで来ていたそうですよ。
他にも他社線と近接した箇所はありますが接続していません。私はJR前橋駅から徒歩で中央前橋駅まで来たが、他にもわたらせ渓谷鐵道駅ともう少しで繋がる箇所、駅があるんですよ。
赤城駅から大間々駅まで徒歩10分、桐生球場前駅から運動動物公園まで徒歩5分で、西桐生駅から桐生駅までも徒歩5分で連絡はしています。もう少しで手が届きそうな距離なんです。どちらかを走る車両を男女に例えたらもどかしい限りです。
近年、駅が新設されたり(心臓血管センター前、桐生球場前)、幾つかの有人駅の駅舎改築を行ったりしていますが、何処の地方鉄道にもよくある話で、くるま社会の普及により旅客数の減少、トラック運輸や宅配便の普及による貨物運輸の廃止、少子化、学校の合併による定期客の減収、職員数の削減等あって先細りの状態で今日に至っています。
上信電鉄は富岡製糸場の世界遺産登録等あって明るい雰囲気があるが・・・上毛電鉄はやや地味で、厳しい印象を受けましたな。
広瀬川1.jpg
中央前橋駅のホーム脇から突如として川が現れる。広瀬川です。
この川は自然の川というよりは灌漑用水として整備された疎水といっていい。渋川市で利根川から別れて、伊勢崎市で再び利根川に合流する。
間違ってたらゴメンナサイですが、地元ゲスト、もと田舎娘さんの近くを流れてませんか?
広瀬川は前夜の豪雨もあってか結構な水量で流れる速度もかなり速いぞ。溢れたりしないのかな。疎水は灌漑と、本流が氾濫しないように逸らす役割もあるので、その川が溢れたらシャレにならないけど。
いきなり川が現れたのは前橋市街では暗渠になっているからですよ。駅前広場の地下を流れている。
広瀬川2.jpg
車内1.jpg
私が乗った電車の発車時刻は11:15だったと思います。乗客数は10人もいなかった。
そしていざ、発車する頃になって仰天した。
何かがあるぞ。
えっ??.jpg
処理済~自転車??.jpg
じ、じてんしゃ??
おいおい。車内に自転車を持ち込んだお客さんがいるぞ?いいのかな。
目が点になった。(続く)
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ぶらり途中下車 [鉄路と風景]

武蔵高萩駅・・・。
何で私はここにいるんだ・・・。
武蔵高萩駅.jpg
高麗川駅で八高南線に乗り換えるのを間違って川越線川越行に乗ってしまい、武蔵高萩までの1区間がやけに長く感じた。車中で検索したら、私が誤って飛び乗った川越線は9;28に武蔵高萩駅に着くのだが、同時刻に高麗川行電車が来るのがわかった。
武蔵高萩駅が島式ホームだったら反対側ホームに飛び乗って折り返すところだが、無情にも相対式の片側ホーム2面2線だったのです。9:28に着いた同時刻、高麗川方面への電車がちょうど停まっていたが、橋上駅舎で乗り換えに階段を上がらなくてはならないので断念。
武蔵高萩駅ホーム.jpg
次の高麗川行を見たら。。。
9:44折り返しは高麗川止まり。八王子方面への直通はその次の10:05だった。
立川駅で待ち合わせる女性社員には連絡した。
「電車の都合で少し遅れます」
「大丈夫ですよ~」
相手はそれほど親しい方ではないので、いろいろ詮索されず事務的な返事が返って来た。
現在の駅舎.jpg
せっかく来たのだから武蔵高萩駅をいろいろ眺めてみた。
武蔵高萩駅に武蔵と冠が付くのは、もともと常磐線に高萩駅(茨城県高萩市)が先行開業していたので駅名に武蔵と冠を付けた。開業は昭和15年7月です。
この駅に展示コーナーがあって、その説明によると、昭和天皇が皇室専用列車で降り立った駅だそうな。駅から南に旧日本陸軍の航空士官学校(豊岡陸軍航空士官学校、旧入間郡豊岡村・・・また豊岡か、あの号泣議員さんとは全く関係ございません)があって現在は航空自衛隊入間基地だが、そこの卒業式に昭和天皇が行幸、臨席した際に利用した。
旧駅舎.jpg
皇室が利用する際、もちろん一般利用者とは別なので改札もなくそのまま列車に乗り降りする事ができる。武蔵高萩駅構内にも皇室専用列車専用ホームと貴賓室があった。
平成16年(2004年)に駅が現在の姿、橋上化工事されるまでは天皇が利用する貴賓室は残っていたそうです。我々一般人が利用する部屋ではなく、天皇、皇室、戦前の元老といった往時の高貴な方、身分の高い人が利用する部屋です。
貴賓室の解説.jpg
空港、国技館、旧いホテルにもあるVIP室のようなものか。
貴賓室は東京駅はもちろん、宮廷ホームが残る原宿駅、那須御用邸最寄駅の那須塩原駅、須崎御用邸最寄駅の伊豆急下田駅、伊勢神宮参拝時に利用する宇治山田駅、他にもある。
廃止された駅を含めると日光駅、中軽井沢駅、翁島駅、門司港駅、二条駅、神戸駅他もっともっとある。
でも現在は殆ど利用されない。皇室専用列車は臨時列車の扱いになるそうだが、今上天皇や皇室の行幸は一般の列車や政府専用機、もしくは民間機を利用することが多くなった。これは「国民に迷惑をかけたくない」意志と、長大路線が増えてダイヤが過密になり、専用列車を割り込ませることが困難になったのもある。列車の性格上、沿線での警備も厳しいだろうし。

武蔵高萩駅の貴賓室が最後に利用されたのはいつだろうか。
駅に隣接して昭和天皇の行幸記念碑が建てられているそうだが発見できなかった。昭和天皇は昭和16年、17年、19年の3回にわたって立ち寄ったそうです。
東京の山手線原宿駅を出発した天皇専用列車は武蔵高萩駅の皇室専用ホームに停車する。天皇はすぐに黒塗りの自動車に乗り換えて士官学校に向かった。
式典の往復には沿路に子供たちが日の丸の旗で出迎え見送ったそうだが、これは皇室ファンではなく動員されたものだという。
事前には沿線の清掃や草刈りも行われたそうです。そういった強制的な勤労奉仕背景もあるので、戦前戦中に皇室が利用した部屋を保存するとなると維持費の他にもいろいろあるんでしょうな。
貴賓室は駅が解体される近年まで倉庫になっており、平成14年の5月に3日間だけ一般公開されたとか。地下防空壕もあってそれは今でも残っているらしい。防空壕といっても素掘りの穴ではなく、コンクリかセメントで固めたしっかりしたもののように見えた。
防空壕の解説.jpg
駅前ロータリーはガランとしていたが、1軒の中華そば屋があった。
大勝軒1.jpg大勝軒2.jpg
大勝軒???
どっかの有名店ではないです。この店は味もいいそうだが、味以上にイロイロな掟がありましてネタとしては結構オモシロそうなのだ。○○ログ見て下さい。

高麗川行が来た.jpg
高麗川方面の電車が来たぞ。
でもこれは高麗川止まり。立川方面へ行くには拝島で乗り換えるので、次の電車まで待たなくてはならない。30分以上のロスをしてしまった。
高麗川駅.jpg
3車揃い踏み.jpg
高麗川駅での八高南線(電化)、八高北線(非電化)、川越線の揃い踏みです。
ここはまだ東京都ではない。埼玉県日高市です。拝島駅で乗り換えて立川方面へ向かいました。時刻がズレ込んだので公用済ませてから昼にしっかり立川駅周辺のラーメン屋さんを取材しましたよ。転んでもただで起きるもんか。
鏡花1.jpg丸幸2.jpgとと2.jpg
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八高線上り7:54発(後編) [鉄路と風景]

寄居駅を出ました。
秩父鉄道をアンダークロスします。
アンダークロス.jpg
この先、寄居駅の南、荒川沿いの断崖に鉢形城という巨塞がある。
そこには北条氏康の四男、氏邦という人がいた。氏政、氏照の次です。(その下に氏規、氏忠、氏光)
鉢形城MAP.jpg
最初に鉢形城をこしらえたのは長尾景春というお騒がせ人物。この人は文明5年(1473年)の二十台前半から、永正8年(1511年)までの30数余年、関東で叛乱に明け暮れ、畳の上で枕を高くして寝たことって殆ど無いのではないかと思わせるくらい波乱な生涯を送った人。
この人を主人公に伊東潤氏が「叛鬼」という小説を描いている。ここで太田道灌が今川家の内紛に乗りだし、伊勢新九郎と初めて会い見えた留守中、初期の鉢形城が出て来る。
私は読んでて主人公の景春が何をやりたいのかさっぱりわからず、読み終えた印象は関東を蹂躙した人、引っ掻き回した人という印象であった。
登場人物も山内、扇谷、関東公方入り乱れて初めて知るような将星ばかりで新鮮ではあったが。。。
その後、北条氏邦がいつ頃鉢形山城に入ったのかというと、おそらくは川越夜戦で北条氏康が武州を席巻してからではないか。
氏邦は地元の有力土豪、藤田氏に養子に入れられ、その過程であまり関心しない噂話もあるがそれは割愛するけど、氏邦でよく知られるのは、
①三増峠で武田軍を待ち構えたが、別働隊の挟撃を喰らって敗走したこと。
②上杉景虎を救おうと三国峠を越えたが、坂戸城を抜けなかったこと。
③神流川の戦闘で滝川一益軍を破り、上州から追い落としたこと。
④北条氏の運命を決した名胡桃城奪取事件、これをやらかした猪俣邦憲の上役だったこと。
戦後は助命されて加賀藩に仕えているから、強硬派だったのか穏健派だったのかよくわからない人でもある。
太閤の小田原征伐の時に氏邦が鉢形城に入っていたかもちょっとわからない。小田原城内にいたかも知れないが、攻め寄せた前田、上杉、真田、家康旗下の鳥居、本田といった上方連合軍に包囲され籠城1ヶ月の攻防戦を再現したお祭りがこれ。
寄居北条祭り.jpg
このお祭りには、時々コメントをいただく戦国Bloggerるなさんと旦さまが参加されている。そちらのBlogや町のHPを見たら近年の陳腐な大河よりエキストラが多いじゃぁないかい。
昨今の大河は薄い。CGに頼るのもいいが、もうちょっと人員を厚くできないものかと思う。

今回の八高線で、私は迂闊にも祭りが開催された左手の河原の逆側、右側に陣取ってしまい、その場を見ること叶わず。
失策でありました。
荒川2.jpg
荒川3.jpg
HPから拝借したMAPを見たら、八高線は鉢形城に接して走っている。
鉢形城も見えなかった。各方面の縄張りを見たら魅せられそうな土の大要塞だが、私が八高線で訪れる日がいつか来るだろうか。。。
掘割.jpg
八高線車内には鉢形城のアナウンスなんかない。
会津鉄道トロッコのように、鉄橋の上で徐行もしてくれない。これは通勤列車なのだから。。。
折原駅1.jpg
折原駅2.jpg
8:46 折原駅です。
ここで乗り込んで来た地元の婆さんが手に一通のA4封筒を手にデケぇ声で、
「運転手さぁん」
「???」
「駅のベンチに、この忘れ物がぁ」
「???」
「これって大事なものだよこれ。悪いけど預かってくれないですかねぇ」
殆ど絶叫調だった。
親切と言えば親切だが誰が何を忘れたんだろう。その忘れ物の中身は何かわからなかったが、契約書か何かの類だろうか。
今の時代、紙類で持ち歩くなよ。USBか外付けHDで持ち歩けばいいのにさ。
運転手さんは快く預かっていた。でもそれを預かって何処に持ってって何処に保管するんだろう。ここから先、駅員さんがいそうな駅は、小川町、越生、高麗川か。
無事、持ち主に還ったかどうかはわからない。
沿線風景.jpg
竹沢駅.jpg
8:52 竹沢駅です。
この駅は八高線の駅で最も乗降客の少ない駅。それは近隣にある東武線の東武竹沢駅の方が便利だから、そっちに取られてしまったからだという。そういう駅でこ律儀に停車する八高線。
客をブン取った東武東上線がちゃっかり寄り添ってきた。小川町駅まで並行して走っている。複線に見えます。
8:52だと高崎を出てからおよそ1時間経ったというわけです。
また東武線が。。。.jpg
小川町.jpg
東武線と並行してたら次の小川町という駅に8:56に着いた。
この後、東武東上線をオーバークロスする辺りで気付いたのだが、この辺りの東武線は本線なのに単線なんですね。(小川町~寄居まで)
オーバークロス.jpg
カーヴが多くなる。
八高線ディーゼルカーは山間の掘割を走っているがトンネルは全くない。
その間、私はずーっと立っています。会社携帯も鳴らない。もし無粋にも鳴ったら、「今、立川方面へ向かっています」と堂々言えばいいだけさ。
9:06、お寺のお坊さんのような名前、明覚駅に着いた。
明覚駅.jpg
また東武線が寄り添って来た。今度は越生線です。
八高線は南北に走っているが、沿線住民は南北を通しで乗るよりも東西に移動する人の方が多いのではないか。だから東武線他、私鉄がサポートするように寄り添ってくる・・・というか、お客のおこぼれを貰いに来てるように見えなくもないぞ。
越生駅に9:12に着いたのだが。。。
越生駅.jpg
処理済~暑いと苦情を言って来た方.jpg着く前に後方車両からひとりのオッさんが来て、
「運転手さぁん・・・」
やや気色ばんで話しかけた。
だが運転手は停車するまで振り向かない。「運転中は話しかけないようにお願いします」と書いてあるんです。完全停車してドアが開いたタイミングで、「どうしましたか?」と振り向いた誠実をうな運転手さんにそのオッさんが堰を切ったように話す内容は、
「運転手さん。冷房ないの?」
「えっ?ありますよ。入ってますよ」
「入ってないよ」
オッさんは天井に手をかざした。「効いてないよ。壊れてるよ」
運転手さんはすぐ後ろの空調に手をかざした。
「ホントだ。壊れてるようですね」
私も暑がりだが、ずーっと先頭車両にいたらドア開閉の度に外から冷気が入って来るので気付かなかった。
「修理しといてよ」
「わかりました。言っときます」
でもこの運転手さんが修理するわけじゃない。修理するのはそういう専門の部署だろう。おそらく今日にすぐ修理というわけにはいかないかも知れないけど。

では何処で検査修理をするのだろうか。
もうすぐ到着する高麗川駅構内にはそういう施設はなかった。先日気付いたのですが、倉賀野駅から高崎駅に向かって走る最後のカーヴ辺りに八高線のディーゼル車両他、検査を待っている車輛がたくさん留置されている高崎車両センター高崎支所というスペースがある。そこではないだろうか。

降りて確認したわけではないが、越生駅はJRと東武の共同駅舎だという。
改札もそうらしい。近年、乗り換え改札が増えてきたが、JRって改札から一旦出て、私鉄に乗り換えなさいというスタイルをなかなか崩さなかった。コンコースも分けるからね。

越生駅近くには、太田道灌の山吹伝説がある。
ここ越生に鷹狩に来たら雨に遭った。農家で蓑を借りようとしたら、農家の娘が一輪の山吹の花を差し出したというあれです。
「七重八重 花は咲けども山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき」
実のひとつだに なきぞ悲しき。。。
蓑ひとつない。。。です。
無粋人の私に言わせりゃ、何ではっきり、ウチは貧乏で蓑などございませんと言わないのかなと思う。
毛呂駅.jpg
9;16毛呂駅。
ここまで来て、ああ、ようやく東京が近づいて来たと思う。実際はまだ埼玉なんですが。
高麗川駅に入る.jpg
お疲れさま.jpg
長い朝の旅だった。9:23ようやく高麗川駅。ここからは電車です。
だが私はここで大失敗をやらかした。9:25発の八王子行を目指したつもりが間違えて隣ホームに停車していた9:24発の川越線川越行に飛び乗ってしまったのである。
降りた一駅めは武蔵高萩駅!!
武蔵高萩駅.jpg
不覚!!
何で俺はここにいるんだ???
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八高線上り7:54発(前編) [鉄路と風景]

カラカラ音を立てて停車していた八高線ディーゼルカーは、ジンゴロリ~ンといういモーター音と一緒にゆ~っくり走り出した。
途中からスピードが速くなる。高崎線本線下りの鉄路を走るので、直線区間もあり、ディーゼルカーと思えぬスピードで快走する。速い速い。
7:58 あっという間に倉賀野駅に着く。
(この写真群馬の森、弾薬庫、岩鼻軽便鉄道跡を取材時のものです。)
倉賀野駅の八高線2.jpg
かつて、八高線は貨物輸送の顔があった。
生糸生産の盛んな上州とそれらを輸出する横浜港を結ぶ路線、上越方面との軍事輸送のバイパス路線だったのです。
現在の乗客路線は高崎を起点にしているが、前に「群馬の森」記事でそこにあった弾薬製造所とそれらを運んだ岩鼻軽便鉄道に触れたように貨物起点は倉賀野駅だった。現在も横浜方面から来る貨物が出入りしている。
ディーゼル機関車が来た.jpg
岩鼻方面へ.jpg
倉賀野駅は八高線単独の駅という雰囲気は薄い。高崎線ホームと共通なのです。
そこから先も高崎線本線を快走して烏川を渡った。
やけに速いぞ。今走っている鉄路は八高線専用線ではなく高崎線本線なので、「はよう出ていかんかい」と追い立てられるのではないかとバカな勘ぐりをした。
何処かで進行方向右に逸れて南下する筈です。そこはどういうラインになっているのだろうか。
烏川を渡ってカーヴしたらガタガタとポント音がしてディーゼルカーは右の側線に入った。計3本ある鉄路の真ん中を走っている。
左には高崎線上り籠原方面の鉄路があって、右には高崎線の高崎方面下り鉄路が見える。挟まれた真ん中の鉄路を走るディーゼルカーはややスピードを落とした。
そしたらまたガタガタとポイント音がして、ディーゼルカーは進行方向右の線路、高崎線本線の下り鉄路に移った。知らない人が見たら下り線路を上り列車が逆行しているように見える筈で、このまま真っ直ぐ走ったら新町方面から来る高崎線下り電車と正面衝突してしまうのでは?
心配無用です。その逆行距離はほんの僅かです。またガタガタとポイント音がして右の線路、八高線の単線に移った。これでポイント音が合計3回鳴ったわけだが、ここまで走って来たのは高崎線で、この3回めのガタガタから八高線の鉄路、単線になるのです。
ガタガタ鳴った辺りは小野信号所といって今は高崎線内に取り込まれたが、北藤岡駅は以前の旧小野信号所が駅に昇格したものだという。
北藤岡付近.jpg
なので広域地図だと北藤岡駅は高崎線と八高線の分岐駅に見えるが、拡大すると、
北藤岡付近拡大.jpg
単線の八高線側しかホームがないんです。
その途中、鉄路が3本あって、だんだん南に移ってくる動線がおわかりでしょうか?
鉄路が3本.jpg
高崎線がまだ見える位置の緩いカーブに北藤岡駅があった。8:04着。
北藤岡駅1.jpg北藤岡駅2.jpg
北藤岡駅3.jpg北藤岡駅4.jpg
北藤岡駅ホームから高崎に行こうとしても、僅かな本数の八高線を待たなくてはならない。
待ってる目の前を高崎線の下り電車が頻繁に通過する。北藤岡駅は信号場が昇格した駅とはいえ、ある意味でこの駅の利用客がお気の毒ではある。
地元藤岡市から北藤岡駅を高崎線も停車するホームに改造して欲しいという要望が随分前からあるらしいが、駅周辺の区画整理事業が進んで人が流れて来るのが絶対条件だという。南藤岡駅計画同様に今は時期尚早ということで見送られている。

8:12 群馬藤岡駅です。
ここで大半の学生さんが降りた。下り方面の行き違いで数分、停車した。
群馬藤岡駅2.jpg
私は高崎市に住民税を支払っていた頃に群馬藤岡周辺にもくるまで数回、来たことがあります。
時間が読めないのでさすがに八高線では来れなかった。労働基準局に2回、銀行関連で2回だったかな。いずれも公用だけで散策もせず飲食店にも入らなかった。くるまで市内をウロついて八高線の踏切を数回渡ったが、走ってるのに出くわしたことがないです。
藤岡市にある駅ですが、冠に群馬とわざわざつけているのは、先に東武日光線で藤岡という駅(栃木県藤岡町)があったからです。
余談ですが、下総中山(総武線)、常陸鴻巣(水郡線)、下野大沢(日光線)のように、既にある駅名と区別する為に旧国名を冠にする駅がよくある。何故、群馬藤岡は上野藤岡ではなく、群馬藤岡なのかというと、東北の玄関口たる上野駅があって、上野をつけると紛らわしくなるからだというがホントかな。

群馬藤岡駅を出たら神流川を渡る。
この川を下ると織田軍の上州司令官だった滝川一益と小田原北条軍の決戦場だった辺りにたどり着く。
神無川1.jpg
神無川2.jpg
川を渡ったら武州埼玉県です。大好きな上州記事が続きましたがサヨウナラまた会う日まで。

8:17 丹荘駅です。乗り降りする人は少ない。
丹荘駅.jpg
現在はホーム1面のローカル駅だが、ここを起点に昭和61年12月頃まで上武鉄道という貨物鉄道が西南にある朝日工業(株)・・・往時は西武化学工業(株)まで伸びていたそうである。僅かに旅客営業も執り行っていたが、終点は鶴見線の海芝浦駅のように工場に直結していたとか。
私の自室にも資料があるのですが、現在でも途中駅のホーム跡や、道床跡が遊歩道になったりして若干の遺構があるようです。

児玉駅.jpg
8:22 児玉駅です。
ここには駅員さんがいるようです。いてもヒマだろうななんて言ったら怒られるかな。
行き違い列車を待って8:25に出発したが、行き違う際にこちらの運転手さんは右腕をピーンと真っ直ぐ天井に挙げ、出逢えたのが嬉しそうに大手を振っていた。仲良しの同僚だろうか。
群馬藤岡駅でも大手を振ってましたね。ワンマンカーだけに仲間、同僚に出逢えたのが嬉しいのだろう。
ある意味、ワンマンカーの運転手って、乗客を乗せているとはいえ孤独なのかも知れない。
8:25に発車した。

小山川.jpg
小山川を渡る。
この川の下流、本庄市で17号とクロスする辺りを五十子というのだが、この五十子という地名でそこに何があったかパッとわかる方いますか~?
いたら相当な通だと思います。でも行ってそこに何があるわけじゃないです。私はそこへ行こうとしたことがあるが、企画倒れのまま今日に至っている。
松久駅.jpg
8:31松久駅です。
まっこと失礼ながら、この駅舎というか待合、公衆WCに見えるぞ。
そういえば八高線って車両にWCあったかな。

既に周辺風景はローカル線ムードになっている。
高崎駅~倉賀野駅~烏川鉄橋辺りでは猛スピードで快走していたが、今はマイペースで走っている。
私はずーっと立っている。
通勤電車だと立っているのが苦痛だが、こういう楽しみの時は何とも思わないから不思議なものである。初めて見る風景に興味深々の私。
直線区間1.jpg直線区間2.jpg
8:35用土駅です。
用土とはオモシロい駅名。土を何に用いたのだろうと思うが、れっきとした地名です。
後で北条氏邦という人のネタが出て来ますが、その関連で用土重連という将が引っかかった。その人がいたのかも知れない。
用土駅.jpg
こんな放送が流れたのに気付いた。
「次は、ヨウド、ヨウド、ワンマン運転です。お降りの際は一番前の車両ドア開きボタンを押して下さい。」
行き違いのできる駅や、有人駅では、
「全てのドアが開きます。お降りのお客様はお近くのドア開きボタンを押して下さい。」、もしくは、「お近くのドアボタンを押してお降り下さい。ドアを閉める際には後ろのお客様に・・・」
ところがまた例によってこんな人を喰った放送もあって、
「発車ベルは鳴りません。時間になりますとドア閉まります」
実際は、ピーだったか、ピンポンだったか、何かの音がしてドアはゆ~っくり閉まります。
ワンマン.jpg
秩父鉄道が寄り添ってきた.jpg
左から別の単線が寄り添ってきた。
これは熊谷駅からやってきた秩父鉄道です。複線になったように見えます。更に東から東武東上線がやって来て、広い構内に3路線の鉄道がそろい踏みして8:41寄居駅に到着した。
だいたいこの辺りが高麗川までの中間地点でしょうか。
寄居駅.jpg
この写真は駅の北側で、南側には東武東上線、秩父鉄道のホームやバックヤードが広がり、大型の商業施設も見えます。
下りてみたわけじゃないですが、この駅、前者3社の共用改札というのはホントですか?
時間があったら下車してみたいもの。この寄居駅近郊に、大分前から私が気になっているものがあるのだが。。。(続く)
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八高線で発車ベルが鳴らないのは何故か? [鉄路と風景]

私費で上州玄関口に泊まった翌日、私は立川方面へ公用で出向くことになった。そこには待ち合わせる女性社員がいて、当日その方は遅番で10:00出社だという。
さて、どうやって行くか。
机上で検討した。
その①、新幹線で東京まで出て、新宿から中央線で立川方面へ。
これが最も早そう。でも中央線快速ちゃんと動くだろうか。
ではその②、湘南新宿ラインで新宿から中央線で立川方面へ。
これも①の理由で同じです。
ではその③、新幹線で大宮で降りて地下ホームの川越線で高麗川へ。そこで八高線に乗り換え、拝島で青梅線に乗り換えて立川方面。。。
だがまてよ。どうせ社からは往復の在来線分しか清算できないのだよ。特急料金はまず出ないので新幹線はヤ~メタっと。そうだ、いっそのこと、④八高線で高麗川方面へ行ってやれと相成ったのである。高麗川駅での乗り換えも、拝島駅での乗り換えも楽だしな。
八高線上りダイヤ.jpg
ということで7:54発の高麗川行、列車番号226Dにした。これだと高麗川に9:23に着く。そこから電化されてる八高南線で行けば拝島乗り換え青梅線で立川に10:00過ぎに着くのです。
(その前の7時台も見たら、7:08発2282Dは児玉止まりだった。更にその前の224Dは6:35発なのでさすがにキツい。そんなに早く行ったって、先方の社員が未だ出勤していないからパス。)
エレベーターの243.jpg
高崎駅の2番線と4番線の間の先端に八高線3番線ホームがあります。
前にも書いたが、八高線なんかあっちへいってろと隅に追いやられたように見える。でも仕方がない。八高線はディーゼル2両か3両編成なので、長大ホームだと7両分余ってしまう。
ダイヤ本数も少ない。1時間に1本だから発車までの長い待ち時間、中央のホームで占拠してたら他の在来線が入線できないからね。
しかも非電化のディーゼルカーだから、架線の張ってあるホームに入線する必要はないんです。
432.jpg
ここまで100m.jpg
高崎駅改札に入って乗り換え架線橋を左に歩くと、4 3 2 の数字が凸のカタチで並んでいる。八高線(3番線)は、2番線と4番線の先です。
乗り換え架線協からホームに降りる階段途中に、この先100mとある。
ホーム足元には八高線へ誘う白いラインが描かれている。「このライン先 八高線」。。。
でも長年にわたってホームを歩く乗客に踏みつけられて削られてしまい、ホームの中ほど歩く人が多いせいか、その辺りの案内表示は消えて判読できない。
八高線このライン先.jpg
ホーム先の方.jpgホーム中ほど.jpg
更にその先には無情な貼り紙があって、デカデカと、「八高線ワンマン列車は発車ベル鳴りません」
私はこのせいで、間に合わず乗れなかった乗客のカオを数人見ています。発車アナウンスはあります。でもベルが無いと「あれっ?」と思ったらもう発車してしまうのが八高線です。
発車ベル鳴りません.jpg
3番線入口でベルが鳴ったと思ったら、それは上野方面の高崎線だったり、湘南新宿ラインだったり、両毛線だったりする。何故、八高線だけ発車ベルが鳴らないのか。
高崎駅の発車メロディーはGota del Vientです。一滴の風。多くの駅に導入されてるあのけたたましい高音メロディーです。
一滴の風どころか、フルートやオルガンの短音高音域を目いっぱいあげて尖がらせたような音。これを流すのはホームの駅員ではなく、今まさに発車せんとする電車の車掌さんがボタンで流すので(おそらくね)、ワンマンが原則の八高線はメロディー省略なんだそうな。というか、運転スタンバイ中なので発車ボタンを押せないのだ。
ホームにそれ専用の駅員が待機してたら本数の割に人件費1.5人分かかるだろう。前にも書いたが、それが為にそれを知らずに、特に前橋方面のホーム先端から歩いて来た乗客が乗り遅れる光景も事実です。ここはちょっと改善した方がいいのではないかい?
時刻表.jpg
どうせローカル鉄道だから空いてるだろうとタカをくくって3番線に目を剥けたら、何だか人が多いぞ。
何やら人が.jpg
げっ!!
ゲッ!!.jpg
激混みではないか。
ホームに人が溢れんばかり。殆どが藤岡、児玉方面への通勤通学客だった。
3両編成でよかった。2両だと入りきらず積み残しが出るだろうな。
首都圏朝の通勤通学満員電車とはまたちょっと違った車内光景だった。

7:54分きっかり定刻とおり。しずしずと発車した。これから高麗川方面へぶらり途中下車しない旅である。
明日の記事写真は車内から記録の為に慌て撮りしたもので、ガイド版にもなりゃしませんがご容赦。
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旅は終わらない~高崎駅3番ホーム [鉄路と風景]

横浜から乗った湘南新宿ライン籠原行で上州に行こうとすると、終点籠原駅で後から来る高崎線(上野駅発)に乗り換える必要があります。
だが終点籠原駅で乗り換えようとすると、降りたホームから架線橋を渡って隣の高崎・前橋方面下りホーム・・・確か3番線ホームだったと思う・・・に移動しなくてはならないのです。籠原止まりは折り返し上野方面行の2番線に到着するからです。
なので、ひとつ手前の熊谷駅に滑り込む前に親切なアナウンスが流れる。
「次の終点籠原駅での乗り換えですと、階段エスカレーターを昇って云々・・・熊谷駅で降りてそのまま後続の列車をお待ちください・・・」
惜しむらくはこの親切なアナウンス、マイクに向かって喋る車掌さんの中にはよう聞き取れない人もいるのが惜しい限りですが。
私は日ごろから、終点まで行かずに途中で降りる要領の良さをあまり好まない頑なな性格なので、これまではバカのひとつ覚えのように終点籠原駅で降りて架線橋を渡り、下り方面へのホームに移ってから後続車に乗り換えていたのだが、今回はアナウンスの言う通りにして熊谷駅で乗り換えた。
熊谷駅ホーム最後部.jpg
後続車の高崎線を待っていたら駅員さんが例の青い荷物ケースを引き摺ってやって来た。またいちばん後ろの車両、最後方部は荷物室なのかな?
高崎線が来た.jpg
置かれた荷物.jpg
荷物室の札はなかった。区切られてもいなかった。簡易荷物室のスペースを作るほどの荷物量でもないようです。無造作に置かれた荷物は、次の籠原駅の駅員さんが受け取ってズルズル引き摺りながら持っていった。ハイお疲れさん。
運び出すところ1.jpg運び出すところ2.jpg

高崎駅着15:49です。前橋方面の2番線に滑り込む。
私はホームに降りた。最後部なので、八高線の3番線ホームがすぐ手の届く場所にある。2両編成のワンマンディーゼルカーがゴロゴロゴロゴロゴロ唸っている。
図の通り、2番線と4番線の先っちょに無理くりくっつけた?仕方なく延長したような?八高線の3番線ホームがあるんです。
八高線は2両~3両の短い編成だから、10両編成に対応できるような長大ホームは必要ないけど、どうも上信電鉄のホームと同じく、あっちへいってろと冷たく扱われているように見えるぞ。
ホームのマンガ.jpg
私は停車中の八高線ディーゼルに一瞥をくれて中央改札の階段に向かって歩きだした。そしたら、「15:50発八高線高麗川行間もなく発車致します」のアナウンスが流れた。
15:50発だと???
私が高崎駅到着は15:49です。その差僅か1分しか待ち時間がないのに気付いた。
私は荷物室見たさに最後部車両に乗ってたから幸い、仮に今すぐ八高線に乗り換えようとしても小走りで何とか間に合うけど、前橋方面の前方車両にいたらまず間に合わないんじゃないだろうか?
そしたらホームの向こうから案の定というか、明らかに私と同じ高崎線に乗ってきて、ここ高崎駅で降りたらしい初老のオバちゃんが息せききって走ってきた。今まさに発車せんとする八高線に乗り換えようと。
「ああ、間に合わない、間に合わない、ハァ、ハァ、ハァ・・・」
何か焦ったような、途方に暮れたようにブツクサ言ってましたね。時計見たら15:50になったとこだった。乗り遅れたら1時間近く待つは必定である。
私は私の傍らをヨタヨタ走っていったオバちゃんの後姿を見送ることしかできないが、心ん中で八高線に向かって、「まだ出るなよ、待ってろよ、ここは東京じゃない、1分くらい待ったってダイヤに影響ねぇだろ、ローカルディーゼルカーってそういうもんだろうがよ・・・」と念を送った。
そしたら間に合ったんです。
オバちゃんは車内に吸い込まれた。自分でドア開閉ボタン押してましたね。それを待って八高線ディーゼルカーはゆっくり動きだそうとしている。
八高線はワンマンなので、おそらく運ちゃんもミラーでオバちゃんが走って来るのを確認してたに違いない。
私はやや安堵して今度こそ踵を返したら、ま~た男性が3番線ホームに歩いて来た。もう諦めモードのオーラが全身からにじみ出てる。
そこまで待たず、八高線は倉賀野方面へ走り去っていった。
走り去る八高線1.jpg
走り去る八高線2.jpg
走り去る八高線3.jpg
前にも何処かの外人さんがこのホーム、この場所で八高線に乗り遅れて途方に暮れていたが、15:49着で15:50発はせわしさを通り越して過酷ではないか?もうちょっと乗り換え時間の調整ができないのだろうか。
次は16:36です。でも児玉止まり。
高麗川まで行って八王子川越方面へ行くのはそのまた次17:07でした。
時刻表.jpg
上州玄関口.jpg
後日、私はここ高崎駅3番線ホームで八高線に乗り込むことになるのだが、それはまた後日Upします。
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E231系荷物室 [鉄路と風景]

上野駅から高崎線に乗車したら籠原駅止まりだったので、籠原駅で後続の新前橋行に乗り換えようとした。
新前橋行ってのは珍しい。私はその一つ先の前橋に公用があったのだが、新前橋からはタクシーを利用した。
籠原駅にやって来た後続の電車は15両編成だが、籠原駅で前方5両を切り離して10両編成になる。前方はやや混雑するので後方車輛に歩いてったら、ガラガラの最後部車輛(1号車か?)に、普段見慣れない妙な垂れ幕が架かっていたのですよ。
何だろう?と思って近づいたら、最後方部の4人掛け座敷シートとフロアとの境目の天井から、「荷物室」と描かれた布幕が下がっていて、運転室兼車掌室前の乗車ドア一帯に、青い荷物カゴが数個、年季の入った布袋が数枚、整然と並べられていていた。
荷物室?.jpg
荷物が置いてある1.jpg
幾つかあった布袋には深谷、本庄、倉賀野・・・籠原駅から高崎駅までの途中停車駅名が殴り書きされていて、中には熊谷-岡部と描かれた袋もあった。
最後部の座席には私以外は誰もいなかったのでつぶさに観察してたら、籠原を出て高崎までの殆ど各駅のホームに駅員さんが待機しており、車内に積んである袋を持ってったり、持参した袋を投げ入れてたりした。
本庄駅入ったら大粒の雨になった。熊谷から先の駅はホーム屋根が中央付近だけで、ホーム前方や後方には屋根が無い駅が多いのです。待機していた駅員さんはビニール傘をさして待機していてボタンを押してドアを開け、持参した袋を籠に入れ、本庄駅宛の袋を手に取っていた。
荷物を持って来た1処理済.jpg荷物を持って来た2処理済.jpg
荷物を持って来た3.jpg荷物を持って来た4.jpg
そういう作業はひと駅毎に繰り返される。
見てると荷物入れ替えの度、車掌さんに、「お疲れ~」、「じゃぁお願いします」って声をかける駅員もいれば、ブスっとした表情で荷物を投げてすぐさま踵を返す駅員もいたね。これはJR車内の力関係に違いないとニヤリ。
荷物を持って来た6.jpg荷物を持って来た7.jpg
荷物を持って来た8処理済.jpg荷物を持って来た9処理済.jpg
布袋は床に置いてあったり籠に被せてあったりだった。各駅での入れ替えは布袋だけで、青いカゴは高崎駅まで床に置いてありましたね。籠の中に何が入ってるのか見えなかったが、何かブ厚いもの、かさばるものが入っていて上げ底になっているようです。
荷物が置いてある2.jpg
高崎駅に着いて車掌が交代した。交替した車掌さんは昨日の記事で八高線に乗り遅れた外人さんに対応していた方です。
同時に高崎駅ホームに待機していた作業着姿の人2名か3名が荷物室にドカドカ上がり込み、ここ高崎駅まで積んできたカゴやズタ袋を力任せに全てホームに運び出した。
高崎駅で4.jpg高崎駅で5.jpg
高崎駅で6.jpg高崎駅で7.jpg
高崎駅で8.jpg高崎駅で9.jpg
ホームには台車があって箱はそれに積まれた。最後に「荷物室」の幕を外し、車内に一礼して作業終了。
ローカルな光景だった。首都圏内では見ない光景だが、この電車の最後部車輛の一画は、始発の上野駅から荷物室だったのだろうか。

電車は終点、新前橋駅に着いた。
次の電車まで20分ほど間があったのでホームに降り、タクシーで前橋駅前けやき通りの行政に向かおうと歩きだしたら、高崎駅で交替した車掌さんと殆ど横並びに歩いたので訊いてみたの。
「あの荷物室って何を運んでるんです?」
「ああ、あれはですね。主に新聞なんですよ」
新聞?
「駅員さんが読むの?」
「いえっ、売店や駅前の新聞配達店に運ぶ首都圏の夕刊なんです」
へぇ、そうだったのか。
「空いてる時間帯でないとできないよね」
「そうですね。朝とか混雑する時間帯は無理ですから。ちょうど今くらいの時間に・・・」
空いてる時間帯に運ぶように答えてくれたが、空いてるからというよりも、夕刊を運ぶからこそこの時間帯なんだと思います。

私が見たところ、高崎駅で籠を運ぶ作業員さん数名は駅構内を台車で運んでいたが、カゴはそれなりの重量があったようです。両腕で抱え、腰を下げて運び出していた。軽くはないですね。紙の束って重いですから。おそらく夕刊の首都圏版が束になって入ってたのではないだろうか。となると荷物室のスタートは上野駅だろう。
では青い布のズタ袋には何が入っているのか?
「袋には何が入ってるんです?駅員さんの給与明細とか?」
何てバカな質問をしたのかと後で後悔したが、それにも真面目に答えてくれた。
「書類とか、駅構内に届けるものです」
具体的には効かなかったが、後で調べたら、駅構内に掲示するポスター、パンフレット、遺失物、通信関係の書類、業務伝達文書だという。
業務伝達なんかメールでやりゃいいって?駅員さん、運転手、車掌、保線係が終日デスクに座ってるわけないでしょうよ。

私は今回こういう光景を初めて見たが、最後部車輛の荷物室はここ高崎線だけではなく、宇都宮線の黒磯行や地方のJRには今でも見られるそうで、それらは主に昼過ぎに発車する下り旅客列車の最後部を簡易的な荷物室に設定するようです。
首都圏版の夕刊を地方都市に運ぶから下り方面の電車に限定され、上り電車はそういうのないらしい。
以前は1輌まるごと荷物室車輛になったという。でも荷物車であって貨物車ではない。貨物に準じてはいるが、あくまで旅客列車の一部なんですな。
ルーツはこれです。
荷物車.jpg
懐かしいですね。これが荷物専用車、自走できる電車です。
近年私も大宮駅構内や大井町の車検区粋に留置してあるのを見かけたことがあります。立川の帰途、北府中駅構内でも見たな。でもそこらを現役で走っているの風景は見かけなくなったね。
YouTubeから.jpg
現在のJRは貨物は一部の専用物に限定され、一般の荷物取扱いが減った。そりゃそうです。くるまの方が早いし。宅急便だって普及してるしね。
荷物専用車での需要は少なくなったので今回取り上げたように旅客車両の一部に荷物室が設けらるようになった。あくまで小さい配送量です。
荷物室の区切り方は今回のように「荷物室」と描かれた幕を吊り下げる。
でもこれだと私は覗こうと思ったら覗けたので、思い切ってカーテンで区切って入れないようにしちゃったり、開閉ドアの内側の両端から黄色いロープで「荷物室」と描いた札を引っ張って固定する。
町内会のゴミ出し場に被せるカラス除けネットのようなもので区切ったりもする。
簡易的に仕切るけど荷物列車ではなく、あくまで主役は旅客、旅客車輛なんです。後方車輛が殆どで、前方車輛や編成の中央付近には設けられない。
おそらくはその日の積載量によって荷物スペースは異なると思う。となると締め切るドア数も違うのかも知れないが、新聞の部数はある程度は一定だからそんなに変わらないかも知れない。休刊日は設けられないでしょう。
荷物室解散.jpg
高崎駅で10.jpg
荷物室が解散して、普通の車輛になった。
お疲れ様でした。私はこれから前橋某所までタクシーで向かった。そこで「あれっ?閉めちゃったのかよ」と愕然と・・・までいかないけど、ちょっと残念な現場に出くわすんです。

おまけ、余談ですが。
京成線に行商列車というのがあった。モノを見たわけではないが、京成大久保駅にこんなのがあった。
行商列車?.jpg
これはかなり前に撮影した写真なんですが、今回の荷物室と同じように最後部車両だそうです。
でも今は廃止されたらしいです。先月、京成大久保駅に下りたらなかったんですよ。
はがされてた.jpg
その廃止の記事です。
http://www.asahi.com/and_M/interest/TKY201303290058.html
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八高線で上州入りするには [鉄路と風景]

私は上州に出張に行く際、主に新幹線を利用していたが、横浜から直に行ける湘南新宿ラインを利用することもある。
もしくは上野駅から高崎線とかも。
前橋に直に行く場合、東武特急で伊勢崎経由で行ったこともある。
上州まで行くのに一度も利用したことないのが八高線。八高線の八は八王子(東京都)で、高は高崎です。それに初めて乗ったの。高崎までじゃないですよ。八王子から高麗川までです。
八王子駅の八高線.jpg
町田市で公用を済ませた後、八王子経由で川越市に向かった。町田駅12:12発の横浜線快速で、八王子駅から八高線の川越線直通で向かうプランだった。
八王子駅に停車中の八高線車輛を見て「??」って思ったのは、高崎駅や倉賀野駅で見慣れた車輛と違うんです。そっち方面のは確か気動車(ディーゼルカー)だったが、私がこれから川越へ向かう車輛は電車で、首都圏の通勤車両のちょっとデザインを変えたヤツだった。
途中の高麗川駅から川越線に入って東へ転じる。高麗川駅には上州で見た車輛(ディーゼルカー)が停車していた。「おっ、あったあった」とひとりで頷いた。電化非電化車輛の揃い踏みになった。
ディーゼルカーはエンジン停止していたようです。
電化非電化揃い踏み.jpg
八高線ってのは二つのカオがあって、高麗川駅を起点で考えた場合、南の八王子までは電化されていて、北の高崎方面は非電化なんです。総数92kmの八高線は高麗川駅で南北に分断されているのだ。別の路線に見えなくもない。
非電化は八高北線、電化は八高南線ともいうそうです。(これは正式な名称ではなく利用者やマニアの通称です。)
架線が張ってないから通し運転はないらしいのだ。架線が張ってなくてもディーゼルカーなら八王子~高崎の直通はできそうだがそういう設定はないようです。
でもあっても通しで利用する人は稀ではないだろうか。時間がかかり過ぎます。大宮まで出て新幹線に乗る方が遥かに早い。
八高線は埼玉を南北に走ってますが、埼玉県内を東西に移動する人の方が遥かに多いのではないだろうか。だから西武線、東武線、秩父鉄道たちが八高北線の幾つかの駅に寄り沿ってサポート?しているのかも知れない。
上州へ向かう鉄路1.jpg
高麗川駅を出て川越線に入ると車窓から高崎方面への鉄路が見えた。
「あの鉄路は上州に通じているんだ・・・」
そういう感慨も一瞬で、すぐに視界から消えていった。
真ん中にある草に埋もれた鉄路は廃止になった太平洋セメント専用線だと思います。
上州へ向かう鉄路2.jpg
上州へ向かう鉄路3.jpg
私はそのまま川越方面へ向かったのだが、後日、八王子から高崎まで全線を通して利用する人の立場になって考えてみた。どれだけの時間を要するのだろうか。
実は高麗川駅に入る前の車内アナウンスがふるってまして・・・。
「高麗川駅から先、高崎方面への接続はすぐにはございません。1時間14分待ちで。。。」
いちじかんじゅうよんぷんまち???
。。。の後はよく聞き取れなかったのだがそこだけ聞こえた。
1時間14分待ちとは長過ぎる。私はこの日、町田駅を12:12発の横浜線快速に乗車して八王子発12:38の八高線に乗り換え、途中、分岐点の高麗川駅着が13:19だった。そこから北へ、上州高崎方面へ向かう乗客は高麗川駅で1時間14分も待たなきゃならないのである。
1時間以上も高麗川駅で時間潰せるだろうか私?何すればいい?
じゃぁそれだけ待ったとして、次の高崎行は14:33発で、高崎着は15:57だった。
八王子駅から3時間以上です。横浜線町田駅から3時間半。
ジャン実家からだと4時間半かかるのがわかった。マトモに動いてれば湘南新宿ライン(できれば特別快速)で2時間半弱というのが如何に早いかというのもわかった。
でも八高線ってローカルムードいっぱいなので、乗ってみたら旅情満載なのは想像していいでしょう。
八高線高麗川から下り.jpg
八高線小川町から下り.jpg
地図で見たら高麗川から先はヒョロヒョロ曲がりくねって上州へ一生懸命に向かっている。線形が真っ直ぐでないんです。トンネルが見当たらないですね。
途中、前述のように、西武線や東武線、秩父鉄道が心配そうに寄り添ってくるのが微笑ましい。
倉賀野駅の八高線2.jpg
八高線は生糸生産の盛んな上州とそれらを輸出する横浜港を結ぶ目的や、上越線方面と横浜を結ぶ軍事輸送のバイパス路線だったそうです。
現在の乗客路線は高崎を起点にしているが、前に「群馬の森」記事でそこにあった弾薬製造所とそれらを運んだ岩鼻軽便鉄道に触れたように貨物起点は倉賀野駅だったのである。
高崎線から見ると倉賀野駅で出た八高線鉄路は西に逸れようといする。すぐ北藤岡駅があってそこは高崎線との合流地点でもあるが高崎線側にはホームはないんです。八高線のみ。
現在は鶴見~新川崎~武蔵野線に沿った武蔵野貨物専用線があるが、それが無い往時は倉賀野駅が八高線を敷設するに至った軍事貨物迂回路の分岐点といっていいのではないか。
八高線ホーム.jpg
これは高崎駅の八高線ホーム。3番線です。
ホームは2番線と4番線になっていて、4番線の食い違い延長上に八高線3番線ホームがある。
八高線ディーゼルカーは僅か2輌足らずだからロングホームは要らないけど、何だか端っこに取って付けたようにあるので継子扱いされてるように感じたぞ。
高崎駅構内図.jpg
私を上野駅から乗せて来た高崎線は2番線に停車したと殆ど同時に15:50発の高麗川行がジンゴロリ~ンとディーゼル音をたててゆ~っくり発車したが、ホームに歩いてきた外国人さんが高崎線の車掌さんに問いかけている。しきりにサカト、サカトって訴えている。
サカト?
坂戸は東武線の駅ではないの。
車掌さんは外人さんが乗り遅れた現実を知ってちょっと困惑していたが、仕事だから無情にも次の時間を教えた。
「17:07ですね」
サラッと言ってのけた。表情にやや気の毒そうなイロがあったのが救い。でも事務的に淡々と応対するしかないだろう。
外人さんはやや途方に暮れたようだが、高崎発17:07で小川町か越生で乗り換えたら19:00には坂戸に着くだろう。1時間10分以上、高崎の何処かで待ったのだろうか。
この車掌さんは明日次の記事、新前橋駅で私の質問責めに遭うハメになる。また再登場します。
車掌さんと外人さん.jpg
しかし少ない本数ですね。
外人さんが途方に暮れるのも無理ないです。
高崎駅発の少ないこと.jpg
私は未だ高麗川から高崎までの非電化区間を通しで乗車したことはない。それを実践するにはまる1日空けて、行く前に運行状況と待ち時間をどう潰すかを慎重に見なくてはならないだろうなと思ってたら、ジャン実家に昔ながらの時刻表があったのでパラパラめくってみた。
八高線時刻表.jpg
上州への日帰り出張で八高線経路を利用したら会社に怒られかねないな。
いつか実践してみたいものけど時間の無駄かも。我ながらヒマというか、八高線の八王子~高崎の全面展望をダラダラ眺めて満足しました。
トンネルが一つもなかったですよ。
http://www.youtube.com/watch?v=44fkDjqNqbA
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上信電鉄 [鉄路と風景]

これは昭和60年に刊行された故・宮脇俊三の監修による写真集です。
終着駅2.jpg
終着駅の下仁田駅が取り上げられている。地味なカラー写真です。
この写真集とは別に新潮文庫から「終着駅に行ってきます」が刊行されていて、それはこの写真集の紀行本です。
現在、この写真集の終着駅は、そこに至る鉄路とともに廃止になった路線が多いが、旧国鉄→JRに移管されて何とか存続している路線や、第3セク化して存続している路線もある。
この写真集で初めて上信電鉄を知ったのです。
終着駅3.jpg
これは昨年撮影した下仁田駅。
何だか明るくなった。
下仁田駅構内3.jpg
下仁田駅構内1.jpg
下仁田駅構内2.jpg
冒頭の写真集が発刊された昭和60年というと私は20台前半だった。この時は、上信電鉄?自分には縁がないだろうなと思ってたのだが、まさかまさか50歳前になってこの鉄道に触れることになるとは。。。
銀河鉄道999号1.jpg
南高崎の踏切.jpg
富岡駅近く?.jpg
上信電鉄、いい名前です。
その名の通り、上州の高崎と信州の佐久方面、小海線の羽黒下駅(南佐久郡佐久穂町)までを結ぶ予定だった。
だが結ぶには至らなかった。マニアの中ではこういうタイプの鉄道を婚約不履行型と呼んでいる。前述の宮脇氏かマニアが名付けた造語ですね。始点と終点の地名から一文字づつ採って名付けたが、実際は結ばれていないタイプです。

上信電鉄の前身は上野鉄道という。
明治28年(1895年)12月に敷設免許が交付されている。明治30年(1897年)5月に高崎から現在の上州福島が暫定開業して9月に下仁田まで全通した。
軌間は762mmの軽便、動力はSLだった。以下のモノクローム写真は、市内の銀行待合にあった地元の写真集からです。
当時の機関車.jpg
鏑川か烏川鉄橋架替工事.jpg
鏑川鉄橋電化工事.jpg
大正13年(1924年)中に軌間が現在の1067mmに改軌、電化されている。
その痕跡が千平駅から終点の下仁田駅に向かう途中の鬼ヶ沢橋梁跡として残っている。
鬼ヶ沢橋梁.jpg
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-12-14
下仁田から先は現在の南牧小学校のある辺り、磐戸まで工事免許を持ってたらしいが昭和12年(1937年)に失効している。信州佐久群までは免許申請にも至らなかったようです。
佐久の羽黒下駅までの未成線、計画線路線はちょっとよくわからない。地形図をトレースしてもわからない。仮に実現したとしても下仁田から先が山に次ぐ山々だから相当な難工事になっただろう。
デイリーフーズ号.jpg
こんにゃく博物館号.jpg
昔からある地方鉄道だが、乗客のピークだった昭和41年(1966年)から減少傾向に入る。
沿線住民はくるま社会に移行していく。並行する道路(254)の整備も進んでいく。そしたら昭和59年(1984年)12月21日、千平~下仁田間の赤津信号所で下り電車の運転士が居眠りして上り電車と正面衝突事故を起こし、上り電車の運転士が死亡、125人が重軽傷を負った。
おそらくこれが低迷に拍車をかけたのではないだろうか。翌年昭和60年(1985年)4月に急行電車が中止になる。

上信電鉄に急行が走っていたって?
今になっては急行が走っていたなんてちょっと信じられないくらいなノンビリしたローカルムードだが、当時の急行の停車駅は、高崎~吉井~上州富岡~下仁田の4駅。僅か1往復だったそうです。
快速もあった。高崎~山名~馬庭~吉井~上州福島~上州富岡、上州一ノ宮~何蛇井~下仁田に停車した。
準急もあった。高崎~山名~吉井~上州富岡から下仁田の各駅に停車した。
前述の事故の影響か、快速は準急になる。高崎~山名~馬庭~吉井~上州福島から下仁田の各駅に改編された。
薄暮の高崎駅1.jpg
薄暮の高崎駅2.jpg
上州新屋駅1.jpg
吉井駅.jpg
平成4年7月15日に正式に急行が廃止。平成6年10月に貨物営業が廃止。平成8年には準急も廃止になってALL鈍行、普通電車になりワンマン運転が始まった。
苦しい時代に突入する。追い打ちをかけるように平成10年10月の南蛇井~下仁田間の落石や、平成13年(2001年)9月の台風で上州福島~東富岡間の鏑川鉄橋橋脚の破損による全線不通、平成19年9月の台風9号により道床流出のアクシデントが起きている。
でも発生後2ヶ月か3か月で完全復旧を果たした。決して首都圏の路線ほど復旧は早くはないが、よくある赤字ローカル路線で台風や土砂災害で復旧せずに、これ幸いのようにそのまま廃止申請を出すケースがよくある。いつからだったか、廃止が届出制になり、地方の赤字線の廃止に拍車をかけた。
でも上信電鉄は懸命に復旧しよう走らせようという姿勢は維持してきた。沿線住民の嘆願を容れ、東富岡駅を新規開業したり(平成2年4月)、最も乗降者の多い高崎商科大学前駅を新設したり、近年には上佐野町に新駅の構想がある。おそらく現在の佐野信号所の辺りかと思われます。
カラフル車輛に塗り替え、群馬サファリパーク、こんにゃく博物館、世界遺産登録申請中の富岡製糸場といった沿線の見所をアピール。昨年度は新車も発注した。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-12-14
上信電鉄1.jpg
ローカル.jpg
サファリパーク号1.jpgサファリパーク号2.jpg
サファリパーク号3.jpgサファリパーク号4.jpg
サファリパーク号5.jpg
サファリパーク号6.jpg
サファリパーク号7.jpg
富岡の洋食屋新洋亭のママの発案による絵葉書(絵手紙)電車を走らせたり、それなりに努力はしているんですが、なかなか爆発的人気にまでは及ばないようです。製糸場が世界遺産になったら上向くだろうか。
絵手紙列車1.jpg絵手紙列車2.jpg
これはジャンの資料棚にある「ローカル線で行く秘湯」という冊子からなんですが、ゴテゴテにペイントしてる現在よりひと時代前の車両が鬼ヶ沢辺りを走っています。
写真の右後方に古びたガーダー橋が写っています。これが呟きⅠで最後にUpした上野鉄道時代の鬼ヶ沢橋梁跡なんですが、手前の本線を走っているのは3輛編成ですね。
三輌編成?.jpg
現在はすべて2輛編成です。

先日の大雪の時はさすがに運休になった。
公用があったので、根小屋駅辺りに住む従業員に訊いたの。「動いてるか?」って。
「間引き運転かもしれません」
「間引き運転?」
私は声が裏返った。
「ただでさえ1時間に1本しかないのにそれをこれ以上どう間引きするんだ?」
「朝夕は学生が使うんですよ。そこは運行するんです」とのことであった。
朝夕のラッシュ時には1時間に2~3本、昼夜遅くを除いた時間帯には1時間に2本の列車が運行している。
高崎~下仁田間の通し運転以外に、高崎~上州冨岡の区間列車が平日3往復、休日1往復ある。
前にいつだったか、深夜に下仁田方面への臨時夜行がありましたね。
深夜臨時電車.jpg
私は2年間で数回しか乗車しなかった。もっぱら眺めただけ。
あまり利用しなかったのは運賃が高いんだよな。誰かが「上信電鉄は世界一運賃が高い」って言ってた。
(どういうキロ数に対しての運賃だろうか?実際は上には上があるらしい・・・)
・・・高崎から南高崎までが170円、根小屋までが200円、高崎商科大学前までは240円、この辺りまでは相手が通学生なので手軽に見えるが、高崎~上州富岡までが770円もする。首都圏の東京大船間より10円低いだけ。終点の下仁田まで1080円もするのだ。(この文章は4月の改定前の原稿です)
改札では「高ぇな」と思う。でも乗車するとローカルムード満点なので気が抜けてしまい、いい旅夢気分か、ぶらり途中下車の旅モードになってしまう。
お料理は人数分の店から撮影.jpg
田舎のローカル線なので、乗客は高崎商科大学生、近隣の高校生、高崎まで出た買い物客、地元のお年寄り、定年過ぎて散策中の初老のご夫婦といった田舎のローカル線にありがちな光景。
学生さんがフン反りかえってたりするけど、サッと席を空けたり、飲んでたペットボトルなんかは潰して持って帰ってますね。
ワンマン運行なので、無人駅では運転手自ら運賃を徴収しています。なので降りる時は前方車両まで歩いて行かなきゃならない。
降りる乗客が多かったりすると発車時間を余裕で過ぎてしまったりするが、そこは田舎のローカル線だからのんびりしたもんです。
運賃箱.jpg
ガラガラの車内1.jpg
さっきから田舎田舎、ローカルローカル言ってますが別にバカにしちゃいないのよ。素朴でいい電車です。いいんだけどこの電車、あまり車中で眠れない。揺れるからです。
世界一揺れる電車だってこれまた何かに載ってた。レールが細いからか車体の特製か、カーブにさしかかると左右に振られます。高崎を出て最初の鉄橋、烏川鉄橋に差し掛かる前と後で突然左右にブンと振られ、山名から西山名感の緩く大きいカーブでも振られる。
吉井から南蛇井までは国道254号と並行して走っているが、南蛇井を過ぎると国道から離れて終点下仁田までは山間部を走るので左右に振られまくりになる。
直線でも時折振られるような気がする。真っ直ぐ走ってて何で揺れるのかワカラン。江ノ電や東急世田谷線はここまで揺れないだろう。
乗り心地はまぁ・・・よいとはいえないです。揺れるから眠れない。でも寝てる人もいて、爆睡してるツワモノもいます。こんなに揺れるしガタンゴトンうるさいのによく寝れるなと思う。

多くは無人駅だが、日中だけ駅員や女性の係員がいたりする。地元ボランティアに委託してるようです。
上州一ノ宮駅.jpg
上州一ノ宮駅構内1.jpg
上州一ノ宮駅での待合風景です。
学生さんの通学定期を母親が支払ってるんだが、何しろ運賃が高いだけに半年定期だとバカ高い金額で、この駅にしては結構な金額の札束が動いていた。時間がかかってましたね。
上州一ノ宮駅構内2.jpg上州一ノ宮駅待合1.jpg
上州一ノ宮駅待合2.jpg処理済~上州一ノ宮駅待合3.jpg
SUICAは使えない。現金です。高崎駅で購入した乗車券は薄い再生紙もどきの乗車券だが、上州一ノ宮駅で購入した乗車券は昔ながらの厚紙切符だった。
昔ながらの切符.jpg
ジオパーク号1.jpg
ジオパーク号2.jpg
電気機関車が2種残っている。
デキ1形です。
マニアの中では上州のシーラカンスと呼ばれる。
デキ.jpg
大正13年(1924年)に電化されたタイミングでドイツのシーメンスシュケルト社(舌を噛みそうだな)から購入した小型の凸型機です。上信電鉄には3両あった。デキ1、デキ2、デキ3が貨物列車牽引に使用されていた。
何を運んでいたのか。
製糸場の燃料であった石炭、薪炭、木材、製糸場の繭、地元産こんにゃくです。
あまり知られてないが、上州各所には良質の亜炭埋蔵地域があって、観音山丘陵には高崎炭田があった。私が訪城を果たせなかった難城中の難城、乗附城の近隣にも炭鉱跡があったという。
産出した亜炭は各地の製糸所で使用され、上信電鉄の場合は山名駅で積まれ、富岡製糸場に運ばれた。
だが第二次大戦後は石油や天然ガス普及に押され、平成6年(1994年)に貨物営業が廃止される。デキ2は富岡市の公園に静態保存されたが、デキ1とデキ2はまだ車籍が残っていて、線路工事用の作業列車や臨時のイベント列車などに使用される。
デキ・イベント.jpg
ED316形です。現役かどうかはわからないです。
これは留置されていたのをたまたま撮影したんだが、確か上州に初めて降り立った平成24年3月某日でしたよ。某不動産屋さんと住まいを探してた時、この駅構内に面したマンションも候補だったのです。
ED316写真を撮影してる私から離れた場所にはジャン妻と不動産屋の営業さんを待たせていて、私はちょっと待っててくれ、撮影してくるからとも何も言わずにスタスタ線路まで歩いて撮影してたら・・・
「何やってんの。早く戻ってきなさいよ」
不承不承戻る途中、ジャン妻は営業マンに、「すみませんねぇああいうの好きなんですよ」とか言い訳してましたね。
この駅構内に面したマンションは外したんだが、もし借りてたらあれだけ沢山の酒場とはご縁がなかったかも知れない。
ED316.jpg
貨物の廃車体.jpg
これは何処の駅だったか。吉井駅だったかなぁ。車両記号は「テ」、鉄製有蓋車といって車体全体が鉄なんです。木材は一切使用していない。
主に生石灰(酸化カルシウム)を運ぶのに用いられる。全体が鉄なのは、生石灰は水分を含むと発火する危険性があるからで、雨にぬれないように有蓋構造にして車体全体を鉄製にして万が一に発火した際の被害を抑えることができる。
現在は上信電鉄に1両が残るのみだが、営業用としては使われていない。
住んでた頃、貨車の廃車が吉井インター近くの民有地に置いてあったのを見たが、先日そこを走ったらコンビニになってた。

西へ向かうほど人影がさびれて来る。近隣の住民は殆どくるまなのです。
神農原駅です。先日も載せました。
上り電車が来た.jpg
神農原駅は3回来たことがある。
1回は公用で、2回めはチエお嬢様のご先祖が戦った宮崎城を訪問した時。
2回めん時は往路の車両&運転手さんと、帰路の車両&運転手さんが同じだったの。向こうも一瞬、ギョッとしてましたね。乗客のカオを覚えられるんだからね。

これは千平駅といって、終点下仁田駅のひとつ手前の駅。1日の平均乗降客数が10人だか11人だかの駅です。
鬼ヶ沢橋梁散策の帰途に立ち寄ったもの。
千平駅1.jpg千平駅2.jpg
駅にネコがいました。それとご老人、爺さんが駅構内に座り込んでた。
電車待ちでもなく、徘徊老人という風でもなかった。自分のテリトリーで座ってただけみたいだった。こっちは、アンタ何してんの?と思ったし、向こうは向こうで、おヌシは何しに来たんじゃい?とでも言いたげな表情でしたね。

夜の吉井駅です。
よしい[グッド(上向き矢印)]ではなく、よしいぃ[バッド(下向き矢印)]です。いぃはイントネーションがやや下がるんです。良い飯→良いいい→よしいぃに変化したの。
どうですかこのムード?
上信電鉄で.jpg
ローカルムード満点1.jpg
ローカルムード満点2.jpg
ローカルムード満点3.jpg
ローカルムード満点4.jpg
ローカルムード満点5.jpg
ローカルムード満点6.jpg
ローカルムード満点7.jpg
ローカルムード満点8.jpg
ローカルムード満点9.jpg
ローカルムード満点10.jpg
言葉は要らないでしょう。
拙い写真ですが上州のローカル線ムードを堪能できましたでしょうか。
この記事、写真を見て旅に出たくなった方がいたら嬉しいですな。その際は地方の片隅で懸命に頑張っている鉄路も見てあげてください。
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雪降る上州 [鉄路と風景]

豪雪に2回みまわれましたね。(もしかしたら明日も?)
そのうちの1回です。プライベートで上州に来ました。上州玄関口も雪です。
ここから信越線に乗り換えて安中へ向かいます。
雪の上州玄関口1.jpg
雪の上州玄関口2.jpg
信越線.jpg
安中駅ホームに降りたところです。
旧国鉄時代からの地方都市駅にありがちですが、もともとあった宿場町や現在の繁華街から離れて駅が置かれたケースがある。安中駅もそう。
旧中山道の板鼻宿と安中宿の間にあるんです。待合には新島襄先生宅へ3kmとある。3kmといったら結構な距離ではないか。
初めて降りた安中駅前のロータリーにはな~んにもなかった。雪のせいかタクシーも停まっていないのである。
私を乗せた信越線.jpg
駅前何もないぞ1.jpg
この写真に写る高架橋は何回か走ったことがあります。バイパスですね。
駅の前の道は旧道で、安中市商店街(中山道沿い)はここからかなり離れているんです。
駅前何もないぞ2.jpg
待合に戻った。そしたら関西方面から来たらしいオバはんが甲高い声を張り上げて知人に電話してた。
「電車遅れてはるぅ~。駅の中で待っとるんやけど、ここ駅前に何もないんや~。コンビニもおらん。自販機が一つあるだけや~」
私はそれを聞いて、悪かったな安中をバカにすんなよと軽くムッとした。地元民の前で声高に言いやがってからに。でもそのオバちゃんの言ってることは間違いではないのだ。
あまり駅前をとやかく言うと、船山史家の呟きⅠで取り上げた「安中榛名駅は秘境駅なのか」のように近隣住民の読者の方からお叱りを頂きそうなのでとやかく言いませんが、私もここからの足に困った。タクシーも停まってないのである。
磯部駅の方がよかったかな。磯部温泉の最寄駅、磯部駅は駅前ロータリーにタクシー会社が併設されてるし。

待合は吹き曝しで寒い。待合に鳥が迷い込んできた。オナガ?
オナガが迷い込んだ.jpg新島襄先生旧宅.jpg
私はタクシーを呼ぶことに決めた。でもタクシーが私の目的地までたどり着けるかどうかの懸念はある。
「タクシー会社教えて」
自分だけ駅長室でぬくぬくしてた初老の駅員さんは嘱託なのか、「ええっと・・・」・・・タクシー会社の電話番号がすぐに見つからず、ぎこちない動作で探してましたね。これが東京横浜だったら私もイラッとするとこだけどさすがにここは上州なので一緒に探しましたよ。
「あっ、これですこれです」
「これか。ええっと・・・」
番号を朗読しながらすぐ携帯で掛けたが、「○○さん(私のこと)の前に1台あるのでしばらくお待ちください」とのことであった。
安中駅構内.jpg
待ってる間、駅構内を見渡してみた。
貨物ヤードがある。駅の南にある株式会社東邦亜鉛安中精錬所へ伸びる専用線です。ここから常磐線を経由して福島臨海鉄道に向かう無蓋車が寒そうに留置されていた。この無蓋車はここ安中亜鉛でしか見れないオリジナル貨車?ロング車輛で安中貨物と呼ぶそうです。
東邦亜鉛の無蓋車.jpg
この貨物は専用線で、コンテナといった一般貨物は倉賀野駅で取り扱うようになっているそうです。前に岩鼻弾薬工場と岩鼻軽便鉄道で取り上げたあの駅です。
東邦亜鉛安中工場は昭和初期から数十年に渡って争われた安中公害訴訟を経て現在に至っているのだが、ここでは触れません。
並走するバイパスから安中精錬所の夜景を初めて見た時は異様に見えたが、それは上州に来て最初の頃で、やや都落ちした気分だったから。
そのうち見慣れて癒されるようになった。

タクシーが来たぞ。
この雪の中、私が向かうところは。。。
安中駅.jpg
タクシー1.jpg
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東急世田谷線異聞 [鉄路と風景]

世田谷線1.jpg
東急世田谷線って不思議なところが幾つかある。
まず料金。
通しでも一区間でも均一140円だったかな。一区間なら高いが、ある程度の距離を利用した場合は安過ぎるように思うのだ。
都営バスが最低200円でしょう。並行する東急バス渋谷~上町(渋21系統)は210円ですよ。
調整しないのだろうか。
世田谷線2.jpg
乗降口のルールがある。
起点、終点の三軒茶屋駅と下高井戸は2両編成、全ドアから乗車できるが、それ以外の途中駅で乗降する場合は2両編成の1両目前部、2両目の後部ドアより乗車し、連結部を挟んだ中央部2か所のドアから降車するルールになっている。先頭部と後方部から乗車、中2ドアは降車専用と思えばいい。
先払いで、先頭部と後方部に運賃箱があること。途中駅は無人ホームで改札がないからです。バスと思えばいい。
写真は小田急線との連絡駅、山下駅ホームの乗車位置です。
山下駅乗車口位置.jpg
私は最初、知らずに初めて世田谷区役所からの帰途、松陰神社駅から降車専用の真ん中ドアにヌッと入ったら女性車掌のアナウンスで、「まんなかの扉からご乗車された男性のお客様、後方部までおいでいただき運賃をお支払ください」ってやられたからね。恥ずかしいのなんの。コイツは世田電シロウトだなってのがバレバレだった。
このネタをZ女史に話したら、女史は電車嫌い、電車音痴のクセに。
「やだぁ恥ずかしい。車内アナウンスされたの?やだぁ」
「世田谷線に乗ったことあんの?」
「ないわよ。アタシが電車なんか乗るわけないでしょう。でもそれ(世田谷線)って手を挙げたら止まってくれるんでしょ」
タクシーじゃあるまいしさ。
世田谷線6.jpg
次にいきます。
大手私鉄のクセに乗継割引料金がないのも解せない。
他社路線同士が駅で連絡、隣接、接続する場合、いったんその駅で降りた清算をしないで通しで料金計算をする制度です。
同じ区間利用でも、乗り継ぎが多いほど料金が高くなってしまうのでそれを抑えるために設定されている。
例えば代々木上原駅で小田急線に乗車、下北沢で京王井の頭線に乗り換えて、明大前で京王本線に乗り換えて下高井戸まで通しで行く際は連絡用改札を通る乗継割引で220円です。
これが下北沢駅でいったん改札を出てしまうとと若干、高くなる。小田急線の代々木上原~下北沢が120円、下北沢~下高井戸が120円、計240円。
山下駅に隣接する小田急線豪徳寺駅や、下高井戸駅で連絡する京王線との乗継割引はないんです。
世田谷線自体が線内で完結してるのはわかるが、他社路線との運賃通算乗継割引が無いのは何故だ?アタマの固いJRならともかく、大手私鉄同士ですよ。腑に落ちない。まさか世田谷線だけ子会社、別会社なのだろうか。軌道と鉄道の性格上の違いの為に差があるのだろうか。
駅.jpg
まだある。
私の中で最大の不思議、謎は、途中駅ホームで知人との待ち合わせができないこと。
何が言いたいかというと、世田谷線の駅は起点と終点の三軒茶屋、下高井戸以外は改札がなく他はALL無人駅です。(上町にはいる時もある)

途中駅から乗車する場合は車内で支払うんです。なので誰かと途中駅ホームで待ち合わせる為にうっかり降りてしまうとそこで無効になってしまうのだ。駅に改札がないからです。バス停のようなものです。
こういうのって他の鉄道ではまずありえない。例えば京急の上大岡駅ホームで誰かと待ち合わせてから再度電車に乗っても、その時点で既にどっかの駅の改札で支払って京急路線内にいるわけだから、改札から出ない限り2回も支払うことはないでしょう。在来線ならどこの電車もそうです。
世田谷線は車内で支払うので、三軒茶屋と下高井戸以外の途中駅ホームに降りた時点で駅の外と同化しているんです。
三軒茶屋駅1.jpg
三軒茶屋駅2.jpg
これについては不思議でしょうがないので三軒茶屋駅員をフン捕まえて聞いてみた。SUICAを見せながら、
「途中駅で乗車して、車内でピッってやって、いったん駅ホームに降りたらもう無効だよね。再度、その電車に乗るにはもう1回、ピッてやらなきゃダメですよね。」
「そ、そうですね」[あせあせ(飛び散る汗)]
「ってことは路線内の各ホームで待ち合わせができないじゃないか。一旦降りたら駅の外に出たと一緒?」
「そ、そうなりますね」[たらーっ(汗)]
「こういう質問って受けたことないんか?」
尚も鋭く突っ込もうとする私に困惑、辟易したらしく、「スミマセン、よくわからないんで、東急本社に聞いて貰えますか?」
もしかして正規の社員さんではなく嘱託さんか契約社員さんか。私のことをクレーマーとでも思ったのだろうか。

運賃箱.jpgでは途中駅で降りて、5分後にすぐ次の電車に乗ったらどうなるか、SUICAで。
SUICAが効かないんです。一旦降りたら10分か15分しないと使えないのだ。
一度、山下駅で降りて小田急線豪徳寺駅改札で重要なものを受け渡してすぐさま山下駅ホームで再度乗り込んだがSUICAが使えなかった。
女性の車掌さんが言うには、「降りてすぐですか?」
「7分くらいかな」
「すみませんお客さま、ちょっと10分ほど間が空かないと反応しないんです。現金でお支払いただけますか」
???
これって何の意味があるんだろう。
二重支払の防止なら良心的だがそうでもなさそうなんです。しっかり現金で支払えって言われたからね。
すぐにSUICAが反応しないのなら、前述の疑問、ホームで待ち合わせるべく一旦降りてもいいじゃないかって思わないでもない。

私が行く世田谷区役所の窓口は、松陰神社前駅よりも世田谷駅の方が近い場合があって、区の冠をいただく世田谷駅に降りたら、まぁさびしいホームではある。
もちろん無人駅。世田谷線の途中駅には上町以外はWCありませんので念の為。
世田谷線4.jpg
夏草.jpg
草をむしりなさいよ。廃線跡みたいじゃないか。
夏場なんか青々として草ぼうぼうでしたよ。床の低い車輛なので草を引き摺って走っているようにも見える。草がボディ下部に絡んだりしないのかな。

世田谷線のHPを観ると従業員、特に駅係員の環境意識向上並びに車窓からの沿線風景をキレイにする為に、世田谷フラワーリングだかみみずコンポストを導入したとか。
みみずなんとかとは東急職員の食事で出た野菜屑をみみずを入れて堆肥に変えて、山下駅で栽培してる花壇の肥料にするんだと。
>2012年3月までに累計27kgの生ごみが16kgの堆肥と14リットルの液肥に生まれ変わりました!!
それと線路脇に草花を植えるのが「世田谷線フラワ-リング」だそうです。私は普段、花なんか見てないからどこにフラワーリングがあるのかわからないのだが、最終的にはいつか下高井戸駅まで全線で花壇が完成するであろうと。
世田谷線が何処か牧歌的なのを裏付ける試みではある。
だからったってこの草ぼうぼうは如何なものだろう。
わざとむしらないのかな。
世田谷線5.jpg
駅に改札がないのもあって、ホームから線路脇にキャットウオークばりに歩道が伸びている。これって公道なのかなぁ。私道かなぁ。
この歩道脇に花壇らしきスペースがあった。
側道1.jpg
側道2.jpg
江ノ電も線路敷地内なのか民家の敷地内なのか判然としない箇所が幾つかあるけど、この辺りのアバウトさが路面電車の名残を醸し出す軌道たる所以かもしれない。
そんなにスピードを出す電車じゃないからアブなくないのだろう。

イロイロ言いましたけど、別に私は世田谷線を嫌いじゃないのよ。他社接続してない閉塞した軌道線なので、他の私鉄と異なる形態が垣間見られるということ。
もうちょっとスピードが出ないのかなとも思うけど。

いづみ.jpg
世田谷区役所へ行って、レストラン「けやき」が大混雑していた際は、下高井戸方面の踏切近くにあるアド街に出た蕎麦屋さんに行く。。。
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ドアは手動で [鉄路と風景]

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電車が来た6.jpg連続写真は信越線です。
走ってるのは昭和の懐かしいオレンジ&グリーンの湘南デザイン。3輌編成の普通電車。両毛線の115系です。いずれこの路線から撤退、廃車が予想される旧型車輛。

上州に赴任して最初に「???」って思ったのが、乗客が電車のドアをボタン操作で開閉すること。
ボタンがないので手で開ける電車.jpg
ボタンが無い車輛もあった。そういう場合は乗客がドアを両手でグイッと左右に開いく、または閉じるんです。
いずれも自動でドーンと完全にOPENしないんです。半自動みたいな感じ。
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東京方面から15輛編成の湘南新宿ラインで上州に向かうと籠原駅で5輌切り離されて10輛編成になる。そこから先の駅は15輌も停車できないからです。
そこから先は乗客がボタンを押してドアを開閉して乗車、降車する。
アナウンスも流れる。前橋方面の下り電車だったら、「籠原駅から先はドアは自動で開きません」、
上野方面の上りだったら、「籠原駅から先はドアは自動で開きます」
最初は面食らった。両毛線で前橋まで行った時、「あれ?開かないぞ」って固まったら、背後のヤツが俺の肩越しに右手を伸ばしてボタンを押したからね。何やってんだコイツって思ったんじゃない?
恥ずかしかった私は八つ当たり気味に上州出身で東京在住の社員にメールした。
「ここってドア、自動で開かねぇのかよ」
そしたら返って来た返事は、自分はいつもくるまだったのでよくわかりませんという素っ気ないものだった。他に訊く人いなかったから聞いたのにっ。
ボタン(車外).jpg開閉ボタン(車内).jpg
高崎線を走る車輛は211系の1000番台か3000番台といって車輛が寒冷地仕様なんだと。別に豪雪地帯ってほどでもないけど風対策だと思います。赤城おろし、榛名おろし、妙義おろしです。冷たい上州特有の風が吹き付けて来るので、全自動で開きっ放しだと暖房いれても車内が冷えてしまうから。
夏場は開きっ放しだと車内の冷房が効かないだろう。駅によっては待ち時間、行き違い時間もあるからね。
タイプはこの電車.jpg
私は前橋市や藤岡市に電車で行く時、開くボタンを押して車内に足を一歩踏み出しながら、同時に閉じるボタンを押すという“技”を習得したぜ。
この時は下りるのが私だけなのか、私の他に(私の背後に)他に下りる人がいるか、目の前のホームに乗車する客がいるかどうかの見極めも必要です。

水上温泉の先にある17か所の貸切り湯争奪戦「龍洞」へは上越線で行ったが、初めて上州へ来た観光客がドアの前で固まってるのを見た。「ヘッヘッヘッ(笑)、知らねぇのかよ」って一人悦に。
でもわからない人はいるようで、駅構内にはドアボタン開閉のマニュアルが貼ってあった。

マニュアル.jpg

これは信越線の磯部駅構内です。
横川方面へ去る車輛は107系100番台の短い編成。これにはボタンがあったかな。学生さんが手で開閉してたような。
磯部駅構内.jpg
長野新幹線が開通したら横川~軽井沢間が廃止になってしまい、高崎~横川までは本線が外れて一支線になった。そこから先、碓井峠までは鉄道文化財になった。
地元安中市は鉄道復活の夢はある。だが先日、TBS噂の東京マガジン噂の現場で、碓井峠の鉄道復活の夢に水を差す出来事が取り上げられた。廃線トンネル内の電線が切断されて大量に盗まれたのである。
また、トロッコ列車の終着駅に隣接する温泉施設、峠の湯が火災で営業中止。この二つの事件で鉄道復活の夢が一頓挫しかねないとマニアや地元民は嘆いていた。
番組には安中市長の岡田義弘さんも出てましたね。初めて見ました。
今後の経過を見守りたいと思います。

次に上信電鉄。
ドアボタンはないです。全部の車輛・・・と言っても2輛編成だけですが・・・ドアは全部は開かず、たいてい一番前か後ろ。
銀河鉄道999号.jpg
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神奈川県ではJR相模線がドア開閉仕様だった。
丹沢おろしが吹き付けるからです。私が乗ったのは電化前の気動車の頃だが、今はどうなってるのだろう。

先日、上大岡の焼き鳥屋さん(9月中にアド街で放映されます)のマスターが、「冬に青森県のローカル鉄道に乗ったらドアが開かないのであれ?って立ってたら自分の背後から手が伸びてきてドアボタンを押した」って言ってた。
私は「俺と一緒だぁ」って少しだけはしゃいだ。
冬の青森だと大湊線か津軽線、弘南鉄道、津軽鉄道?
寒そう。

だが寒い地方だけではない。先月、こんなニュースがあった。
JR東日本は19日、車内の空調を効果的に保つため、東海道線の東京駅、品川駅などの始発駅で、出発前の電車のドアの開閉を乗客がボタンを押して行う方式の運用を始めた。
JR東によると、利用客がドアの開閉を行うことができるようになったのは、熱海駅、小田原駅、静岡県内を走る伊東線の伊東駅。東京駅の東海道線の場合は車両の到着から折り返し出発までに約10分間ドアが開いたままになっていて、利用客から「冷房の利きが悪い」などの苦情が寄せられていたという。
東京駅と品川駅では始発から午後3時まで、ほかの3駅は終日の運用で年間を通じて実施するという。
ただ、全部の車輛に開閉ボタンがついているわけではないらしく、
ボタンがついていない一部の車両はこれまで通り車掌が開閉を行う。利用客が多いターミナル駅の東京駅と品川駅では夕方のラッシュ時間を避けておりJR東は、大きな混乱はないとみている。
この方式は、常磐線や高崎線などの上野駅でも実施しており、JR東では他の駅や路線にも拡大するかどうか検討するという。
東海道線の東京駅ホームでは19日、「乗車の際はドア右側のボタンを押してください」とアナウンスが流れ、駅員が利用客に説明していた。東京都杉並区、主婦(64)は「慣れるには少し時間がかかるかもしれない」と話した。
開いてるドアと閉じてるドア.jpg
私はまだでくわしたことない。東海道線はラッシュしか乗らないからです。
でもでくわしても抵抗ないと思う。知ったかぶりして率先して開閉して「どうぞ」ってやってやります。上州の田舎や地方だけだとバカにするなかれ。首都圏でもスタートしているんだよ~。認
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