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SUNRISE [風景]

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2014年が終わろうとしている。
今年の私はそれほど多忙ではなく、私よりもジャン妻の方が各部署を超えて多忙だった。
これまでジャン妻は会社側から、居れば便利の便利屋扱いだったのが、伊東という現場部門の最高責任者から、「〇の如き存在ですね」とヘンな誉め方をされた。
「凄い賛辞だねぇ」(私)
「〇の如きぃ?そんなのはくだらない比喩だ」(ジャン妻)
ジャン妻はまだ不満そうだが、現場からも、「あの人に依頼すれば大抵のエラーは修復できる」というスンバラしい高評価を得た。あまり感情に左右されずシステムを駆使して数字を打ち出すからです。
(半面、あの人に中途半端な質問はできない、どういう経緯でどんなエラーが発生したのか正確に放さないといけない、とか、こんな簡単な質問はコワくてできない、というのもある・・・らしい。
他には、「支店の業務PCアドレスにアダルトメールが来るので何とかして欲しい」みたいなクダラない要望もあった)
現在ジャン妻のデスクにはPCが3台、端末が1台、計、ディスプレが3台もあるのだ。(多い時で4台も。)本人は充実した1年だったのではないだろうか。
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一方の私はヒマだった?1日も休日出勤が無かったんです。春に上州担当を外されたのをブツクサ言いながら日々を送ったが、それでも群馬の写真フォルダをカウントしてみたら出張フォルダが24もあったぞ。
そんなに来ていたかね。自分でも呆れるね。
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船山史家の呟きⅡ、本日の大晦日を持って満了です。ご愛顧、ご訪問ありがとうございました。
Blogの冠たる船山温泉に行く回数が減ってしまったけど、新年元旦から船山史家の呟きⅢスタートです。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/
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MISTY [風景]

ドーミインで目覚めカーテンを開いたら外は真っ白だった。
まさか雪か???
違った。霧だった。
観音山方面が見えない。観音山どころか駅方面にあるWHも見えない。でも天気予報を見たら晴れになてったので、すぐに晴れるだろう。
9時に保健所の担当官とアポを取っているので、チェックアウトして社用車を出したら100m先で視界が遮られている。
ドーミインからほど近い保健所へ9時過ぎに届出を済ませ、簡単な指導を受けて公道出たら霧はやや薄まっていた。
それでもこんな感じ。
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太陽の方角を見ても光が白く、青空が見えそうで見えない。
地上21階の高崎市庁舎が霞んでいる。
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霧の中にうっかり入ったら、そのまま何処か違う場所へ連れ去られそうだな。
市庁舎は烏川に、県庁舎は利根川に洗われている。
おそらく県庁舎も朝霧に覆われていただろうな。見てみたかったですね。あいにく前橋方面の公用は前日に済ませてしまったので。

それから吉井IC方面へ向かった。
途中、市内の上信電鉄踏切で、群馬サファリパーク号(仮称)がやってきた。逆光と、白い光と、車輌のボディがゼブラをイメージしているのでモノクロームになってしまった。
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中山峠を越えて吉井ICに向かう途中、武州方面の山々の頂きは青空を背景にしていて、地表に近い部分に雲がたくさん下りてましたね。
稲刈りが終わったそこかしこの田んぼからも霧が立ち昇っていたし。
藤岡市方面の公用を終えて現場にカオを出した。
「今朝は霧が凄かったな」
前にhttp://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-03-18に登場したNという超マジメな女性社員が、
「家を出たら視界が100mもないので、道を変えて慎重に来ました」
「100mなかったよな。8時台でライト点けてるくるまもいたし。」
「晴れそうで晴れなかったんですよ」
「そっちは田んぼの畦道を走るんだろ?」
「ちゃんとした道ですよっ。〇〇さん(私のこと)は大丈夫でしたか?」
「中山峠を越えて吉井町に出たら晴れたよ。・・・でもお前らはいいところに住んでるんだなぁ」
「何がですか?」
「今朝の風景は滅多に見たことない風景だった。ビル街の霧とは違うな」
「???」
「高層ビルは上の方が霞んでる。この地の霧は手の届く位置にあるんだよ」
「高いビル自体がそんなにないですからね」
どうも会話が上手くかみ合わないですね。私は日頃満員電車に乗ってビル街へ通っているので、山々を背景に自然の中をくるま通勤しているこっちの連中が羨ましくなったんですけど。この地にいながらして今朝みたいな光景に時折触れるんだから。
「アナタは出張で行くから群馬がキレイに見えるんだろうけど、現地に住んでる子らはそこまで思わないんじゃないかなぁ?」(ジャン妻)
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昼前にはすっかり晴れた。
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かみなり銀座 [風景]

ホテルドーミインの客室からです。
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高崎駅ロータリー前にあるドラッグストアで500円の傘を購入して、ほうほうの体でここへ辿りつきました。
安くて小さい折り畳み傘を持ってたんだが、どうも和が家に置いて来たか、駅まで送って貰ったママのくるまの助手席に置き忘れて来たらしい。
和が家に電話しました。
「無事に高崎に着きました。もし小さい傘があったら置いといてください」
その傘はジャン妻から借用したものだが、、
「スマン、紛失した」
「あんな恥ずかしい安傘・・・別にいいわよ。」
素っ気ない返事が返ってきた。
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高崎駅前も叩きつけるような豪雨で、ロータリー全面が巨大な水たまりになっていた。
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水はけの悪い町だね。傘をさしても膝下がズブ濡れ。靴が、靴下が、ズボンの裾が濡れた。歩道も車道も浅い川みたいになってましたね。久々の里帰りに何でこんな洗礼を浴びなきゃならんのだ。
濡れながらまた思った。まさかこの天気でNANAは早仕舞いしてねぇだろうなと、マスターの営業根性を端っから疑ってかかったのです。
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煌めく稲妻♪、轟く雷鳴♪・・・(変身忍者嵐)
昨日も台風で凄かったですが、今回の記事は平成26年8月豪雨と命名された期間中のできごとです。動きがノロノロしていた台風11号、12号、台風通過後に日本列島に停滞した前線や、暖気流の影響によるもの。
上州名物が、かかぁ天下と空っ風、もう一つがかみなり銀座と謳われるのは、南関東太平洋側から吹いてくる風が上州の山岳地帯で遮られて上昇して雷雲が頻繁に発生するのです。近年はエアコンの普及により、東京都心や近郊のヒートアイランド現象が重なって更に熱くなった。だからかみなり銀座なんて呼ばれるくらいに雷が発生する。
近年、夏に天気予報を見てると、前橋、伊勢崎、館林なんかで、40℃の気温が観測されるのも珍しくなくなった。
埼玉県熊谷市もそう。秩父山脈で同じようなことが起きるからである。
だが例外の場所もある。今年の夏に社で初めて夏休み3日間が支給されたが、ひとりの若手女性社員がまぁ渋いことに草津温泉へ2泊3日で行って来た。
「草津?」
「そうです。〇〇さん(私のこと)行かれました?」
「俺は伊香保や水上は行ったが、硫黄が苦手なので草津は行かなかったな。
「夏場は暑かっただろ。どうだった?」
「寒かったですよ」
「寒かったぁ?」
そう。標高の高い草津や水上は真夏日はないという。要は県内の南北で温度差があり過ぎるんですな。

前橋地方気象台によると、私がずぶ濡れになったこの日の群馬県は、午後5時過ぎから県内全域で落雷が断続的に発生した。高崎市上並榎町では落雷による火災で木造住宅140平方メートルが全焼。家に雷が落ちて2階から火が出たというのである。
前橋市での雨量は午後7時半から1時間に41.5ミリ。高崎市内でも烏川の支流、井野川(一級河川)周辺で避難準備が発令された。
私はその辺りに住んでる女性社員に連絡しようと思ったが、それをやったら私がこっちに来ているのがバレてしまう。あくまで東京にいて現地を心配しているという体裁を繕ってメールしたら、「これくらいならたいしたことないから大丈夫ですよ」とあっけらかん。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-03-30-2でも書いたが、どうもこっちの子達は災害に対して危機感が希薄だね。

前に空き缶プレスが得意な万力女の記事を載せた。その子はガタイがしっかりしている。肩幅が広いので着れる服がなかなかないとコボしていたくらい。
「俺の上着、着てくれないか?」
「どーしてですか?アタシ別に寒くないですよ」
私の好意と勘違いしたらしい。そうじゃなくって、「上着の形が崩れたからさ」
その子はムッとした。
親に言いつけたらしい。会社の人にこういうこと言われたって。親はゲラゲラ笑ってたそうだがその子は私より10cmくらい背が高いんです。見上げるほどではないが、その子にからかい半分で、
「雷が鳴ってるが大丈夫か?」
「???」
「お前ん家は森の中だから木に落雷するから大丈夫?」
最初、私の言ってる意味が通じなかったらしい。「ウチは確かに森の中ですけど大丈夫です」なんてツマんない返信が来たので、
「そーじゃねーよ。お前は背が高いから直接雷が落ちるぞ。この歩く〇雷針女め」ってやったら傷ついたらしく、
「失礼ですねっ!!アタシは家ん中にいますっ!!」
キツい口調で抗議の返信が来た。今まで私のシンパだったがもしかしたら嫌われたかもしれないなぁ。

日本列島至るところで豪雨、竜巻、土砂災害で甚大な被害。痛ましい限りである。日本はどうにかなっちゃったんだろうか。
それでも止まない雨はない。1時間後に雨が止んだ。
2軒目はNANAにしようと決めているけど店は営ってるかな。マスターは自分に甘いから、悪天候を理由に早じまいしかねない。
生ぬるい夜風にあたりながら外へ行こうとしたら靴が湿気ている。
1時間程度の室内のエアコンじゃ乾きゃしないよ。靴下も濡れたので裸足で革靴です。ドーミインには衣類のファブリーズが常備されているのでそれを吹きつけた。
営っていた.jpg
おう、営ってるじゃねぇか。
「あれっ??」
あれっじゃないっつーの。
「どうしたんですか?久しぶりですね」
「さてはこんな天気だから早く閉めようとしてた?」
「いえいえ営りますよ。でもさすがにお客さん来ないんで・・・どうぞ」
「うん」
先客が2人いた。男性と女性です。男性は濡れた靴に新聞紙を丸めて突っ込んで乾かしてました。
またかよ.jpg
またこんなおとおしを出しやがったなっ!!
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そして。。。 [風景]

船山史家の呟きⅡへご訪問いただき、ありがとうございます。
先日、ソネブロの使用領域が900MB近くなったので、最後のディスク容量追加を依頼しました。

こんな風に表示されます。
最期の追加申請.jpg
そして追加を依頼します。100MBずつこれの繰り返しなんです。
最期の追加依頼.jpg
まだ依頼の途中です。
最期の追加依頼2.jpg
これでMAXです。
最大1GBになりました.jpg
ソネブロは1アカウントで5つのBlogを設定できますが、1つのBlogについてはMAX1GBまでなんです。1000MBですね。
なので年内に船山史家の呟きⅡは終了します。既にⅢの準備に取り掛かっています。ⅠもⅡもⅢも内容的には変わらないのですが、Ⅰに比べて現在のⅡは記事や写真のサイズがデカくなったのもあって、意外と早く満タンになったなと自分でも思います。
有料プランだと10倍になります。いつかはⅤに辿り着くので、Ⅲ、Ⅳと進めてⅤになる際には有料プランに切り替えることを考えてみます。

いつだったか、「もう毎日更新すんのやめようかなぁ。今夜酔っぱらって寝てしまえば明日から楽になるかなぁ」な~んて自分に甘える時期がありました。
今でも時折そうなんですが、ナワ~ルドさんに、「書きたい時に書けばいいんですよ」とコメントを頂いたらス~ッと気が楽になりました。
ジャン妻からは、「Blogはアナタの生活リズムになってるんだから・・・」
・・・の後、続けたら?とは言わなかったんですね。やれ、とも言われてませんが、ああそうなのかなと思って続けております。。
無気力という訳ではないのですが、自分の中で何が引っかかってるか考えてみたら、Ⅰに比べてⅡ、特に後半は記事のカテゴリで人間ドラマが減っているんです。
Ⅰの頃は日常のオチをHappyEndに持って行けたのでUpできる笑えるネタが多かったのと、Happy、BestとまでいかなくてもBetterに持って行ける部署にいて、自分の判断でアクションできたのですが、現在は異動の影響であまりそういう人間ドラマに関われないもどかしさがあってUpできないんですね。俺が間に入ればそんな残念なオチに持ってかないというのが結構あるんですよ。先日Upした「苦い送別会」なんかそうです。
私は見てるだけ。私自身のジレンマ、歯がゆさはそこにあって、更新気力、パワーが以前ほどないのです。でも止めてしまうのは簡単だし、後で後悔するのがイヤなので、Ⅲも続けてみようと気を奮い立たせています。
偏ったカテゴリ、いつも同じような記事ですが、今後ともご愛顧のほどよろしくお願い致します。

そして。。。
駅前2.jpg
通町.jpg
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旅は終わらない.jpg
旅は終わらない。。。

その前にちょっと武州に寄り道します。
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壁紙 [風景]

松井田バイパスから1.jpg
登ったことはないけど。
近くまで行ったこともないけど。
見ると何故か心が安らぐ山でした。
松井田バイパスから2.jpg
次回はいつ見られるかな。
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PC壁紙.jpg
私のPC壁紙です。
これを見ながら無聊をなぐさめています。
私はこの壁紙を見ながら、ある女性スタッフに言われた言葉が支えになっているのですが・・・。
「会社に群馬が好きだって言いなよ。そしたら群馬の担当にして貰えるよ・・・」
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-03-30-3

「アナタは現地のオンナに好きよって言われたらアタシを捨ててそっちへ行くの?」(ジャン妻)
「いや、さような意味では。。。」
「もう振り切りなさいっ」
「そ、そうはいっても・・・」
「未練たらしいんだから」
「・・・」
厳しいですねぇ。(^^;

しばらくコメ返しが遅れますがご容赦。。。

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SAKURA [風景]

24年春、上州の桜に迎えられた。
桜とお堀1.jpg
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25年春、上州の桜に見送られた。
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26年、今年の春は上州の桜は見ていないが、さぞかし満開だっただろう。
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某現場に電話したら従業員のヤンキーっ娘どもとこんな会話になった。
「こっち(東京)は桜が満開だよ。そっちは?」
「こっちも咲いてますっ」
「昨年は桜に見送られて東京に帰ったけど、○○(ジャン妻)は泣いてたからな」
「覚えてます覚えてますっ。(受話器の向こうで)ねぇねぇみんな、○○さん可愛いんだよっ。アタシたちと別れる時泣いたんだからっ」
そしたら受話器の向こうで、知ってるよ~の声に続いて、「○○さんたちと知り合って3年目に突入~!!」
この会話を知ったジャン妻は、「フンっ、今度会った時は泣かないよ」とうそぶいてた。
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桜咲く春は別れと異動の時期でもある。でも別れても離れても、何かで何処かで繋がっているような気がしてならない。
桜が私にそう語ってくれている。
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朝日と残雪 [風景]

白夜が明けた。
青空に残雪が眩しい。
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2回の大雪はいずれも週末でした。まだ土日でよかったとも思う。平日だったら対応がタイヘン。
1回めの積雪、週明け月曜、ブットンだヤンキー娘の社員から朝8時に着信があった。
こっちは都内の通勤電車ん中ですよ。上州はくるま通勤だからそういうのわからないみたいだね。折り返したら、
「あの~」
「何だ?」
「雪かきぃ~」
「何だって?」
「雪かき!!」
「それがどーかしたか?」
「朝早く来て雪かきしたんですけどそれって時間外(残業手当のこと)になるんですかっ?」
「う~ん・・・」
そういうことか。しっかりしてますね。その場では決済しなかった。決めて後で連絡することにした。それは勤務時間込みじゃないのという意見が多かったが、まぁ今回は上乗せしてもよかろうかと。
「何時に出勤したのさ?」
「6時半!!」
「朝、何時に起きてる?」
「5時半!!」
「よくそんなに早く起きれるなぁ」
「アタシ、血圧低いんでっ」
(それは違うんじゃないか?)
「わかった。その分は上乗せしていい。今回だけだぞ」

もっと凄かった2回めの大雪ん時は出勤できず幾つかの支店が休業した。
「あの~・・・」
また架かって来たんです。
「今回の雪で休んだのって有休なんですか?」
これについては私も独断で決めずに上や関係者に問い合わせたのだが、一旦は有休扱いになった。
「えぇ~えぇ~(不満気)」
「俺も釈然としない部分はあるんだが、今回は災害指定にまでなってないからね。そうそうあるこっちゃないから有休だよ」
「ワカリマシタ」
ところが3月に入ってからお達しがあり、雪で出勤できなかった日は有休処理しなくてよくなったのである。対象は土曜、週明けの月曜火曜くらいまで。
「やったやったぁ~」
そんなに喜ぶほどのことか。
「勤務表から有休外して再度俺に勤務表を送信してくれ。雪で出れなかった日だけだぞ。体調悪かった日まで雪のせいにすんなよっ」
「めんどくさ~い。そっちで有休外しといてくださいよ~」
「全員分できないし、俺が外し方を間違えたら有休残数が狂うからそれは各人がやってくれ」
「わかりました。今日中?」
「早い方がいいな」

その後、勤務表を添付して再送されてきたのだが、こんな絵文字が入っていた。

(V)o¥o(V) (V)o¥o(V) (V)o¥o(V) (V)o¥o(V) (V)o¥o(V)

何だこれは。。。(-”-;)
俺はムッとした。普通はメール文章に「勤務表送ります」「再送します」とか入れるのに、この俺をおちょくってるような絵文字は何だ?
「これは何だ?」
「バルタン星人」
[むかっ(怒り)]
有休処理しなくてよくなったのがそんなに嬉しかったのか。それにしてもフォッフォッフォッってのは何だい。俺をあざ笑ってんのか。何だと思ってやがる。友達じゃねーんだから俺は、仮にも上役だぞっ。

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一旦帰京して、2回めの豪雪明けに上州に来るのですが。。。
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雪の降る街を [風景]

雪の上州玄関口2.jpg
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雪の降る街を~
雪の降る街を~
想い出だけが通りすぎてゆく
雪の降る街を~
遠い国から落ちてくる この想い出を この想い出を いつの日かつつまん
温かき幸せのほほえみ
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雪の降る街を~
雪の降る街を~
足音だけが追いかけてゆく
雪の降る街を~
ひとり心に充ちてくる この哀しみを この哀しみを いつの日かほぐさん
緑なす春の日のそよ風
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雪の降る街を~
雪の降る街を~
息吹とともにこみあげてくる
雪の降る街を~
誰もわからぬわが心 このむなしさを このむなしさを いつの日か祈らん
新しき光降る鐘の音

作詞は故・内村直也さんで、作曲者は故・中田喜直さん。
中田さんが山形県鶴岡市(故・藤沢周平の海坂藩)で見た雪景色から生まれた曲ですが、何処の街の雪景色でもフィットすると思います。
その街に想い出があれば。。。

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一旦、旅装を解いて一服し、さて今宵はどの店へ行こうか。
その前に、ちゃんと営ってるのかな。。。
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雪の訪問者 [風景]

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雪が降り続いている。
安中駅で呼んだタクシーが県道212号線を平均時速30kmで慎重に走って行く。
間仁田という集落にさしかかるとやや上り坂になり、これまであった轍が消えた。運ちゃんがボヤく。「轍がちょっとでもあれば安心するんですけどねぇ」
運ちゃんは内心、この客(私のこと)は閑人だなぁ、こんな雪の日に何しに行くのかといぶかしんでいるに違いない。

後で考えたらJR安中駅でタクシーを呼んで正解だった。
この雪先は世界文化遺産登録申請中富岡製糸場のある上州富岡市との境目で、峠を越えたら九十九折になる。上信電鉄の上州富岡駅からだとタクシーはスリップして上りきれなかっただろう。
上信電鉄はレールの規格が小さいので、雪に埋もれてダイヤ通りに走っていたかどうか危うい。この日は遅れがちだが信越線は何とか運行本数を保って走っていたのです。

私を乗せたタクシーが走っているこの道は上州滞在時に数回、走ったことがあるが、今は吹雪いているので全く知らない道に見えた。
上間仁田に差し掛かる。集落には誰も人が見えない。アタリマエである。こんな悪天候で外出している方がオカシイ。大方は家ん中でじっとして、ソチ五輪でも見ているのだろうよ。
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雪が深くなっていく。
それでもタクシーの無線はよく鳴るんです。女性の声で配車係が、「〇〇方面1台、〇〇さん」、「〇〇方面は走行可能ですか?」ってな具合でよく鳴る。これは帰り路でもずっとそうでしたね。たまたま今日が出勤日だったこの運ちゃんは運が悪かったということで。
何しろ吹雪なので、「まだ着かないのかよ」と訊くのもはばかられる雰囲気である。目的地に近くなった頃、「このすぐ左手にあるんですが、道が見えないのでちょっと廻りますね」
運ちゃんは私が目指す施設への雪に埋もれたショートカットの近道を避けた。近道がありそうだが白い雪で道路と路肩の境界の判別がつかないのである。迂回した。
ぐるっと廻って施設へ向かう最後の緩い上り坂にさしかかったら、スリップしてそこから上れなくなった。
「すみませんお客さん、ここまででもう無理です」
「あの建物がそう?」
「そうです。すみませんがここからは歩いてください」
料金を支払い、「帰りもまた来てもらうと思うけど・・・」
「じゃぁ時間に余裕を持って呼んでくださいませんか?」
「JRの時間もあるし。余裕持って早めに呼びます」
タクシーはUターンではなくバックで引き返していった。
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降りたはいいが、ここから施設の玄関までまだ相当あるぞ。除雪してないし。
私は今日、この施設を訪問する旨は新幹線で降りて信越線に乗り換える際に電話で連絡してあるんです。
「今日はやってますか?」
「ハイ、やっております」
「安中駅からタクシーで行けばいいんだよね」
「そうですね、バスもありますが、タクシーの方が・・・」
バスとはぐるりんのことらしいが本数が極端に少ないに決まってる。

施設に向けて歩き出した。
私はスノトレでも長靴でもない。革靴です。ノーネクタイだがもちろんスーツです。
新雪をサクサク踏みしめて施設の玄関へ歩く。除雪してないし誰かが来た形跡もない。おそらく今日は私が最初で最後の訪問者ではないだろうか。
安中市、学習の森、ふるさと学習館です。
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「???」
今日は展示室は開いてないのかよ?さっき電話したら大丈夫だと言ってたじゃないか。
奥から男性の館員が出て来た。こんな天気の中、何しに来たのかと思っただろう。私も自分のことを棚に上げて職員さんに対してそっちこそこんな天気の日にここで何してんのかと思った。館内は誰もいないし照明は消えてるし、暖房も入ってないのでヒマしてるようにしか見えなかったのである。
「さっき電話したモノだが、今日は展示物は見れないのかな?」
「いえ、大丈夫です」
もしNGでも、俺はこの豪雪の中をやって来たんだからゴリ押して無理強いしてでも見せて貰うゼという気構えで臨んだのだが、そんな肩肘張らんでも職員さんがあっさり、「大丈夫です」とのこと。さっき電話に出た職員さんらしい。
入館料100円を支払った。おそらく今日唯一の売上だろう。
1階はプチ図書館のようになっていた。八重さんや襄さん関連が掲示してある。
図書室.jpg
照明消えた展示室.jpg
ここで帰りの上り電車時間、そこまでタクシーで戻る時間、タクシーを呼んでここで待つ時間をサッと逆算して見学時間を算出した。
「ええっと、〇〇〇の〇〇〇は何処に展示してあるん?」
「・・・???・・・」
職員さんは固まった。
「展示ルームは2階にございます。今、電気と暖房を入れます」
と言いながら職員さんは、〇〇〇?そういうのを見に来たの?こんな悪天候の中を?といった表情であった。
何ちゅう閑人かと思ったに相違ないが、黙殺して2階の寒い展示室に上がった。

私が見に、調べに来たものはこれです。
これも詳細不明のミラージュ.jpg
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もも [風景]

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ある晴れた朝。。。
駅西口で大正時代創業のたばこ店、U商店(高崎市八島町)のショウウインドウで店番をしている猫がいる。
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名前はもも。雄です。二代目。初代はもも子という雌だった。
道行く女子学生やサラリーマンが目に停めて見入ってたりする。
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U商店は市の駅前、街角に残る唯一のたばこ店です。未成年者の喫煙防止の為に導入された年齢識別ICカード、taspo(タスポ)の導入で、街角から多くのたばこ店が消え、自販機とコンビニに依存している中で唯一のタバコショップといっていい。

たばこ店が消えたとはいえ、市が分煙、禁煙に力を入れているわけではない。殆どの飲食店で分煙なんかされていないし、喫煙マナー向上の促進も殆ど見られない。そういうのはまだ都心や神奈川の方が進んでいる。
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大抵の店には灰皿がある。街角にも灰皿があったりする。ただでさえ利用客が減っているのに完全禁煙にしたらその飲食店は潰れるだろう。私はたばこの煙は嫌いだが、そこはまぁ理解しているつもり。
私も飲食店や居酒屋で灰皿を出されたことが何回もある。「吸わないよ」というと相手は意外そうなカオして引っ込める。喫煙者に見えるらしいのだ。「前は吸ってたんでしょ?」とかね。

吸わないので駅前たばこ店でも買わない。猫、ももを眺めるだけ。
上州に住んでる頃も時々見かけたがいつ見ても置きものみたい。晴れた日、陽射しの当たる通勤、通学時間帯に店番していることが多いです。
店からお母さんとお嬢さんが出て来た。
「この子、撮っていい?」
「どうぞ~」
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ももは眠そうである。
たばこ店に限らず個人商店の店頭に招き猫が鎮座していた光景は、駅前の再開発と郊外へ出店した巨大複合商業施設に押され、街角から消えつつある。
では都内へ戻ります。
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群馬の森にあるもの [風景]

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県立の総合公園、群馬の森。。。
4haある芝生広場では、簡単な球技、太極拳か体操するお年寄りの集団、散歩する夫婦や親子連れ、トラックを走るランナー、サイクリングロードを行る人。。。
(4haは40000㎡、東京ドームの広さが46755㎡)
芝生広場も広いが、他にもわんぱくの丘、かたらいの丘、名前の付いていない広場や丘、鬱蒼たる森がある。
群馬県近代美術館や歴史博物館も併設されている。私は美術には造詣が無いし、歴史博物館には興味があるが、来春まで休館中だった。
(その歴史博物館には、この公園内で私が探す“あるもの”は展示されていないらしい。園内に飲食店があるかどうかはわかりません。)
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澄み渡る冬の青空、枯れた薄い芝生、老若男女を問わず健康そうに身体を動かすひとたち。金のかからない健康的な家族サービスといった感だった。
それを横目に見て、私は公園内で薄暗い場所、段差のあるエリアを探し歩いている。

実は私、この散策日の数日前、公用中に右足を痛めてるんです。踵の外側からクルブシにかけて筋を痛めたらしい。
でもってこの日は革靴です。足首に鈍痛がするのでゆっくり歩いた。何とかこの散策時間中だけ痛みがブリ返さないで欲しいと思いながら歩いている。
朝飯後(もりや食堂)後にロキソニンとテルネリンを服用しました。そうまでして散策、探しているものって・・・?
後で呆れないでくださいね。

正面入り口から左エリアを歩く。
方位的には公園の北側です。左手に美術館、休館中の博物館を横目に見て歩くと、前方は樹木が増えてきた。
その森は何だかジメジメして薄暗く、わんぱくの丘、かたらいの丘という標注はあるものの、遊んでいる腕白小僧なんかいないし、語らっている人たちもいないし、佇んでいる人すらいないぞ。
公園に造り損なったエリアにしか見えない。日差しがあまりあたらないんです。
遊歩道を散策している人たちも、間違ってこの薄暗いエリアに迷い込んだかのような表情で、こんないい天気なんだから明るい広場へ出て陽ざしを浴びようよとでも言いたげに急ぎ足で歩いていた。
薄暗そうな森へ.jpg
なんとかの丘、という表示に妙な違和感を持った。
丘は丘なんだが、高さが揃っているんです。殆ど同じ高さ。低くて一定なのである。これは自然の丘ではないし、山を削った丘でもない。
その丘に上がる階段は土が崩れないよう丸木で補強、固めてある。
足がやや痛む。階段を上がって丘の一画に上がってみて愕然とした。
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土盛で囲まれている1.jpg
土盛で囲まれている2.jpg
そこは平場になっていて、一部にベンチが設置されていて確かに公園なんだが、周囲は人工的な土盛で四方を固められていた。
その区画が複数並んでいる。一画一画が、まるでこれから分譲される住宅建設予定地のように規則性がある。方形になっているようなのだ。
土盛の上を歩いてみた。
土塁上を歩く1.jpg
土塁上を歩く2.jpg
土塁上を歩く3.jpg
十字土塁1.jpg
十字土塁2.jpg
土盛は途中で十字クロスしている。歩道に見えるが公園だとしたら異様である。
ところどころに空間が空いていて橋が架けてあったりするので土盛上は歩いてもいいようである。途中、空間、切れめがあったりする。
橋があるから歩いていいみたい.jpg
入口跡だろうか.jpg
何だか異様である。
公園化の為にわざわざこんな土盛をして平場の周囲を固める必要があるだろうか。
前はここに何かが建っていて、それが取り除かれ、方形の土盛だけ残存しているように感じた。
何かがあったのだろうか。
だが群馬の森の異様な光景はこれくらいではまだ序の口なんです。

丘・・・というか台地から北側に下りました。右足が痛んできたぞ。上がったり降りたりでブリかえしたみたい。
降りたそこにも遊歩道があって、今まで私がいた丘の先を見ると人工的な切崖になっている。どう見ても自然地形ではない。
何やら近代要塞か中世の館跡、平城の土台が残存しているように見える。
遊歩道に下りる.jpg
人工的な切崖1.jpg
人工的な切崖2.jpg
このような切崖というか土台みたいなのは公園内の至るところにあって、幾つかはブッ太い土盛(土塁)で囲われていた。何かの施設、建物がこの区画にあったのは間違いない。
現在は森だが、もともとの自然の森ではないのではないか。もちろん私はその正体、森の前身を薄っすらと知ってはいますがもったいぶりながら先を急ぎます。薄暗い遊歩道を東に向かって歩くと、左手(北側)は公園化されていない雑木林、そこは厳めしい黒い鉄柵で鎧われていて侵入者を拒んでいた。
柵1.jpg
柵2.jpg
この柵は延々と続き、東側の出入り口、駐車場まで続いているようだった。何故、柵の向こう側は公園化しないで雑木林のまま放ったらかしにしているんだろう。
その先、柵の奥、雑木林に何か見えるぞ。
そこにあるものは。。。
何だこれは?-1.jpg
???
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From The Bay [風景]

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横須賀港です。
昨日の鎌倉に続いて、横須賀市内に公用ができたのでJR横須賀駅で降りたら、駅前にヴェルニー公園というのがあって、そこから見た風景。
軍港ですね。前は大日本帝国海軍で、今は米軍や海上自衛艦の港。
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故、ジョージさんを口ずさむ。
The‘re goin’home from the bay
水平線のない海。

ヴェルニー公園.jpg

もう1曲、口ずさむ。
日がなベンチに座り、替わる時を眺めている老人を探し出そう
残された時間を聞きだすため
ベンチに座る老人.jpg
砂埃を浴びながら 英曲名はMy Fortune
http://www.youtube.com/watch?v=fHhBmKS6BvI
私は20台の頃、この曲はサラッと弾いたもんです。それはともかくもある一件で、私に残された時間はそうないのを最近、知ってしまったのだ。

そういえば、柳ジョージ&レイニーウッドを初めて観たのは横須賀市民会館だったなぁ。

横須賀駅構内の老夫婦.jpg
横須賀市は会津若松市と友好都市なんですってね。
現在は高崎市に吸収されたが、以前は上州倉渕とも。

時刻を見たら16時だった。
今から東京本社へ戻るのもなぁ。
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いざ鎌倉 [風景]

今年8月半ば。
クソ暑い最中、鎌倉市に公用ができた。
鎌倉ねぇ。
古都鎌倉はあまり行きたいと思わないのよ。湘南の海とは同化できないし、道は狭く渋滞するし、今は住みたいと思わない。
“今は”というのは、一時期、市内に住んでた時があったんです。湘南モノレール沿いだった。
でもいい思い出がない。鎌倉市民になれなかった。ジャン父(故人)が病に倒れたので1年あまりで横浜に戻った。

鎌倉は散策する気も全くない。いいトコ大船か藤沢止まり。基本的に私は飲み屋のない街、狭い道の街は受け入れないみたいですね。
それだけが理由じゃないけど、どうも惹かれないんです。

鎌倉幕府が嫌いだからかもしれない。
私は吾妻鏡というものを信用していないが、そこに秘められた鎌倉武士のドロドロした世界が好きではない。狡兎死して走狗煮らるの世界、巧成った暁には身内も御家人も始末されてる。
平氏は殆どそういうのがないが、源氏は身内骨肉の争いが多過ぎるんです。
鶴岡八幡宮なんて実朝の殺害現場ですよ。そういう場にお参りに行く気になれないな。神社仏閣すべてに武士の怨念がこもっているような気がする。

世界遺産登録を申請しようという動きもあるみたいですね。今回は取り下げたのかな。今だって交通網が整備されてないのにそんなんに登録したら三方を山に囲まれた鎌倉に人が溢れるだろう。
炎天下1.jpg
炎天下2.jpg
今回の公用は鎌倉駅から歩いた。
八幡宮前の参道を海に向かって歩く。時間にして僅か15分程度だが、暑いので距離がものすご~く長く感じた。
夏を謳歌する若者と観光客たち。あんまり暑いので、肌の露出が大胆な若い女性に目を向ける気もおきない。クソ暑い熱射の下を黒いダークスーツのオトコがトボトボ歩いていく。
上着は脱いで手に提げている。上着を持つ腕すら汗ばんでくる。
公用はあっさり済んだ。
海は閑散としてた.jpg
気温がグングン上昇してきたぞ。
帰りもあの距離を歩かなきゃなんないのか。そう考えたらゲンナリしたので江ノ電の和田塚駅に向かった。

和田塚??
何処かで聞いたような。
ああ、伊吹五郎さんが演じた和田義盛か。
テロップ.jpg
和田塚3.jpg
和田塚2.jpg
和田義盛は北条氏が目指す執権専制政治の生贄になった。
北条氏は創業時のラーバル、三浦一読がジャマなのだが、黙ってやられるくらいならと和田義盛は打倒北条に決起する。だが同族の曲者、三浦義村が土壇場で裏切ったので和田一族は単独で幕府を攻める。
最初は優勢だったが2日めには幕軍が増えて和田軍は敗北する。江ノ電和田塚駅の側に和田一族の墓がある。だから和田塚。
明冶25年に新道を作る際、恐れ多くも塚の一部を掘ったら人骨がたくさん出てきた。和田合戦時の戦死者のモノであろうと。
和田塚駅.jpg
去って行く電車.jpg
あれっ??
ここまで歩いて方向感覚を見失い、鎌倉方面の電車を藤沢方面と勘違いし、見送ってしまったぜ。
次の電車まで20分もあるぞ。
結局、歩いた。
踏切1.jpg
踏切2.jpg
結局歩いた.jpg
鎌倉駅までたった1区間で450mほどだが、その間には昭和初期まで学校裏、琵琶小路、大町、蔵屋敷、小町(移転前の鎌倉駅)、5つの駅があった。
「身体の為に敢えて歩いたのさ、駅5つ分の距離をね」って強引に考えて己を納得。。。するわけないだろ。でも鎌倉までの道、商店街は渋滞で、ヘトヘト歩いた私の方が早かったですよ。
鎌倉駅ロータリー.jpg
駅ロータリーに着いて時刻を見たら11時まで間がある。11時になればランチネタのにありつけると思ったが、それまで待つのもバカらしく、結局、スタンドで妥協した。このままだと脱水症状になると思ったので。
サンド.jpg
それにしても、何もしなくても集客に苦労しない街だなぁと思う。
鎌倉で飲んだことも食事をした記憶もないが、齢50になった今でも、な~んかサクセスにありつけない街なんです。
鳥居.jpg
現場部門から事務管理部門に異動した私は今後、こういう地方都市への公用が増える予定。
それはそれで楽しみでもあるけど。
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豊田屋旅館 [風景]

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これは早朝の風景ですが、日中でも上越長野新幹線が停まる駅とは到底思えないくらいの寂れ方。立派な上州最大の駅前なんですがね。
新幹線でホームインすると寂しく感じる人も少なくないそうです。
的にはそこが落ち着くのだけれど。
GETU。。。のママに、
「こっちより東京の方がいいでしょ」って言われて、「こっちの方がいい。駅前なのに人が歩いてないところがいい」って答えたのはホンネです。新幹線で降りて駅前に人が殆ど歩いていない街ってのがいい。

懸念もある。今後も開発計画はあるみたいだが、個人商店がどんどんシャッター化していき、近代的なビルやマンション、その他複合施設になっていくのだろうか。
若い店主が経営する飲食店がやけに多いのは地元でも雇用が少ないからだろうか。だったらいい物件さえあれば独立して小さくてもいいから一国一城の主になっちゃえっていうものなのかもしれない。

そういえば誰かが言っていた。新幹線が停まるこっちと、県庁所在市を合併させて、政令指定都市を目指すのがいいって。それが上州全体の発展に繋がるんだと。
ひとつの意見としては頷けなくもないが、どんなものだろうか。殊更両市を煽るのもなんなので止めておきます。私はrたまたま新幹線が停まる駅に住んだだけで、県庁所在地に住んだら、それはそれでオモシロい1年か2年になったでしょう。
豊田家1.jpg
駅前の四車線大通り(シンフォニー通り)の一画、WH(ワシントンホテル)の先のビル脇に古めかしい旅館がある。
朝からベラベラ喋くっているラジオ高崎の道路向かいです。再開発地区にそこだけ場違いのように取り残された木造、瓦屋根の建築物。
豊田屋旅館といいます。
豊田家2.jpg
この旅館は明治17年(1879年)、現在より駅寄りで開業していたが、昭和7年に作られた本館のみ現在地に曳き家されて移転してきた。1年かかったという。
移転は平成13年の駅前通り拡張と区画整理によるもの。それまでは駅前に旅館がたくさんあった。明治のいつか、市内の城跡に陸軍の連隊本部が置かれ、将校、兵士たちが面会する際に利用された。
軍隊は非番の日の外出時間が限られている。家族との面会の他、道ならぬ逢瀬にも利用されたのは想像に難くない。軍人以外にも、作家、画家、音楽家、著名人が利用した。
豊田旅館1.jpg
現在、宿泊者を受け入れているかどうかはわからない。よく夕方になると旅館前の敷地がくるまで一杯になるから要予約の宴会は受け付けているようです。
私は入ったことはないです。外から眺めるだけ。現地の卸さんで利用した人がいて聞いてみたら部屋はすべて個室で、週末は予約が取れないほどだという。

迂闊にも、この建物が国の有形文化財に登録されているのを上州から引き上げてきたら知った。
調べてみたら昔の建造物の用語で、入母屋(イリモヤ)造り、妻入り、破風(ハフ)、懸魚(ゲキョ)、軒唐破風(ノキカラハフ)とかあったがサッパリわからんかった。

作家、故司馬遼太郎は軍隊にいた頃、伝令将校として豊田屋旅館を訪れている。旅館にいた上官に直立不動で何か重要事項を伝えたのだろう。
昭和のいつ頃か、市内で講演した際、この旅館を訪れて部屋と再会している。
豊田旅館2.jpg
東京から主要人物を迎えて会議を開催する時、私はここを推薦したのだが却下されてしまった。女性陣から「何か出そうだからヤダ」というのである。
「床がギシギシ鳴るんじゃないの?」とも言われた。
出席者の人数が多かったので、結局は近隣のホテルになっちゃった。一度、行ってみたかったですね。1人か2人でも予約受け付けてくれるのかな。
〇べログの投稿写真を見ると上品な盛り付けで美味しそうです。

ではいったん東京に引き上げます。すぐ来ますけど。
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今年も。。。 [風景]

今年も上州に暑い夏がやってきた。
田園風景1.jpg
田園風景2.jpg
田園風景と妙義1.jpg
田園風景と妙義2.jpg
田んぼに逆さ妙義.jpg
NHKの気象情報を観てたら、
「目が上の方向いてるよ」(ジャン妻)
私は神奈川県ではなく群馬県を見ていた。毎日毎日、前橋で、館林で、高崎で、37℃38℃39℃。。。
平熱体温を超えてるじゃないか。
もう日本は亜熱帯といっていいかも。
皆さんもご自愛ください。
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中央ぎんざアーケード [風景]

市の駅から徒歩15分にある中央銀座アーケード。
“元気です!中央ぎんざ”の垂れ幕が元気なく下がっている。
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初めて足を踏み入れた時は、和歌山市のぶらくり丁を思い出した。あのアーケードも何だか将来の見えない寂れ方だったが、この中央銀座アーケードの寂れっぷりも凄い。
昔は一番の商店街だったそうだが。。。

全国都道府県で一世帯辺りのくるまの保有数、率が首位を争う県で、女性のくるま保有率も多く、高校3年生で免許を取らないと大学にも行けないし就職にも難をきたす県、町なのです。この1年間を見てると、どんなに仕事ができない子でもくるまの運転だけはできるし、事故った従業員も数人いたが、翌日からどっからか別のくるまを調達してきて通勤には全く支障がなかった。
だがその子たちやその家族は駅の商店街まで買い物に来ない。郊外の複合商業施設に行く。このアーケードの客もそっち方面へ流れてしまったのだろう。お年寄り客がチラホラいるくらい。

BGMは映画音楽やイージーリスニングと呼ばれる前の“ムード音楽”が流れている。
歯抜けの箇所やシャッター商店が目立つ。それでも魚屋さん、青物屋さん、靴屋さん、くすり屋さん、本屋さんがパラパラ営っている。

このアーケードから西の柳川町には、昔の遊郭の名残、看板建築物、赤煉瓦、錆びた配管、細くて怪しげな路地、時代を感じる電飾看板の店等、雑多でオモシロいものがあるのですが、探索するにはちょっと私は時間がなかった。
ハマると帰れなくなりそうなので行かないようにしていた。
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映画館の廃墟がある。
それも放置されて、中は凄い瓦礫。朽ちている。
廃墟と瓦礫1.jpg廃墟と瓦礫2.jpg
廃墟好きやそっち方面の路線の方には堪らない魅力でしょう。だがなるべく入らない方が無難。特に女性は絶対にお止めください。

「これってハリーポッターの秘密の部屋じゃないの?」(ジャン妻)
「いつの映画?」
2003年頃だった。そこから時が止まっているのか。。。。
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オリオン座の壁.jpg
映画館はここと併せて4軒あったらしいが殆ど全滅です。「シネマテーク」が連雀町交差点近く、ホテルドーミインの前にあるが、ロードショー系ではなく文化系の映画館です。
東口には109シネマズというのがあって、私は「のぼうの城」を観にいった。

社の“笑ふ女”に、「休みで悪いが誰々に連絡つかないか?」
「携帯鳴らしたんだど出ません。多分、映画でも観てるんじゃないかな~」
DVDではなく映画館での鑑賞が趣味なのは結構だが、
「映画ぁ?この地に映画館なんてあんのか?」
「あっヒドいっ。ありますよっ。ぶふふっ(笑)」
「中央銀座に廃墟の映画館があったぞ」
そしたらややシロい目で、「○○さん(私のこと)、中央銀座なんて行くんですか~?」
夜な夜な徘徊してるとでも思ったんだろうか。別の女性社員にも言われた。派手っぽい女性社員がこの通りを自転車を押して歩いてたら客引きの女性に同業者かその類と思われたらしく、「どう?そっちの稼ぎはぁ?」って、今宵の不景気を相憐れむように話しかけられたんだと。
夜の中央銀座2.jpg
その社員に限らず、「気をつけてくださいね」って勧告されたことも。何をどう気をつけろってのか。私は夜にこのアーケードを徘徊・・・じゃなかったウロつくのではなく、例の酔っ払いマスター「梅ふく」や、深夜蕎麦「幸盛」に行くんだけなんだが、確かに夜はこのアーケード街って、客引きのお兄いさんや、寒いのにそんなに美脚を出してっていうくらいのカッコした美人女性が立ってたりする。
そういう業界の人に、2軒めを探すサラリーマンが金額の交渉してる光景を横目に見ながら、関わらないように、目を合わせないようにしている。
夜の中央銀座3.jpg
アブなく感じられる雰囲気は確かにあった。
店名は伏せるが、ある店で私らが勘定して貰い、店もそろそろ看板って時に外で怒鳴り声が聞こえた。
その筋の人が昔は親分だったっていう人を連れて来て、「悪いが少し飲ませてくれ」って入ってきた。私に「スミマセンねぇ旦那お騒がせして、ちょっと(連れに)飲ませたらすぐ帰りますからね」って言うんだが、俺らはもう勘定が済んでいる。
店を出てマンションに戻り、風呂から出た頃、警察のサイレンと救急車のサイレンが鳴ってた。
もしかしてさっきの店かって思ったらやはりそうだった。翌日の夕方、開店前のその店に顔を出して、「昨夜、あれから大丈夫だった?」ってマスターに聞いたら、「いやぁお客さん、タイヘンだったんです。あの後店ん中で昨夜のお客さんどうしが喧嘩になっちゃって・・・」
警察に通報したんだと。
マスターは「こういう商売を営ってるとたまにこういう時もあるんです」って余裕綽々で笑ってたが、お客さんにもイロんな方がいて、いろんなことが起きるっていうことです。その店や「梅ふく」もそうだが、確かに許せる範囲でオモシろい顔ぶれのお客さんが多かったな。
夜の中央銀座1.jpg
梅ふく&幸盛.jpg
アーケードは昼にも行きます。
「梅ふく」や「幸盛」じゃないですよ。ランチです。この店。。。
「田じま食堂」です。
田じま食堂.jpg
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別れの朝。。。 [風景]

無情にも、別れの朝が来た。
別れの朝1.jpg
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大好きだったこの街で、私がよく通ったお店たちはまだ眠ってる。
うさぎCafe.jpg尺八が流れる.jpg
陶器と天然ママ.jpgくいものや.jpg
アーケード.jpg梅ふくと幸盛1.jpg
梅ふく入口.jpg田じま食堂.jpg
親分の店.jpg東竜.jpg
鬼土楽.jpg七.jpg
味一味2.jpg鳥久.jpg
舞鶴.jpg徘徊した通りまち.jpg
おでん居酒屋.jpgもりや食堂.jpg
結.jpgガッツリ.jpg
昨年4月に、こんな風の強ぇ街にいつまでいなきゃなんねぇのかな~モードだったのが、5月か6月頃に、この街にいつまでいられるんだろう。。。に変化した。
それはここに掲載したこの街で頑張る小さい店たちの存在と、すぐ近くに住み、同じ空気を吸った住環境が大きい部分を占めています。

あと1年いたかったですね。
今日、私はこの街を去りますが、この地を私の第二の故郷と呼んでもいいですか。。。?
また還って来てもいいですか。。。?
別れの朝4.jpg
いつ来れるだろうか。いつ逢えるだろうか。。。

くるまのエンジンをかけた。
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SAKURA。。。 [風景]

マンション近くの桜.jpg
桜とお堀1.jpg
桜とお堀2.jpg
土塁上の桜トンネル.jpg
去年の4月の桜です。
風が強い地域なので早く散り始めたように思います。

こん時は転勤してきたばっかで気持ち的にやや沈んでましたね。この地に馴染めるかなぁ、初めて接するこっちの連中と上手くやっていけるかなぁ、みたいなことを考えてましたよ。1年経ってみればその心配は全く杞憂だったけど。

去年は「来年もこの桜を見るんだろうな」って思ったのにさ。
満開になる頃、私はこの地にいるだろうか。無慈悲なくらいに時が過ぎるのが早い日々。
I don‘t wanna go

浜田省吾の「桜」です。
http://www.youtube.com/watch?v=2KEg76wClug
何故、歌詞がないInsyrumentalなのか。それは桜そのものだからでしょう。
省吾.jpg
実家近くの桜.jpg
今年もキレイキレイに花開いてくれるでしょう。
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サンドストーム [風景]

3月10日(日)、横浜に行かず(帰らず)、市内にいたんだけど、スーパーが混雑する夕方を待たずに乏しい冷蔵庫内を補充すべく、最低限の食材を買いに出かけた。
「今日、買わなきゃなんないものは何?」
「バターと卵とボディソープと・・・」
そう。バターがない。昨日はトーストにしたらバターがなかった。ジャン妻は冷蔵庫内の在庫管理不行き届きを棚に上げて、「アナタはバター付け過ぎよ」
最近、「アンタという表現は止めてっ。蓮っ葉でイヤ。アナタにして」とクレームが入った。それはともかくバター付け過ぎったってそれはバターがあってこその話であろ。無いものは無いんだから付け過ぎ以前の問題ではないの?

スーパーに向かったはいいが、鼻がムズムズする。
花粉です。
上州は山だらけだから相当な花粉が飛ぶらしいが、「土の面積も広いので地表に着くと舞わないですよ。都会の方がアスファルトだから吸収しないのでキツいのでは?」て言ったのはキンメの小料理屋の親分さん。

私は昨日、一度訪城しかけて「熊出没注意」で断念した甘楽町のド級の山城を制覇、登頂して下ってきてから鼻水とクシャミが頻繁に出るようになった。ムズムズする。
ジャン妻も目が赤い。
花粉は現代病だろ。何故、原始人の俺らが罹るんだろう。トシは関係ないのだろうか。
スーパー内に駆け込んだら目と鼻が落ち着いた。スーパーもそうだが、殆どの飲食店の入口は二重になっているんです。風が強い地だから。

スーパーを歩き回りながら、このスーパーにもお世話になったが残り20日か~なんて感慨に耽ったりする。
買わなきゃなんないバター、卵、そしてボディソープ詰め替えを持ってったら、
「そのタイプはベトベトするから嫌い。他のに代えてきて」とか言うしさ。
「シャンプーは?」
「アタシのはまだあるわよ」
「アタシの?」
「シャンプー別だモン。アタシのは高いの。」
「俺のは残り少ないぞ」
「あと20日、今のボトルの残り量で持たせなさい」
「なくなるかも」
「だって(髪)ないじゃん」
「・・・」

「アナタの服はテラテラだから花粉が付着しないけど、アタシの服はそうはいかないのよね。それにアナタは髪がないからいいけど、アタシは髪が・・・」
またそうくるかい。
早めに帰ろうということにしたんだが、部屋に戻りかけた12:22、こんな風景になった。
ガスってる2.jpg
ワシントンホテルが煙っている。
観音山方面も。
ガスってる3.jpg
榛名方面も見えなかった。

これって黄砂?
砂塵?
まさか大気汚染P2.5?

今朝~午前中は晴れてたんですよ。チエさんの今日の記事にも「黄ばんでる」というタイトルで黄色い何かが舞う様子がUpされていましたね。
砂塵が去った.jpg
13:16に収まりました。今はゴウゴウ風だけ鳴っています。

この現象について、この地にありがちなアタリマエの現象なのか、まさか黄砂かと思ったらそうではなく、空気が対流して地表の塵が巻き上げられる「煙霧」というそうな。
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