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A Mirage of Mount Myougi [サイエンス]

私が豪雪の中を辿りついた安中市「ふるさと学習館」で、平成17年(2005年)に、ゴジラの背中みたいなこの山の蜃気楼展企画展が開催された。今もそのコーナーがある。
磯部温泉から遠望.jpg
だが私はここへ来る前にひとつ失敗をしている。安中市ふるさと学習館を隣の市、富岡市黒岩にある群馬自然史博物館と勘違いしたのである。
自然史博物館.jpg
前にそこへ行った。平日なのでガラガラ、ヒマそうな受付には女性職員が2人いて、平日にひとりでズカズカ現れた私を見て訝しい表情になり見る見るウチに緊張したのが私にもわかった。悪質な訪問販売にでも見えたのだろうか。緊張しまくりの女性職員さんに私は訊いた。
「あの山の蜃気楼ってここに展示してあるんですか?」
「???」
職員さんのひとりは顔が強張った。もうひとりは、「そういうものはここにはございませんが・・・」と言いながら、何かを思い出したらしく、受付後ろにあるパンフをガサガサあさくっている。
「ここじゃないんだ?」
「・・・」
もうひとりはオドオドうなずきながら表情が強張っていく。チラチラ私を見ては目を逸らすんです。私にどう対応していいかわからないようである。
ガサガサ何かを探していたもうひとりの女性が言うには、
「それはここではなくて、安中市の学習館のことではないでしょうか?以前、そういう企画展を開催したときいたことがあります」
「学習館?それは何処です?ここから遠いのかな?」
こういう物言いが良くないんですかね私?
「遠くはないですが・・・。少々お待ちください・・・。(ここで地図を取り出した。)ここです・・・」
地図を見たら遠くはないが、ここから真っ直ぐ直線で行ける距離でもなかった。ただ前に何回か走行したことはある。
「間仁田の峠の辺りか・・・。そこの電話わかります?」
そうくるだろうと思ったらしく電話番号を教わった。得体の知れない私を早く追い出したかったに違いない。(苦笑)
私は一旦、外に出て、その番号に掛けたら男性の職員さんが出た。
展示してあるという。
「ハイ、以前にそういう企画展がございまして、現在でも一部は展示してございます」
「今、間違って自然史博物館に来ちゃたんだけど、これからそっちへ・・・」と言いかけたら電話の向こうの職員さんは、「実は今日は臨時休館中でございまして・・・」と言うんだな。
私は受付に引き返し、「確かにそういうものはあるって。でも今日は休館日だと。ありがと」
言い捨ててその日は断念したんです。
臨時休館明け、最初の上州訪問日が今日で、大雪だったというわけですよ。
学習館.jpg
新雪の渡り路.jpg
2階の展示室に上がった。階段を上がった踊場にそれはあった。
詳細不明のミラージュ.jpg

ミラージュメカニズム1.jpg
蜃気楼には3種類あって、
①下方屈折蜃気楼(上冷下暖)
上空が冷たく地表や海面が暖められた時、空や地上の建造物が実物の下に転倒して見えるもの。アスファルトの「逃げ水」や、砂漠で湖沼が見える現象、富山湾の蜃気楼(冬)がこれです。
②上方屈折蜃気楼(上暖下冷)
暖かい大気の下に冷たい水や大気が流れ込んだ際、実物の上に虚像が見えるもの。この場合、実物が伸びあがって二重に見える現象と、逆転して見える現象がある。琵琶湖蜃気楼や、富山湾の蜃気楼(春)がこれです。
③側方屈折蜃気楼
有明海や八代海の不知火がこれに該当する。海岸近くの深い海、浅い海の水温の違いで光が水平方向に屈折する現象です。
ギザギザ山の蜃気楼は②にあたるそうです。山の稜線、峰が伸びあがって二重に見えるもの。
近年目撃された蜃気楼写真がここ、安中市学習館に展示されているのだが、いつ頃から目撃されるようになったのだろうか。
日本最古の温泉マーク.jpg
明治40年頃から日本で初の温泉マーク磯部温泉は、これまで富裕層と一般大衆と客層を問わず利用していた様相に変化が訪れる。客層が分れ、富裕層は隣県の軽井沢に移り、磯部は少しずつ大衆温泉地に変容していく。
だが軽井沢は旅館が少なかった。富裕層は軽井沢を別荘として購入するが、一般大衆は引き続き磯部を利用したのと、信州善光寺参詣の中継ぎ地として立ち寄った参詣人が磯部に宿泊した。
蜃気楼が最初に目撃報告されたのがこの頃です。磯部館(現在の雀のお宿の隣にある)という温泉旅館の館主が大正14年(1925年)9月9日に目撃した。
更に同年10月11日午後2時に蜃気楼の写真撮影に成功。それを旅館宣伝用絵葉書にした。その絵葉書は館内に展示してあった。奇岩が突出した山の稜線が上下に二重に見えている。
ミラージュ2.jpgミラージュ3.jpg
大正時代の絵葉書.jpg
だが平成17年(2005年)にここ安中市で開催された企画展で、前橋気象台の方がこの絵葉書を拡大したものを持ちこんで検証したところ、残念ながらこの絵葉書、写真は後から筆を入れた贋作だったというのである。
それでも蜃気楼そのものは磯部温泉近郊で昭和初期~平成にかけて目撃情報が寄せられ、何かの記事に大正~昭和にかけて35回目撃されたとか載っていた。
昭和5年(1930年)には上毛新聞に目撃記事が掲載されたというが詳細はわからない。

この山の蜃気楼は前述の②、上方屈折蜃気楼(上暖下冷)だが、現地にメカニズムを当てはめるとどういうものなのか。
大まかに言って二つあるらしい。
その1、山の麓、磯部や松井田付近の大気が暖かい時に雷雨が発生したとする。もしくは低気圧が通過する。
すると磯部松井田の大地が冷やされ、冷気が山に沿って上昇し、上暖下冷の蜃気楼が発生するというもの。
その2、やはり磯部や松井田の大気が暖かい時、碓氷峠の信州側から冷気が碓氷川に沿って下って来ると急激な温度差が起きて麓の暖気が冷却され、同じく冷気の塊が山に沿って上昇し、そこで上暖下冷の蜃気楼が発生する。
この山の蜃気楼は雲、もしくは霧の虚像なんです。吹き下ろす冷気が強いと山の下側に、吹き上がる暖気が強いと上側に生じるという。
あまり風が強いと見れないらしいのだ。狙いは10月頃。秋分の日前後がねらい目だとか。
ミラージュメカニズム2.jpg
学習館には決定的な写真がある。
それも近年のもの。平成18年(2006年)10月14日16時9分の撮影。撮影場所は愛妻橋といって、現在ある「雀のお宿磯部館」の側にある橋。
これを見ると金鶏山と金洞山の間に薄っすらと山の稜線が二重に見えていた。
これぞミラージュ.jpg
拡大すると.jpg
更に拡大すると.jpg

群馬県謎解き散歩.jpgこの蜃気楼写真は現在でも書店で刊行されている新人物文庫「群馬県謎解き散歩」にも掲載されているが、解説があって「ああホントだ」、とわかるもので、富山県魚津の蜃気楼のように海から上下に伸びたり反転したり、浮かびあがったりするように克明に映らないのである。事前に存在を知ってないとわからないのではないだろうか。
現在では知らない人の方が多いようである。
学習館はどの学年層が対象なのかちょっとわからないが、いいとこ中学生までではないか。ここで研修の経験があれば嫌がおうにも館内で目に入るが、学習館自体は近年の建物、箱物なので、ここを知らずして進学、就職された人たち、特に平成に生まれた若年層はまず知らないだろう。
富山湾や有明海ほど知られてないのです。




だが近年でも目撃されている。
平成23年10月、h-sakuraiさんという方が目撃した。
ご本人から許可が出たので簡単に記しますが、壁紙がぐんまちゃんになっているh-sakuraiさんのBlogで2011年10月29日UPの記事によると、その日、h-sakuraiさんは中山道、上州松井田宿と碓氷関所の中間にある「五料の茶屋本陣」を訪れている。参勤交代で中山道を通行する大名が休憩・休息したところです。
そこへ来る途中で、「稜線が二重に見えた」そうです。
氏の記事です。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/sak_51908/6600826.html
h-sakuraiさんさんは撮影はしておられないが、記事中の「五料の茶屋本陣」写真を見ると背景に雨雲が写っている。おそらく雷雨かにわか雨の後、それも10月、密やかに言われている蜃気楼発生条件と一致するのだ。

安中市の観光ガイドでは蜃気楼の写真を募集しており、入賞者には何かの賞品が出るらしいが未だに入賞者はいなさそう。
私も上州滞在中、社用車で移動の際は必ずデジカメを持参して撮影しまくったが、蜃気楼にはついぞ出遭わなかった。
そりゃそうであろ。地元の人ならともかく、1年しかいなかった私如きがそうそう見れるわけない。
ゲストのショウさんもないそうです。酒場なすびの女将さん、キッチン104のマスターは目撃経験ないだろうか。
これも詳細不明のミラージュ.jpg
私はここで蜃気楼そのものを見たわけではない。蜃気楼写真を見ただけである。幻の幻を見たに過ぎない。
雨上がりの10月、山の稜線が二重に見えたら、ちょっと足を留めてみてください。

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