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SUNRISE [風景]

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2014年が終わろうとしている。
今年の私はそれほど多忙ではなく、私よりもジャン妻の方が各部署を超えて多忙だった。
これまでジャン妻は会社側から、居れば便利の便利屋扱いだったのが、伊東という現場部門の最高責任者から、「〇の如き存在ですね」とヘンな誉め方をされた。
「凄い賛辞だねぇ」(私)
「〇の如きぃ?そんなのはくだらない比喩だ」(ジャン妻)
ジャン妻はまだ不満そうだが、現場からも、「あの人に依頼すれば大抵のエラーは修復できる」というスンバラしい高評価を得た。あまり感情に左右されずシステムを駆使して数字を打ち出すからです。
(半面、あの人に中途半端な質問はできない、どういう経緯でどんなエラーが発生したのか正確に放さないといけない、とか、こんな簡単な質問はコワくてできない、というのもある・・・らしい。
他には、「支店の業務PCアドレスにアダルトメールが来るので何とかして欲しい」みたいなクダラない要望もあった)
現在ジャン妻のデスクにはPCが3台、端末が1台、計、ディスプレが3台もあるのだ。(多い時で4台も。)本人は充実した1年だったのではないだろうか。
朝3.jpg
一方の私はヒマだった?1日も休日出勤が無かったんです。春に上州担当を外されたのをブツクサ言いながら日々を送ったが、それでも群馬の写真フォルダをカウントしてみたら出張フォルダが24もあったぞ。
そんなに来ていたかね。自分でも呆れるね。
朝陽が1.jpg
朝陽が2.jpg
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車窓から.jpg
船山史家の呟きⅡ、本日の大晦日を持って満了です。ご愛顧、ご訪問ありがとうございました。
Blogの冠たる船山温泉に行く回数が減ってしまったけど、新年元旦から船山史家の呟きⅢスタートです。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/
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ハシゴ [居酒屋]

2℃.jpg
12月の最終金曜日、世間では官庁を含めて御用納めの日です。行政廻りを担当する私も実質的には今日で本業務は終わったといっていい。
都内の酒場は今宵が最後の盛況日で混むであろうと。どーせ年度末は家でロクな家食が出ないので、ジャン妻を誘って今年1年の締めの夫婦の(会社夫婦)忘年会を2人でやろうと。
「今年の締めは高崎で」
ジャン妻はちょっとだけ呆れた。
「何で高崎でやるのさ」、
「都内は何処も今日が最後で混んでるからさ」
「・・・」
ジャン妻は、そんな無理くり取って付けたようなこじつけをという表情だが、自分が未だ行ってない和が家、まる飛に興味があるみたいです。和が家だと高崎から信越線や関越バスの本数が少なく20時以降だとちょっと厳しいので、まる飛を20:30に予約した。
ドーミイン.jpg
ジャン妻がひと足遅れて19:30にやってきた。お腹空いてるみたい。予定より早めだがまる飛に電話した。
この店はマスターが必ず出るんです。
「20:30の予定だけど前倒しして20:00でもいい?」
「ええっと、大丈夫ですけど。ちょうど混んでいるお時間なのでお料理お待たせしちゃってもいいですか?」
「ダメ」
「えっ・・・」
しばし沈黙、間が合って、
「が、頑張りますぅ。。。」
「うん。20時過ぎに行くから」
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「ダメって・・・ヒドい客ねぇ」(ジャン妻)
「お待たせしていいですかぁなんて客に甘えちゃダメだよ。」
行ってみたらそれほど待たなかった。店内満席だったがほうどカウンターのド真ん前が空いていたので入れ替わったいいタイミングだったんだと思う。
2階の個室は宴会客で埋まっており、1階の小上がりも予約客が入れ替わって入って来て、後から着たお客を数組、お断りしてましたね。
お品書1.jpg
お品書き2.jpg
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燻製ポテサラがヤマになってたのは残念ですが、燻製コロッケ。
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鯖の棒寿司。
「デカっ!!」(ジャン妻)
「だから半分に切ってあるんだろ。」
「前にアナタ食べなかったっけ?そん時もこんなにあった?」
「いや、その時は2つだけでおそらく大将の気持ちで出してくれたんじゃないかな。真ん中を切ってなかったし、俺に口でもひとくちで入るかどうかギリギリだったもん。」
並べてみた.jpg
燻製ピザ。載っている赤いのは明太子です。円周方向にもカットが入ってるので食べやすいです。
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こしょう鯛のお造り。
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蕪の柚子塩昆布。
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厚焼き玉子。
厚焼き玉子.jpg
なめろう海苔巻き.jpg
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どれも美味しいねぇ。それでいて勘定が高くないの。ジャン妻と2人で生ビール3杯、日本酒4合で、8千円以下でクリアしたのだ。お勘定間違っとりゃせんか?
ただ、ジャン妻は「美味しいね」とは言いながらも、
「七のようにヒネリが欲しくもあるね。」
それは料理のタイプがちょっと違うから好みの問題だが、
「ビールのジョッキは凍らさなくてもいいけど冷やしとくべきだよ。それと横でお皿を洗う音が大き過ぎない?」
厳しいね。カウンター右端に洗い場があって、ガチャガチャ大きい音を立てて興を削いだな。大将も小声で叱ってましたけどね。
この店で使う器はデカい皿というか、ゴツくて重たい皿が多いのです。鯖の棒寿司を載せた皿なんか厚さが2cm~3cmくらいあって殆ど凶器みたいでしたよ。これでブン撲ったら大怪我するなって思ったモン。だから洗うのもタイヘンそうだった。
松の司.jpg
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飛び魚をモチーフにしたこの店は気合が入っていて、
「31日と元旦だけ休んで2日から営業します」
「その間、市場も休みなんじゃないの?もしかして肉が中心になるとか?」
「それもいいですね。そこを見越して寝かせておける魚を仕入れておこうかと」
寝かせておける魚?昆布締めとかかな。

うさこのCafe。
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処理済~ふりむくうさ子.jpg処理済~フムフムと頷くうさ子.jpg
処理済~何を想ううさ子.jpg処理済~笑顔のうさ子.jpg
うさこは鼻の穴を広げ、耳をピンと立て、両手を揃えて前に曲げて、うさぎのようにピョンと跳ねあがりながら、「聞いてください聞いください」
何を嬉々としとるか。またまた移転先が変わったそうです。春からは移転先でCafeを併設したある箱物になる。
ヘタっぴな地図を描いて貰った。
いよいよ来年度、大勝負に挑むうさこはひとりではない。今は昼番の相棒がいる。今夜はいなかった。
ニンジンのなます.jpg
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「何処かで見たことあるねあの人形。。。」
「さらの木に置いてあるヤツじゃないかな」
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ここで腰を据えて飲んでもよかったのだが、もう1軒行きたい店がある。私らが上州を去る前、一期一会の歓送迎会を開催してくれたこの店へ。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-04-20
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この店はランチ営業(蕎麦)のみですが、夜は週2日だけ会員制なのです。
この記事で再会しました。↓
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-10-09
ジャン妻は路傍でママとバッタリ出くわしたことはありますが、店に入ったのは2年ぶりです。
処理済~アニさん.jpg処理済~ミドルたち.jpg
あの時のメンバーが皆揃っていた。一期一会の私らを迎えて送り出してくれた人たち。私が最も若いんです。
その一人が何と、上大類町のラーメン屋の出前要員だったのです。
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「来たよね?五目タンメン食べてたでしょ」
「やっぱり?何処かで見たなって思ったの。ヘルメット被ってさ。」
「この人のラーメン屋に行ったの?」(ママ)
「2回行きました。高崎ICに向かう途中でね。角上に行く際の裏道だったので店の前は通ってたんですが。食べたのは今年になって初めて」
「どーでした?」
「何か、荒っぽい店ですね」
「うん。ゴニョゴニョゴニョ。。。」
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ホテルへ戻ったのは0時過ぎ。
だが明日もある。明日の夜はこっちの従業員、娘っ子たちが待っているのだ。
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通り町のBAR~パンドラの箱 [BAR]

ASLIの記事なのに、何故か海外ドラマの写真です。
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ウチではスターチャンネルの洋画を契約してまして、STAR1、STAR2で主に洋画を観ます。
海外TVドラマシリーズは殆ど見ませんね。TVドラマシリーズは2時間弱で1本完結の洋画と違って、シーズン1シーズン2シーズン3・・・と続いて登場人物がどんどん増え、ストーリーが広がって謎ばかり深まり、はやく結論出せって言いたくなるんです。
カットされたCM箇所はブツブツ切れるし。
Xファイルシリーズはシーズン途中で止めちゃったし、ターミネーター・サラ・コナー・クロニクルも最後の方はイライラした。よっくわかんないのだ。

「珍しいねアナタがこういうの観るなんて。でもなかなかいいじゃない」
「そうかい?知らない俳優ばかりだけど。カイルマクラクランは砂の惑星だよ」
(若い頃にジャン妻と観ました。巨大なミミズの怪物を覚えています。)
さては無名俳優でギャラを抑えたな。主役の少女(ボーといいます)は相手の心を読む透心術、未来予測術を備え、加えてパニックホラー、キャリーの世界で描かれたテレキネスパワーを持った謎の少女。
少女を追う謎の組織がいる。兵器として研究、利用したいみたい。少女を守ろうとする側は逃走するが、その先は見えない。何処までいつまで逃げるのかわからない。
その逃走過程で少女が出逢う人、見知らぬ人々が、その不思議な力によって助けられ救われる。小さい奇跡が行く先々で起こるファンタジーでもある。
自分らが追われる側で危険なのに、人を助けてる場合じゃないんだけどね。
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BELIEVE。。。信じる。。。このドラマのオープニングにこんなのが出てくる。
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何やらアヤしい箱が開いて、中には部品のような小物がギッシリ。
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これは少女と少女を守って逃げる死刑囚(冤罪らしい。実は少女の実父)をイメージ。
この図がキーワード.jpg
小物が浮かび上がる。
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そしてタイトル。
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「このオープニングを見るとついあれを思いだすんだよな」
「何を?」(ジャン妻)
このボックスです。
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私はショウさんと初めてこの店に来た時と1人で来た2回め、開けてはけないパンドラの箱?
中には乾きもの、お菓子がギッシリ入っている。
パンドラを開けると中にお菓子が.jpg
このお菓子は、最初に供される乾きもののツマミ、おとおしが無くなったら供される。中はクッキーだったり、煎餅だったり。
開けたらお菓子が宙に浮かびあがったりしないだろうな。
「これってお客が買って来るの?」
「基本は私がそこらで買ってきます。お客様でも買ってきて下さる方もいらっしゃいます」
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余談ですが、会社のフロアで女性が貰い物のお菓子を配って歩いて、おそるおそる私のとこへ(仕方なく)持って来るの。でも私が甘い菓子を苦手にしているのを知っているので、
「あの、○○さんは。。。」
「要らねぇ。他の人へ廻してくれ」
ベテラン女性なんか私に向かって、
「○○さんどーせ食べないですよね」
決めつけてるクセに冷たい釘を刺す。知ってるなら持ってくんなよ。でも私だって疲れてる時に軽いチョコなんかを摘む時はある。珍しく私が、「貰うワ」って手を出すと、「ええっ!!」って驚かれたりする。
ヒドい時なんか、「ちょっと待ってください。人数分あるかどうか。。。」
だったら持ってくんなっつーの。私は人数に含まれないってことだよね。ところがその女性、言い過ぎたと思ったのか、しばらくして、
「大丈夫ですどーぞ。人数分ありましたから」って再度、私んトコに持ってきやがった。ダブル失礼ですよね。
「チョコなんか食べるんですか?」
「喰っちゃいけねぇかよ。ブランデー飲む時にキスチョコくらいは摘むよ」
「でも甘いものとデザートは食べないって」
「それは自分で注文したりしないってこと。出されたら・・・披露宴なんかだと誰かに廻すけどな。行った客先で出されると苦痛だったりするよ。摘まないわけにいかねぇしさ。カステラみたいなのなら何とか大丈夫なんだがな」
「いつもはしょっぱいものお好きですよね?血圧高いのに」
るせーな。配り歩いている女性の甘いお菓子よりも塩味、ソフトサラダのようなもの、幾つかの味の煎餅詰め合わせの大缶があると、私の目に触れたが最後、塩味だけ無くなるんです。
ピーナッツやかっぱえびせんなんかあった日にはもうタイヘン。猿ノエサか鳩のエサのように止まらなくなる。支店なんか餌付けするようにわざとそういうしょっぱ系のスナックを置いてるところもあったからね。
このBARのBELIEVE箱のお菓子は塩味が少ないなぁ。かき餅のような煎餅は醤油味が多いから甘しょっぱい。ど個人的には塩味が好きなのだが。。。
今度、買ってこっと。

ひとりの女性客がいた。
ショウさんが、「以前カウンターに居た女性が開けているのを見ていたので。。。」
その女性だそうです。
箱を開けて中のお菓子を確認している横顔が美しい。でもまさかこの女性、BELIEVEの少女のようにテレキネスで浮かばせたりしないだろうな。
(少女の実母もそういう能力なあって軍関係者に利用させられそうになった)
私は誰に言うでもなく、「そのパンドラの箱って決まった常連さんしか開けちゃいけないのかな?」
「そ、そんなことないですよ」
女性は私にも箱を廻してくれた。菓子に飢えた困った人と思ったかも知れない。
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グレーンウィスキーだって。
ショウさんも仰ってたが、これってバーボンじゃないのかってくらい、ガツーンと刺激が来たですよ。
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あかしはその名の通り兵庫県のウイスキーだが、度数が高くて。50度以上あるんです。
「○○君も飲んでましたよ」(マスター)
○○君はショウさんの本名なんだけど、飲んでましたよって実はマスターが飲ませたんでしょ。
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マスターがススメたいお酒は棚の位置がカウンターに座った私の目線の位置にある。
これは売る側として正しい。お店が売りたい商品は客の目線に置くんです。棚の上段下段の隅っこに置いてある商品はたいしたモンじゃないか、利幅が少ない商品のケースが多い。(この店がそうだというのではないよ。)
私も現場にいた時代そういう指導をされ後背たちに教えた。ナショナル商品とそうでないプライベートブランド、価格の差がわかるように混ぜこぜにしろって。
マスターはいつもいろいろススメてくださるけど、あまりウイスキーに詳しくない私は・・・実は日本酒も詳しくないのだよ。本醸造か純米酒を好むのは熱燗が出来るからだが、ウイスキーに詳しくないのは化学が苦手なんだからだと思う。
利き酒もやらないし、どちらかというと鼻から脳天に突き抜けるキツいウイスキーは苦手で、定番をひとつか二つ決めたいのですよ。
誰かさんと違って酒に弱いので。。。(笑)
結構効いたので、3杯でサッと出ました。
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箱を開けると.jpg
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ジャン妻もこの店デビューしましたが、その模様は年明け、Ⅲに入ってからになります。
今宵はどなたがパンドラの箱・・・じゃなかった、BELIEVE箱を開いてるかな。
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月輪 [居酒屋]

白地に黒細.jpg
この店は公道に面していません。マンションの1階奥にあります。
「何だか高そうで。。。」
「敷居が高そうで。。。」
知らない人からそういう声を幾つか耳にしましたが全然そんなことないですっ。
この店の何処が敷居が高いのか。確かに入り難いかもですが、天然でホッコリしたママがお迎えしてくれますよ。
(ボケママの店とも呼んでおります。)
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「アラ」
「どーも」
「お久しぶり」
「ですね」
「〇〇レさんの帰りですか?」
「〇〇レ?」
何故他所様の店が出る。〇〇レはいいものを出す店だが、在住中に夫婦喧嘩の仲裁に入ってから行かなくなっちゃったんだよね。
「ここに来る途中、前を通ったけど満席でしたよ」
「ウチはサッパリです」
そうでもないじゃない。カウンターに私を入れて4人ならこの店とママにとっては満席じゃないの?(笑)
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肉ジャガか。。。
1軒めの群馬八幡のお通しと被ったか。ここの肉ジャガは箸をひと刺ししたらたちまち崩れしてしまった。
こんなに煮崩れする肉ジャガも珍しいな。2~3回箸でつついただけで肉ジャガの原型を呈していなかった。
やや崩れやすい肉ジャガ.jpg
「東京どうですか?」
(どうですかって、東京は東京だろうがよ)
「高崎帰って来たいですか?」
(まぁね)
「じゃぁこっちにマンション買っちゃてください」
(その資金はどっから出て来るんだよっ)
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「熱燗、緑川だっけかこの店?」
「熱くしますか?ぬるくしますか?」
この辺りがママの天然なところで、熱燗っていったら熱燗なの。ぬる燗って言ってないじゃん。(苦笑)
「熱くしてよ。外は寒いからね」
「そうですか。外は寒いですか。でも先日まで暑くて暑くて。アタシ熱中症になったのかって思うくらいに暑かったんですよ」
「熱中症?」
「そう思ってたら急に寒くなっちゃって」
「???」
ワケがわからなくなってきたよ。毎回毎回こんな調子ですからね。で、熱燗が来て、
「お熱くないですか?」
「お熱く?」
「アラヤダ」
おでんと熱燗.jpg
「おでんある?」
「ございます」
(薄味だねぇ。)
「味、薄いですか?」
薄いよって言うと、醤油でも出してきそうだから。
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「奥様お元気ですか?」
(元気だけど。)
「お二人で高崎に住んじゃえばいいのに」
(そういう訳にはいかないんですよっ)
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3700円だった。私は5千円札一枚渡した。
「ええっと、お釣り幾ら渡せばいいんですかね?」
「・・・」
5千円札1枚と500円玉1枚と100円玉2枚渡しても計算できないんじゃないか?あっ、この程度の計算で電卓を叩いてる。
「間違えるといけませんからね」
「・・・」
どう間違えるというのか。
その後、ジャン妻と2人でも行ったんですが、行ったらママは宴会客を帰した後で体力知力が尽きたらしく、疲れてましたね。会えたからいいやって思い、お通しだけと1杯ずつ飲んで出てきちゃいました。
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熱燗と煮物.jpg
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和が家に帰ろ [居酒屋]

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あら町銀行前から1時間に1本しかない室田方面のバスで飲みに行く。
下りたバス停は剣崎。八幡方面からも合流するT字路で、割とくるまの走行数が多いところです。コンビニの脇から対向車のライトに照らされながら八幡方面へS時カーヴの坂を上がると灯りが見えてくる。
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「傘は見つかりましたか?」
ああ、傘ね。そういうことがあったね。群馬県全体が凄まじい雷雨の夜、ママに八幡駅まで送って貰い、ホームに入ったら傘が無いのに気付いた。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-10-06
「傘見つからない」
「アラ?あの後くるまの中もお店の中も傘が無かったんだけど」
「いいよいいよ。そんな高い傘じゃないですから」
私はその後9月に1回来て、ヘンな爺さんにカラまれたんだが、その時はママいなかったので確認できなかったの。
でもその日、私はホントは傘を持っていなかったんじゃないだろかと思うのだ。

メニューが新しくなったね。
カレーピザなんってのもあるぞ。でもこの日、私は安中市の104という洋食屋でカレーを喰ったのでパス。
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キレイに撮れてますが.jpg
この店はカウンターが一枚板ではなく上記写真のように食い違いになっています。左から3席、そこから厨房側に食い込んで3席です。私は左カウンターと右カウンターと呼んでいます。
何でこんな造りにしたのか。どうも開業前の状態をそのまんま借りたらしいですね。前は焼きだか揚げまんじゅう屋さんだったとか。テーブル席のスペースもあるから喫茶店も兼ねてたのかも知れない。
私はいつもいちばん左カウンターの左端(壁側)にだらしなくもたれて座るんだけど、そこに先客さんがいたので右カウンターの真ん中にいたのね。しばらくしたら左カウンター壁際にいた先客さんがお勘定して出てかれた。
この店はTVが右上にある。左カウンターの右端でTVを見ながら飲んでた方が、
「煙草吸ってもいいですか?」
「どーぞ。俺はそっち(左端)に移るから」
これは正解だった。こういうカウンターの構造でお客はTVに目をやりながら喫煙するから、左端ほど煙が流れてこないんです。
もっともこの店、カウンターのド真ん前に焼き場、揚げ場、煮炊き場がL字型に配してるので換気はいいです。
左カウンターに席を移ったら、
「ここでいいのに」
「いやいや、ここは地元の濃いキャラの常連さんの席でしょ」
濃いキャラだけ余計だったかな。この店のお客さんはフレンドリーでいいtちゃぁいいけど。その雰囲気、空気に入っていけるかがネックです。
私は入っていけるように、融け込めるようになったの。
前はそうじゃなかった。私はカウンターでブス~ッとして飲み喰いして、隣りへも周囲へも構わないでくれオーラを出してたんだけど、群馬に来てから変わった。(と思う。)
何故だろう?
群馬の人柄もそうだけど、街や店に人がいないからかな。東京横浜なんか人だらけだから知らない者同士って展開にはまずならないモンな。
「そのカッコじゃね」(ジャン妻)
「・・・」
「その人相風体じゃね」
「・・・」
そういう問題ではない。それだったら俺は何処に行っても一緒じゃんか。東京や神奈川の店で話し話しかけられの展開になったことはまずない。(上大岡はたまにあります。)
和が家に来ると、誰かしら地元の常連さんに話しかけられるんだけど、隣の男性に、「高崎からわざわざ来られてるんですか?」、そう言われましたから。ここも高崎市なんだけどね。
そしたら打ち解けて、私の身上書、海が無いから新潟か茨城まで行って魚を釣ったとか、この辺の食文化とか、天気がいきなり変わるけど榛名や妙義の山の線によって雨が降る地域とそうでない地域があって・・・とか。
私は群馬に来てからそういうさり気ない会話に対応できるようになった。でも私から話しかけたことってないんです。大抵は向こうから話しかけられますね。群馬の人って余所者のお客さんが珍しいのかもね。わざわざ群馬に来てるっていうので歓迎されるんだと思う。
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ギンナン.jpg肉ジャガ.jpg
「最近聞いた話なんですが。。。」(大将)
「何です?」
「最近の若い子って、メイクのノリが悪いからっていう理由で会社を休んだりするそうで。。。」
「そんな理由で?」
そういう事例があったらしい。
「それって若い子?ある程度トシがいったオバさん・・・(失礼)・・・じゃなくって」
「そうなんです。二十代の若い子だって・・・」
「ウチにはさすがにそういう子はいないな。ただ、くるま通勤だから、ノーメイクで眉すら描いて来ないヤツはいるね。夏なんか朝起きてそのまんま下着の上に〇衣を纏ってくるま運転して来るヤツがいた」
「イマドキの子ってそういうのを注意したり強制的に動かそうとすると、やれパワハラだ、労基に相談するってなるんでしょうね。そういうのばっかり覚えてないで仕事覚えろって。」
「メイクというか、お前ホントに化粧してんのか?ってのはいますよウチに。メイクしろよって言ったら、誰も見てないですよって口答えされたからね。俺が見てるから注意してんのにさ。東京横浜にはそういうのはいないな」
「何でです?」
「電車通勤だから」
「ああ、そうですね。こっちはくるまが無いとね」
「電車通勤だと人に見られるからメイクも着る服も意識するんですよ。くるま通勤だったら来る途中で誰からも見られないからね」
その眉を描いて来ない態度の悪いヤンキー娘が、
「何で〇〇さんいつもひとりで飲むの?寂しくない?」
〇〇は私のことね。大きなお世話だっつーの。
「いいの。俺はひとりで飲むのが好きなの。でも最初はひとりでも後でひとりじゃなくなってるな」
「???」
「アタシとガールズバー行こうよ」
「ガールズバー?」
お前とかよ。もちろん遠慮しましたよ。まだまだ若いから賑やかな飲みが好きで、私みたいなひとり呑みが理解できないんだろうな。
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竹輪磯辺揚げ.jpg
竹輪の磯辺揚げ。。。
早いです。この店の料理は決して多くないけどお造りより揚げ物の方が早いね。揚げ油にいきなりボチャンと落としてサッと揚げしてたから常時油温がキープされてるのかも。揚げ饅頭屋を居抜で借りたのも頷けるというもの。
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サヨリです。お造りは若干、時間がかかるね。奥の厨房でさばいているからかな。
これも揚げて貰いました。
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焼き場、揚げ場、煮炊き場がL字型に繋がっていて、大将が左右にスライドするだけの調理動線なんです。火を通す料理の方が早いような気がする。
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白菜漬.jpg
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「年末はいつまでです?」
「年末年始営りますよ。お正月も。来てください」(ママ)
「元旦も?」
そんなに頑張ってどーするんだ?年末年始なんかこの店、地元の濃い常連さんで貸切状態になるんじゃないか。試に見てみたい気もするが、フレンドリーシップを通り越して凄いことになってそうだな。
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最初は一人呑みでも、いつの間にかひとりじゃなくなってる。隣の男性と握手して店を出ました。
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勝頼公は来なかった。。。 [隠れ郷土史]

クリスマスも終わり、いよいよ年内ラストに向かってるのに、いつまで岩櫃をウロついてるのかと言われそうですが、今回でお開きです。
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岩櫃山麓には例によってクマ公注意の看板がそこらに幾つもあった。
上州には1000頭くらいのツキノワグマがいるらしく、ダブルカウント(同じ熊を2箇所以上で目撃した場合のカウント)も含めたらもっといるだろう。
しょっちゅうウロついてるわけではないし、あくまで注意を促す喚起だが、油断していきなりでくわすのもゾッとするね。熊除けの鈴を用意すればいいが、鈴を鳴らすとカモシカに遭えないという理由で持たない人もいるらしいですよ。
私は岩櫃山までは登らないし、麓のある場所へ行くだけ。そこは集落にほど近いところにある平場だが、岩櫃山に踏み入る場合は単独行動は避けた方がいいそうです。
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私の目的地は潜竜院跡というのですが、それは赤岩登山道入口から入ります
そこへ至る道は集落の裏にあった。最初の上り口が狭いのでくるまで入るの無理と思われます。くるまで来られた方はここへ来る途中の真田丸の幟が立つ駐車場に停めた方がよろしいかと。
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こんな細い道で熊に出くわしたら逃げ場なんかないじゃないか。。。
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林道をしばらく歩いたら上空が開けて来る。
そこからの岩櫃山の雄姿です。さっきより更に近く手が届きそう。それだけ垂直で屹立している。
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その先が開けて来た。そこにあるものは。。。
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潜竜院跡。。。
真田昌幸が祢津潜竜斎昌月という人に下げ渡した寺の跡だが、潜竜院という人は真田の諜報機関のヘッドではないかという説がある。
寺は後年、岩櫃城が廃されてからも代々続いたが、いつの時代かで途絶えたらしい。今は広々した原っぱになっていて、草と木々と石垣と、由来を示す説明版と真田の幟、熊出没注意の札が打ってあるだけ。
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寺関係者の墓が東の高台にあります。そこには一般人のお墓も数基あったが、熊除けの鈴を鳴らしながら墓参に来るのだろうか。
真田昌幸が下げ渡した・・・というのは、当初、使う目的が消滅して必要がなくなったから下げ渡したんですが・・・。
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真田昌幸を「表裏比興の者」と言ったのは誰だったか。
表裏比興の意味は、「アイツは後背定かならず」という意味です。小狡いというか老獪というか、裏で誰とどう繋がってるかわからん、油断のならない者、得体の知れない何者と見られていた。
昌幸の為に弁護するのであれば別に好き好んでそういう人物になったわけではなく、生き抜く為にそう言われても仕方がないやり方をしたまでである。
真田家は大勢力ではない。信州上田から上州吾妻に進出してきて、最も広域で沼田辺りまで拡張したが、武田家が滅んで自立してからは、上州厩橋の滝川一益、越後の上杉景勝、小田原の北条氏直、そして生涯ソリが合わなかった東海の徳川家康と直に接しながら乗り切ろうとする。
それら大勢力とほぼ互角に渡り合えたのは智謀に優れていたからだが、それが皮肉も交えて表裏比興とまで言われた。でも昌幸にとっては痛くも痒くもなかったに違いない。
昌幸は知将、策謀家、謀将として描かれるが、どちらかというと人気がある方ではないか。それは後世の講談の影響もあるし、息子の信繁(幸村)の活躍ぶりや、敢えて途中で袂を分かった嫡男信之が父・弟と対照的に描かれたのもあるだろう。
昌幸個人もいざとなったら大勢力との武力衝突も厭わない痛快なところがある。上田城に押し寄せた徳川軍を単独で2度も撃退したのは家康が真田を怖れる伏線にもなっている。
現代で表裏比興なんて言われ方をされたら信用問題に関わるかも知れないが、往時では誉め言葉だったといっていい。小勢力ながらも畏怖され、一目以上も置かれていた。
家康は親の昌幸に2度も負けて、生涯最後の戦闘で息子の幸村に本陣まで攻め込まれた。小動物が巨像を撃退する痛快さで大衆の人気を博したのです。
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だが昌幸だって最初っから表裏比興なんて言われ方をされる人物ではなかったのではないだろうか。
昌幸は骨太だった大河、風林火山で佐々木蔵之助さんが演じた真田幸隆の3男で、信玄の近習を経て他所へ養子に行っていたのだが、長篠で大敗した時に長兄と次兄が戦死した為に真田家に戻って本家を継承した。
信玄、勝頼2代に仕えたので、近習時代は晩年の信玄の魅力や薫陶を相当浴びただろうし、信玄も昌幸の才能を見抜いたのは想像に難くない。
さすがに若い頃は後年の謀将のイメージは薄いし、武田勝頼の近くにいた跡部、長坂といった連中とは距離を置いていたようである。長篠で大敗後、武田家が上州戦線で北条家を圧倒したのは昌幸がいろいろ頑張って沼田領まで進出、維持したからです。岩櫃城まで押し出して来た北条軍を撃退してもいるからね。(叔父の矢沢頼綱が撃退した。)

勝頼と昌幸はそれほど年齢に差が無い。僅か1歳違いなのでどういう関係だったのかわからないが、武田家中の次世代として二代目社長を支えようという気概があったと勝手に想像しておく。
だが天正10年(1582年)3月に織田徳川連合軍が甲州領国へ侵攻して来る。親族の木曽、穴山は既に離反しており、武田家中も高遠城で玉砕した仁科盛信(勝頼の異母弟)以外は戦わずして総崩れ、逃亡が相次いだ。
昌幸は勝頼に甲斐から撤退して自分の領国、上州岩櫃に逃れるよう具申して容れられ、岩櫃城へ迎える準備をする。そこでここ、岩櫃城を見上げるこの原っぱに勝頼一行を迎えるべく館、御殿を造営したのです。
贅を尽くした御殿ではなかったかも知れないが、僅か3日間で竣工したという。
潜竜院跡2.jpg
壇上に登ってみた.jpg
原っぱ1.jpg
原っぱ2.jpg
だが勝頼はここ岩櫃には来なかった。
落ちる途中で真田を疑った者が讒言したか、岩櫃が遠くてそこまで行けないと前途を悲観したか、甲斐からほど近い郡内領主、小山田信茂の岩殿城を目指すが、その途中で裏切りに遭って天目山の露と消える。
せっかく急いで造営したのに。。。
小説風に描けば、昌幸に武田家滅亡を伝えに来た早馬、あるいは忍び?山伏か修験者かも知れないが、その者から最後の大悲報を知った時、昌幸は天を仰いで、あるいは甲斐の方角を向いて慟哭したと思いたい。
原っぱ3.jpg
たらればはタブーですが、もし現実にこの地へ勝頼一行が来たらどうなっていたのか。
織田徳川連合軍が雲霞の如く押し寄せ、吾妻郡は修羅の様相を呈したに違いないが、後年の上田城攻防戦で徳川軍を撃退した采配からしてここ岩櫃でも相当に粘ったかも知れない。
本能寺の変は僅か半年後なのだから。
かなり広いです.jpg
私は真田昌幸も武田勝頼も別に好きでも嫌いでもない。ただ、真田昌幸が表裏比興の者ではなかった時代の証になる場所としてこの地を見たかった。謀将昌幸に限らず誰しもそういう純な時代があった筈。
その後昌幸は、自分を庇護して育ててくれた武田家への思慕を抱きながらも、武田家の為に純粋だった時代と決別した。もう武田家はない、自分ひとりで生きぬくしかないと吹っ切って前へ進んだら、後世言われるように知将、謀将、表裏比興の者にならざるを得なかったのです。
いつか人は過去と決別する時期が来るということかもしれない。

上り電車が来た.jpg
高崎駅方面上り電車が来た。乗ったのは私とオバちゃんひとり。
高崎駅改札で現金清算しました。自己申告です。

おまけ。。。
居酒屋1.jpg
居酒屋2.jpg
これは埼京線板橋駅から都営地下鉄新板橋駅に歩いたところにある居酒屋。
板橋区役所への公用で必ず前を歩くんですが、未だ訪問に至らず。
チラシ.jpg
居酒屋3.jpg
2016年はこの旗印で盛り上がるだろうか。今年の官兵衛みたいな駄作に仕上げないで往時の価値観に近づけて本格的に演出して欲しいものです。
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岩櫃山 [鉄路と風景]

吾妻線9時12分発.jpg
高崎駅5番線ホームに入線したのは吾妻線9:12発の長野原草津口行3両編成。
岩櫃城に続いて2回めの吾妻線乗車ですが、これで私は上越・長野新幹線、高崎線、信越線、上越線、両毛線、上信電鉄、上毛電鉄、東武伊勢崎線&桐生線、ディーゼルの八高線、そして吾妻線、上州の旅客鉄道全てを乗車しました。
在来線の種類が少ないが首都圏と比べちゃいけないよ。上州はくるま社会なんだから。
郷原駅1.jpg
今回降りる郷原駅は前回の岩櫃城散策の群馬原町駅のひとつ先です。レールは岩櫃山の南、吾妻川の段丘を桟道のようにぐるっと廻っていた。
郷原駅に10:12に到着。
無人駅です。SUICAは使えないどころか券売機も無い駅だった。そのクセ、「不正乗車(キセル)は犯罪です。正規な乗車券を購入せずに運賃不払いで改札口等から出ますと不正乗車になります。運賃が不足している場合はこの集札箱に入れましょう・・・」・・・な~んて不心得者を戒める文言があったぞ。
キセルは犯罪ですよ.jpg
電子マネーの時代に慣れたのもあるが、キセルなんて単語は久々に目にしたよ。
だけどそれってやろうと思ったらできますよこの駅。吾妻線で駅員がいるのは渋川駅、小野上温泉駅、中之条駅、群馬原町駅(夕方には無人になる)ぐらいで、郷原駅から先は知らないがおそらく長野原草津口駅、万座鹿沢口駅ぐらいでしょう。
敢えて不謹慎な文章、表現をすれば、途中駅の金島駅、祖母島駅、小野上駅、市城駅、矢倉駅、岩島駅、群馬大津駅、羽根尾駅、袋倉駅、1日に4本か5本しか来ない終着駅の大前駅なんかは下り電車なら、あるいは無人駅同士の乗り降りならキセル可能に見えるね。
簡易券売機すらない駅もあるからその場合、こっちから車掌に申告して車内で現金で支払うんだろうか。
このネタをジャン妻に話したら、
「ワンマンカーなの?」
ワンマンカーではなかった。それでいて、「恐れ入りますが乗車券を拝見いたします」の巡回も無かったね。
「キセルができるのとするのは別じゃん。そんなのが蔓延して営業に支障が出たら困るのは地元の人でしょう。まさかアナタそんな不心得者じゃないでしょうね」(ジャン妻)
亭主を疑うような物言いが返ってきやがった。私はちゃんと支払って紙のキップを箱に入れましたよ。
車内アナウンスで、「乗車券は目的地までの購入をお願い致します」ぐらいは言うかと思ったがそれもない。停車駅のアナウンスもぶっきらぼうで、「次は祖母島(ブチッ)」、「次は小野上(ブチッ)」、「次は郷原(ブチッ)」、駅名を1回ずつしか口に出さない。すぐさまブチッってマイクを切ってたぞ。
郷原駅に着いた.jpg
去っていく上り電車.jpg
この写真は私が乗って来た下り電車が動き出した情景ですが、ホーム前方に和服姿の女性が歩いているのが見えますね。
この女性、駅の改札を通っていません。駅ホームの先は階段というか緩い坂になっていて、女性はすぐ傍の踏切(橋場踏切)にスタスタ下りて岩櫃山方面へ踏切を渡って歩いていきました。後部車輌から半身を乗り出した車掌さんにキップを手渡してました。
私は動き出した電車から首を出している車掌さんに乗車券を渡せなかったけど、この辺りが牧歌的というか。まぁ沿線利用客の倫理、良心に任せているのでしょう。
乗った客は皆無で、降りた客は私とその和服の女性1人だけであった。
郷原(ゴウバラ)駅の1日の乗降客数は90人を切ったらしい。私はその1/90という訳か。
右にWCがある.jpg
駅前にWCがあるけど、少ない乗降客が利用するより、国道からスーッと乗り付けた地元ナンバーのくるまの人が勝手知ったる公衆WCの如く利用してましたね。
駅前のロータリーに商店は皆無で、国道145号線と並行していた。
(ちなみに八場ダム工事で新線に切り替わるのはここから二つめ、岩島駅の先からです。)

何か変わったのが出土したんですかね?
何か出たのかな?.jpg
駅を振り返ったら、
郷原駅と岩櫃山.jpg
岩櫃山の雄姿が見える。
岩櫃山は標高802.6mです。標高はそんなに高くはないが岩場がやたらとあるそうです。
あるそうですと言うのは、私は登山趣味は無いし、アブないところには近づかないからなのですが、私が前回訪問した岩櫃城の訪城道は緩い登山道で、郷原駅が起点密岩通り~沢通りに至るルートは岩場の難所だらけで上級者の登山道らしいんだな。
駅前の案内図.jpg
ルート拡大.jpg
東京の女性社員で登山が大好きなのがいる。
ⅠでもⅡでも登場しています。私との信頼関係もバッチリ。個人的な相談を受けてるのもあって、先週今週と2~3回会って打ち合わせた。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2012-12-19
そイツ来年早々に40歳になるのだが、今年の始めまで独身だった。
「山小屋なんかではアタシはまだまだ若手なんですよっ」
「山小屋ぁ?」
「〇〇さんは山小屋なんて泊まったことないでしょ」
「あるわけねーじゃん。俺はビジホとリゾートホテルしか泊まらねぇよ」
「・・・」(ブス~っ)
「俺はアウトドアが苦手なんだよ・・・。ええっと、あまりアブない山に登るなよ」
「大丈夫でーす」
御嶽山噴火の時、
「まさかお前そこにいなかっただろうな」
「大丈夫でーす」
気にかけてくれたのが嬉しいみたい。でもその御嶽山は以前に登ったことがあるそうです。
そして30歳後半ギリギリ今年の始め頃、山登りの趣味が昂じて同じ趣味、登山仲間で5歳か10歳年下の男性と入籍した。
「年下か!!」
「そーですよっ。アタシみたいなのを選んでくれた男性がいたんです」と勝利者宣言。。。
「どうやってGETしたんだ?どんな手を使ったんだ?」
「どーいう意味ですかっ!!」
登山仲間同士、山小屋で雑魚寝をしてたら情が通じたらしい。(ヘンな意味ではありません。)
で、今回の吾妻郡散策の途中で、
「吾妻郡の岩櫃山に登ったことあるか?」
「ありませーん。群馬だと赤城、草津、水上辺りの山ですね。岩岩が好きというわけではないので、妙義も登ったことないでーす。登ったんですかぁ?」
岩櫃山が岩岩なのは知ってたね。
「登ったんですか?」
「いや・・・」
・・・まさか真田の城を見に行ったなんて説明するのも面倒なので、駅から見ただけだと返信した。
「もうひとり身じゃないんだから山に登るなよ」と言ったんですが、選んだ相手も登山者だから俺の忠告を聞きゃぁしない。せめて活火山と岩山は避けて欲しいものである。

帰りの上り電車は11:54分。これを逃すと13:27まで無いのだ。それだけは抑えておかないといけない。
踏切.jpg
万座鹿沢口方面.jpg
高崎方面.jpg
踏切を渡ってT字路を左折、もう廃業した商店を右折、そこから緩い上り坂になる。
たいした坂ではない。だがこの程度でやや息切れがするのは体力が衰えた証拠か。
昨夜の酒は軽くしといてヨカッタぜ。ASLIで決行度数の高いウイスキーを飲んだが、その前の店(和が家、月輪)で少量に抑えて置いたのです。

これは途中の集落から見た岩櫃山。
集落の裏に岩櫃山が・・・.jpg
垂直にそそり立っている。
崩れたら麓の家々なんかアブないが、真田の頃から、もっともっと昔から変わらぬ風景なのでしょう。
岩櫃山UP.jpg
岩櫃山はミニ妙義山に見えなくもない。妙義町に住んでる女性社員が、「上空にヘリが飛んで、号線に救急車が走ってたらまず滑落者ですね」という。
岩櫃山も過去に何回か滑落事故が起きているそうです。
真田丸の幟.jpg
私は岩櫃山に登るのではなく、その麓にある寺の跡へ向かっている。
この先を右折して赤岩通り登山口へ向かうのだが。。。
またかよ.jpg
またかよ!!
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岩櫃城 [隠れ郷土史]

クリスマスイブですが。。。
「ウチにクリスマスはないっ!!」(ジャン妻)
「・・・」
「存在しないっ!!」
ジャン妻はクリスマスイブの少し前がBirthdayなんですな。アタシの誕生日祝いを優先しろというわけです。なので船山温泉でお祝いして来ました。
私は世界中が優しくなれるこの日が好きなんですが、ウチではクリスマスが未来永劫存在しないのです。
誕生日祝い船山温泉のネタはいよいよもってⅡの容量が満タンになってきたので来年になります。元旦からⅢに切り替える予定です。
なので今日も無骨な岩櫃ネタが続きます。
岩櫃城パンフ.jpg
説明版.jpg
岩櫃城の吾妻氏が里見氏に攻められたのは城域にある解説版にもあった。
「文献によれば南北朝の時代に初めて岩櫃城主吾妻太郎行盛の名が登場します。行盛は南朝方の豪族里見氏に攻められ自害したと伝えられます。。。」
小屋に貼ってあった歴代城主にも、「碓氷の里見義時に攻められ。。。」
里見氏?.jpg
碓氷の里見?
それは現高崎市の下里見、中里見、上里見の里見氏に違いない。焼きそばの永井商店、里見軌道、里見橋台、愛華飯店その他・・・私が上州滞在中にいろいろ散策した場所である。
草が刈ってある.jpg
私は里見方面にお住まいの地主さんと今でも半年に1度くらい電話や郵便程度のお付き合いがあって、最初にお会いした際、
「安房の里見なんですか?」
「こっちが里見氏発祥の地だけど、あっち(安房)も同じようなことを言ってる。まぁどっちでもいいけどね」
な~んて会話をした。里見橋台が鉄道ではなく明治の水道管を載せた橋台だってヒントをくれたのもその人で、
里見という姓だったんです。
ではその人の先祖かも知れない里見氏がここ、吾妻まで攻めて来たのか。
これは貞和五年(1349年)5月下旬の出来事です。貞和5年は足利尊氏と直義の兄弟喧嘩が激しくなって来た頃で、執事の高師直が直義の権限を停止させるクーデターを起こした年でもある。
この時代はアイツは南朝、コイツは北朝、どっち側の豪族かで旗幟を振り分け、里見氏もそれにかこつけて領土拡張を狙ったか、お騒がせ某女性大臣のお膝元たる中之条町の牧(牧場)を狙って北上して来たようです。
吾妻郡の史料によると、攻めて来たのは里見時義と嫡子の五郎左衛門尉という人。親子で攻めて来た。
里見親子は現在の倉渕温泉ルートで北上して来たのではないだろうか?わざわざ榛名湖ルートで来るよりも距離が短いしね。
岩櫃の吾妻行盛は城下の立石河原で迎え撃ったが敗れて自刃したそうです。立石河原は名前からして吾妻川のどっかの川原かと思われるが現在の場所はわからない。江戸時代に立石村というのが長野原にあったが、そこで迎撃するとなるとちょっと西に片寄り過ぎているような気もする。
このモノクロ写真は吾妻町の史料に載っていた立石河原。
立石河原.jpg
吾妻行盛の自刃に伴うオドロオドロしい伝説もあるのですがここでは省略します。岩櫃城は里見氏に奪われるが、この戦争で岩櫃に不在だった吾妻行盛の子が秋間(安中榛名方面)の斎藤氏に庇護され、成人して斎藤憲行となって捲土重来を期し、後年に岩櫃城を奪回、里見親子を捕え、亡父が討たれた立石河原に里見親子を引き摺り据えて処刑したというから凄い復讐の執念である。
吾妻氏は岩櫃城に復権した。吾妻行盛-斎藤憲行-行禅-行弘-行基-行連-憲広と続き、多少、近隣との小競り合いはあっても斎藤氏の支配下で続いた。
歴代城主1.jpg
だが、憲広が同じ吾妻郡内の豪族、羽根尾氏と鎌原氏の領地争いに介入したことで両家の仲介に入っていた真田氏、武田氏の介入を招き、すったもんだの末に真田氏に攻められ、永禄6年(1563年)には家臣の内応もあって落城、憲行は越後に逃走した。斎藤氏の勢力は駆逐された。
歴代城主2.jpg
憲行の末子で城虎丸という幼な子が近隣の嶽山城にいたがそこも永禄8年(1565年)に落城し、城虎丸は崖から身を投げたという話が群馬原町駅前にある案内場のさなだ道のポスターに記載されていた。
そこからは上杉対武田の構図になるのだがここでは触れません。

ちと気になるのは、名胡桃城事件の直後で秀吉が小田原征伐を号令した天正17年、12月中旬に北条氏邦が渋川にやってきて、そこを拠点に吾妻郡侵入を開始したこと。
この時、岩櫃城には真田昌幸の叔父、矢沢頼綱がいて、彼は5つある吾妻道に兵を伏せ、北条軍を中之条~群馬原町の盆地におびき寄せて殲滅しようとする。
小田原征討の報が届いたので北条軍は撤退するのだが、岩櫃城を主に北条軍を撃退したといっていいかもしれない。
だがまてよ?名胡桃城事件でも述べたが、名胡桃城を奪っておいて、あれは配下の猪俣が勝手にやったと後世では言うが、その後で吾妻郡に攻め寄せているのだから、やはりあの事件は北条氏邦の意志があったのではないだろうか。
吾妻戦配置図.jpg
私は自分が高崎市に住んでた頃に縁あった旧榛名郡里見町、そこの里見氏がここまでやって来た事に集中力を奪われた。
でもこの後、帰りの電車の中で
(何か、大事なものを見落としている。。。)
そんな気がしたのである。
(それは何だ?)
岩櫃山の雄姿を見ていないこと?
そうではないな。何か真田氏関連で男気を奮い立たせるものがあった筈。。。
本郭跡2.jpg
素っ気ない道しるべ.jpg
岩櫃城周辺図.jpg
帰路のタクシーを呼んだ。
呼び出し係の女性が、「岩櫃城温泉ですか?」
「真田の岩櫃。登り口にいます」
「真田ですね」
タクシーが来た。往路と同じ運ちゃんだった。
「千円札、用意してきました」
「群馬原町駅はSUICA使えないからさ。券売機もないし」
「そうなんですよ。あの駅員さんも夕方になるといなくなっちゃうんで」
いなくなっちゃうって?
17時には窓口が閉鎖されるそうです。
「昨日は名胡桃、今日は岩櫃と来られて、次は何処へ行かれるんですか?」
「いやぁ何処にも。。。帰るよ。。。」
だが、まだ何か見落としているようなモヤモヤが消えないのだ。
群馬原町駅2.jpg
群馬原町駅の待合でボケーッと上りの電車待ち。
下車した際に私に向かって、「どちらから?」と聞いた無愛想な駅員さんは所在無さげにしてたが、若い女の子の乗客にはニコニコ顔じゃないか。
駅待合.jpg
待ってる間はヒマなのでしょーもないことを考えてた。
17時以降、駅員さん不在の時間帯だったら、ここから無人駅への移動だったら無賃乗車も可能なんじゃないの?
ひとり孤独してる駅員さんは当番制かな?
何かやらかしてここへ廻されたのかな?
1時間に1本しかない駅に駐在してると気鬱にならないか?とかロクでもないことを考えた。
上り電車が来た.jpg
上り電車が来た。
1時間に1本のダイヤだとこんなに長閑なんですね。
その電車から別の職員さんが下車して来た。交代要員らしい。それまで原町駅でムッツリしていた駅員さんは嬉々として車掌室に乗り込んだ。
だが車中、私の胸中のモヤモヤが消えない。
何だか消化不良なのである。岩櫃城の岩々を見てないからだろうか。
いやそうではないな。俺が見落としたものって何だ?それは帰宅してから岩櫃城と岩櫃山周辺を机上で調べて見つけた。
モヤモヤを払拭すべく二度めの訪問をすることになった。今度は群馬原町駅のひとつ先、郷原駅。。。
郷原駅と岩櫃山.jpg
ゴツゴツした岩櫃山が堂々そびえている。
この山の麓にあるものは。。。
潜竜院跡1.jpg
潜竜院跡といいます。
世間はイブなのに、イブと全く関係ない岩櫃ネタが続きます。
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岩櫃城 [隠れ郷土史]

駐車場.jpg
岩櫃幟.jpg
登城口1.jpg
岩櫃城は岩櫃山の中腹にあって、そこへの訪城路は岩櫃山への登山道も兼ねている。
私がタクシーから降りたところは平沢登山口といって、北側には集落もあった。生活道路でもあるから舗装されていました。
結果論で言うとここから岩櫃城本郭までは30分もかからないです。登山ルックではなく普通のカジュアル、できれば革靴でない靴なら楽勝です。その先は岩櫃山の山頂に続きますが(尾根通り)私は山頂までは行かないし、登山の知識は皆無なので、その方面のサイトに譲ります。登山上級者は郷原駅の方にある密岩登山口から登るそうですが、岩場難所の連続だそうですよ。
山に惹かれる人の気持ちはわからないでもないが、岩櫃山は滑落事故が起きることがある。上空にヘリが飛んでたらまず事故が起こったと思っていいそうです。
登城道1.jpg
平沢口から歩いてたら下山して来る登山客とすれ違った。
いずれもそれほど重々しい登山ルックではなく軽装でしたね。手に杖みたいなのを持ち、幾人かは熊除けの鈴を鳴らしてましたね。
(熊よりもカモシカが出るらしいです。)
私のカッコはダークスーツにオープンシャツ。ネクタイなんかしてないけど、前夜ショウさんと邂逅した夜に着た上着で、シャツだけ替えた。すれ違う登山客は私の恰好を見ながら怪訝そうな目をする人がいた。
何か誰何されたら、「私は岩櫃山には登りませんよ。途中の本丸まで・・・」と説明するつもりだったが、誰からも聞かれなかった。
登城道2.jpg
中城跡.jpg
最初は楽チンだった。
中城とある。
真田昌幸か、息子の信行か信繁(幸村)か、一族の矢沢頼綱がここで平時、居住していたのだと思う。
ここに居住してた?.jpg
そこまでは楽チンな坂だったが、その先で固まる。
縦堀道1.jpg
「!!!」
これは縦堀で、縦堀=訪城道になっている。
岩櫃城は縦堀、横堀、斜め堀と堀がやたらと多い城らしくそれが見どころでもあるのだが、藪蚊していて判別し難い箇所も多い。
この縦堀だって往時に比べて幾分埋まってるし、草が生えて丸みがあるが、往時はエッジが効いて鋭かったに違いない。
この縦堀を登るのかよ。でも他に道は無い。素っ気なく案内板があって→を指示している。
足を踏み出してみたら結構な坂だった。丸木の階段になっていて、丸木は腐ってないけど抑えてある土が固まっていません。土は流され、落ち葉が埋まってフワフワしている。
おそらく豪雨時は沢になるに違いない。
ゼェ、ゼェ、ゼェ。。。
体力が無くなったのを実感した。
城郭ファン、その道の達人から見たら嗤うだろう。この程度ならたいしたことないって。
その先へ1.jpg
その先へ2.jpg
ちょっと一服.jpg
上がってその先に簡易ベンチがあった。
ここで一服。持参したペットボトルの水をグビリ。こういうところは自販機なんて無いので、徒歩で訪城するからには水が不可欠というのをやっと最近自覚した。
秋の風景1.jpg
二の郭へ.jpg
二の郭へ2.jpg
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二の郭.jpg
二の郭と本郭間の堀2.jpg
本郭へ1.jpg
本郭へ2.jpg
本郭跡1.jpg
本郭の解説版.jpg
本郭です。
ブルーシートで発掘調査中だった。ブルーシートの覆い方を見るとどうも建物の区画のように見える。2016年大河に向けていろいろ掘り出してアピールするのだろうな。
発掘中2.jpg
発掘中3.jpg
出土品の撮影はご遠慮ください、発掘中につき撮影禁止、と掲示してあったけどそんなモン撮りゃしないよ。
六文銭が出て来たら拾うかもしれないけど。
本郭の居館跡.jpg
腰郭の錆びた解説版.jpg
本郭土居上を歩く2.jpg
本郭土居上を歩く1.jpg
北を望む風景.jpg
やなこった.jpg
岩櫃城は真田太平記にも当然出て来る。真田昌幸や矢沢頼綱(昌幸の叔父)が忍びから情報を得る場面とかで登場する部屋は何処にあったのだろうか。
真田氏が、ウチの祖先は海野氏、または滋野氏の流れであると称していること、滋野氏が修験の神たる白鳥明神を奉じていたこと、滋野氏は修験者を束ねる大檀家だったことは述べたが、岩櫃山周辺、郷原、東の観音山辺りは修験者が潜むに恰好のロケーションともいえる。
真田氏には常に謀略、調略の影が垣間見える。ここでも角田新右衛門、弥津潜竜斎昌月(後述します)とかの名が伝わっている。それらは黒装束の忍びではなく、修験者、山伏の出で立ちで、そういうのを従えた真田氏が後年の講談で多少の誇張を持って取り上げられ大衆の喝采を呼んだ。
それらは全くの空想ではなく、修験場に相応しい岩櫃山周辺の伝承、裏付けがあってのことに違いない。
本郭背後を見上げる.jpg
降りる1.jpg
降りる2.jpg
休んだ小屋.jpg
下りは下りでキツかったので、登山道入り口の小屋で休んだ。
今すぐにタクシーを呼んでも高崎上り電車まで40分あるので、小屋の中に掲示してあった歴代城主と、岩櫃、観音山、郷原の三城の縄張りを見て時間潰し。
ヒマである。
(寒いな。。。)
暖房とかもないし。
(山の中の小屋にいて熊に襲われるのはこういう時かも知れないな。。。)
小屋の中で足を伸ばしながら、これから山を上る人も、山から下って来た人も幾人か見送った。ひと組の若い男女、女性の方は街中に買い物にでも行くようなカッコで登山道に入っていった。さすがに靴はヒールでなく紐靴でしたね。
休んだ小屋の中.jpg
小屋の中に歴代岩櫃城主が貼ってあった。
吾妻助亮、吾妻助光、下河辺行家、吾妻行重、吾妻行盛斉藤憲行、斉藤行禅、斉藤行弘、斉藤行基、斉藤行連、斉藤憲広(基国)、そして、真田一徳斉入道行隆真田源太左衛門門信綱真田安房守昌幸真田伊豆守信之。。。
五代行盛の項に、
「貞和五年(一三四九年)、碓氷の里見義時に破れ自刃。。。」
里見???
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岩櫃城 [隠れ郷土史]

本郭跡1.jpg
吾妻郡の岩櫃山中腹にある岩櫃城は上田城と並んで真田の2台拠点といっていい。
遠目に岩櫃山を見ると岩の塊のような山で、大岩、奇岩、断崖、洞窟がゴロゴロしているそうですが、今日の記事の取材時、私は岩櫃山頂方面への登山道までは足を踏み入れていません。吾妻線の群馬原町駅で下車すると岩櫃山の岩々は見えないのです。正規の登山道は次の郷原駅です。

真田氏は2016年の大河に決まる以前から人気が高いが、確かな文献に表れるのは、講談で有名な真田昌幸の父で、信之や幸村の祖父にあたる真田幸隆からです。
それ以前の真田氏はよくわからない。祖先は北信濃の海野氏、もしくは滋野氏と伝えられるが(禰津氏とも)、これは信州松代藩の真田家が後年にくっつけた可能性もあるそうです。長野県上田市郊外の上田菅平IC近くに真田という地があって、そこに発祥の地と謳った館跡があるからそこの地侍だったのかも知れない。
でも、滋野氏が氏神としていた白鳥明神は修験の神なので、滋野氏自身が修験者の大檀家だったという説がある。講談の世界で真田の配下に忍びの者たちがやたらと登場するが、実際は黒づくめで手裏剣を飛ばす忍者ではなく、修験者のような出で立ちか、巫女、山伏、雲水に扮して諜報活動や情報収集をやっていた人たちではないだろうか。

真田氏は北信濃の村上義清に押されて一旦は上州に落ち延びるが、後年武田氏の旗下に入って真田領に復帰した。
その後は吾妻方面への司令官に任命され、特異の調略を駆使して吾妻の各諸城を陥とすか傘下にしていく。羽根尾、鎌原、岩櫃の斉藤といった連中である。
真田氏は上州に落ちて来て羽根尾氏に匿われたことがあるそうです。だが武田の傘下になってからは非情にもかつての恩人を攻撃する立場になってしまったとか。
吾妻郡を手中に収め、その先には名胡桃城で述べたように上州沼田がある。そこで小田原北条氏と直に接することになったのは名胡桃城事件で述べたとおり。
名胡桃城を訪れた翌日だからショウさんと飲んだ翌日、岩櫃城に向かうことにした。
その前に腹ごしらえ。
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ガラガラ-1.jpgガラガラ-2.jpg
もりや-2.jpg
朝飯.jpg

高崎駅の吾妻線.jpg
吾妻線に初めて乗車しました。
高崎駅から出ています。渋川駅から分れて吾妻の山間に入る鉄路。
今回、以前にUPした八高線や上毛電鉄のように、駅をひとつひとつ写真に収めるのは止めました。私が乗車した吾妻線115系統は、ドアのガラスや座席の窓ガラスに埃が付着して汚れてたのね。言っちゃぁ悪いがまぁ汚いこと。首都圏の在来線車輌のガラスの方が磨かれていますよ。
上州特有の風に吹きつけられた埃がくっつく地域だし、1時間に1本走るかどうかの吾妻線だから、ガラスを洗ったってすぐに汚れるのはわかるけどさ。
それと吾妻線は(信越線もそうだが)乗客が自力でドアを開けなきゃならない。
そんなに軽いドアではない。駅で下車しないのにいちいち人力でドアをこじ開け、写真撮ってまた閉める、こんな所作を繰り返すのが億劫だったので沿線風景は撮影していません。
それでも並行して流れる吾妻川に目を洗われ、小野上駅の側線に砂利や砕石を積む貨車が留置されていたり、小野上温泉駅で幾人かの客が降り、沿線風景はなかなかの趣でしたよ。
SUNおのがみという温泉宿があって、そこに1人で泊まったら贅沢な寂寥感たっぷりだろうなとバカなことを考えたりした。
http://www.sun-onogami.com/
中之条駅という駅があって、あのもと大臣さんのお膝元ですよ。出直し立候補して当選したけど、全てを釈明したとは言えないですよね。
ドリルでPCのHDを破壊したとか報道されてたし。何をやってんだかね。
広報版.jpg
中之条駅ホームでは真田に扮した少年少女たちが太鼓を叩いて歓迎、送迎していました。来年再来年と真田丸で盛り上がるでしょうな。
群馬原町の吾妻線.jpg
群馬原町駅.jpg
私が降りる駅は群馬原町駅。この駅周辺をⅰ―Phoneで見たら、駅北側が区画整理されており、ベイシアがあるじゃないか。
地図で大雑把に位置関係だけ見たら、岩櫃城と距離的にもっとも近い駅はその次の郷原駅なのだが、前回の名胡桃城散策で実践したように(後閑駅→沼田駅)、一つ手前の群馬原町駅で降りた方がタクシーを拾える可能性が高いのではないか。

(郷原駅は岩櫃山の南側にある。岩櫃城が郷原駅から見て岩櫃山の向こう側なんです。ハイキングコースだと郷原駅が起点らしいが、岩櫃山をモロに山頂まで登るハメになる。)

群馬原町駅で下車したら、SUICAのタッチパネルが見当たらない。
窓口でひとりでヒマそうにしてた駅員に渡した。
「何処から?」
「高崎」
ハンディターミナルのような簡易読み取り機にあてて。
「840円」
ボソッと言いやがった。この駅員さん愛想の無い野郎だったですよ。如何にも最初っから乗車券買って来なさいよと言わんばかり。(穿った見方ですよ。)
こっちも内心で、「俺もヒマ人だがそっちこそヒマそうにしやがって」って悪態ついた。
SUICAが使えない.jpg
10月から.jpg
吾妻線は、中之条駅、長野原草津口駅、万座鹿沢口駅、この3つの駅でしかSUICAが使用できません。
それも、「3つの駅で使用できるようになりました」のポスターを見たら、利用可能になったのは2014年10月1日からでほとんど最近からだった。
駅前の情報提供所みたいなのがあって、そこに真田の幟と、ぐんまちゃんゆるキャラグランプリ1位と、ぐんまちゃんの石像があった。
2016大河は真田丸.jpg
ぐんまちゃん像1.jpg
石像だと固いね。ふんわり感がない。あまりカワイイと思わなかった。さて、タクシーは。。。???
いたいた。1台だけ停まってる。でもエンジン切ってるのはまだしも運ちゃんがいないぞ。
車内を覗きこんだら運ちゃん寝てた。シートを背後に倒して爆睡してやがる。窓をトントン叩いたら慌てて飛び起きましたね。まぁ客待ちしている間は寝てるしかないでしょうけどね。
「すみません、ええっと・・・」
「岩櫃城まで」
「温泉ですか?」
「おんせん??」
こういうのがあるんです。
http://www1.town.higashiagatsuma.gunma.jp/www/toppage/1204045202906/APM03000.html
岩櫃城温泉.jpg
「真田の城山ですよ」
「ああ、岩櫃城の跡ね。いい城みたいですよ」
みたいですよ?
往路タクシー.jpg
タクシーは岩櫃山の北の道をうねうね上がっていく。
「歩いて行けるの?」
「いや、遠いです。坂もあるし。下りを歩いてくる方はいますが。。。」
確かに歩いて降りて来る客が幾人かいるが、いずれも軽い登山ルックだった。
岩櫃城へ向かう道はところどころ狭い箇所もあるが、ガレれもなく舗装されています。岩櫃城は岩櫃山の中腹にあって、その先に頂上がある。山麓には平沢という集落があって、おそらくそこは往時は家臣団の根小屋だったと思われるのですが、そこの集落へ至る生活道路でもあり、その先には宿泊施設も兼ねた吾妻境温泉、コニファーいわびつという施設がある。
http://www.iwabitsu.co.jp/content.html
「行かれるお客さんを時々乗せますが、お客さんもそういうの好きなんですか?」
名胡桃城へ乗せてってくれた沼田タクシーの運ちゃんもそんな質問して来たな。饒舌だね上州の運ちゃんは。この運ちゃんはずっとマスクをしてたから風邪ひいてたのかも知れないがよう喋る。
「まぁ嫌いじゃないけど。。。来年・・・2016年か。放映されるんでしょ?」
「ええ、そう決まったみたいですね。今日からこちらに来られたんですか?」
「昨日は名胡桃に行った」
「名胡桃に行かれたんですか?そうですか。それで今日は岩櫃に。なるほどねぇ。。。」
岩櫃幟.jpg
タクシーは幟がはためく岩櫃城登城口駐車場に滑り込んだ。
「帰りにまた呼ぶから。でも帰りは5千円札しかねぇけど大丈夫?」
「なんとかします。でも帰りはお迎えの分が加算されますから」
タクシーは私を登り口の駐車場で降ろして引き返していった。
駐車場.jpg
登城口です。
登城口1.jpg
またかよ!!
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MISTY [風景]

ドーミインで目覚めカーテンを開いたら外は真っ白だった。
まさか雪か???
違った。霧だった。
観音山方面が見えない。観音山どころか駅方面にあるWHも見えない。でも天気予報を見たら晴れになてったので、すぐに晴れるだろう。
9時に保健所の担当官とアポを取っているので、チェックアウトして社用車を出したら100m先で視界が遮られている。
ドーミインからほど近い保健所へ9時過ぎに届出を済ませ、簡単な指導を受けて公道出たら霧はやや薄まっていた。
それでもこんな感じ。
ミスティ.jpg
太陽の方角を見ても光が白く、青空が見えそうで見えない。
地上21階の高崎市庁舎が霞んでいる。
霞む市庁舎.jpg
霧の中にうっかり入ったら、そのまま何処か違う場所へ連れ去られそうだな。
市庁舎は烏川に、県庁舎は利根川に洗われている。
おそらく県庁舎も朝霧に覆われていただろうな。見てみたかったですね。あいにく前橋方面の公用は前日に済ませてしまったので。

それから吉井IC方面へ向かった。
途中、市内の上信電鉄踏切で、群馬サファリパーク号(仮称)がやってきた。逆光と、白い光と、車輌のボディがゼブラをイメージしているのでモノクロームになってしまった。
踏切1.jpg
踏切2.jpg
踏切3.jpg
踏切4.jpg
踏切5.jpg
中山峠を越えて吉井ICに向かう途中、武州方面の山々の頂きは青空を背景にしていて、地表に近い部分に雲がたくさん下りてましたね。
稲刈りが終わったそこかしこの田んぼからも霧が立ち昇っていたし。
藤岡市方面の公用を終えて現場にカオを出した。
「今朝は霧が凄かったな」
前にhttp://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-03-18に登場したNという超マジメな女性社員が、
「家を出たら視界が100mもないので、道を変えて慎重に来ました」
「100mなかったよな。8時台でライト点けてるくるまもいたし。」
「晴れそうで晴れなかったんですよ」
「そっちは田んぼの畦道を走るんだろ?」
「ちゃんとした道ですよっ。〇〇さん(私のこと)は大丈夫でしたか?」
「中山峠を越えて吉井町に出たら晴れたよ。・・・でもお前らはいいところに住んでるんだなぁ」
「何がですか?」
「今朝の風景は滅多に見たことない風景だった。ビル街の霧とは違うな」
「???」
「高層ビルは上の方が霞んでる。この地の霧は手の届く位置にあるんだよ」
「高いビル自体がそんなにないですからね」
どうも会話が上手くかみ合わないですね。私は日頃満員電車に乗ってビル街へ通っているので、山々を背景に自然の中をくるま通勤しているこっちの連中が羨ましくなったんですけど。この地にいながらして今朝みたいな光景に時折触れるんだから。
「アナタは出張で行くから群馬がキレイに見えるんだろうけど、現地に住んでる子らはそこまで思わないんじゃないかなぁ?」(ジャン妻)
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昼前にはすっかり晴れた。
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ボヤきボヤかれた夜 [居酒屋]

公用で武州と上州の支店行政に全て廻ることになり、〇長に1泊2日で出張申請したらアッサリ許可が出た。
ここが大事です。〇長は私に1泊2日をOKしたんです。でも、朝9時から現地で動かないとやや時間的にギリギリなので自費で前夜入りした。2泊ですね。遅い時間に高崎入りしてまる飛に行った。(昨日の記事)
翌朝、現場に出向いた日の夕方、女性店長・・・(仮にEとしておきます。過去に登場しています)・・・が私に言うには、
「今日って夜に店長会議でその後忘年会だよ。来るの?」
「???」
「泊まるんでしょ?」
「うん。今回は宿泊OKが出た」
「だったら出たら?東京からは〇長と〇務が来るって言ってたけど・・・」
「???」
その会議は、私がこっちに住んでた平成24年と、東京から定期的にこっちに来てた平成25年は私が手配していたんです。会議室の予約とか各支店参加者への連絡とか会場費の支払とかもね。今はその役は東京の誰かかこっちの誰かがやっているみたいだが。。。
会議はともかくも、忘年会?
俺は憮然とした。
「聞いてねぇ」
「来ればいいじゃん。アタシがバラしてあげるよ」
「バラす??・・・」
「1人くらい何とかなるんじゃないの?平気だよ~」
Eはお喋りなんです。もちろんEは私への気遣い、好意で言ってくれてはいる。本社のおエライさんの隣になるくらいなら、気心知れた私が近くにいた方が気楽だし、固い空気が薄まるのでしょうよ。
彷徨い.jpg
「場所は〇〇だって」
「〇〇って俺が泊まるドーミインの前の通りの店じゃないか」
「ああそうかな。田町から~下ってきてぇ。連雀よりちょっと駅寄りにある店だよ。。。」
「俺は止めとく」
「何でさ?」
「呼ばれてもいないのにノコノコ行けるか。俺は行かない」
プライド優先にした私はEに口止めした。Eは何でそんなことに拘るの?と怪訝そうな表情で、じと~っと私を見てる。
だけど気配りが無いというかイヤな野郎だな〇長は。俺の出張申請見て印鑑押したじゃないか。社内のボードに行き先だって書いてあるんだぜ。俺が宿泊するのは明白なのにさ。そういう無神経さが多々あるんだよ。なるべくその辺で会わないようにすっか。
だが待てよ。こっちは出張申請して来てるんだぜ。何でコソコソする必要があるんだ。ニアミスでもバッタリと出っくわしてもいいから堂々としてりゃいいんだ。
開き直って街に繰り出した。
蒼白い灯2.jpg
最初の膳.jpg
「昨夜、混んでましたよね?」
「昨夜は。。。」
「外から覗いたらカウンターに4人くらいいて、座敷の前にも履物があったけど」
(なので私は通町のまる飛へ行った。)
「ああ、そうそう。昨夜は満席だったんですよ」
(かなり思い出すのに時間を要してたが大丈夫かな?)
「カウンターも座敷も全部埋まってたし。で、今夜はこんな(ガラガラ)でしょ。もうちょっと毎日のように均等に来て下さればいいんだけどさ。消費税率が上がってからサッパリですね。魚なんか軒並み仕入れ価格が上がりましたから。すると出す側も多少は(値段)上げなきゃならないし」
大将のボヤきが始まったぞ。
ガラガラ.jpg
お品書き1.jpg
「キンメあります?」
「ございますが、脂のノリがイマイチですよ」
キンメ刺身.jpg
そうでもないじゃない。
イマイチどころか凄いアブラのノリであった。ワサビ足りなかったくらい。
スズキ2.jpg
「昨日は混んだけど、普段はお客さんサッパリです」
「月イチの定例宴会のお客さん、まだ来てるんでしょ?」
「ハイそれは助かってます。企業さんメーカーさんの接待みたいなのが減ったんですが、その宴会のお客さんは何しろ短い時間でたくさんお酒を飲んで下さるので。でも定例のご宴会のお客さんって、少しは前と変わったものもお出ししなきゃならないんですよ。」
「同じものじゃダメなの?ここへ来ると必ずこれが食べられるってのがあるじゃない。今日のキンメとか。まぁキンメはない時もあるけど。そういう店って強いのでは?」
「そう言ってくださるお客さんばかりじゃないですから。何か前より変わったものがないと来てくれなくなったりもするんです。今日のキンメもイマイチ納得いかないんですよね。どうですか?」
「そう?脂のってて美味いけど。だって私がキンメの刺身なんて喰えるのってこの店ぐらいですよ」
[わーい(嬉しい顔)]
「こっち(東京)でもキンメがあると食べますけど、やっぱ脂のノリがイマイチなんだよな。やはり群馬のキンメはサイコー」
[わーい(嬉しい顔)]
処理済~コンビ.jpg
「身体が動かなかったり。身体が動いてるつもりでも実際動いてなかったり。やろうと最初に思ったことがアタマん中で忘れてたり・・・」
「焼いてた穴子をパーにしたり、その日仕入れたものが全部ダメになったり、痛いですよ」
「こっちはこの子らに(傍らのYさんを横目で見る)介護して貰ってるようなモンだから」
2人いた女性スタッフのうち1人が療養中で、もう1人が、「毎日働いてます」
そりゃタイヘンだな。入院~療養中なのはもう1人のしっかりした方で今日いるもう1人は天然なんです。
「何しろ彼女1人だけだといろんな意味でタイヘンです。でもこっちは助けて貰う立場だし。労働組合が強いからウチは・・・」
「だったら時給上げてぇ~~~」(Yさん)
途端に大将は黙っちゃった。
「・・・」
「前は17時に入ってた時は簡単なまかないが出てたんですよ。でも今は18時からでいいよってなっちゃってまかないも出なくなっちゃったしさ~。この店締めて家に帰って遅い時間に食べると身体に悪いからこの店に入る日は朝昼2食なんですよ~」(Yさん)
「・・・」
「1日の時間数減っちゃって~、時給も少し下がっちゃって~」(Yさん)
「・・・」
「上げてぇ~」
「・・・」
Yさん.jpg
「お通しででたシラスおろし、まだあります?」
「ございますよ。いきます?お~い、シラスおろし。多めに盛ってあげて」
「じゃぁキンメと同じ値段(1200円)で・・・」
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「胡麻の香りがする」
「そう。サッとゴマ油で炒めてあるんです。前はカリカリになるまで炒めてたんですが」
「フライパンにこびりついたりしないの?」
「サッと。ホントにすぐ引き上げて油を切って冷やすんです」
西京焼&群馬泉.jpg
西京焼.jpg
蒼白い灯1.jpg
ボヤキはまだ続く。
「日曜も予約が入っちゃって。七五三の後のお祝いだったかな。そういうのを断ったらもう来てくれないからやるしかないし、やるからにはいい加減なもの出せないし・・・」
「世間で株が上がった上がったったってウチには何にも関係ないからね。サラリーマンの給料が2%上がったったって消費税が3%上がってるんだからさ」
「今度の選挙はホント何処の政党に入れていいのかわかんないですね。安部さんはホント勝つ自信があって解散したとしか思えないですよ。だってこれが解散しないで税率上げて来年になったら任期云々・・・」
既に衆院選は終わってる。大将は何処に一票を入れたんだろう。
今夜は冒頭のように、私もボヤきたい気分だったのだが、それは2軒め、NANAに持ちこされた。
2軒めに流れて.jpg
行燈.jpg
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「それってヒドくないスか?」(マスター)
「まぁな。人間性を疑うよ」
実際、その会場はこの店から徒歩圏内なのである。
「如何に俺が会社から煙たがられてるってことさ」
こういうボヤきにいつものマスターだったら何も考えてないて、「そうっスね」って返すことが多々あるが、今日は反応が違った。
「フツー、声かけますよね」
「まぁそうだよな。さっきまでその辺りで待ち伏せしてたんだけど〇長のヤツ出て来なかった」
「そ、そうなんスか?待ち伏せって。。。??」
「いやいや、待ち伏せったって往来で胸倉掴んで締め上げたりはしないよ。ああど~も~、来てたんですか~ってイヤミ言うだけさ」
それぐらい言ってもいいよね。翌日に支店で聞いたんだが〇長は30分もいなかったらしい。すぐに東京に引き上げたそうである。命冥加なヤツめ。
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お品書き-2.jpg
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もう22:30を廻った。
ここに来る前、田町の〇潮を出てから、そろそろ〇長が出て来る頃だろうと往来で待ち伏せしてたの。
だが出て来ない。寒いしアホらしくなって22:30を廻った時点でここに流れて来たのである。前にこの店の2階で宴会が開催されたがその時も俺は呼ばれなかったことがあったので、マスターには何とはなしに通じるからね。
上げた拳の降りおろし様がない私は、
「肉が喰いたい・・・」
腹たつ時は肉がイチバンだからね。
「肉っスか?和牛タタキとか。あっ、赤ワイン煮込みありますよ」
「うん。それそれ。。。」
焼肉屋ではない.jpg
和牛.jpg
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「悪かったね。遅い時間なのに」
「また、年内、何回来られるんでしたっけ?」
「1回は確実に来るけど。来て2回かな」
「またその時にでも。。。」
「うん、ありがと」
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朝帰り1.jpg
翌日、別の女性店長が、
「ええっ!!昨夜泊まってたんですかぁっ!!」
「そうだよ。〇長だって俺がこっちに泊まるのは知ってる筈だよ。だって申請出してOK貰って、行き先ボードにも書いて来たんだから」
「来ちゃえばよかったのに。ヒド~い。信じられな~い」
「そういうヤツなんだよ。」

別の支店で男性の管理者から、
「何で昨夜、来なかったんスか?」
「呼ばれてもいないのにノコノコ行けっかっ」
傍らにいたヤンキー娘が、
「アタシだったら呼ばれなくても行っちゃいますけどっ」
「ちっぽけなプライドがじゃましたんだよっ」
「・・・」
ヤンキー娘はそれには答えなかった。
「でも〇長、30分くらいで東京に戻っちゃいましたよ。その後に来ればよかたのに。。。」
「〇長が残した料理なんか喰えっか」
「・・・」

「普段、本社でそういう態度を取ってるからだよ」(ジャン妻)
「・・・」
「上と馴染もうとしないじゃん」
「・・・」
確かにそうなんだよな。こっちから擦り寄らなけりゃ向こうも声掛けないかもね。
そう言われたら腹の虫が治ってはきたよ。忘れよっと。◯長より私の方がこっちの社員どもと信頼関係バッチリなんだから。ふんっ。
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まる飛 [居酒屋]

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最初はビール.jpg
ズワイガニのおとおし.jpg
お品書き裏.jpg
まる飛は天然の魚介をウリにする居酒屋です。
でも今日は、何故かピザ、カレーピザ!!
ただ、ピザってそれなりの大きさがあるから、私ひとりでフツーサイズを喰えるかどうか。
「カレーピザってこ~んなにデカいの?」
私は手で輪を形作ってみた。
「ハーフにしますか?」
「うん。ハーフで」
臨機応変、ハーフに対応してくれましたが、供されたものは。。。
!!!
カレーピザハーフ.jpg
カレーピザ拡大.jpg
私は丸いピザ生地の径が短いピザを想像してたのだが、供されたのは半月ピザだったのである。
まぁハーフはハーフですけどね。味?もちろんカレーの味です。
店が空いてたのもありますが、生ビールがあるウチに供されたのがGOODです。東京のどっかのよく載せる店なんかピザを最初にオーダーしても、こっちがビールから日本酒に移行した頃にピザを出して来やがって、仕方なく再度ビールをオーダーしなきゃなんない。
お品書き表.jpg
次に燻製のポテサラ。
燻した香がする。大人のポテサラです。
ポテサラの燻製.jpg
蕪の柚子塩昆布。
これは塩加減がヒジョーによかった。造り置きではなく店主自ら目の前で蕪をブッた切って、塩で揉みこんでましたよ。塩昆布のアクセントが効いていいです。
蕪の柚子塩昆布.jpg
いい組み合わせ.jpg
仙台牛のタタキが終わってしまってたので。
「釣り鯵ってまだある?」
「ございますよ」
「じゃぁそれ」
「ハイ。釣り鯵入りました」
若いのが、ありがとうございますって返事が返って来た。でもサバくのは店主です。
「やっと魚の注文が入ったって思ったでしょ」
「いやぁ、ちょっといつもと違うなぁとは思いました」
釣り鯵と熱燗.jpg
釣り鯵.jpg
この店、カウンター中央は厨房に面してオープンキッチンなんですが、左壁際は厨房の壁に面してるんです。年配の女性客が2人いた。こんな感じ。
隣のお客.jpg
これだと喫煙の煙が俺んトコに流れて来るんですよ。
彼女らにしてみたらカウンター前が壁になってるから、そりゃ必然的に右側、厨房に近い側に灰皿を置くわけでさ。これがちょっとキツかったな。
「あの・・・煙が・・・」って言ってもよかったんですが、どうも初めてこの店に来たようなので、私はちょっとずつ席を右にズラして煙から逃れた。
でも煙草吸うお客、特に女性客ってのは少食なのか話に夢中なのか、あまり料理を食べないってホントなんですね。私のハーフカレーピザのもう半分がそっちにお裾分けされてそれは何とか完食してましたが、鯖の棒寿司を喰いきれなかったらしい。
サバ棒寿司.jpg
この棒寿司、デカいです。
私の口の大きさでギリギリ。
処理済~店主1.jpg処理済~店主2.jpg処理済~店主3.jpg
「私の部下の女性がひとりで移転前のまる飛さんに来たことがあるんだけど・・・」
「えっ、そうなんですか?ホテルの前の?」
「そうそう。カウンターに座ったって。よく女ひとりであんな遠いカウンターまで靴を脱いで上がったよな」
「確かにあの店は奥まで距離がありましたからねぇ。今はあの店、テーブルだけにしてカウンターを撤去しちゃったとか・・・」
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-10-24
この女性は最近、地方都市に転勤した。
「私は群馬に来いって言ったんですよ。社でも群馬で働こうって募ったんだけど結局は他所の地方都市へ行っちゃった。でもアナタのことをイケメン店長って言ってたよ」
「ええっ!!」
ジャン妻も、「カッコいい店長さんねぇ」と言ってたが、どうも羅漢町のCafe、うさこの同級生らしいんだな。
「昔の彼氏?」
すぐそういう発想をするのは低度が低くないか?
「うさこの店、移転してこれこれこうなるらしいですね」
うさこが異種業に鞍替えしてCafeを併設し、大勝負に出るのもご存じだった。
「うさこの店に男性がいますね」
「そうそう。うさこんトコのフードって後ろにある魔法の冷凍庫から出したヤツを、チン!!って音出してから何か加えて炒めたりして供してるけど、あの男性は大鍋で根気よく炒めたり、何か仕込んでましたよ」
「料理人なのかな。。。」(呟くように言う店主)
「かも知れない。常連さんが言うには弟以上恋人未満だって。。。」
「弟以上・・・恋人未満って・・・笑。まぁ移転先でも成功して欲しいですよね」

移転前のまる飛跡には焼肉屋さんが入っている。
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店主は2階を片付けに行った。
1階が若い衆だけになったらまた私の悪いクセが始まった。
「ここでどれくらい?」
「移転してきてからずっとです」
「給料ええんかい?」
「う~ん。まぁ今の自分にとってはそこそこいただいていますが。。。」
「マスター厳しい?」
「ハイ。厳しいですね。。。」
モツ煮丼.jpg
モツ.jpg
「モツ煮丼は汁抜き?」
「いえ。でも軽めにしました」
「じゃぁ次回は汁だくで」
「ハイ」
その場は笑いで和んだが、若いのは後で店主に叱られたかもしれないね。汁だく、ぬき、軽め、そういう好みを聞けって。
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この店ね、私の中ではNANAより安いですよ。
あっ、燻製コロッケをオーダーし忘れた。
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何処で服を買ってんだ? [人間ドラマ]

群馬八幡駅前の一本道の途中に、トータルファッションと謳ってる1軒のブティックらしき店がありました。
トータルファッション.jpgブティック2.jpg
へぇ。。。
あるんですねこういう店が。
高崎駅近くならともかく、市街からかなり離れた郊外なのに、個人で営ってる洋服店があるんだ。1日の売上は幾らくらいあるんだろう。
この店の前を立ち去ってから思い出したことがある。ウチの社員で上州の子たちは普段どういう店で服を買ってるんだろう。。。

最近、我が社はマナー向上を謳って服装にウルさくなってきたのです。
支店から本社に抜擢されたKという女性社員がいます。Kは服もメイクもハデな女性だったのですが、本社で勤務する条件として、①服装を地味にする、②髪型を黒くする、③メイクを常識範囲内にする、こんな条件が付随して抜擢された。(前に載せたかな。)
Kは日々地味に転換する努力を重ね、日が経つに連れてオフィスレディに変貌してきた。以前はヒョウ柄のパンツとか履いてたクセに、今は淡い色の服になってきた。
「最初は着るものがなくって。揃えるのがタイヘンでしたよぉ」(K)
「ふ~ん。努力は認めるが、今来てる服はお前の趣味、路線じゃねぇしな。無理しやがって」
(-”-;)
「古着屋で揃えたんかい?」
(-”-;)[パンチ]
本社の男性はスーツです。楽ですはっきり言って。でも女性は毎日毎朝どんな服装で行くか考えるからタイヘンみたいですね。
東京はまだいいんです。電車で来るから人に見られる。見られてるという意識があるから努力するんです。困るのはくるま通勤の上州の社員たち。日ごろの服装がイモでイモでしょーがない。その辺のコンビニに買い物に行くような、遊びに行くのと同じようなラフなカッコしてくるんですよ。

もう時効になるので載せます。大分以前の話になりますが、春先に体制が変わり、その説明会が上州某所で開催された時のことです。
その会では私が上州担当を解かれる旨も発表されたんですが、説明会終了後に懇親パーティーが開催された。
開催前に東京から、「出席者は準フォーマルでお願いします」というお達しが出た。だが、ウチの子らは、準フォーマルの意味がわからない。
「準フォーマルって何ですか?」(A子:聖なる酔っ払い女)
そういう質問が来ると思ったよ。自分で考えなさいと言いたいが、私もよくわかってない部分はあるのだ。
「礼服ですか?」
「そこまでいかないな」
「スーツですか?」
「いや、スーツでなくてもいいんだけど、アナタたちのいつものカッコはダメだよ。本社からお偉いさんたちも来るし、その人たちはそれなりのカッコして来るし」
「???」
よく理解できないらしい。
本社のお偉いさんはALL男性で、私も含めて準フォーマルどころかスーツネクタイで来ればいいのだ。如何に男性の服装が楽だってことですね。
でも上州の子たちはくるま通勤だから誰からも服装を見られない。家からくるまで来るってことは職場へドアツードアで、通勤電車じゃないから誰に見られるわけじゃないし、船山温泉スタッフみたいに家で起床して仕事着に着替えて、そのままくるまのエンジンかけて出勤するようなもんですよ。
まぁ仕方がないんだけどね。一家のくるまの所持数がTOPで、女性の所有するくるまの数もTOPの県ですから。
だが、メイクもロクにしてこない子もいるんだよ。眉すら描いてないんです。
「せめて眉くらい描けよっ」
「誰も見てないですよっ」
「俺が見てるんだっ!!」
そしたら無視された。俺のことは意識しないらしい。バカにしやがって。なのにこういう説明会、パーティーの時だけ、「何を着ればいいんですか?」って甘えたような質問が数件来たんです。

服装もそうだが、靴もそう。
「靴は?ヒールじゃなきゃダメなの?」
こういう質問がホントに来るんですよ。スカートなんて誰も履いてないからね。
「ヒールでなくてもいいけどさ。運動靴やサンダルはダメだぞ」
「サンダルでは行かないけど・・・」
「あまりよくない例えだが、通夜や葬式に運動靴で来ないだろうがよ」
「会場で履き換えたらいいのかな?」
くるまの中では運動靴で、会場に着いたら履き替えるんだって。まぁいいよそれでも。

若い子ならまだしも、そこそこミドルの女性からも質問が来た。
「あの・・・あの・・・」(笑ふ女)
「あの・・・がどうしたんだっ!!」
「ぶふふっ(笑)、準フォーマルって結局はフォーマルでもいいんですよね?」
「そりゃいいけどさ・・・」
私は連中のイモな質問にマジメに応えるのがめんどくさくなってきたよ。だいたい東京が準フォーマルなんて言うから余計に混乱する。フォーマルでいいんだ。
「フォーマルはたまに着ないといざという時に着れなくなるぞ」
「あっそれはわかります。でも大丈夫です。ウチって90過ぎた年寄りがいるのでいつ何が起きてもいいように。昨日も久々に着てみたら着れましたから。ぶふふっ(笑)」
「ああヨカッタね。でも家庭の事情はいいよ。でも前に俺に話があって会食した時も、何だかその辺にゴミ捨てに行くようなカッコして来たじゃないかっ」
「あ、あの時は休みだったからですよぅ」

そして当日、驚いたことに。。。
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。。。説明会を兼ねたパーティー当日、ベテラン女性はともかく若い子たちは殆どがリクルートスーツだったんですよ。
(コイツら。。。)
私はやや呆れた。恥ずかしかった。
(イモどもめ。。。)
俺らと出会って3年めなのに。3年めになっていつまでもリクルートスーツを着てるんじゃないよっ。服を持ってねぇのかっ。。。

服を持ってない???
そこで冒頭の洋服屋さんの前を通って改めて思い出したのだが、あまりカッコいい、というか、ちゃんとした、というか、オフィシャルな服を持ってないらしいのがわかった。
マズイぞ。来年に社のマナー改訂があって、春までに全社員がジーンズ、TシャツがNGになるんです。上州だけ特別ってわけにはいかなくなるんです。
そのマニュアルは既に配布されたらしいが、Eというオバちゃん社員から質問が来た。(質問の多い連中なんです。)
「配布されたマニュアル見たら〇衣の下はTシャツじゃダメだって書いてあるんだけど・・・」
そう書いてあるんだからそうなんだよ。
「そうだよ。あのマニュアルは過分に営業的発想だけど、Tシャツは襟が無いし柄によっては遊びの部分があるからね」
「ブラウスなんて皆持ってないよ」
「ブラウスを持ってないだと??」
確かに着てるのを見たことないな。
「持ってなければ買えばいいじゃないか」
「買わなきゃダメなの?」
「持ってなけりゃ買うしかないだろうがよ」
「会社で買ってよ」
これは相手も冗談で言ってるんですが私は真に受け、「営業マンが会社経費でスーツネクタイを買うかよっ」
一方的にTシャツはダメって決められて恐慌状態になったようですね。持ってないってのは言い訳でしかないんだけどね。
(このEというオバちゃんは過去に登場しています。)
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-03-18

前述のA子(聖なる酔っ払い女)からまた連絡が来て。。。
「おう、皆元気か?また月末に行くけどさ」
「元気ですよ~。また冬のボーナス出たのでルンルンで~す」
「ああそう。それは夏に〇長が頑張って申請したんだよ。それをベースに冬季賞与が出たわけさ」
私が上州担当だった時代に私とソリが合わなかった〇長は地方に転勤して今はいない。でも去る前に、残った社員の為にかなり頑張って賞与金額を申請したのは私も知っている。やはりある程度、出世しないと会社って変えられないんですよね。
何たって上州の社員はこれまで最低賃金だったから。都心と物価が違うし格差があるのは仕方がないが、よくあんな安い給料でガマンしてたと感心するよ。実家からくるま通勤とはいえ年頃だし、ちょっとした贅沢もできなかっただろうしさ。
さて、質問して来たA子はまだお洒落というか大人の服は持っている。
それは酒飲みだからだと思う。いや、訂正、飲みに行く機会があるということ。そういう店を知ってるんです。ダサいカッコで飲みに行かないみたい。で、賞与が出てルンルンなら、せめてその賞与でオフィシャルな服を買いなさいよと。A子はリーダーなんだから私宛に直接くだらない質問が個々に来るんではなく、アナタが皆に徹底しなきゃダメなんだよっ。
そうこうしてるウチに上州の子たちを集めてマナー研修が開催され、正式にTシャツやジーンズがNGになったのですよ。いきなり明日からではなく、猶予期間を置いて新年、もしくは春からです。
「これからマナー研修なんです」
「ああそう。行っといで」
「スーツが暑いです」
「普段着ないからだよ」
翌日だったか数日してから、またそのマナー研修に関して私に質問事項が来たんだけど、私はAに呆れ口調で、
「アナタはまだしも皆ボーナス出て年収が上がったんだから少しは着るものに金を使いなさいよ。前から気になってたんだがM子、A香、T子(空き缶プレス嬢)どもはいったい何処でどういう店で服を買ってんだい?いつもいつも襟がダヨンダヨンに伸びたTシャツばっか着やがってさ。まさか〇中市のスーパーとかで買ってんじゃねぇだろうな。もう来年早々か春頃からはジーンズやTシャツはダメになるんだよ」
「ち、ちょっとっ、い、い、・・・幾らなんでもっ・・・街中のス、スーパーでは買わないですよっ。ちゃんと高崎までは買いに来ますって。。。」
わざわざ買いに来るのか。ちなみに私が高崎で唯一買っていた服屋さんがこれ。チョイ悪系のガラガラが置いてあったので。
私が買ってた店.jpg
KANAYA.jpg
俺のことはいい。
「郊外にユニクロや島村ならありますよっ」
し、しまむら。。。
あれは家庭の普段着を売ってる店ではないのか?
「俺はユニクロなんか行ったことない。行っても着たい服がないんだ」
「ああ、〇〇さん(私のこと)はカジュアル似合わないですね。でも家ではどんな服着てるんですか?」
「家でか?」
「ハイ」
「作務衣だけど」
「サムエって何ですか?」
「さ、作務衣ってのは。。。」
蕎麦屋や居酒屋のオヤジや、温泉旅館の制服だよって説明した。傍らにいたヤンキー社員が、「それじゃ〇〇さんコレじゃん」と言って、自分の頬を人差し指で上からなぞったという。(ヤ〇ザの意味らしい)
「いや、俺のことはいいって。服もそうだが髪型もだぞ。美容院はあるのか?」
「ありますっ」
「親にカットして貰ってんじゃないのか?」
「そ、そんなことないですっ。さっきからもうっ、東京と比べないでくださいっ、ここは群馬なんですからぁ・・・!!
「・・・」
だが本社は地方だけ特例扱いはしない。このネタはまだ後日譚があるのだが、それはⅢに持ち越します。
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那波城 [隠れ郷土史]

伊勢崎市の公用を終えて坂東大橋経由で利根川を渡り、本庄児玉ICから関越道に入ろうと社用車を走らせてたら上州のヤンキー娘(4人いるヤンキー女性社員のうち1人、私が連雀町交差点で出っくわしたオンナ)から着信があったが、くるまの一家所有数ダントツの群馬県は交通課の警察が多く、パトカーを多く見かけるので走行中の携帯はキケンなので路肩に止めて折り返した。
話はすぐ済んだが、
「ちなみに今、何処にいるんですか?」
「伊勢崎だよ。夕方か日が沈んだ頃にそっちにくるま戻すけど。何時までならいる?」
「今日は混んでるから夜7時までならいますよ」
「そんなにかからない」
「伊勢崎ってヤンキーが多いから気を付けてくださいね」
「・・・」
お前が言うなよ。
お前だって高崎のヤンキーじゃないか。俺に何を気を付けろと?どういう意味なんだ?
伊勢崎や太田ってヤンキーが多いんではなく外人さんが多いんじゃないの?内陸の工業地帯とかで就労する外国人労働者が増えて、現在群馬県内で外国人登録している外国人の4人に1人は伊勢崎市に居住しているとか。
ブラジルの人が多いみたいですね。東武伊勢崎線にも数回乗ったが、車中の女子高生は訛りのある人が多かったように思う。

朝からずーっと運転してるので腰にキタので路肩に停車したついでに幾つか着信メールをチェックして一服した。
私が運転するオンボロ社用車は高崎ナンバーで、全社で最も古い車種です。東京本社には新車が4台もあるのだが、若いお偉いさん連中がこぞって利用している。
苦々しく思ってる女性社員もいて、
「○○さん(私のこと)は東京でくるま使わないんですか?」
「使わない」
「都内では運転しない主義とか?」
「そうじゃないけど。時間が見えないからね。群馬では向こうのくるま借りてるけどさ」
東京本社から借り出して関越道を走ってもいいんだけど、本社の連中に気ぃ遣ってくるま借りるのがイヤなの。エライ役職ほどイイくるま優先みたいな社風になってるんです。それだったらこっち(上州)に来てこっちの子に「借りるぞ」って言い捨ててくるま借りる方が気が楽なのだ。
ただ、群馬の社用車はボロ車で、最初踏み込んだ加速が悪く、ワイパーなんか根本がサビている。後部座席は荷物置き場になっている。
しかもナビが付いてない。
もっともナビなんかついてなくても、赤城山や妙義山が右手に見えるか左手に見えるか。それさえ見えれば道に迷うことなんてまずない。
本庄児玉までは広いバイパス一直線のハズだが、路肩に停車したついでに確認がてら地図を見ていたら気になる地名、小学校を発見した。
伊勢崎市堀口町地図.jpg
名和??
何処かで聞いたような。。。
ナワ~ルドさん?それもそうだけど、もうひとつ何かが引っかかった。
ああ、那波無理之介宗安か。。。
安中市のローズベイカントリークラブで見たあの名前だな。上州伊勢崎出身でありながら、那波家の嫡男(長男)なのに故郷伊勢崎から出奔し、武田氏に鞍替えって雇われ部隊の尖兵で上州に逆上陸して攻めて来た曰くありげな人です。その人の発祥地に違いない。
確か那波氏の発祥地は小学校か幼稚園になっていた筈である。これは時々コメをくれる戦国Blog、るなさんトコで見たことがある。
大した寄り道じゃなかった。堀口町というところです。
名和小の片隅に1.jpg
小学校ですね。小学校の片隅に重々しい碑が屹立していた。
くすんだ解説版があったが、あまり詳細には触れていなかった。
公共の場所とはいえ、例によって無断立ち入る厳禁、不審者は通報しますの表示があったりして。でも中には入らないです。雨中で校庭がぬかるんでたからね。
名和小の片隅に2.jpg
那波城解説版.jpg
碑の他に特筆するものはない。ここにあった、という表示だけ。でも何もないよりマシである。

問題の那波無理之助ですが、この人は那波家の嫡男なのに武田氏に鞍替えって上州を攻めにやってきた?のは、この書籍で知った。
国を蹴った男.jpg
簡単に時系列に述べます。年号は省略します。
むかしむかし、ここ那波郡に入ったのは藤原秀郷系の那波氏だが、当時の一族の長は木曽義仲に組して戦死し、一族は衰亡してしまった。
次に登場するのが大江氏系の那波氏。あまり詳しく述べてもオモシろくないのだが、鎌倉御家人で那波政茂、頼広、宗元、政元といった御仁がいて、宗元という人がここ伊勢佐木の那波辺りを管理した。
南北朝時代には那波左近将監政家という人がいて、その後も掃部助、上総介宗元、部少輔勝宗、大炊介繁宗、左京亮、内匠介、頼広、幾人か武人がいて、ここ名和小学校辺りにデンと構えたのは那波宗俊という人です。この人が那波無理之助のお父さんだという。
私は無理之助は宗俊の長男だと聞いています。だが、長男であって嫡男ではなさそうなのだ。
お父さんの宗俊は、自分がしかけた近隣への戦争で戦死した説もあるのだが、そうではなくて最弱戦国大名と異名を取る関東管領上杉憲政が北条に負けて川越から上州平井城に逃げたタイミングで北条氏の傘下に入った説を採らせていただきます。でないと那波無理之助に繋がらないので。
那波城は永禄3年(1560年)に、越後の長尾景虎が陥落させ那波氏は景虎に投降しています。那波宗俊は次男の次郎を人質に差し出した。
武田に付くか上杉に付くか、家を存続させる為に選択を迫られた結果である。
(伊勢崎市の史料には嫡子、次郎顕宗となっていました。)
この次郎、那波顕宗が那波宗家を継ぐのだが、継いだが為に次男で次郎だけど嫡男扱いされているフシがある。逆に無理之助は長男でありながら出奔、牢人した。
正室の子ではなかったのかも知れない。廃嫡されたのだろうか。この辺りに那波無理之助が出奔して武田氏に鞍替えった理由が隠されていそうである。
無理之助宗安は浪人して武田晴信に仕える。24歳だったそうである。後年、永禄9年(1566年)9月に牢人部隊を率いて碓氷峠を越えて故郷、上州に表れ、武田軍の尖兵となって先導を努める。
ローズベイカントリークラブ8番ホールにある蔵人城を落とし、
あずま屋?.jpg
クラブのすぐ北にある礼応寺城を抜き、
礼応寺城推定地.jpg
雉ヶ尾峠(雉郷峠)を越え、里見の番兵を蹴散らし、
現在の雉ヶ尾峠.jpg
クリーンセンターの近くにある高浜砦を急襲し、
高浜砦3.jpg
箕輪城攻城軍へ加わった。
箕輪城碑.jpg
この小学校とは別にもうひとつ、どっかに碑があった筈だが。。。
雨中、くるまを小学校の路肩に停めて検索した。
雨に濡れる碑.jpg
そこは幼稚園jの近くだった。名和小学校の北、最初の交差点を右折した右手に幼稚園があり、近くの田園地帯にポツンと雨に濡れて立っていた。
碑に近寄って.jpg
碑の裏面.jpg
小学校の碑と幼稚園の碑と距離にして結構離れており、直線距離で200mくらいあるのではないか。那波氏の動員数はせいぜい200人か300人程度だと思うが、随分と広大な範囲である。
名和小方面を望む.jpg
伊勢崎市の史料を見たら那波城の縄張り図が載っていた。
確かに広い。平城だったようです。
那波城は平城だった?.jpg
那波無理之助宗安は長篠の前哨戦、鳶ヶ巣山で戦死する。
那波宗家を継いだ弟、次郎顕宗はここ名和一帯や、玉村町に復権したらしいが、北条氏が滅亡した後、教科書には絶対に載らない戦国最後の叛乱、九戸城の鎮圧か、仙北一揆鎮圧時に戦死したという。
何とか戦国を乗り切ろうとしたが、ギリギリ果たせなかったようです。
越後長尾家に人質になっていた時代に知り得たのか、顕宗の息子が越後安田氏の誰かに養子になり、そこで血脈は続いたとか。
碑を斜めから.jpg
私は何故、無理之助宗安が出奔して他国に仕え、故郷を攻めたのかよくわからない。
その気持ちも理解できない。余人に窺い知れない事情、感情があったとしか想像しようがない。
雨中に濡れる碑は何も語らず。
語れない事情なのかも知れない。
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町かどのトロッコ [廃線]

私の公用は相手が行政なのでスタートは現地9時~と位置付けている。
高崎市内で9時~だと横浜の実家を6時台に出ないと間に合わないし、準備もあるので5時に起床することもある。
会社が許してくれるなら、前夜泊で高崎入りしたいのだが。。。

ドーミインで8時前に目が覚めた。私にしては寝過ごした方である。
昨夜、ホロ酔いでホテルに戻る途中、「えっ??」って驚いた光景があって、9時台のバスに乗る前、ちょっと見に行こうと。
ホテルのすぐ隣、弘化2年(1845年)創業の藤澤石材店が取り壊し、建て替えになるという。
石材店とドーミイン.jpg
創業弘化2年.jpg
この店にはトロッコの軌道が残っていた。
藤澤石材店の石切り場(切ったり彫ったり加工したり)は店の奥で行われてたと思います。
軌道.jpg
店の間口は狭く、奥に長い造りになっている。
これには理由があって、江戸時代・・・おそらく田沼意次か水野忠邦が老中だった頃だと思うが、幕府が税収を上げる為に商家の間口の広さに応じて課税したので、町人たちは税負担を少なくする為に間口を狭くして奥行を長くしたというもの。だから鰻の寝床のようなカタチになったという。
間口税ともいうそうです。課税基準は三間(5.4m)を1軒として課税した。
一間は六尺です。ウチの業界では商品の陳列棚を現在でも「三尺の棚、何本?」という言い方をする。三尺=90cmだから一間は180cm、三間は180cm×3=540cm、ざっと5.4mですね。
こういう商家は旧くからの城下町、蔵の多い街、宿場町に多い。
製造=販売を兼ねている商店や、母屋を兼ねている店は特に奥行が長いので、商家の奥から重量物、例えば味噌、醬油、酒、陶器、灯油、LPガスといったものを運ぶ場合、奥から店頭への単純均一な直線搬送になるのです。藤澤石材店の場合も簡易レールを敷いてトロッコで搬送した。
奥に長い造り.jpg
フォークリフトが無かった時代です。人力以外に動力を必要としない。効率もよく、安定性に優れている。
こういうのを町かど鉄道というそうですが、家人の趣味の範疇ではなく実用です。

私らの知らない何処かの個人商店、家庭、小規模な事業者が経営する工場や製材所の構内に眠っているかも知れない。
ただ、そういうのは未発見というか関係者しか知らない。そりゃ年中稼働してれば人目に触れるだろうけど、いつか稼働しなくなって忘れ去られたまま消えていったのではないか。
立ち入り禁止1.jpg
形があるまま残すことって難しい。旧い建物なので、現在の建築基準法や防火性、耐震問題等の諸条件をクリアしていない場合が殆どだという。万が一、倒壊、出火でもしたら所有者の責任になるからね。
相続問題もある。昔からの商家は住居兼の場合が殆どだが、所有者の多くは高齢者になって来ているし、次世代に引き渡しても、相続した側から見ればそのまんま引き渡されても維持するのがタイヘン。維持費や修繕費等の負担がかかるから。
心情的にはそのままの姿で存続したくても、現実に厳しい場合が多い。なのでどんどん消えていっている。
解体前?.jpg
過去記事です。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-04-16
この時、藤澤石材店のの家人にインタビューしたら、いつかは復活させたいような話を伺ったが、その夢は解体前のイベントという最後のカタチで実現してその日に終わりになった。
奥で立てかけてあったトロッコが、藤澤石材店トロッコさよなら運転という形で11月2日(日)に行われた。
市の広報誌にも載っていたが、私はそれを見ることなく、立ち入り禁止になった解体前の藤澤石材店の前に立っている。
立ち入り禁止2.jpg
そのさよならトロッコ運転の模様をUPしたBlogを発見しました。
管理人、あつし様の許可を得たのでリンクさせていただきます。
http://a-nobusan.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/2014112-bdcc.html?cid=109437679#comment-109437679
御承諾、ありがとうございました。

先日、12月某日、ドーミインをチェックアウトしたら。。
瓦礫1.jpg瓦礫2.jpg瓦礫3.jpg
う~ん。。。瓦礫になってしまったか。
これが現実です。瓦礫の下にレールは埋まってるんだろうけど、いずれ撤去されるだろう。
しばし佇み、踵を返して公用に入りました。
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永井商店 大女将の決意表明 [グルメ]

旧榛名町、上里見の永井商店に来ました。
青空と看板.jpg
秋晴れにデカい看板が映えます。
左暖簾.jpg
右暖簾.jpg
駐車場へ.jpg
くるまを裏に停めます。
店の裏には庭のような駐車場があって脇に小川が流れている。
その流れはせせらぎというものではなく、永井商店の床下から突然現れて凄い水量です。流れの源流は秋間山麓の雉郷峠の辺りではないか。標高500mくらいなのに凄い水量、勢いです。
庭に小川が流れている光景っていいですね。
小川1.jpg
小川3.jpg
どっかの焼き鳥屋みたいに入口、暖簾引き戸を開けたら呼び鈴、チャイムのような音が鳴った。早い時間帯だったので店内は照明が点いていなかったが、奥から大女将が出てきてニコニコしながら電燈をつけた。
「やきそば大」
「だいね」
「豚は要らない」
「肉なしね」
火を入れ、油を撒いて調理にかかった。
店内.jpg
やたらとカレンダーが多いな.jpg
やたらとカレンダーが多いな。
カレンダーだらけですね。もしかして壁の穴、破れを隠してるのかも。(笑)
キタキタ.jpg
う~ん。
ショウさんとも話したんだが、ちょっと薄味になったような気がするなぁ。
大女将・・・おばあちゃんに、「薄かったらソースかけてね」、卓上のソースと醤油をススメられたけど、そのまま食べました。
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ズルズルッ.jpg
スープ1.jpg
白菜漬.jpgスープ2.jpg
喰い終わる頃、お裏方から娘さん(若奥さん)が戻って来た。
過去に大女将ににお会計して貰った際に勘定がアヤしかったことがある。私が少なく支払ったような錯覚。
私は550円を釣り銭ないように支払ったが、
「450円よ」
「よんひゃくごじゅうえん??」
セット.jpg
私はお品書きを指して「550円では?。。。」
「ああ、これはセットの値段なの。大400円と玉子スープ50円で450円ね」
「ああ、そうだったね」
ホントは私、忘れていたんですが。
単品.jpg
でもこれで営っていけんのか。頑なに昭和価格を護る店。
暖簾が二つ.jpg
店を出て古びた暖簾を振り返ると、次回はいつ上州に還れるか、その時までこの店は営っているだろうか、この二つが去来するのだよ。
いつも書きますが、この店、いつ廃線になってもおかしくないローカル鉄道の駅の香がして不安になる。
だったら来なきゃいいって?でもねぇ。時折、妙に来たくなるんだよ。

私が永井商店を知ったのは、実は渋川市にあるモツ煮で有名な永井食堂と勘違いしてヒットしたのです。
東京でも永井食堂を知ってる人はいて、
「モツ煮で有名な。。。」
「ああ、渋川の永井でしょう」
上越方面や片品、岩倉辺りへくるまでスキーに行く人にご存知の方が多い。
でも私は渋川の永井食堂は入ったことないんです。ここ、上里見の永井商店を見つけたのは、この先、草津方面へくるまを走らせ、旧榛名町の室田というところの某信用金庫を解約する時です。
ジャン妻があっちこっちにバラけていた会社名義の口座を整理したの。某信用金庫に3回くらい出向き、その過程で里見橋台や里見軌道、鷹留城他を知り、その散策のランチで利用するようになった。
焼きそばとラーメンしかないのにチョイチョイ来ては喰ってましたよ。焼きそばなら小か並、ラーメンなら並、大きいサイズは喰ったことないです。小腹が空いた時に丁度良い量だったのだ。
12月になってまた行ったのですが、寒くて焼きそばという気分じゃなかったのでラーメンにした。
この時も10:45だったかな。電気が点いてない。
「あらゴメンなさいよ。暗いね。電気点けっからね」
「早かったかな?」
「そんなことないよ。そろそろお客さん来っ頃だから」
教育勅語.jpg
電気が点いてないぞ.jpg
店内から暖簾を見る.jpg
ラーメンと白菜漬.jpg
スープ.jpg
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チャーシューというか豚肉.jpg
白菜漬.jpg
私に供してすぐに近所に住む高齢の男性が店に入ってきた。何かを届けに来たようだが、ヒマそうにしてた大女将と四方山話、井戸端談義になった。
「今日も静かでいいねぇ」
「静かでいいって?アタシャ耳が遠くなったからいつもと変わんないよ」
「そう、そりゃ長生きするよ。都合のいいことだけ聴いてりゃいいんだからさ。ヤなことなんか聞くこたぁない」
「そういえばどこどこの〇〇屋さん、店壊してたね」
「壊してた。土地でも売るんかな」
「あそこの息子は◯◯◯◯◯運転して事故ったんでしょ。継ぐ人いないモン」
「夏でもマスクしてたしね」
「隠してたんだろうね」
「継ぐ人もいないしね」
「そういえばどこどこにセブンイレブンができるそうじゃないか?」
「〇〇もセブンイレブンじゃないけど何かやってるんでしょ。燃料扱ってるからいいけどさ。石油が値上がってるからそれがなくなっちゃったらやっていけないかもね」
「高橋、黒岩、魚ソウ、奥原、皆、厳しいみたいだよ」
「魚屋さんがなくなったね。うちだってあと幾年経ったら止めちゃうから、この辺お店が全部なくなっちゃったってなるよ」
「借りてもねぇ」
「家賃払ってまで商売なんてなりたたないよ」
「うちは家賃がないからいいけどね」
こうやって会話形式で書いてますが、しまいにどっちがどっちの台喋ってる台詞かわかんなくなってきたね。私はこの不景気な会話をずーっと聞きながらラーメンをすすった。
処理済~営業許可証.jpg処理済~大女将.jpg
男性の方はひととおり話し疲れたのか出て行かれた。私も喰い終わったタイミングで、大女将が私の前に座ったのである。
「やれやれよっこいしょ。聞こえてた」
「聞いてたよ。だって他にいないし。筒抜け」
「あらヤダ。まぁアタシも身体がキツくなってきたってのはあるからね。おとーさんは動けないし、娘が手伝ってくれてはいるけどね」
「でもまだ営るんでしょ?」
「うんやるよ。今年が平成26年でウチは確か。。。(店に掲げてある営業許可証を見て)。。。あれにある平成29年までは営るつもり。こうやってお客さんが来てくれてアタシが動けるウチはね」
「もうちょっとしたらお客さん来るでしょ」
「来る来る。娘ももうすぐその頃には来るから」
「うん。じゃぁ。また来るから。。。」
「またおいで。。。」
永井商店看板.jpg
私は平成24年より前の永井商店を知らない。
店の大看板にケーキ、コーヒーと謳っていても今はないようです。テーブル席が残してある辺り、喫茶店も兼ねていたのだろうか。
やきそばやラーメンだけではなく、もっともっとメニューがあったのだろうか。
商店と銘打っていても店内の商品は僅かでしかない。繁盛していたその時代を知らない。
でもそれでいいと思っている。
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104 [グルメ]

イチオシ?104?.jpg
この店のすぐ近くに私の担当する行政があって、それで知り得た店。
何で104っていうのかというと、10月4日OPENしたから。それともうひとつ、104=イチオシというそうです。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-09-29
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-12-13
この店を発見、開拓したのは私ではなくジャン妻です。本社からシステム部門の部長クラスがこっちに来た時、ジャン妻はペーパードライバーなのでその部長さんに運転させて助手席でフンゾリ返っていたそうだが、昼どきに104の前の道に入り込んで発見した。
その時はその部長さんが支払ったそうです。だがその部長さんは現在、各現場への対応が雑で自分勝手なのもあって信用がガタ墜ちした。ジャン妻もその部長さんと衝突、煙たがられている。
私もジャン妻を怒らそうとしてわざと
「この店、最初は〇〇と来たんだろ?」
〇〇というのがそのシステム部長さんね。
「そう。。。」
話題に出すなよとばかりに苦々しげな表情をする。でもこの104は気にいっていて、私が「104で何々を喰った」と言うと、「いいなぁ」と羨ましがる。
今日のランチ.jpg
メニュー.jpg
でも半年以上、この店の定休日たる火曜に出張に来ることが多かった。今回、久々に入ったら、マスターの素っ頓狂な声が降って来た。
「あれぇ?」
「どーも。ご無沙汰しております」(ボソッと応える私)
「お久しぶりですねぇ。最近お見えにならないからぁ、もう転勤しちゃったのかなぁなんて話してたんですよぉ」
私なんかのことがウワサになっていたのか。
「あの頃は転勤してこっちに来てたんです。東京に戻されて今は時折出張で来てますんで。。。」
「ああそうだったんですかぁ」
そこへ奥様登場。
「あらっ?」
転勤でこっちに来てたんだって・・・とマスターが耳打ち。
「ああそうだったんですかぁ」
私みたいなのを記憶して下さって嬉しい限りである。やはり多少、人相は外見が悪くても、相手に記憶されるというのはそれなりのメリットがあるのだよ。
さて、肉が喰いたかったので今日はハンバーグランチ。何と厚切りベーコンが載ったスグレモノであった。
もちろん手造り。冷凍なんかではなく、その場でペタペタ叩いていた。
ハンバーグ.jpg
ハンバーグ断面.jpg
ベーコン付き.jpg
サラダとコンソメ.jpg
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私はあまりこの店で長居しないのね。喰うのも早いし、食後のコーヒーもガブガブって飲んでサッと出るんです。
「また出張の際は是非お出でください」
「うん。そーする」
晴れやかな気分で出ました。
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ジャン妻はこのハンバーグ写真を見て目を剥いた。
「何これ?ベーコンまで載ってるの?」
「うん。俺のこと覚えてくれたよ」
「アナタの風貌ならね」
「・・・」
以前、「愛想の無いマスターねぇ」なんて言ってたがそんなことないよ。

11月にも行った。
秋空と104-1.jpg
「あれぇ?どうもぉ。。。」
「あら???いらっしゃい。。。」
いつものカウンターに座ろうとしたらテーブル席に数人のお婆さんがいて予約よろしく陣取っていた。
「今日はこっちは賑やかなのでぇ。テーブル席の方が。。。」
確かにウルサそうだな。年寄りって耳が遠いから声高になるしね。初めてテーブル席に座った。そしたら予約のご老人がどんどん入って来た。地元の敬老会か何からしい。
店側のスタッフもマスター入れて4人いましたね。
お婆さんが続々と.jpg
敬老会?.jpg
その敬老会だけではなく、1人客のお爺さんお婆さんがバラけてどんどん入って来られ、あっという間に準満席になった。この時点での客の平均年齢は私がいちばん若いじゃないか。
満席ったって相席になることなくテーブル席に1人ずつ陣取ってるんです。いいトシした(失礼)ご老人たちが、ハンバーグ、エビフライといったコッテリした洋食をオーダーされている。
最後に4人の家族連れ(若いママ2人、幼児2人)が入店された。
サラダ.jpgサラダとスープ.jpg
カツカレー.jpg
私の隣のテーブル席にいたお爺さんが和風ハンバーグなんぞを喰っていた。
その爺さん、何か追加、テイクアウトがあったらしく店員さんをしきりに呼んでるが声が厨房に届かない。死角になっているんです。
私は助け船を出した。
「おぉ~いっおねーさぁんっ!!呼んでんぞぉっ!!」
そしたら店内の喧噪が一瞬シーンとなってしまった。慌てておねーさんがスットンで来たが、
「俺じゃない。こっちこっち・・・」
私は爺さんを指した。
家にいる婆さんかお孫さんにエビフライか何かをテイクアウトオーダーしてましたね。
爺さんは私に、「どーも助けてくださって。。。」
私は口の中でカツをモゴモゴほうばりながら「いーよいーよ」。。。頷いた。
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カレー.jpg
勘定済ませて爺さん婆さんの喧噪から外へ出る際、マスターの声が遠くから聞えた。
「ど~もぉ。また出張の際にはお寄りくださいませぇ。。。」
マスターはこんな声高に話す人だとは。。。
秋空と104-2.jpg
青空に映える104。。。

最後にちょっと余談。
これは都内、港区内を走るメトロ銀座線、外苑前駅近くにある104というダイニングバー?レストラン?
外苑前104-1.jpg
外苑前104-2.jpg
取材に行ったらランチ休業だった。安中市の104とはぜんぜん無関係だとは思いますが、どういう由来の店名で、どんな料理を出すんだろう?
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大将 [ラーメン]

本牧の大将ではありません。
高崎環状線を北上して、西上州やまびこ街道と交差する上大類町交差点先の右手に角上高崎店があって、そこに野菜や鮮魚を買いにいったものです。
鮮魚店では飲食関係者も仕入買い出しにやってくるので、店ん中でロツレの旦那さんや月輪の女将さんと同時に出っくわしたりしたものです。
角上は高崎駅方面から北上すると反対車線(外回り車線)に面しているので、広い2車線を右折横断しないと店の駐車場に入れないのです。両車線とも飛ばす(飛ばせる)ルートなのでやや危険が伴う。
そこで私らは上大類町交差点を右折して2つめの信号、上大類東交差点を左折して角上の裏手を北上、最初の交差点を左折して環状線の外回りに左折して南下、やや迂遠なようだがぐるっと迂回して角上に入っていた。
その上大類東交差点を左折して裏道に入ってしばらくすると、デカくて赤いテントにブッ太い白字で、「大将」と描かれた古びた中華食堂を発見した。
大将1.jpg
「大将だって」
「???」
店の名前がね。私らがライフヌードルにしている横浜本牧のラーメン店なのでちょっと気を惹かれたが、私らの中では「大将に勝るものはない」という絶対なイメージもあるので、角上に行くのに何回も店の前を走っているのに在住中はついぞ一度も入らなかった。
再訪時.jpg
今年の晩秋、東毛の某市内に公用があって、高崎市内から北関東自動車道経由で向かう途中、11時過ぎにこの店大将を思い出して上大類某町ひとつ先の交差点を左折、早めの昼にしようと。
まず、停め難い。
店の前の駐車場スペースが三角定規みたいになっている。アタマから突っ込んだ。右側に段差があって大きいセダン車だと脱輪しかねない。
店は裏手でひっそり営っている中華食堂といったところです。暖簾を潜って引き戸を開けたら既ににカウンターに先客がいたと思ったらその人は従業員で、ニコヤカな笑顔で簡易的な給水機からファースト・ウォーターを汲んでくれた。
メニュー.jpg
厨房では、この旦那が大将?と思われる大旦那が調理に忙しい。
仕入れの電話をかける女将さんの前にはパン粉をまぶしたカツが数枚積んであった。
処理済~厨房.jpg
店内1.jpg
L字のカウンター2辺とテーブルが2つだけ。
プレハブの飯場みたいな簡素な造り、何処を見ても年季が入ってるな~と思わせる内装で、新しく見えるのは角の壁上にあるTVぐらいだった。
やや暗いな。震災後の節電営業で薄暗いのではなく、蛍光灯も年季が入ってるのと曇天のせいだろうか。
店内2.jpg
この状態の時に店のフロアにいたオッさんから話しかけられた。
「TVをご覧になりたいですか?」
「???」
テーブル席をススメられたのである。
この店に来る運転途中に着信があったのを思いだして、
「いや、ここでいいですよ。ちょっと電話を架けたいんだが、外は未だ雨が降ってるかな~と思って外を振り向いただけだから・・・」
私は外に出て大将の赤いテントを見ながら着信携帯を折り返し架けた。くるまの一家所有数がダントツの群馬は交通課の警察、パトカーがやたらと多い県なので、車内で携帯はお止めになった方がヨロシイ。平成24年にこっちに来て前橋で白バイに捕まったからね。
外で気付いたのですが、入口が2つある。暖簾は三つ。
そして、カヴ?メイト?出前バイクが3台もあるぞ。
3台.jpg
この店、店内の席数は少ないが出前がメインの店らしい。
席に戻ったらちょうど炒飯ができあがったところで、その間もひっきりなしに出前の電話が入ってる。私の目の前にパン粉をまぶしたデっカいカツが平積みになってたが、次から次へと揚げてカツカレーに化けた。他にも焼きそば、炒め物、野菜ドッサリのタンメン?、デカい餃子がバンバン仕上がり、2名の男性が入れ替わり立ち替わり出前に出動してまた戻って来ての繰り返しであった。
その間、女将さんは大将に、出前のオッさんに叱咤されている。この店、群馬では珍しく?女将さんより男性の方が力関係が強そうである。
注文が入って料理が出来あがるとカウンターに料理をバーッと並べ、それをカブの荷台へ押し込んですぐさま出陣して行く。
戻って来た配達要員はヘルメットを脱がない。店内で待機している時も被ったまま。脱いだり被ったり締め直したりの動作を繰り返すとその分、無駄な時間がかかるからでしょう。いつでも出動態勢、スタンバイ状態。
ラーメン1.jpg
ラーメン2.jpg
ラーメンは一杯450円なんです。ワンコイン以下なのよ。
鶏ガラ?スープに油膜、油玉が浮いた昭和系のビジュアル。具は卵、チャーシュー1枚、ネギ、薄いナルト、申し訳程度のほうれん草。あるべきものが載っている。
麺は黄色い極細の縮れ麺です。スープは並々入って超熱々です。でも残念ながら麺が一部ダマになってたね。茹できってなかったぞ。
青物.jpg
ややダマだったのが残念.jpg
まぁ450円だから文句も言えないけどね。
炒飯1.jpg
チャーハンも表面がテラテラ光っている。
コーンがところどころに埋まっていて、全体的に甘い味付けでした。
炒飯2.jpg

大将2.jpg
12月に入って、またまた西毛方面に公用が出来たので、高崎市内の現場で社用車を借りて高崎ICに向かう途中、再訪して五目タンメンを喰った。
五目タンメンです。五目そばなんだけど五目タンメンなんです。
五目タンメン1.jpg
スープ.jpg
やけにガーリックの香がするスープでしたな
ゆで卵がまるまる1個、ゴロン入ってた。野菜もドッサリ、シャキシャキした食感で私好みではあったが、アッサリした塩味を期待すると裏切られますよ。
ゆでたまご.jpg
野菜.jpg
麺を引きずり出す.jpg
麺を引きずり出すと、やはり一か所か二か所でややダマになってるね。
まぁ550円だから許しましょう。
処理済~出前スタッフ1.jpg処理済~出前スタッフ2.jpg
上2枚の写真は出前スタンバイ中の2人のオッさん。この日も出前がバンバン出てました。そしたら出前のオッさんが怒ってる。
「何だよこれはよぉ。合計で1950円だろぉ?」
「???」
出前先に釣り銭ピッタリにして持って行くみたいですね。例えば1950円だったら、10000円を渡された時を想定して5千円札1枚、1000円札3枚、50円玉1枚ってね。
店の財布は女将さんが握ってると見た。でも渡す金種、設定が違ってたので、出前のオッさんに怒られてたというわけ。
大将のオヤっさんも女将さんの尻を叩いてましたよ。調理や仕入の電話を促してた。この店は亭主関白でカカァ天下ではないらしいぞ。
お客さんに対しては軽い口調で、
「ゴメン、大きいの(1万円札)しかないんだけど。。。」
「大丈夫よ。アタシは細かいのしかないけど。アハハハ(笑)」
私はしっかり1000円札と50円玉を渡しました。
出前に行くところ.jpg
どれもやや雑多な印象で大味ですね。茹で加減、焼き加減、炒め加減、かなりアバウトだが、早いし待たせないし、出前がバンバン出てるのを見ると、小さい不満があっても有無を言わさない力のこもった店であった。
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麺屋おとみ [ラーメン]

世界遺産登録で湧く上州富岡のもっと先に神農原という地があって、そこ界隈のネタを過去に幾つか載せました。
宮崎城、上州→甲州に引っ越したBlogger、チエさんのご先祖が旗頭で戦った地。
宮崎城と西中学校校舎.jpg
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-09-04
城の坂を下った辺りにある田舎Cafeまあむ。。。
まぁむ3.jpg
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-04-13-4
神農原ラーメン。老夫婦がのんびり営っているラーメン屋さん。
縦看板.jpg
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-05-26
他にも公用があって都合5回ほどこの辺りを訪問したのですが、上記記事に写真だけ載っている上信電鉄神農原駅前の1軒の麺屋について。先日、ようやく訪問が叶いました。
踏切の脇.jpg
駅前と言ってもロータリーや商店街があるわけじゃない。片側ホーム1線に踏切が接していてその脇にあるんです。
最寄駅は神農原駅・・・じんのうばらではなくかのはらと読みます。無人駅です。昔は駅員がいたらしい。
神農原駅.jpg
おとみ.jpg
店の外構え、建物はどっしりしていますが、店頭は何だか置いてあるものがリサイクルショップみたいですね。中に入ると更にズルッとズッコケます。
小上がり.jpg
誰かの家かよ。
もちろん店なんだけど、誰か知人の家座敷に上がり込んだような小上がりだった。家庭のニオい、生活の香りがプンプンしていた。
かろうじてカウンターが、昼はラーメン屋、夜は居酒屋といった趣を出してはいる。
カウンター.jpg
メニューはこんな感じ。
お品書き1.jpg
お品書き2.jpg
誰が描いてんだろ?
店内は若いママひとりで営っていた。ママの手描きに違いない。
掲載紙.jpg
これはおそらく県内のラーメン店を集めた雑誌に掲載されたこの店の切り抜きかと思いますが、デカいラーメン写真と、その下に小さいラーメン写真が掲載されていて、それぞれこうある。
初号機700円。。。???
零号機700円。。。???
「???」
マンガチックなメニューを見たらそうは書いてない。とんこつ700円、しょうゆとんこつ700円とあって、おすすめナンバー1、ナンバー2とある。
その下に、しょうゆラーメン700円、しおラーメン700円、とあり、黄色い鶏(ひよこ?)がくちばしからヨダレをたらしながら、マンガの吹き出しで、「とりがらスープベースよ」、「あごだし」
微笑ましいが、初号機零号機とはなんだ?
それと雑誌の初号機、零号機と、マンガメニューの、おすすめナンバー1、2はどれなのか。ナンバーが一致しないのです。
零号機=おすすめナンバー0でもないようである。
考え込んでもしゃーないので、
「この写真の下の方」
上の方がこってりベースっぽかったので、あっさりっぽいのをチョイス。
「零号機ですね?」
「そ、そう。。。」
別に私は零号機の意味を理解してオーダーしたわけじゃないですよ。
零号機1.jpg
ジンワリする美味さ。
この辺りはもう下仁田地区といっていいが、その地らしくネギもドッサリ。
メンマがデカくてコリコリ。
チャーシューも甘くて箸でホグれるやわらかさ。
私にしてはかなりスープを飲んでしまった。
メンマ.jpg
食べてる途中.jpg
会計をお願いしてから、
「この何とか号機って何です?」
「ああ、それはですねぇ。。。」
訊かずにいられなかったよ。聞かなかったら後でモヤモヤするだけだからね。でももうおわかりでしょう。
「エバンゲリオンなんです」
「えばんげりおん??」
初号機.jpg零号機.jpg
「ええっと、ラーメンにその機種番号を付けたかっただけなんでぇ。。。」
「・・・」
何でラーメンにそんな名前、機種名を。。。
私は口あんぐりになった。後で調べてみたらこの店、本店は高崎市倉賀野にあって、そこには零号機、壱号機、弐号機、参号機、四号機まであるというではないか。
ではこの店は初号機、壱号機のみなのか?弐号機、参号機もあるのか?それはマンガチックな手描きメニューのどれなのか?
本店が零ないし初号機(店?)で、ここ神農原の店は弐号機(店?)なのだろうか?
それらは店を出てから思いついた謎。未完のまま神農原を去った。
先客万来.jpg
この店は国道254線に面していません。
国道には店の案内も神農原駅の案内、看板もないので、知ってないとまずたどりつけないだろう。ナビがあれば神農原駅で検索してください。
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あってりめんが東京立川に出店していた [ラーメン]

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安中市にあるこのヘンテコリンな名前のラーメン店は支店で、本店は碓氷峠を越えたお隣、信州中軽井沢駅前にあるらしい。
そこの本店は創業者が営っていて、ここ支店は息子さん。「父が軽井沢で・・・」って言ってたのを聞いたことがある。
父子でラーメン屋さんか。しかも息子さんはここ安中市でひとりで営っている。孤独に耐えられないとやっていけないだろうな。
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メニュー1.jpg
メニュー2.jpg
メニュー3.jpg
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前は昼にあってりめんはなかった。というか、私が行く日は出張時の昼に限られてるのであったりなかったり。
私がこの店を知った最初の頃、あってり麺は夜にしかなかったような。。。「夜になると父が来て出すんです」って言ってたしね。あってりめんはあったりなかったりだからあってりめんなのかと邪推したものである。
伝説のカレーにしてもそう。伝説?自分でレジェンドを謳う辺りが少々鼻に付いたが、前回喰ってみたら確かに美味かった。でもカレーもあったりなかったりで、はるばる遠くから来てそれだと客が引くのにようやく気付いたのか、最近は常時、ある程度は置いてあるうようである。
営業時間も拡張したようです。
営業時間変更.jpg
「あってりめん」
「醤油、塩とございますが」
「ああ、醬油ね。それとチャーシューに胡椒かけないでくれないかな」
「ハイ」
黒い胡麻みてぇな胡椒が最初っから撒いてあると興を削ぐし鼻にツンとくるのよ。ところが若い店主、ご子息は胡麻を手に取った。
あっ、野郎、胡椒撒いてやがるな。でも気付いたらしい。うっかり撒いちゃったチャーシューを除けて、別のチャーシューを載せてた。
ルックス.jpg
トッピングは無し。スープが少ないので、あまりドカドカ盛ると冷めてしまうのである。
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烏賊ゲソじゃないですよ。ゴボウです。
メンマじゃなくて何でゴボウなのかワカラン。通町のなかじゅう亭(本店は)もゴボウだったね。
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麺.jpg
チャーシュー.jpg
青物.jpg
美味しいね。ブレがなくなって来たように感じる。
私としては、もうこの店は卒業かなとも思ったのだが、帰京してからまたまたひとつの謎が浮かび上がってきた。
私なりにこの店の謎をある程度は解いたつもりだが。。。
この施設に関わる話です。
入口1.jpg
私は平成25年以降、立川市に公用が増えてよく下車する。そこはラーメンの激戦地でもある。幾つか載せましたね。魚魚(トト)、丸幸、鏡花、油そばの宝華。。。
そして立川駅南口にあるラーメンスクエアの1店、絆に行きました。
この立川ラーメンスクエアについて、既に載せたようにフードテーマパークか屋台村のようなラーメン7店舗のフロアになっている。
出店しているのは2005年(2006年?)から毎年開催されているラーメントライアウトというコンテストで優勝、もしくは準優勝か、選抜された店舗のオーナー、職人たち。
トライアウト事務局のリリースを見たら、未だ自店を持ってないオーナーや職人さんを集めて競わせ、勝ち得た者に半年間出店し、立川の有名店として全国に巣だって行くというコンセプト。
だからそこに長期間いるわけではない。およそ半年で入れ替わる。今年の場合、11月から書類選考が始まるそうです。(半年だから春夏2回あるらしい。)
驚いたことに、安中市(というか現在の中軽井沢)のこのヘンテコリンな名前のラーメンは、2006年第1回ラーメントライアウトの優勝店らしいのだ。立川にいたんです。
ラーメントライアウト1.jpg

春部門の「あってり麺東京」店主、小路五郎氏と小さく載っています。
http://www.arearea.co.jp/ramensquare/

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本店のHPにも、東京都立川市においてあってり麺東京オープン(6ヶ月限定出店)、しかもテレビ東京のアド街っク天国で放送ともあった。
http://www.atteri.com/history/
たまたま立川が取り上げられた時期が重なったんでしょうね。
信州から上京して半年間出店し、また都落ち(失礼)したらしいがその経緯はわからない。いろいろ気苦労があったと推察されるが。。。
私は中軽井沢の本店には行かないし、次回も来れるとしたらまたここ安中市に来るけど、ご子息がその辺りの理由、経緯をご存じかどうか。

このメニューに目がいった。
時間限定メニュー.jpg
淡麗中華そば???
例によって、曜日、時間帯による限定かい?
この店は例によってバラけたメニューが多過ぎる感があるが、あっさりでもこってりでもない路線のようなのでTRYしてみようと。
だけど13:00~ってなってるぞ。刻限が11:30過ぎだったので、
「今の時間帯だったらこれはできないかな?」
「ええっと・・・できますよ」
この辺りがこの店のアイマイなところだが、供されたものは。。。
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正統派の中華そばでjはないの。
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麺.jpg
チャーシュー.jpg
何だこれは?.jpg
ペラペラのワカメなんかではなく、青物もしっかり入っているじゃないか。
青物.jpg
なかなかイケましたよ。あっさり、こってり、あってり、あえってりでもない正統派の中華そばではないか。
この店で初めてマトモなラーメンを喰った気がするぜ。
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刻んだタマネギも入っていた。八王子?立川路線?
ここで思い出した。
「自分、公用で立川市によく行くんだけど。。。あそこにラーメンスクエアっていうのがあって、おやっさんってそこの第1号グランプリだか優勝だかって聞いたことあるけど」
「ハイそうです。ウチの父が・・・(・・・前もそうだったが、息子さんは自分のお父さんを、「ウチのオヤジがぁ」・・・なんて言わない。父と呼ぶ。(アタリマエだけど。)・・・育ちがよろしいというか、何処か品の良さがあるのだよ。。。)・・・ウチの父がそこで一定期間だけ出店しまして。その後信州に戻ってOPENしたんですよ」
処理済~息子さん.jpg
だんだん派手になってきた.jpg
最近は、あっさり、こってり、あってり、あえってり、に続いて、にぼってりめんなるものが登場しているそうです。
ジャン妻は、「何その変な名前??」
奇をてらった店だと思い込んで全く興味を示さないが、どうもこの店は私を掴んで離そうとしないらしいのだ。
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うさこの大勝負 [Cafe]

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ジャン妻とうさこは半年ぶりの再会です。
うさこは目を見開き、鼻の穴を膨らませ、両耳をピョンと立てうさぎみたいに跳ねあがった。
「お久しぶりですぅぅぅぅ」
「ホント、いつ以来かなぁ。春以来かなぁぁぁぁ」
手を取り合って再開を祝してやがる。ジャン妻は両手を。うさこは両前足を???
「ええっと。。。」(無視された私)
「???」
「俺にはお久しぶりって言ってくれないのか?」
「アナタは来てるんでしょ」
「あっそ。お勘定ぉお願いしまぁす」
まぁまぁと宥められた。
メニュー1.jpg
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メニュー3.jpg
メニュー4.jpg
店内1.jpg
店内2.jpg
処理済~うさこ.jpg処理済~相棒.jpg
ガサゴソ.jpg
うさこは来る度に髪型が違う。
「そのマッシュルームカットって美容院で?」
何故、髪の話題になるかな。
「奥様もステキな髪型ですよん」
「これは美容院で・・・」
「あまり髪の話題が続くとこの人ムクレるかも」
俺は会話に入れないじゃないか。その後も、俺はリンスやトリートメントを使わない、使わせない、使う必要性が無い、俺を排除するような会話が続く。
「自分専用のシャンプー隠しやがってからに」
「別に隠してるわけじゃなくて隅に置いてあるだけよ」
「高いシャンプーだろ。俺にボディソープで洗えって言ったクセにさ」
そこへうさこが変な相槌打つもんだからさ。
「お会計をお願いしますっ!!」
再び、まぁまぁと宥められた。
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ポテトとニンジン.jpgカレースパ.jpg
取り分ける1.jpg取り分ける2.jpg取り分ける3.jpg
「移転、どーなったの?」(ジャン妻)
「それがですねぇ。。。」
ここで驚くべき情報を得た。
来年移転はするけど、現在のようなCafeに留まらず、もっと大きい業態への転身を果たすことになりそうなのです。その詳細は未だ詰めてる段階で公表できないが、Cafeも営るけどそれは新規にOPENする〇〇〇に併設する形になるらしいのだ。
相棒に男性が加わったのもその一環だし、何をトチ狂ったかランチを始めたのもそう。
ランチ?.jpg
「27時まで営ってるのにランチなんか始めていつ寝るんです?」
「へへへぇ。(笑)。。。昼はアタシまずいないと思います。昼は彼が。。。」
「ああそうか。交替でね。でなきゃ身体がもつもんか。幾ら若いったってさ」
昼から夜の通し営業だが、イベントで抜けたり、昼夜逆になったり、特に週末は営業時間の変更することも増えるようです。
そしてランチだが、今まで夜のここのフードはうさこの背後にある魔法の冷凍庫から出して温め直すか、再度、フライパンで火を通し具材を追加するもの。(冷凍といってもうさこの手作りの冷凍です。ポテト以外は。笑)
男性、彼はH君というのだが、傍らでいろいろ仕込んでましたね。
では移転場所は?
「前にへったくそな手描きの地図を描いてくれた・・・」
「・・・」
うさこは赤くなってしまった。この暴言がカウンターのお友達常連客に聞こえてしまい、説明するように、「こちらのお客さんは前のマンションに住んでた方・・・」って聞こえた。
ジャン妻は相棒の男性、H君とは初めて会うのでうさこに紹介されご挨拶しました。
私は何回か会ってるが、改めて名刺を渡したら、私の業種、肩書に目を見張ってた。何か言いたそうにしてるのを我慢して言わないでおこうという表情だった。「意外に固いご職業なんですね」と言いたかったに違いない。俺をどんな職種だと思ってたんだろう。

うさこは相棒の男性とこれまでにない業態で大勝負に出ることになる。
タッグ.jpg
成功して欲しいが。。。
だったら苦言もある。この店、友達感覚の常連客が多過ぎ。
それはそれでいいんだけど、一見客への接し方と雲泥の差があるのだ。来年、その大勝負に出たらそれだけでは絶対無理だよ。
移転前.jpg
電柱.jpg
これは1本の街灯?
この地に住んでた時、私とうさ子が生ゴミを出してた羅漢町の街灯です。
あの頃は昨夜飲んだ翌朝、お互いにゴミを出しにバッタリ出会ったりしたもの。なんだかこっ恥ずかしかった。
ゆうべどんな酔い方をしたかってね。
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NANA [居酒屋]

2階も点いてるぞ.jpg
「早く撮りなさいよ」
「ちょい待て。記録だから」
「アタシャ講義でずっと喋ってたから喉も渇いてるしお腹空いてるのよ」
「・・・」
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「あっ、お久しぶりです」(マスター)
「俺も久しぶりだな」
「アナタは昨日ショウさんと来たんでしょっ」
おとおし~塩辛.jpg処理済~マスター.jpg
まさか昨日の今日で同じおとおしじゃねーだろーなと思いきや、今日のおとおしは塩辛だった。柚子の皮がちょっと載っていた。
「いいねぇ」
「美味しいねぇ」
お替りしてやろかと思ったが、タッパ見たらあまり在庫無さそうだったので止めといた。
お品書き1.jpgお品書き2.jpg
お品書き3.jpg
昨日の今日だからメニューは全く同じでやんの。
それでも昨日は無かった牛タンの赤ワイン煮があるじゃないか。お品書きの隙間に無理くり書き足してある。
「それ、今煮てるんです。もうちょっと。。。」
「どれくらいさ?」
「あと50分くらい」
また50分かよっ。
いつだったかショウさんの記事で、「しめ鯖は今締めてるところなので後50分くらいかかります」って言ってたことがあったね。その時の皮肉で昨夜の締めサバは、「俺は生でもいいよ」って言ってやったんだけどね。締めサバでも赤ワイン煮でも何でも50分って言っときゃいいと思ってんだろ。
「じゃぁ入れといてタイミングを見て出してよ」
「ハイ。じゃぁ後で」
「シメサバがいい」(ジャン妻)
「昨日、喰ったよ」
「アタシは食べてないっ!!」
牛タタキ.jpg
締めサバ.jpg
ここへ来るまでに連雀町の交差点でヤンキー娘2人に会った話をした。
「Yの説明はわからんてよ」
「アタシの説明はわかりやすいって言ってくれたんだよね」
「そうだけど。やっぱり〇〇さん(ジャン妻)の説明でなきゃ~ってさ」
[わーい(嬉しい顔)]
「嬉しそーだな」
やって当然、いれば便利、そういうヘンな誉め方?しかされてないジャン妻は、上州の社員でもっともアタマのいい子たちの感想を聞いて嬉々としてやがる。
だけどそれでいいんか?昨日も載せたが、連雀町の交差点でヤンキー娘2人はこう言っていた。
「あの、あの、今日の説明会なんですけど・・・。Yさんの説明ってわっかんな~い」
「Yの説明がワカランだと?」
「聴いてて全然わかんなかったよね」
「やっぱ〇〇さん(ジャン妻)の説明の方がわかりやすい~。言っといてくださいよっ」

喜んでる場合じゃないぞ。
「言っといてって言われたのは、お前を誉めたり、わかりやすいって伝えることよりもさ、Yの説明がサッパリわからないってそっちの方が問題なんじゃないのか?」
「そっちの方を?Yちゃんの方を言っといてくれってこと?本人に?」
「だって今日の講習は、原則お前はこっち上州だけで、東京神奈川はその説明がヘタなYがするんだろうがよ」
「じゃぁアナタがYちゃんに言ってよ」
「俺はYには言えないよ」
「だってアナタが言っといてくれって言われたんでしょ?」
「本人に言えっか。俺は今日の説明聞いてないし、それは俺の役目じゃない」
講習の終わりにアンケートを配布すればいいのにさ。今日の講習は如何でしたか?わかりやすかったですか?わかりにくかったですか?今後、要望はありますか?そういうのをやらないで、頑張ってるからで済ませたら次につながらないさ。自己満足でしかない。
本番前のリハーサルで、VTRを撮るっていう手法もある。自分で自分の説明を見るんです。もしくはひとつ上の上役に見て貰うか。
時間が無いのはわかるが、そういう努力をしないんです。

さて、料理である。
和牛焼きって例のタマネギ刻んだヤツがパラパラパラッって載ってるヤツ?」
「ええ、そうっスけど」
「じゃぁそれ」
「ところが出て来たのは単に焼いただけで、タマネギは載ってなかった。
「ちょっと嗜好を変えてみました」
前に私は、タマネギがパラパラしてて箸で喰い難いって文句言ったんだよね。
和牛焼き.jpg
糸より鯛のフライ。
またトマトをこんなに切り刻んでからに。
糸より鯛フライ1.jpg
糸より鯛フライ2.jpg
「麦豚と黄色いニラの玉子とじ」
「それは昨日喰った」
「アタシは食べてないっ!!」
麦豚黄韮玉子とじ.jpg
そしてそれをご飯に載せる。他人丼である。
ミニ他人丼.jpg
壁の絵.jpg
混んで来たぞ。カウンター満席。2階も2組入った。マスターもバタバタしてきた。
「こういう時ってお手伝いのバイトの女性がいなかったっけ?」
「逃げられたんだろ」
「???」
どうも事前予約ではなく今日当日の予約みたい。見るからにバタついてるので、牛タン赤ワイン煮がようやく出た時点でお会計しました。
赤ワイン煮.jpg
さすがに申し訳なさそうに、「スミマセンバタバタして」
「年内、後2回か3回は来る予定なので、そのうち1回くらいは来るよ」
「1回っスか?」
「まぁ1回はね」
「いいなぁ」(ジャン妻)
そして次に向かった先は。。。
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内緒で来てたんですか? [呟き独り言]

旅は終わらない8.jpg
ドーミイン.jpg
前夜、ショウさんとNANAで邂逅した翌日、私は名胡桃城に続いて吾妻の岩櫃城に行ってきました。
岩櫃から高崎に戻り、前夜と同じホテルドーミインにチェックインしましたが、前夜はシングルだったのが、今夜はジャン妻が公用でやってくるので部屋はツインに変わった。
「恐れ入りますが、お部屋を変えますので日中は・・・」
「ああ、わかってるよ。こっちも昼間は用事があるから外出する。でも3時には戻るよ」
「そのお時間でしたら大丈夫です」
と言ったクセに、フロントでカギを渡されて指定されたツイン部屋に向かったらまだ掃除の真っ最中だったのである。
「あれ?まだかかるか?」
掃除のオバちゃんは私を連泊客かと思ったらしい。
「申し訳ありません。お部屋の番号は?」
「〇〇〇だけど」
「そのお部屋を先に急いで掃除致しますので10分か15分お待ちくださいませ」
俺は苦笑したが、まぁそれくらいなら。一旦はフロントに下りたのだが、そしたらボーイさんが、「〇〇さま申し訳ございません。すぐに違うお部屋をご用意いたします」
部屋が違ってた?
そんなミスってあるかな。

ジャン妻は今日の午後に高崎入りした。
市内のホテル会議室を借りて、社内研修会の講師役。講師役はもうひとり女性が付いて来る。
岩櫃山をウロウロしている間ににジャン妻から、「今、高崎の会議場に入りました」というメールが来て、終了時間は18:30頃だと連絡があった。
私は部屋でゴロゴロ、ウトウトしながら、そろそろ本会議が終わるかな~の頃合い、18:00過ぎにひっそりとホテルを出た。私はジャン妻の講義内容には全く関与していないので、会議場の外で待つつもりだった。
会議=説明会ってのは、議題が終了したら質問が飛び交う筈。皆に会いたい気もするが、何しろ前に書いたように本社から誰か余計なヤツが付いて来てるとも限らないので、誰にも会わずに刑事の張り込みみたいに外で待つことにした。
今夜会わなくても翌週にはレッキとした私自身の業務でまたこっちに来るんです。今回の一連の上州望郷編は、プライベートと公用出張が混ぜこぜになっています。
連雀町交差点.jpg
誰にも会わないだろうと連雀町の交差点で信号待ちをしてたら、交差点の向こう側で私を呼ぶ声が聞こえるぞ。
「〇〇さぁ~ん」
「!!!」
ウチの子らだった。しかも2人。
2人ともヤンキー娘だが、群馬で最もアタマのいい頭脳派でもある。バッタリでくわしてしまった。
「遠くから歩いて来てもすぐに〇〇さん(私のこと)だってわかるね」
「いつものカッコだし」
いきなりタメ口を利きやがったなコイツら。
「今日はどうしたんですか?」
「お忍びで来たんだよ。」
「内緒で来てたんですか?」
「うん。もう終わったのか?」
「終わりましたよ。これから〇〇さん(ジャン妻)さんと??」
「そうだけど」
まさか昨日の午後から半休取って来てたとは言えなかった。
「いいなぁ」
「いいなぁったって、来た以上は一緒に飲むってもんだろうがよ。本社から誰が来てた?」
「女性のYさんだけですよ」
「伊東とか水村とか来てなかったか?」
「来てなかったですね。でも何で会場に来なかったんですか?」
「夫婦で来ると、ま~たアイツらは夫婦で群馬に何しに来てるんだ?って誤解されたり陰口叩かれるんだよ。そういうヤツがいるんだ東京には」
「へぇ~、そういうものなんだ~。本社ってめんどくさ~い」
交差点での立ち話が10分ほど続いた。私は寒くなってきたのと早くジャン妻と合流して一杯飲りたかったので先を急ぎたかったがこの子らがなかなか解放してくれない。
それまでニコニコしながら黙ってた後輩の方がここで口を出し、
「あの、あの、今日の説明会なんですけど・・・。Yさんの説明ってわっかんな~い」
「Yの説明がワカランだと?」
「聴いてて全然わかんなかったよね」
「やっぱ〇〇さん(ジャン妻)の説明の方がわかりやすい~。言っといてくださいよっ」
これが後で問題になった。
(Yという女性は私とくいもの屋亮、うさぎCafeに行っています)
説明会を開催、もしくは資料を配布する場合、バカな社員や覚えの悪い社員に合わせるか、誰かひとりか二人、アタマのいいコイツらさえ押さえておけばOKという指針があって、今、私が寒空の下で捕まっている2人の女性は上州で最もアタマのいい社員なので、その子らがサッパリわかんなかった、要領を得んかったというので、現在、反省点というかちょっとした問題になっている。
「○○(ジャン妻のこと)の説明は理解できたのか?」
「うん。うん。凄くわかりやすかった。やっぱ〇〇さん(ジャン妻)でないとな~」
「伝えとくワ」
「お願いします」
そろそろ立ち去りたいんだけど。。。
「来週また来る」
「そうでしたね?またお忍びで?」
「違うよ。来週は・・・(業務を言い訳がましく説明する)・・・公用だよ」

「アタシの説明、わかりやすいって言ってくれたんだ~」[わーい(嬉しい顔)]
ジャン妻がヒイキしてる子から言われたので嬉々としていやがる。ジャン妻は上州を引き払う時、その2人の現場で「寂しい」って泣いたからね。
「喜ぶのはいいがYはどーするんだ?まさかはるばるここまで来て、お前の説明は全然通じてないとも言えないじゃないか」
「う~ん・・・」
考え込んだジャン妻と向かった先は。。。
2階も点いてるぞ.jpg
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通町のBAR [BAR]

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グリーンがアーチ状に店を囲っています。
このグリーンが自然の草なのか人工物のグリーンなのか未だ確認していませんが、路地に面してガラス張りなのに、グりーンアーチのお蔭で店内が見えそうで見えなさそうで、覗くのをちょっと躊躇しそうな雰囲気を醸し出している。
店ん中があまり外から見えないとちょっと固いが、煌々として丸見えでも興を削ぐ。いい意味で外から中が窺える造り?混んでるか空いてるかがわかるようになっている。
店の入り口、右上に蒼いディスプレイがあって妖しく光っている。このディスプレイを私は先日、ショウさんと訪れるまで誤解していた。
レーザーカラオケかと思っていたのである。
そうでなければTVか。居酒屋ならまだしも、BARでTVってどうなの?雰囲気壊れない?とこれも誤解していたの。その誤解も初訪したことで氷解、納得した。
引き戸を開けたらゴトッという音がした。
「おや?」
「どーも」
他にお客は誰もいなかった。
シーバスリーガル.jpg
こちらのマスターのBlogにショウさんの旅人の惑星と並んでリンクしていただいた。私もリンクしたいのだが、何しろ年内か年明けには容量が満杯になるので、Ⅲに移行してからにしようかと。
L字型のカウンター右端隅にPCがあって、そこに船山史家の呟きが映し出された。
「あれっ?毎日更新されてるんですか?」
「そう原則は。ヒマなんで。。。」
でも毎日書いてるんじゃない。貯めている。
「BARの記事に興味があるんです」と仰っていたが、私のBARのカテゴリは少ない。横浜石川町の河より低いBAR~GranCarvくらいしかない。、
まさか社の人間連れて来る可能性も皆無ではないので、その際はBlogのことは内緒でお願いした。
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今日はひとりなので、私がASLIの前の路地をずーっと北にま~っすぐ行って、〇ツレさんの先、うさぎCAFEの前のマンションに住んでた事を話した。もちろんASLIの前も歩いている。
この通町界隈だって、移転前のやたい屋、和包丁、なかじゅう亭、大大坊、飛び込みで入ったスタンド、スナック、幾つか入ったし、現在はまる飛が隅におけなくなっている。
洋画.jpg
「この店の前も通ったけど、外から見てブルーのVTRが見えるので、もしかしてレーザーカラオケの店かと思ってたんですよ」
「ええっ、そういう風に見る方もいらっしゃるんですか?」
いや、それは私だけかも知れないけど。
今日も洋画が流れている。音声はOFFしてある。先日は戦争アクションものだったが、重火器音が響いてたらタイヘン。店ん中で語らいができなくなってしまう。
「スカパーですか?」
「いや、TSUTAYAのレンタルなんです」
「へぇ。。。」
ウチはスカパーをJAYCOMに替えました。
乾きもの1.jpg
この店は食事は無いです。乾きものだけ。
(前はフードもあったらしい。それと10人か20人で貸切もできるみたいだがそういう時はどうなんだろう。どっか他から取るんだろうか。)
最初にビスタチオが出されたのですが、殻が苦手でね。替えて貰いました。
Yahoo知恵袋で見たんだけど、ビスタチオを穀付きのままで食べようとして差し歯が折れたことがあるアンサーがあったね。私も間違って他のナッツと一緒にガリッてやったことはあるよ。それと殻を割る際に生爪剥しかけたトラウマがあるのだ。
殻無しのビスタチオもあるらしい。でも実だけのヤツは見た目があまり美しくないのも事実。
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今宵も開けてはいけないパンドラの箱が開いたぞ?
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乾きもの2.jpg
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和風の煎餅。。。
これは誰かが持ち込んでるのだろうか。それともマスターが買って来るんだろうか。私がどっかでチョイスしてもいいけど、かっぱえびせんってわけにもいかないしな。
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前にも書いたけど、私だってBARは酒を飲むところ、食事するところではないと認識していますよ。でもせめてチーズかクラッカーくらい置いてくれないかなぁ。ねぇショウさん。。。
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まる飛 [居酒屋]

高崎駅ロータリーから発するバスを見たら。。。
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バス広告2.jpg
まる飛か。。。
ホウ、頑張ってますね。バスの窓、外側に向けて貼ってある広告とバス車内に貼ってある広告とある。でもバス車内に出したってガラガラでこんな感じですよ。
でもガラガラ.jpg
私はこの日、某所まで乗車したが乗降者は足腰の弱いお年寄りばかりで、まる飛に興味を持つような、飲みに来るような年齢層のお客さんはいなかった。
でもバス広告を打ちだしてるところを見ると勝負に出てるようですね。
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ドーミインの向かい、あら町から通町に移転してきた「まる飛」です。
前はここに「やたい屋」があったが、NANAのすぐ近く、IKEIKESTREETに移転した。移転後のやたい屋は店を拡張してモダンチックになったが、私の知人の感想を見るとイマイチだな。
まる飛移転の理由は、「今の時代、居酒屋って個室が無いとダメなんですよ」というものであった。私はカウンターにもっともっと力を入れて欲しいのだが、前回、いきなりグループ10人で当日予約したら即座に対応してくれて個室を利用した。突然だったので、「ちょっとお料理お待たせしてしまうかも知れないので・・・」・・・刺盛だけ先にお願いした。仲間は料理の7割以上(タコ以外)に感嘆しきりだった。そんなに待たせなかったし。
今回はわざと時間をズラし、20時前に電話してみた。
「20時から1名、カウンター空いてます?」
「大丈夫です」
名前を言ったら覚えてたのかどうか、すぐ通じましたよ。
店の引き戸を開けたら、
「あ、どーも毎度・・・」
「お世話になります」
カウンターの奥にまず通された。そこは目の前が厨房の壁になっている。後で調理場が見える真ん中のカウンターが空いたのでそこに移った。
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お品書を見てください。2枚あって、本日の旬で使ってる魚は天然ものだという。
お品書き2.jpg
白子と下仁田ネギのくずあん蒸・・・どんな料理か見えなかったが、小上がりで女性客から感嘆が上がってた。
カキの季節なので、カキと下仁田ネギのフライ盛りとか。ソソりますね。
お品書きはもう1枚あって。。。
お品書き1.jpg
くんせい3種、明太子、コロッケ(これがサイコーです)、ポテサラ。。。
サラダは他に4種あって、若い子向けにピザも、くんせい、カレー、キムチと3種類もある。
グラタンも3種類あって、カキのトマトソースグラタン、北寄貝のグラタン、安納芋のグラタン。。。
この店の趣旨とはちょっと違うけどハムカツも。。。
いろいろチョイスしたいが、とてもひとりでは無理だな。おや?モツ煮がねぇなと思ったら、お通しにモツ煮が出たからね。
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お通しがモツ煮.jpg
ブリです。
10きれもある。そんなにあったら最後の方には飽きちゃうし、金沢のブリには敵わないけど、それでも地元の魚屋のブリなんかより甘くて生臭くない。
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ブリ2.jpg
北寄貝。。。
手前にある小っちゃいのはつぶ貝。オマケです。
北寄貝とツブ貝.jpg
北寄貝.jpg
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燻製のコロッケ。これは美味いよ~。具はジャガイモと挽肉だけど燻してあるの。香がいい。
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6月に来た時、高崎BARだったんです。私はBAR客ではないですが、BARはバタバタするし、そういう時期の一人客は迷惑かな~と思って電話したら快くカウンターに通していただき、BAR客は2階に通してましたね。
その時にBAR客のメニューだった燻製コロッケを「俺も。。。」強奪して始めて喰った。
その時は今より小さかったような。
今日のはそこそこの大きさで腹にタマるゼ。
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これはお隣の常連さんのオーダーのおまけ。。。
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カウンターで気付いたんだが、スタッフがその頃、6月と同じなんです。
男性が店主含めて3人いて、ウチ2人は前もいましたね。まだまだ修行中という感じでぎこちないところもあり、店主に小声で叱られてたりもしたが、隣の常連さんが、
「前よりそういう返しが来るようになったか~」
「顔つきがよくなった」
「いい女性(ひと)できたんかな?」
まぁ突っ込むワ、イジるワ、見てて気の毒なくらい。私もよく行く都内の酒場で若い衆をからかったりすることもあるけど、自分もそういうオヤジになっちゃったから気を付けないとな。
処理済~若い衆.jpg処理済~店主.jpg
目の前で若い衆が、ピザをバーナーで炙り始めた。
そういう仕事を見せられたらオーダーしたくなるが、ちょっとひとりでは無理だなぁ。
ピザを炙るところ1.jpgピザを炙るところ2.jpg
さて、オーダーしようかどうしようか迷いに迷った挙句、思い切ってイッちゃったのがコレ。
鮟肝と大根のステーキ.jpg
鮟肝と大根のステーキ。
これは最初、若い衆がやろうとしてたんだけど、途中から店主自ら焼き始めましたね。焼き加減やタレを浸み込ませる加減が難しいのかもね。油とタレとの絡み具合がいい。油も味付けの一つであるからね。
だけど中性脂肪が低くないのにこういうのをひとりで喰らう暴挙。
でもいいか。毎日毎晩喰うわけじゃないし、せめて上州に来た夜くらいは忘れましょう。
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まる飛は私の中ではちょっと隅におけない店になって来た。ドーミイン前にあった頃とは格段に進化しています。
そして、同じ通町、路地の角を曲がって。。。
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地元の人たち [隠れ郷土史]

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タクシーが迎えに来る50分まで若干の時間があるので、名胡桃城の管理棟を兼ねた資料館で時間を潰すことにしたのだ。
そこにはさっき談話した3人以外にも人がいる筈である。その前に、駐車場になっている般若郭を見てやろうと足を駐車場に向けたら声が掛かった。
「どうぞお入りください」
「般若郭を見てきます。その後で寄ります」
般若郭を望む.jpg
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名胡桃城は豪壮建築ではない。
般若郭からは建物の跡が集中してみつかったそうだが、建物は物見の櫓や守備隊が詰める兵舎程度のものだったという。各郭の位置関係は、自分の左手を広げて掌の親指が般若郭、人差し指が本城粋だと思えばいい。
本城域とは深い堀で隔たれている。
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申し訳程度にロープが張ってありますが、乗り越えて端まで行ってみた。
(ズリ落ちそうだな)
落ちたらどうなるんだろう。殆ど垂直なここまで上がって来れるだろうか。
深い堀で隔たれている1.jpg
深い堀で隔たれている3.jpg
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おっ、さっき、会話した3人組がいるぞ。
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般若郭は特に見るものはなかった。名胡桃城ってくるまで着いてしまえば高低差が殆どんなく、各郭は土居もエッジもなく芝生と駐車場だけで、間を隔てる堀が見所ですが、やはりこの小城で一旦は乱世の終止符が打たれたという場所としての価値だと思います。
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管理棟に入った。
「お世話になりま~す」と軽く挨拶したら、、
「どうぞ史料をご覧になってください」
えぇえぇ見ますよ。でも観光用のパンフが殆どで、私みたいなヒネクレ者が見たがる史実の裏や闇を照らすような史料はないんだよな。
展示室内.jpg
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また声が掛かった。
「50分にお迎えが来るんですよね?」
何故、知っているんだ?さてはさっきの3人のうち誰かがここ管理棟に連絡したと見ゆる。
「よければ名胡桃城のビデオをご覧になりますか?」
「・・・」
ちょっと迷ったのね。あまり構わないで欲しい気持ちもあったのよ。長時間だとなぁ。
「7分ほどですので」
「じゃぁお願いします」
ひとり、じーっと見た。VTRの内容はまぁ基本路線だった。
「お茶をどーぞ」
お茶は熱々。好意でもありもてなしでもあるのでいただいたがお茶受けもないから指先が熱かったよ。そう言いながらしっかり写真に撮ってますが、うっかり指先が滑って床にブッこぼしたらカッコ悪いから、折り畳み椅子の上にそ~っと置いた。
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熱々.jpg
フロアに入った。内装は見るからに飲食店だった趣で、そこで数人の地元民が喋ってた。
女性の方から、「リンゴをどーぞ。。。」
それはかたじけない。
「あまりものですが。。。」
それは余計だろー(苦笑)
部屋の端で座ってダベ~っとしてた。「ご遠慮なさらずもっと中央にお出でくださいませ」
だんだん煩わしくなってきたな。リンゴは遠慮なくいただいたが私はデザートでも果物でも滅多に食べないのね。だからカリウムが低いです。
あまり話しかけられてばかりいても、気ぃ遣わせてばかりでも何なので、こっちから聞いてみた。
「ここって前は何だったんです?」
「ええっと・・・」
「喫茶店?」
「ええ、そうだったんです」
聞いちゃイケなかったかな?もしかしたらこの管理棟、前は喫茶店のオーナーか従業員さんで、お客が引いて閉めちゃったのかもしれないですね。ここだけでなく、沼田駅から月夜野バイパス沿いにシャッターレストランが少なからずあったのですよ。
リンゴを1個で遠慮してたら、「もっと食べてください・・・」
余らせたくないみたい。結局3個か4個喰ったのね。そしたらさっき三の郭で会った3人も戻って来て、入れ違いにタクシーが来て、最後のリンゴを頬張りながら、「お世話になりました引き上げます・・・」、モゴモゴしながら挨拶をするハメになってしまった。
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帰りのタクシー運ちゃんはもちろん往路の運ちゃんだった。
「どうでしたか?」
ちょっと何て答えていいのかワカラン。あまり見るところは無かったような気がする。
「う~ん・・・地元の方が数人いて、リンゴと茶菓のもてなしをいただいたよ」
「あの女性はKIYOSUKUで働いてた方なんですよ」
そうだったのか。。。
それって沼田駅だろうか。だったらおそらく上越新幹線が開通してから電車の本数が減り、利用客も減ってしまったに違いない。新幹線の開通はスピードと短時間移動を欲する人には有効だが、その影でそういう悲愁もある。
「今日は東京へお帰りで。。。??」
「・・・」
今夜はショウさんと会うのだ。(もうUPしたけど。)でも高崎に泊まるってホントの事を説明するのも煩わしい。
「ど~しようかなぁ~」
ケムに撒いてしまった。よほどのヒマ人と思ったに違いない。
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沼田駅です。夕陽の陽射しが眩しい。
上り電車が来た。
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最初は車内ガラガラでまぁ長閑なこと。榛名の向こう側(西側)から照りつける夕陽を浴びながら眠ってしまったのですが、渋川駅から女子高校生がたくさん乗って来て目が覚めた。
だけど。。。
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ボックス席にいる俺の前に誰も女子高生が座らないのはなぜだっ!!
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名胡桃城事件の謎 [隠れ郷土史]

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昨日の記事のオチ、「部下の管理不行き届き」ですが、その部下の上司は北条氏邦という人。
この人は四代当主氏政、氏照の次弟です。拠点は八高線と東武東上線と秩父鉄道がリンクする寄居町の鉢形城です。そこを拠点に北関東や上州方面の司令官だったといっていい。
名胡桃城事件は太閤惣無事令に触れるのを承知で?沼田城代の猪俣邦憲が名胡桃城を奪取して城代、鈴木主水を殺害した事件です。これは仕掛けた実行犯、猪俣邦憲が独断でやらかしたように言われることが多いが、猪俣は北条氏邦の部下なんですよ。
猪俣邦憲とはどういう人物なのか。
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北条記という書物では猪俣邦憲を酷評しているそうです。
そうですというのは私は現物を見ていないのですが、よく言われるのが、猪俣は氏邦の配下でありながら、名胡桃城を奪取したことで、主家を滅亡に追いやったように張本人のように虚仮下ろされているケースが多い。
私もそういう人物だと思っていた。なので私が言った、「部下の監督不行き届きで・・・」・・・これはその場にいる人を苦笑させたが、知ってる人にしか通じない心無い冗談です。
真相はどうなのだろうか。
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名胡桃城自体はそれほど大きくない。
上方の秀吉の意向や、当時の小田原北条氏の置かれた立場が微妙だった。それが無ければ真田と北条の境界紛争、小城の争奪戦に過ぎない。
だがこの奪取事件が小田原征伐の口実を与えたのである。
後世の我々は、その後の作家さんの書きものや、勝った側、生き残った側からの視点で見がちである。実行犯は猪俣邦憲で間違いないが、猪俣は沼田城代を任されるくらいの上級将校。北条本家が上方に睨まれ微妙な雲行きなのは知らなかった訳ではあるまい。
知っててやったなら、彼のやったことは政治上で見たらトンデもない協定破りである。知ってて名胡桃城を奪ったのならいくら何でも思慮が無さ過ぎないか?
取り返しのつかない越権、愚を犯したと言っていい。主家を没落させた戦犯と言われても仕方があるまい。
だが、猪俣憲邦は北条氏が攻められ没落した直接の要因、口実を作ったように言われているが、事件後に猪俣が北条本家から罰せられた記載がどうも見当たらないのだ。もしかしたらもその後も沼田城代のままだったのではないだろうか。
では誰かの命令でやったのか?北条氏邦が部下の猪俣邦憲の行動を黙認したのだろうか。
氏邦か、北条家中の反秀吉派の誰かの指示でやらかしたのか、未だによくわからないところがある。
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城内の郭、草の上で、傾きかけた西日に照らされながら、地元の人が言うには、
「そう言われてるけど。猪俣さんって、そんな巷で言われてるほど悪い人じゃないと思うんだけど」
私は首を傾げた。
「猪俣って人は名胡桃を沼田氏に返そうとしたみたいなんだよね」
「???」
「最近になってそういう史料が見つかったんだって」
沼田氏??そういう氏族がいたが名胡桃城や沼田問題の頃には凋落していた。一族の傍流が存続していたか、他から名跡を継いでいたのかわからないが、それに返そうとしたというのである。
西の山.jpg
真相がどうも見えない。
なので後世の我々は想像するだけなら自由です。故・池波正太郎さんの真田太平記では秀吉の謀略になっていて、猪俣邦憲が北条家当主、氏直の筆跡を真似た偽の指令書を受け取り、それには・・・「二日のうちに名胡桃城を奪え」・・・
別の偽書が名胡桃城代の鈴木主水にも届けられる。それには真田昌幸が、「談合したき議あり・・・上田へ参られたい」・・・
猪俣邦憲も鈴木主水もこんな単純なトリックに同時に引っかかっている。どちらもちょっと疑ってかかってもよさそうだが、指示書通り時をおかず攻めかかり、別に内応者もいて名胡桃城は簡単に陥ちてしまう。
猪俣も上司の氏邦に確認すりゃいいものを、当主氏直から直々に命令が届いたので、二日では氏邦のいる寄居町の鉢形城まで確認の意志を往復させるのはちょっと無理かも知れない。
主水は上田に向かう途中で岩櫃城に立ち寄るのだが、岩櫃城代の矢沢頼綱・・・この人は真田幸隆の弟だから昌幸の叔父にあたるのかな。頼綱が偽書を見破った。
それとは別に忍びが名胡桃城襲撃の情報を上田の昌幸に届けるのだが、昌幸はこの一連の流れが上方の謀略であることを見抜き、鈴木主水と名胡桃を見離すのである。敢えて秀吉の謀略に乗ったといっていい。
北条氏直は後で謀られたことに気付き、猪俣も散々に叱られたとあったが、見殺しにされた鈴木主水こそいいツラの皮である。
なかなかオモシロいストーリーではある。上方の謀略を見ぬいて何もしない、それも謀略の一手と全てを察して呑んだ真田昌幸であった。
以上は小説だが、もう少し史実や伝承に拠ってみて、そこで疑問符を付けてみよう。
(以下、平成26年12月13日の加筆ですが。。。)
沼田藩の祐筆に加沢平次左衛門という人が筆を執った加沢記という史料をベースに、沼田市史いわく、名胡桃城代、鈴木主人の妻の弟に中山九兵衛尉という者がいて、猪俣邦憲の家臣、竹内孫八左衛門と旧知の間柄だったのだが、この竹内が中山に内応を持ちかけたのである。成功の暁には、名胡桃城一帯から現在の上毛高原駅近くの小川辺りまでの領地を餌に誘った。
これに中山は応じた。「猪俣名胡桃城責捕事中山九兵衛心替之事」とある。
竹内は真田昌幸の花押に似せた偽書を中山を通して鈴木主水に渡した。
ここでは小説で言うところの北条氏直が猪俣邦憲に「名胡桃城を奪え」といった偽書の類は当然出て来ない。
ただ、加沢平次左衛門は沼田藩初期の頃の右筆なので、当時の沼田藩は真田信之の系統だから、ちょっと疑ってみるフシはなくもないが、あっさり奪取された背景の一部が垣間見えるのである。
吾妻郡の史料にも岩櫃城の項に同様な記載があった。おそらく同じ加沢記がベースになっていると思われます。
では現地の人が私に言った、「猪俣って人は名胡桃を沼田氏に返そうとしたみたいなんだよね」。。。
内応の餌は餌だが、中山は沼田氏の一族だったのだろうか??

更に疑問だが、私の自室にこんな書がある。
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北条と真田の沼田領有問題でよく目にするのが、太閤秀吉の決定した裁定、「真田の祖先の墳墓の地である名胡桃城は真田が領有する」というもの。
だが、この書によると、西毛新聞社の某氏が言うには、「名胡桃に真田の墳墓などない」と言う。
現地でも確かにそういうものは見当たらなかった。あったら沼田市やみなかみ町が目玉にしない訳がない。
真田の祖先は北信濃の名族、海野氏か滋野氏だが、吾妻郡にもその流を引く者がいたとはいえ、名胡桃が真田の墳墓の地であるからという裁定はあまりに真田に片寄り過ぎていないだろうか?
この辺り、上方でなかなか上洛しない北条氏に対して業を煮やす秀吉の謀略の臭いがするのである。
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先端にある笹郭から見た水上~沼田市の景色です。
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「あれだね。秀吉は小田原を何が何でも潰しておきたかったんだろうね」
そうとしか思えない。
「仕組んだんですかね?」
というのは、名胡桃城を奪取したのが先か、20万石もの兵糧を調達する命が先に出ていたのが先か、研究者や学者さんの中ではそういう論議もあるようです。でも私は専門家ではないのでそれは他へ譲ります。要はこの小さな名胡桃城は小田原北条征伐の口実を与えた事件の場所で、この小城が有名なのは利根川を境にして真田、北条がここの領有権を争ってすったもんだした挙句、太閤秀吉の検分、裁定で真田に与えられたのに北条側がブン奪ってしまい、それが太閤惣無事令に触れて小田原攻めに至り、北条氏が終焉を迎え、学校で学ぶ教科書の範疇では戦国が一旦終焉に至るからです。
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北条氏が滅亡し、真田氏が沼田領を安堵されたら名胡桃城は不要になった。軍事面で実際に使用されたのは約10年間でしかなかったのだ。
「帰りはタクシーで?」
「ハイ。50分に迎えが来ます」
「じゃぁそれまであそこ(管理棟?ロッジみたいなの)で待っててください。中に史料がたくさんありますからご覧になっててください」
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名胡桃城奪取事件は猪俣邦憲の独断でやったのか。
後世がいろいろ想像して描くのは自由だが、今の世で軍事法廷に猪俣邦憲が出廷したら、
「北条氏邦の命令でやったんだ・・・」
意外とそういう殺風景な背景だったのかも知れない。
事件後、猪俣はどうなったのか。小田原が開城した後で忽然と史上から消え失せている。その後はわからないのだ。
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名胡桃城事件の謎 [隠れ郷土史]

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ある事件でよく知られています。
現在、駐車場になっている一帯を般若郭といって、そこには旧くから住居、館があったらしいが、軍事施設としてよりも境界紛争で有名になったといっていい。
でもその注目された期間は僅か10年程度でしかない。

行ってみてちょっと驚いたのだが見学できる範囲はそれほど広く大きくない。
月夜野バイパスの名胡桃城前交差点の脇にあって、道路と駐車場(般若郭)と管理棟場(もとは喫茶店だったらしい)と各郭は殆ど同じ高さにあります。UPDOWNが無く見て回れる。楽チンな散策でしたよ。
郭も平坦で、周囲を土居が囲ってるでもない。土居は先端にある笹郭に少しあるだけでした。
この城を有名にした事件の境界に当たる利根川と赤谷川の合流地点に面した河岸段丘上にあって、般若郭と本城の間にある自然地形を利用した堀が深く鋭いのが見所です。断崖の傾斜面に狭い腰郭が幾つかあるけどあまり近づいて足を踏み外したら堀底まで滑り落ちますよ。
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城内の縄張りはシンプル、オーソドックスでそれほど目を惹くものはなく、ゴルフ場のような芝生の広場になっていた。
全部を見回っても30分もかからず。全く疲れませんでした。膝にも腰にも来なかった。有名になった事件の舞台という位置づけでしょうな。
素人目にも思うのではないか。小田原北条氏はこの小城をブン奪ったのが原因で、秀吉の上方軍に包囲されて滅んじゃったのか。さっさと上洛すればよかったのに。

名胡桃城は月夜野ICからすぐですが、最寄駅は上越線の後閑駅です。歩くならね。
昨日も書きましあが、電車の中で幾つかのローカル駅を見てたら、後閑駅よりも沼田駅でタクシーを拾った方がよさそうだなと気付いた。
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実際、そうして正解だった。この日は夜に旅人の惑星ショウさんと初遭遇するのですが、午後から半休取ったんです。季節は既に晩秋、日の入りが早い。午後4時半にはもう暗く寒くなってしまうし、名胡桃城が雑木林や森だったら・・・実際は全くそんなことはなかったのですが・・・見に難くなってしまう。
タクシーの運ちゃんに行き先を「名胡桃城」と言ったらすぐに通じた。2016年の大河、真田丸に備えてここ沼田市も注目される筈。今はまだ静かな様相だが、いずれ町おこしPRに勤しむに違いない。
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上州の運ちゃんはまず親切で饒舌である。
「沼田にお仕事で来られたんですか?」
「いや仕事は高崎で。ここはプライベート。仕事が早く終わったので」
「こういうのを見るのがお好きなんですか?」
「単なるヒマ人ですよ」
「よく乗せますよ。この間も東京から来た若い男女を名胡桃まで乗せました。有名みたいですね」
そう。有名は有名。ある事件だけで有名。
でもその事件のせいで、およそ100年間に渡って小田原にあった北条氏の関東統治に終止符が打たれることになった。
タクシー車内.jpg
時刻は15:45くらいだったかな。タクシーの運ちゃんに帰りもお願いした。
「1時間後くらいにで」
実際は平坦で広くないので、そんなにかからなかったのだが。
「では15時50分くらいでどうでしょう。それだと16:10の上りに間に合います」
タクシーは一旦は沼田市方面へ引き返したのだが、タクシーが駐車場の般若郭に滑り込む際、ロッジのような管理棟、喫茶室?そこに数人の初老の男女がたむろていて、降り立った私を見て大口開けて笑ってやがったんです。
ややムッとしながら、何だ?何か俺、笑われるようなことしたか?って口に出した。聞こえなかったろうけど、こっちが怪訝に思ったのは伝わったようである。
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歩道を歩いて、バイパス側から馬出郭へ。埋められて浅い堀切を経て三の郭、二の郭へすんなり入っていけます。
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馬出郭、三の郭、二の郭、本郭、そして笹郭、直線に並んでいます。
歩いていて風もなく、ちょうどいい気候ではある。でもこれから夕方にかけて冷えてくるんだろう。笹郭から見た水上方面の山々には雪が積もっていた。
あっち方面には一度だけ行った尚文や、17の貸切湯の龍洞がある。高崎や新前橋の平野部では晴れていたのに、渋川を過ぎて沼田を過ぎたら雪が降り出し、水上に下りたら大雪だった。
今日もここに来るまでにタクシーの運ちゃんが、「水上方面はもう雪ですから」と言ってたな。
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この小城がいつ現れたか。
明応元年(1942年)・・・室町時代ですね。この地の豪族だった沼田氏が沼田城の支城として置いたのが最初らしい。
それからは武田勝頼の指令で真田昌幸が吾妻経由で利根川の西までやってきて、北条氏の領域である沼田を伺う為の前線基地としてこの名胡桃城を拡張した。これが天正8年(1580年)のこと。
それほど技巧を凝らした縄張りではないが、利根川、赤谷川の合流地点近くのいい場所を選んだものである。
本郭へ.jpg
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その後、真田昌幸は沼田城を調略して手に入れるが、天正10年(1582年)に武田氏が滅亡し、今度は真田は北条氏と沼田や吾妻の領有権をめぐって直接争うことになった。
真田はこの名胡桃城と一帯の領有に拘った。徳川氏と北条氏の協定による、「吾妻郡、利根郡を北条に返せ」を拒絶し、天正13年(1585年)には上田城に押し寄せた徳川軍を撃退、その間、沼田領に攻め寄せた北条軍も撃退している。
小田原北条氏をサッサと上洛させて臣従させたい太閤秀吉は、大名同士の私闘を禁ずる惣無事令を時の天皇の命を騙って発令する。沼田問題は北条氏の上洛云々の条件にもなり、天正17年(1589年)頃に秀吉が名胡桃城と沼田の領有問題を調停しかかったが、それでも真田は名胡桃城に拘りその一帯の割譲を拒否した。
結果、「利根川を境として、沼田城を含む東の一帯は北条氏のもの、真田の墳墓の地たる名胡桃城を含む残りは真田領」という折衷案になった。
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調停の後、名胡桃城には真田昌幸の家臣、鈴木主水(重則)という人が城代として入った。沼田城代には北条氏邦の家臣(もしくは北条本家の直臣)、猪俣邦憲という人が入った。
だが同年10月末、北条氏の運面を決定付けた事件がここで起きる。沼田城代の猪俣が夜陰に乗じて名胡桃城を一夜のうちに襲撃、奪い取った。これが名胡桃城事件。
本郭1.jpg
本郭2.jpg
笹郭を望む.jpg
腰郭1.jpg
笹郭の土居1.jpg
笹郭の土居2.jpg
ざっと廻って30分もかからず。バイパス側へ引きかえしかけたら、3人の初老の男性がこっちへやって来た。
(さっき、ロッジで俺を見て笑った連中だな。)
必然、彼らと私との距離が近づいた。心中、さっき笑われたことでやや心中に含むものがあった私は、軽い挨拶の後で、
「さっきロッジで何か笑ってましたね?」
「失礼しました。自分たちの知ってる先生か誰かが来られたのかと思って。」
そういう理由かよ。弱いな。ホントの理由は他にありそうだ。でも突っ込まずにおいた。
「何処から来られたんですか?」
「横浜からです」
「じゃぁ北条ですね」
そういう切り替えしが来たかい。確かにここは北条と真田の国境。でも3人のうち幾人かは沼田のご出身らしい。1人は神奈川県の某市在住だった。だから誰がどちらかの贔屓(北条びいき、真田びいき)という訳でもないらしい。
私だってヒネった切り替えしじゃ負けない。こう言ってやりました。
「部下の監督不行き届きで・・・」
この意はすぐ通じた。これで和んだ笑いになった。この意味は。。。???(続く)
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郷帰りの先に。。。 [呟き独り言]

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嬉しいことに。。。[わーい(嬉しい顔)]
11月12月にかけて、上州に3~4回行くチャンスが訪れています。
初回はさる土曜日、ジャン妻が主催して、市内某会議場にウチの子ら(社員)を集めて来年から導入される新システムの説明会を開催するというもの。講師はジャン妻ともうひとりの女性。
私はまずそれに便乗しようと画策した。
「土曜日俺も行く」
「アタシに便乗するって?」
「でも本会議には出ない」
「まぁね。その方がいいけどね」
本社から誰が付いて来るかわからない。ヘンなおエライさんが付いて来たら、
「あれ?旦那さんまで何しに来てんの?」
夫婦で遊びに来てるのか?みたいに勘ぐられるは必定。何言われるかワカラン。
ったく会社ってめんどくさいね。社の命令で俺らを群馬にトバしたクセに、俺らの意志で行こうとするとヘンな陰口を叩かれるんです。
「でもアナタ、会議の翌週も出張なんでしょ?」
「そう。それはれっきとした俺自身の公用だモン。そこは堂々と行くさ」
「ふ~ん・・・(シロい目)・・・」
「・・・」
「でもアタシは前日の金曜日はその会議関連を東京で準備して、その後、都内でミーティングと反省会を兼ねた飲み会なんだよね」
「金曜飲み会?遅いのか?」
「早くはないね」
「だったら金曜夜から高崎に行ってようかな」
「!!!」
「・・・」
「2泊するってこと?」
「うん。それだったらショウさんと会うかも」
ここでショウさんの断酒期間云々を説明して納得させたらOKが出たので金曜の夜に高崎入りして、旅人の惑星、安中炎のランナー、アスリートでありながら呑兵衛のショウさんとNANAで邂逅した。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-11-16

ようこそ2.jpg
その模様は既にUPしましたが、ショウさんと会った日、私は午後から半休を取りました。見たい場所があったのです。
埼玉県内で外業務を終わらせ、上州玄関口に降り立って乗り換えたのは13:40発の上越線水上行。これに間に合うかどうかで午後の散策を決行するかどうかが決まるボーダーラインギリギリだったの。
ちょっと焦った。大宮駅の手前の浦和駅でi-Phoneで検索したら、MAXたにがわが411号が表示され、それは大宮発13:06-高崎着13:38だった。
13:40まで2分しかねぇじゃんか。。。
ダッシュしたって間に合わねぇよ。
この辺りが在来線との乗り継ぎの悪いところで、その次の水上方面だと高崎発14:38で、後閑着15:30になってしまう。
諦めかけたが大宮駅で乗り換える際に電光表示板を見たら。。。
大宮発12:58発-高崎着13:26、とき323号!!!
これだ!!ラッキー!!
(これは何故か私のi-Phoneでは表示されなかった。)
すぐさま飛び乗った。。。
通路側に座った。
窓側にはどう見ても10歳後半か20歳前半の細身の美女がいて真ん中の席に荷物をドカドカ置いていたが、私を見るなり慌てて荷物を除けようとしたので、私は「いいから」やんわりと右手を出して制止した。なのにその女の子は置いてあった荷物を全部自分の細い膝の上に抱え込んでましたね。
眠くなったが、寝てしまうとヤバい。最近朝が早い私は目的地を寝過ごすことがよくあるのでじっと我慢。上州玄関口に滑り込んだ。
世界遺産だぞ.jpg
そういえば新幹線車内で世界遺産や上信電鉄乗り換えのアナウンスはなかったね。何故かなぁ。そういうのをするしないがJR東日本の勝手かも知れないが、だから世界遺産イコール群馬県がなかなか知られず??のまま認知度が低いってこたぁないか。
まぁそういう私も世界遺産は外から眺めただけで、中に入ったことはまだないのだが。新幹線が通過する際に、世界遺産登録、上信電鉄乗り換え、イコール群馬県、そういうアナウンスは金を支払ってでもしなきゃ。上州に下りない乗客、通過する乗客にPRすべきだと思う。
ようこそ3.jpg
水上方面下りホームで余裕で乗り換え、手でドアを引きあけて車輌に乗り込む。
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ロングシートに座り、そこでまた考える。
どっちへ散策に行くか。今回の訪問散策は二か所です。ひとつは沼田方面、もうひとつは吾妻方面。
今日は沼田にした。だがそこへ行くのに下車する駅は後閑駅がいいか手前の沼田駅がいいかを考える。
というのは沼田方面は山間なので、この時期だと高崎や前橋の平野部より日没が早いのです。今日と明日は晴天の予報だけど、あまり暗く寒くならないウチに散策を済ませたかった。
ブツクサ考え、後閑駅から歩くのを諦め、ひとつ手前の沼田駅でタクシーで向かった先は。。。
名胡桃城.jpg
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