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幻の上里見藩 [隠れ郷土史]

上里見藩は高崎史にも載っている。
存在したのは寛延元年(1747年)~明和4年(1767年)の僅か20年たらずだが、永井商店のある上里見にあったのは間違いない。
でも情報が少ない。事績もそうだが、何処に藩庁、陣屋があったかがわからない。

永井商店のばあちゃんに言われた道筋をたどる。
高台に向けて坂を上ると、そこに公園らしき場所があった。
公園入口.jpg
上里見丸山公園.jpg
何となくいい雰囲気です。だがここで政務を執ったのだろうか。街道からやや高いこの場所に置くだろうか。
上里見の町.jpg
やきそば永井商店のある上里見は江戸中頃には神山宿という草津街道の集落だった。中山道の脇道のようなものです。この辺りを江戸中期に上里見藩が統治していた。
烏川対岸にも室田という宿場町があっていろいろ争った面もあったらしいが、支配した陣屋があったのは川のこっち側(南側)の街道沿いです。

信号機の交差点表示が薄くなっていますが、上里見の交差点です。左折すると安中方面へ。
上里見交差点.jpg
市史から抜粋すると、上里見藩主は松平忠恒という人です。この人一代きりです。
忠恒は奥平松平家(長篠城で頑張って籠城した奥平家)の系譜にあたる。家康の外孫から続いている。
幕閣中枢にもいた人だが特に目立った事績はなく、国庫の出納役、西の丸諸事、日光東照宮修理、東照宮150回忌法会への参与、朝鮮通信使節の諸事、徳川家基元服儀式といった雑事を担当していたようで、幕閣の総務のような人だったらしいのだ。
その松平忠恒が上野邑楽郡篠塚藩・・・(これも謎でどういう藩で何処に藩庁があったかさっぱりわからない)・・・からここ上里見にやってきた。上里見の神山宿付近に東西50間(90メートル)、南北40間(72メートル)の陣屋を作って、離御殿、藩士屋敷、的場、道場、倉庫、牢屋、刑場まであったという。
だが陣屋でも藩庁でもいいが、神山宿か上里見のどの場所にあったかが明記されていない。
古図もなさそうだし、誰かが発掘したというのも聞かない。今の地図、番地を見ても神山という地名は明記されていないので余所者の私にはわからない。
この辺りの何処かいろいろ探ってみたのだが、集落の南にある伊勢山という場所とか、私が立っている丸山公園がそうだとか・・・。
公園の最頂部.jpg
何かの供養塔?.jpg
上里見城の記載.jpg私が立っているこの公園も某サイトに載ってたというだけです。そのサイトにも松平忠恒の陣屋という記載はなかった。長野業政の娘婿、里見宗義という人のものだという。上州侵攻を阻もうとする長野氏の防衛ラインの一画の一部のようです。

里見橋台散策時に地元の果樹園のオバちゃんから「里見の郷」という小冊子をいただいた。
裏面に新田氏~里見市の散策MAPがあって、そこの②に上里見城がちっちゃく載っていた。だがこれは南北朝時代の里見義時という人の要害だという。(左写真
この上里見城=上里見陣屋?と混同しがちだが、写真を見ると草ぼうぼうの山の斜面に見えますね。泰平にダレた江戸中頃に、近世の陣屋をこのような場所に置くだろうか。
どうも上里見城、神山陣屋、上里見陣屋とあって、南北朝時代の里見義時の要害、近世の上里見陣屋が混同されているようなのだ。
上里見藩、陣屋は里見氏とは全く関係の無いものです。
MAP.jpg
帯郭?.jpg
段差1.jpg
付近は果樹園か雑木林になっていて、帯郭や腰郭のような段差が如何にもそれっぽく見えるが、泰平になってずいぶん経った江戸中頃の陣屋にそういうのは不要です。
街道から見てやや高い台地の中腹にあって、江戸中頃の政庁があった場所としては微妙です。
だからここがそうだという確証はない。候補地に立ったというだけの記載に留めます。

松平忠恒は幕閣にいたので参勤交代もなかった。ということはここ上里見にどれだけカオを出したかはわからないです。家臣の誰かを派遣して統治していたんでしょう。
前述のように上里見藩は松平忠恒一代きり事績20年足らずで終わった。何で僅か20年だったかというと、近隣の甘楽郡小幡藩の織田家がポシャったからです。
小幡藩はご存じ信長の二男織田信雄さんの系譜だが、信雄の次に織田信良、信昌、信久、信就、信右、信富と六代続くのだが、七代めの織田信邦という人が明和事件に巻き込まれて出羽高畠に移封させられる。その後に松平忠恒が送り込まれた。
小幡藩の松平家は維新まで続くが、上里見は一代で廃藩になってしまったというわけです。その後は天領になったと思います。
所在図.jpg
上野国はやたらと藩が多かった国です。それは戦国期に武田北条長尾の草刈り場だたこと、一国を纏める大名が現れなかったこと、江戸から近かったので譜代藩と天領がゴッチャになっていたこと等の理由が挙げられる。
明治維新を迎えた藩は、高崎藩、前橋藩、沼田藩、安中藩、伊勢崎藩、七日市藩、吉井藩、小幡藩、館林藩。。。
バブルのように消えた藩は、総社藩、那波藩、板鼻藩、矢田藩(吉井藩の前身)、上野豊岡藩・・・(高崎市豊岡の常安寺らしいが詳細不明)・・・大胡藩、白井藩、青柳藩、篠塚藩。。。
そして里見藩。。。いずれも小さい藩だった。
里見氏については研究者もおられるようだが、それよりずっと近世に近い江戸中頃の上里見藩とその庁舎・陣屋は何処にあったのか。上里見神山三町付近にあったとだけの記載しかなく、その場所、全貌は幻に包まれている。
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永井商店は城下町だった? [グルメ]

旧榛名町の街道を室田方面へくるまを走らせる。
気もそぞろになる。営ってるよな~、まさか閉めたりしてないよな~って落ち着かなくなるんです。
大看板.jpg
営ってたぁ。(歓喜!!)
裏庭の駐車場に停める。
いつ閉めてもおかしくないムードだが、古びた暖簾がはためいている。
暖簾1.jpg
暖簾3.jpg
11時前で店内ガラガラだった。
薄暗い店内.jpg
焼きそば小と玉子スープ
「肉あり?無し?」
肉無しはそばの量が少し多いんです。
「肉なしで」
厨房の明かりが点いた。奥から若奥さん(娘さんか?)も出てきて2名体制になった。
後から1名、男性客が来店された。
「焼きそば大」
「肉あり?」
「肉あり。あっ、でも紅ショウガは要らないよ」
「持って帰る?」
「う~ん。。。ここで喰ってくワ」
また別の男性客が。
「焼きそば大。持って帰る」
地元のお客さんでばあちゃんとは顔見知りらしい。
焼きそば小は俺だけだった。
ホウ.jpg
子供のおやつ皿のようなプラスチック皿が笑える。
これで小ですよ。大ってどれくらいの量があるんだろう。
キタキタ.jpg
これでやきそば小.jpg
ズルズルッ.jpg
玉子スープ.jpg
キュウリ.jpg梅干し.jpg
「あいよーお勘定」
「400円」
私は100円玉4つ渡した。そしたら若奥さんが、
「違うよ、350円だよ」
「あっそうか。ゴメンゴメン小盛りだったね」
私は50円玉を受け取った。前回もそうだったけど、どうもいい意味でお勘定がアヤしいねこの店。お品書きを見たら消費増税後も値上げしてないようです。そういう俗世間の政治の動きを全く関知しないで時代の流れから取り残されてる感がある。
値段変わらず.jpg
私はばあちゃんに聞きたいことがあるのだ。
ばあちゃんにiPhoneで検索した写真を見せた。何処かの公園らしき風景です。
「この写真の公園って何処です?」
上里見丸山公園.jpg
この写真はこの地を治めた藩、陣屋跡の候補地のひとつなんです。
「ああこれはね。そこのクリーニング屋さんの細い路地を入って、山の方に上がってったらまた十字路があって、その先ずんずん行くとあるよ」
暖簾2.jpg
くるまに戻ってエンジンかけながら、350円ねぇ、そんなんで営っていけんのだろうか?って思ったね。
お店の営業許可証を見たら平成29年6月30日になってた。パラパラとお客さんが来たが、いつ来ても廃線
間近の駅舎の香がする。私はそうそう来れないので地元の方々、この店、食べて存続させてください。

私がばあちゃんに見せた写真は、この後現地へ行って撮影したものです。
ばあちゃんに見せたiPhoneの写真はどなたかのサイトのものです。
永井商店から近くらしい。そこへちょっと寄り道をすることにする。

私は永井商店を里見橋台の散策時に偶然発見したのだが、そこから先、里見軌道、小栗上野介、倉渕町までよく走った。
その過程で、南総里見八犬伝の安房里見氏がこの辺りで発祥したという伝承を知った。地元に里見さんという家々も少なからずあり、1軒のご主人は、「こっちが先だよ」と譲らない。ただ、「あっち(千葉)もそう言ってるけどね」とは言ってた。
地元の有志の方が謳っている、「里見氏を大河に」の幟も見たが、実現はかなり難しいだろうなぁと思う。
里見町航空図2.jpg
この辺りの里見という地名は東西に長く、焼きそば永井商店は国道406号線沿いの上里見という町の少し先の街道沿いにあります。
上里見というからには中里見、下里見とあって、その地名は406号線(くだもの街道)に沿った烏川、里見川に洗われながら、少しずつ標高を上げつつ上流の室田へ向かって狭まって行く平野部です。行きつく先は草津温泉
永井商店へ至る風景は剣崎から下里見辺りまでは左に丘陵が連なっていて、右は里見川に洗われた田んぼが続き、ところどころに住宅が建っている。殆どが地元の持ち家で、アパートマンションは見られない。いずれの家々も敷地が広い。
左手の丘陵は郷見神社辺りで一旦は分断されるがその先も続いている。街道は僅かな上り坂が続く。ベイシア、コメリ、はるなといった大型商業施設も建っている。
そこから先、中里見を過ぎて、長野新幹線の高架を潜って上里見の交差点を過ぎてしばらくすると永井商店があるのだが、その付近は古いひなびた商店街。
草津街道.jpg
今まで見落としていたのだが、永井商店のある辺りはどうも城下町だったらしいのだ。ただ、城下町とはいってもデカい白亜の楼閣があったわけではなく、小さい陣屋規模のもの。
2万石、上里見藩といいます。
そういう藩があったのは間違いない。だが藩庁が何処にあったかわからない。先に見せた公園の写真はあくまでその候補地の一つでしかない。
どのような藩だったのだろうか。(続く)
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織田宗家七代の墓 [隠れ郷土史]

飲み記事が続いたので、今日の記事は酒を抜きます。

富岡市と高崎市吉井町に挟まれた甘楽町に小幡の城下町がある。
上州にトバされて最初の頃、都落ち気分でややクサってた私の無聊をなぐさめてくれた。http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-05-21
はためく幟.jpg
藩祖織田信雄がこの上野甘楽郡小幡を貰うまでには紆余曲折あった。
小田原北条氏が降伏して、信雄は家康の旧領、東海地方への移封を拒否して美濃を改易された。拒否した理由は織田家が世に出た尾張美濃から離れたくなかったというもの。
秀吉はそれまで信雄を侮りながらも織田宗家だから幾分立てていたと思うが、この転勤拒否で怒った。信雄の美濃尾張を没収して、常陸の佐竹家に預けた。
信雄はその後、秋田に配流された。(烏山、那須、伊予にも移されたという史料もあった)
秋田の安東という大名は信雄に冷たかったという。織田家がどういう者なのか知らなかったのではないか。信雄を城内に住まわせず、領内の琴丘という地に放り出し、土地の肝煎に遇させたという。
朝鮮役のドサクサに家康がとりなして、信雄は秀吉のお伽衆に加わり、大和国に領地を貰った。

だが、関ヶ原の参戦武将一覧に信雄の名がないのです。
家康に取り成して復帰したのだから東軍についたかというとそうでもないらしい。でも信雄が石田三成と親しかったという話も聞かない。
どうも大阪京都にいたらしいのだが何をやっていたのだろうか。傍観してたのか。
そして関ヶ原戦後の諸侯配置一覧を見ると、西軍の名簿には載ってない織田秀雄という人が越前大野5万石を没収されている。
秀雄は信雄の嫡男なんです。信雄が秀吉に許されてお伽衆に加わった際に越前大野に封じられていた。どうも戦後、親子揃って改易になったようですね。これで信雄の改易は二度めです。
後世の我々からしたら結果論だけど、信雄さんは時節を見る目がなかった、二度も何やってんだと。空気が読めなかったとしか言いようがない。もったいないことをしたものである。
その後の行動も不可解で、豊家の大阪城に出仕していたが、開戦直前にトンズラしたと囁かれている。その噂のもととなるものは、大阪戦後の元和元年(1615年)、大和国とここ上野甘楽郡小幡で計5万石を与えらているからです。
確証はないが、織田有楽斎とは別ルートで間者みたいなことをしてたのかも知れない。
織田宗家ゆかりの里.jpg
この目印はバイパス沿いに建っています。
上州にいた頃、東京のお偉いさんを乗せてこの界隈を走った時、そのお偉いさんが助手席でこう叫んだものである。
「○○さんっ(私のこと)、織田信長がここにいたんですかっ?」
はぁ?って思ったよ。いるわけねぇだろって。腹ん中でアザ笑いながら、相手に丁寧に説明した。
「いたのは信長の二男信雄ですよ。秀吉が家康を関東に入れて、その後の東海地方へ信雄を動かそうとしたら信雄はヤダって拒否したんです。そしたら秀吉が怒って信雄の領地を没収してどっかにトバしちゃって、そのあとかなり経ってから、捨て扶持じゃないけどこの地を貰ったんですよ」
「へぇ。そうだったんですか」
「まぁ転勤を拒否したんだから当然ですよね」
これは上州転勤の私に引っ掛けて言ったイヤミなんだけどお偉いさんは爆笑してましたね。後部座席にいた私とソリの合わない別の上役は何の話かわからず苦虫潰してたけどね。

織田宗家の墓に行ってなかったので、先日、ちょっとだけ寄り道しました。
入口.jpg
案内板.jpg
車両は行き止まりだよ.jpg
この先にある.jpg
右手、遠くに写ってるのは菩提寺です。
右奥が菩提寺.jpg
お墓は撮影していません。この石段を上った平場にあります。
階段を上がったところが墓地.jpg
小幡藩は信雄を藩祖としているようだが本人はここ小幡に在住していたかどうか・・・。
二代藩主織田信良は信雄の四男です。三代信昌、四代信久、五代信就、六代信右(のぶすけ)、七代信富(のぶよし)と続き、八代信邦(のぶくに)が明和事件に巻き込まれて出羽高畠にトバされる。その後、天童に移って天童藩となる。
虚けの舞.jpg
家に一冊の小説がある。
主人公は信雄なんです。出家して常真と号している。
何故か準主役に北条氏規という人です。氏規が立て籠もった伊豆韮山城を包囲した上方軍の総大将は信雄だった。もっとも総大将といっても木偶に過ぎない。
賢い人に描かれてはいない。時の権力者秀吉に怯えるサマは読んでてしのびないくらい。
安土城の一件で、「焼かずともよい城を焼いたのか」という記載もありましたね。でも落魄しようと織田宗家の血は消えない。秀吉の死後も生き、豊家が滅んだ後も生きた。
生きて血族を残すのが信雄の勝ちいくさだったのである。
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NANA [居酒屋]

ちょっと前のネタになります。
NANAの壁に養生シートが巻かれていた。
NANAと養生シート1.jpgNANAと養生シート2.jpg
私は別の店で飲んで通りかかったところ、たまたまマスターが常連さんを見送りに出て来て、養生シートを見上げてた私とバッタリ。
「あれ?」
「おう、こんばんは」
「どうぞ。空いてますよ」
「ゴメン、今日はもう他で飲んで来たので帰るけど。どっか壊れたの?」
「先日の雪で壁が傷んだんですよ。大屋さんが手配してくれたんです」
「そう。また来るから」
その日の夜はそこで別れた。

後日、私に単発の出張が入った。
この時の出張は日帰りレベルのボリュームだったのだが、家を出る前にジャン妻が
「いいねぇ。公然と群馬に行けて。。。」
ジャン妻も多少は群馬への郷愁はあるみたいです。ただ、私が声を大にして未練ダラダラなので、「アタシまでアナタに合わせて愚図るわけにはいかない」というんだな。
「NANAに行きたい」
「いいけど。後から来るかい?」
「行く。たまには行きたい」
「じゃぁツインとっておこうか。でも何でNANAがいいのさ?」
「あそこは気を遣わなくていいから・・・」
泊まるほどの業務内容ではないけど泊まることにしました。19時に待ち合わせすることにした。
「NANA予約した方がいいかな?」
「まっさかぁ。NANAなら空いてるでしょう?」
そうでもないのよ。NANAって混む時は混むのよ。行ってみたら案の定2階の電気が点いている。
養生シートは外れてた。
夜の帳がNANAに1.jpg
ジャン妻はやや遅れて後から来た。
「あれ?」
「お久しぶりぃ。。。」(ジャン妻)
「どうも」
「雪の日に閉めた後に来て以来だね」(ジャン妻)
「・・・いやぁ・・・」
未だそれを言うか。
お品書き2.jpg
お品書き1.jpg
おとおし.jpg
珍しくおとおしが美味しいぞ。
特に左にあるアジのタタキの酒盗みたいなのが美味しい。
だけど次がややいただけない。鯨の赤身なんだけど。。。
クジラ赤身.jpg
鯨なんて捕鯨禁止になってから久々に見たけどイマイチだったな。ホテルバイキング寿司ネタみたいに表面がやや乾いてる。
北寄貝1.jpg
北寄貝2.jpg
麦豚角煮.jpg
「やたい屋さんが近所に来たでしょ?」
「ええ、通町から移って来たんです」
「その後に前にドーミインの前にあったまる飛さんが入ったんだよね」
「行かれたことあります?」
「通町に移る前に一度だけね。でもあまり印象に残らなかったな。でもライバル出現じゃんか」
「そ、そんなぁ、向こうはウチなんかライバルなんて思ってないと思いますよ」
生ハムサラダ.jpg
処理済~アシスト.jpg女性アシストがいる。2階から呼び鈴が鳴り、料理がバンバン出てる。
アシストの女性、まだ慣れてないようで。
「妹さんかな?」
「さぁ・・・」
「これかもな」って小指を立てたらジャン妻は私の小指をへし折りにかかった。
「イデデデデッ・・・痛ぇなぁっ」
「そういう品の無いしぐさ止めてっ」
グラタン.jpg
クジラユッケ.jpg
鯨ユッケ。
さっきの赤身がイマイチだったんだけど、やはりこれもイマイチでして。。。
「ご飯少しちょーだい」
何をするのか怪訝そうなマスターの前で、ユッケを載せてみた。
黄身を溶かす.jpg
ご飯に載せる.jpg
「鯨ユッケ丼ですか?」
「これって最初っからユッケ丼でメニューに出したら1500円くらい取るんだろ?」とつっこんだらアタマをかいてたぞ。もしかしてホントにそう企んでたのかな。
キノコ汁.jpg
「養生シートなかったけど工事終わったの?」
「終わりました。雪で外壁が傷んだんです」
「雪の日早く閉めたからバチが当たったんだよっ。3階に増築すんのかと思った」
「まさか・・そ、そんなにお客さん来ませんよ。来ても対応できないし・・・」
「いったいどこが傷んで何を補修したのかわからなかったけど・・・」
「う~ん、実は自分も何処が傷んだのか、何処をどう補修したのかわからないんです・・・」
「???」
この辺り、マスターは自分トボケた口調でよく言うの。「自分、何もわからないんで」、「自分、何も考えてないんで・・・」
考えてないわけないと思うけど、そういう自分を客に見せないようにしているのかなと。
あまり突っ込んでイジっても気の毒なので。
「たまには誉めましょうか?」
「何です?」
「マスターのいいところはいつも自然体なこと。混んでもいっぱいいっぱいにならないこと」
「そ、そんなっ、いっぱいいっぱいになるほど容量ないんで・・・」
せっかく持ち上げたのに「容量ないんで」自分でオトしてしまうんです。
「見てて安心だよ・・・」
マスターは照れ笑いしてた。あまり誉められたことないのかもね。

後日、別記事で載せますが、そん時は私は不機嫌モードだったのですが、常連さんからマスターの体型の理由が明らかに。。。(笑)
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隠れ家 [BAR]

このBARは大通りに面して看板が全く出ていないので、誰かに教えて貰わないと、連れてって貰わないと知り得ないかと思う。
高崎駅からは近いんです。西口ロータリーを出てWHや朝鮮飯店さんの交差点近くです。なのにちょっと説明が難しいのは、マンションのような階段を2階まで昇り、その更に奥にあるんです。ところがそういう階段って3か所くらいあるのだ。
私は3回行った。1回めは知人に「いいお店があります」と連れてっていただいたのだが、ひとりで行った2回めはなっかなか探し出せずその辺の階段を上がっては下りを繰り返した。
あの辺りに外階段のテナントビルが3つあってそのうちの1つとしか説明できないです。
ここかな?1.jpgここかな?2.jpgここかな?3.jpg
階段を上がって奥、関係者以外は入ってはいけないような隠れたオフィス、会員制のクラブ?アヤしい入り口の足元に小さい灯りがあった。
足元に小さい看板.jpg
ここで初めてこのBARの名前がわかる。
ワインディスプレイ.jpg
カウンター.jpg
店内、最初は暗く感じる。目が慣れるとほのかな暖色系な灯りに落ち着く。
一枚板の広いカウンターがすばらしいぜ。カウンターこそ店の心意気を表すというものである。奥に1つテーブル席があるみたいですね。
穏やかなBGMが流れている。
処理済~マスター2.jpg処理済~長いカウンター.jpg
カウンター正面にはグラスが一列にズラ~っと並べられ、スポットライトが当たってアヤしい光を放っている。
グラスを置いた棚の色がグラスに反射して、グラスの底に僅かに酒が残っているように見えるんです。
「グラスを置いた板の色ですね」
「・・・」
日頃の生活圏とはやや離れ、幻想的な光景に目が回ったよ。壁に、グラスに吸い込まれそうです。

私も洋酒に詳しくないので、基本はお任せにしています。
「どんなのがよろしいでしょうか?」
「最初はサッパリ軽いので・・・」
二杯目は重く、三杯目は落ち着いたのにする。
どういう銘柄が飲みたいと言うのではなく、自分の体調やメンタルに合わせて造ってくれます。
「飲み方は?」
ロック・・・いや、薄い水割りで・・・」
最初、3本のボトルを見せられた。気が付いたら目の前に3本並べてたのでいったい何処から出したんだろうと思った。カウンターの下から出したのかな。この店、酒瓶、ボトルが何処にも置いてないんです。酒棚が無い。
いや、酒場だから酒が無いわけないですね。酒棚が無いのではなく客側から見えないんですね。この酒瓶が見えないスタイルにしたのは羅漢町の〇ツレを意識したのもあると言ってました。
「〇ツレの〇郎さんも前は時々来られたんですが・・・」とのことであった。
3本のボトルは私の知らない銘柄で、1本は秩父の水でできた何とか。もう1本は最も度数の多いスコットランド系の何とか。もう1本は忘れた。順番にいただいた。
マスターは氷を作り始めた。よく自動的に作れる冷凍庫からプラスチックのシャベルで氷をガシャガシャすくったりするけどそんなことしないです。四角い氷を持ってアイスピックで叩き、削り、3分も経たずにロックグラスに収まるスフィア氷ができあがる。
グラスに転がすように入れる。カランという音が響いた。
琥珀色の液体に丸い氷が浮かんだ。
ロックグラス.jpg
BARは酒場だからあくまで酒を飲むだけの店でしょう。飲食店ではないと思うのです。
でも飲むだけだと商売成り立たないかもしれないし、軽いフード系を出す店の方が遥かに多いのではないか。
この店、フード系があるかどうかわからない。いちど、ラップでくるんだゴルゴンローザチーズを見た程度。フードは無くていいと思う。
ナッツ類がちょっと出されます。
乾きもの.jpg
それにしてもわからん立地にある店である。
「最初すぐにはわかんなかった。前はここ何だったの?」
美容院だったんです。エステだったかな?オーナーさんが最初、ここは基本は物販だけって言ってたんですが、そこを何とかってお願いしたんです」
「表には看板は出てないですよね?」
「出ていません。店をOPENする時に看板だけ間に合わなくって、そのまんま看板無しできています。」
(業者さんが看板を製作するのを忘れてそのまんまだったともお聞きした。)
「ここってマンションでもあるんですが、階段の踊り場とかの共用スペースには原則、看板は置けないのもあって、どうせだったら外にも看板を置かないでお客さんが来るにはどうすればいいかなってずっと考えてます。何かいい案ないですかねぇ・・・」
「じゃぁ店の窓に貼ったら?」
この店、カウンターの奥に横路地に面してそこだけ窓があるんです。内装や雰囲気を壊さないようそこに小さく表示すればいい。
マスターはちょっと考えていた。

こういう店だと静かになりがちだが、そうでもなく、常連さんの男性がマスターにやや野太い声でグチをこぼしてたりしてる。
カッコいいTALKとお声のマスターは養蚕業の農家のご出身らしい。「家に必ず蚕を飼ってたスペースがあって、そこでよくかくれんぼとかして遊びました。そうすると必ずひとつか二つ、蚕を踏んづけちゃうんですよねぇ」なんてローカルな話もするので、こっちも肩肘張らず好きなこと喋ってりゃいいの。

できれば若い頃にこういった店に狙ってた女性を連れて・・・と思うのはトシをとった証拠である。
実は上州のAという女性(聖なる酔っ払いオンナ)ともう1名、この店に来たらしいのだ。
ジャン妻はこの店の写真を見て「行きたい」と言いながらも、「Aさんはともかくもう1人の子はまだ早い気がするけど。でもアタシたちの時代と違って、こういう店での飲み方ってなかなか教えてくれる人っていなくなったねぇ。」
ジャン妻がこの店のことを私から聞いて興味津々。2軒目に連れてったことがある。
カクテル1.jpgカクテル2.jpg
ロック1.jpgロック2.jpg
最初は「横浜にこういう店があれば・・・」と感嘆してたが、店を出てジャン妻が言うには、
「一度でいいかなぁ。アナタひとりで行ったら?マスターの薀蓄が長いんだよねぇ」
薀蓄がくどいねぇ。。。
しまいに、「うさぎCafeの方がいいや」って言うのにはちょっとガッカリしたね。何だい。こういう店に連れてけって最初は言ってたクセにさ。
「いくらしたの?」
「〇〇〇〇円」
「ええっ!!」
そんなに安いのかって?そうなんです。この店、そう高くないです。むしろ安いくらい。格調高く見えるのでお高く見えますが全然そんなことないです。
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カレーで地酒を [居酒屋]

いきなりカレーです。キーマカレー。
カレー1.jpg
カレー2.jpg
これはカレーハウス、カレー専門店ではありません。これを出すのはれっきとした居酒屋でございます。
この店です。
私を誘う看板2.jpg
縦看板.jpg
暖簾.jpg
ママが私に言う。
「前に来られた時もここのお席でしたよねぇ」
前回来たのは半年前です。10月末か11月初旬。凄い記憶力だが、そん時に何かやらかしたかな私。
私の風貌で覚えてるだろか。
「よう覚えてますね。そういうのって覚えてるモンなんですか?」
「いいえ~、私ぃ~、引き出しが少ないんでぇ~(笑)」
誰かに似てる。
ウチの社にソックリなのがいる。だからこの店に気に入ったのかも知れない。
群馬八幡駅.jpg
この店は高崎駅から2つめ、群馬八幡駅から徒歩10分です。駅を背にして真~っ直ぐ歩いて店を目指して歩きます。
夜道はこんな感じです。
夜道を急ぐ1.jpg
夜道を急ぐ2.jpg
途中、幾つか営ってる店が散見されます。

大雪の後、せめてあと1回再訪したい気持ちが募ったの。3月後半にチャンス到来。駅まで走ったんだけど間一髪、20時02分発の信越線下り横川行に乗り遅れた。ホームに駆け降りていく途中でドアが閉まりやがった。
ド~ッと疲れ、ブス~ッとして改札に、「入ったけど予定が変わったんで出るワ」と負け惜しみのようにボソッと言い捨てて駅から外へ出た。その後はKAMIKAZEかNANAにでも行ったのかな。

来てよかったです。覚えててくれたし。途中で思い出したのかも知れないけど。
メニュー1.jpg
メニュー2.jpg
メニュー3.jpg
この日は日本酒の肴にそぐわないものばかりオーダーした。
和が家のサラダ
和が家のサラダ.jpg
鶏の唐揚げ。
鶏の唐揚げ.jpg
きのことベーコンのピザ。
ピザ.jpg
箸で摘まむ.jpg
「ピザに日本酒ねぇ」と私。。。
「いいじゃないスか。何でもバンバンいっちゃってください」とマスターl。
この組み合わせは如何に?.jpg
そして冒頭のカレーです。
お品書きには「和が家のカレー」となっている。和ではなくて我が家のカレーだと家メシみたいだが、和が家のキーマカレー。
遊び心で出してみたらアタったようです。
テーブルのお客さんがカレー食べてる匂いを嗅いで食べたくなっちゃったんでしょ?」
「そう。でもこういう組み合わせってどうなんだろ。もう何でもありって気になったよ」
私が飲んでる酒は常温の「船尾瀧」といって、伊香保温泉の榛名山系の清流が落ちる滝から命名されたもの。この酒はこっちに住んでた頃、リーダークラスの女性社員とのドラマのオチになった思い入れのある酒でもある。
だけどまさかキーマカレーで一杯飲ってるなんて知ったらその子やジャン妻に、
「ヘン!!」
「センス悪っ!!」
呆れられるは必定。
では合わないかというとそうでもなく、船尾瀧の甘い口当たり喉ごしが辛いカレーとマッチした?無理くりこじつけたようだが悪くなかったんです。
日本酒の辛口とは合わないと思います。それこど口ん中でケンカになる。
きゅうり.jpg
「磯部のなすび」って知ってます?」
「ああ知ってますよ。ママの○○がご○○さんなんで。」
やはりそーだったのか。。。
「行かれたんですか?」
「3回行きました。ママの身の回りの会話で剣崎いう地名が出て、それってこの近所じゃないかって。・・・(途中省略)・・・あのママはお客さんに助けて貰ってる部分って大きくない?天然のようでしっかり商売人のようで。。。」
「そ、そーですか?(笑)、ウチと同じ日曜定休日だからウチにはお見えにならないですけど」
私を誘う看板1.jpg
「じゃぁ終電で帰ります」
「今日はどちらにお泊りで?」(マスター)
「高崎ですよ」
「終電何時でしたっけ?」(マスター)
「22時06です。21時台が1本もないんで・・・」
「そうなんです。下りは本数あるんですが、上りが少ないんですよ。いっそ、終電逃しちゃたら?」(マスター)
「そうしましょーよ~」(ママ)
ホント、そうしたかったけどね。
群馬八幡駅時刻表.jpg
終電が来た.jpg
これぞ上州の終電車内である。
車内、殆ど誰もいないぞ。
終電車内.jpg
私はこれまで前橋や磯部で飲んで、終電でホテルに帰ったことが数回あります。
東京だったら桁違いに人口や酔っ払いが多いから終電帰りでとやかく言わないけど、車社会である上州の子たちには「終電??」と呆れられた。
信越線の上り終電は長閑である。空気を乗せて、いや、空気と私の酔気を乗せて走っているに等しい。
次に行った店は。。。
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Cafe [Cafe]

うさこのCafeへふきの煮物を持っていった。
「うわぁ・・・いいんですかぁ?」
「いただいたけどちょっとかさばるんで。このお店でこういうのって出さないと思うけど。」
「ビールのおつまみになりますよぉ」
「そうかなぁ」
でも貰ってくれた。これで荷物が軽くなった。
Cafe1.jpg
Cafe4.jpg
Cafe5.jpg
「今日はおひとりですかぁ?」
と言ううさこさんは声がガラガラ。
「見りゃわかんじゃん。彼女は東京ですよ。風邪かい?」
「そうなんですぅ。季節の変わりめだからぁ・・・」
「ふぅ~ん・・・」
うさぎも風邪ひくのか。。。
「こういうおとおしだったらいいですかねぇ」
サラダか。うんいいですね。出張だと野菜なんて採らなかったりするからね」
「まだこっちのお仕事があるんですねぇ」
「残務整理でね」
ビールとサラダ.jpg
サポートの男性がいた。
彼氏かな。
弟かも。
お友達かな。
ニンニクを剥いている。
「さっきからずっとそればっかりやってるのか?」
「そうなんです。ニンニクです」
「それって何かのペナルティで剥かされてるんか?」
「いやっ、そういう訳ではないんですが・・・」
「さては何かやらかしたな?」
私の毒舌に相棒が翻弄されるのを見かねたのか、うさこが、「お料理に使うんですよん」
処理済~皮むき.jpg処理済~仲良し.jpg処理済~うさこ1.jpg
チーズある?」
「ございますよぉ」
「もしあれば。クラッカーも」
「クラッカー、足りなかったら言ってくださいねぇ」
足りなかった。足して貰った。
ビールとチーズ.jpg
「今日はお豆はどうですかぁ?」
「ナッツねぇ。。。」
「奥さんいないしぃ。見てる人いないしぃ」
「そうだけどさ。どーしよーかなぁ」
「少しにしておきますよ」
「そう?じゃ、じゃぁちょーだい」
「はぁい」
うさぎにエサをあげるんじゃなくって、ウサギから餌を貰う私である。
ナッツも.jpg
この日の店内1.jpg
お勘定して前のマンションを見上げる私。
「帰ってきたいですか」
「まぁな。今でも錯覚して上がっていっちゃいそうだよ」
「次はいつ頃ですかぁ」
「ワカランな。こっちの現場で滞った件があってそれで来るかも知れないけど。それよりお大事に。明日、医者に行ったら?」
「そ、それがですねっ[あせあせ(飛び散る汗)]保険証がどっかいっちゃってもう何年にもなるんで・・・」
「はぁ?そうなのか。そりゃ喪失と再発行して貰うしかないじゃんか」
後でこの話を聞いたジャン妻は「アッブないなぁ。何かに利用されたらどーすんのよっ」って心配してた。
「蕗の入ったタッパは置いといてください」
「返しときましょうか?」
「いやぁ[あせあせ(飛び散る汗)]それだとあげたのがバレちゃうから。お店に置いといてよ」
「はぁい。じゃぁまた。お待ちしていますぅ」
近隣がサラ地に.jpg
このCafeは再開発で移転を迫られているそうです。羅漢町といいます。
私はこのCafe近くのマンションに住んでいた。朝、電柱にゴミ出しに行ったら同じくゴミを出してたうさことバッタリ会ったりした。
退去の日、家に最後まで残った瓶ゴミをうさこは回収してくれたし。
住処の前のCafeという特異な立地、それでいて静かなこの界隈が大好きだった。でもいずれ当時とは違った風景になるのです。
CAFE.jpg
蕗の煮物が入ったタッパは後日回収するのですが、そのネタまた改めて。。。

東京へ帰ったのかって?
帰れませんでした。ドーミインが空いててラッキー。自費で泊まりました。(^^va
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久々にアジフライ [居酒屋]

前橋のけやき通りにある行政に1日必着の届け出を済ませたのが17時前ギリギリだった。アブなかった。
この日の日帰り出張は出張ともいえない簡単な届出だけど、今日じゅう必着だった。郵送だと確実に今日着くかわからないので、「行ってきてくださいお願いします」と託された公的なものです。群馬行きたさ私のフライングでは決してないですから。
けやき通りの喫茶店、カフェ・ド・ノアがクローズしてたのは若干、寂しかったが、今日はもう帰るだけです。

帰るだけだが。。。

前橋駅ホームに来た上り電車は、当駅始発、17:41分の上野行だった。これは各駅で、上野駅着が19:53です。電車内で腹が減るは必定。
選択肢が3つある。
①いったん出て、古典酒場つくしで飲んで行くか。
②それとも高崎駅で乗り換え、群馬八幡まで行くか。
③それとも高崎駅で下車して、今の刻限だったらあの店でアジフライが久々に喰えるかな。
結局は③にした。
あーけーど.jpg
高崎駅から銀座あーけーどまでは案外と距離があった。
田じま食堂.jpg
田じま食堂も頑張っているようだ。
路地入口.jpg
あれ?まだ18時半前なのに深夜蕎麦、幸盛さんも灯りが点いてるぞ。
営業開始時間を早めたか。前倒しにズラしたか。

引き戸を開けたらママの絶叫が返って来た。
「あれぇ、珍しいお客さんがぁぁぁぁぁぁ!!まぁすたぁぁぁぁっ!!」
営ってますねぇ.jpg
「このあいだは酔っぱらってすみません」
「こないだ?いつもでしょうよ」
「あの時間だとね。今日はまだ大丈夫だから。酔ってないから」
「まだ18時半だしね」
「で、何にします?」
「アジフライ!!」
店じゅうに聞こえるような声で言ってやったよ。
「2年ぶりだよ」
「すぐやります。その前にすぐできるものは?」
そうきたか。じゃぁポテサラ。
最初の一杯(ボケてますが).jpg
ママが言う。
「いつも食べてるもんねぇ。この間はレタスにも載ってなかったし、トマトも出なかったし」
「そうそう。お皿にバサッとやっつけみたいに出したでしょ。覚えてます?」
「今日はまだ酔ってないからダイジョーブ」
アジフライが揚がる前に、黒板のお品書きを見てた。
こんなラインナップだった。
イワシ煮付け、葉生姜、油揚げ焼き、もやし炒め、赤うぃんな、おから、里芋煮、新筍煮、ポテサラ、漬物
まぐろ中とろ、カツオ、真鯛、やりいか、赤貝、こはだ、生牡蠣
アサリ酒蒸し、ホタルイカ冲漬、ホタルイカとわけぎのぬた、鯛のあら煮、さんまひらき
山菜天ぷら、ホタルイカ天ぷら、豚カツ豚てき、アジフライ、いかげそ
いくらおろし、もずく
春なので、大鍋はおでんではなく、モツ煮です。
モツ煮.jpg
「アジフライ今やりますから。。。」
「うん」
「○○さん(私のこと)はこっちの温泉に行ったりしないの?」
「3箇所行きました。水上の先と、伊香保と。。。」
「自分もこの間、温泉に行ったのよ。ホラ、月曜休みにしたからさ。連休が取れるようになったでしょ。でも行ったらそこの温泉、1分間に2リットルしか湯が出ないんだって」
カウンターの常連さんから、「1分間に2リットぅ?」って驚きの声が挙がった。
「どこよそれ?」
「○○○の○○ってとこ。確か1分間に2リットルだった。で、湯がぬるいの」
「源泉の温度が低いんだね」
「まてよ?1時間に2リットルだったかな?」
それじゃ温泉とも言えないんじゃない?確か船山温泉ですら、1分間に2リットルくらいだったと記憶している。
「でも正直だよねそう書いてあるんだから。今流行りの偽装じゃぜんぜんないし」
「1時間に2リットルてってこたぁないんじゃないの?」
「そ、そうだねっ・・・アジフライ、今からやりますから。。。」
赤貝と日本酒.jpg
赤貝UP.jpg
ママがヘルメットをかぶっている。
似合うな。
「ホラ、アーケードの天井が崩れたでしょう。市から配られたのよ」
「それを被ってお店で商売を?マスターはかぶらないの?」
「マスターは頭大きいから・・・」
「意味ない意味ない。何でこんなの配ったのかわからない。だって店ん中でこんなの被ってたら商売になんないし。被ったからって天井崩れそうなとこに行かないし。いつ落ちて来るかなんてわかんないし・・・あっ、アジフライ今からやりますから・・・」

「アジフライすぐやりますから」・・・これを3回か4回くらい繰り返してから出ました。久々です。
アジフライ久々.jpg
前に喰ったのはいつだたろう。1年以上前です。もう外された定例会議が終わるるのは大抵21時なので、その頃になるともうマスターは酔っぱらっちゃってるから揚げ物は無理だしね。
「この店、アジフライのラストオーダーはいいとこ19時30分じゃないの?」
「笑」
「それ以降も、おでんとか、ポテサラなら大丈夫ですよ」
「だからここ1年か2年はそれしか喰ってないって」
白く塗ってるところ1.jpg
マスターはカレンダーの月曜を白く塗り潰している。
白くした後で赤く塗るんです。
「白くしてから赤く塗らないと何だかヘンな色になっちゃうんだよね」
月曜を赤く塗り潰したカレンダーはもちろんこの店だけしか通用しないが、この店の常連さんで会社のエライ人がいて、この店で飲んだ翌日が会議だったんだと。
だがその方は月曜が赤いこの店のカレンダーが脳裏に残ってしまい、月曜は赤い日と勘違いしたか、月曜を自社の定休日と取り違えたらしい。
部下にスケジュールのズレをツッコまれて気付いたそうです。
処理済~モーちゃんとママ.jpg処理済~この店が大好きな人たち.jpg
「どう?マスター早い時間帯だとシラフだからオモシロくないでしょ?」
シラフ?そうでもないみたいだぞ。
会計時、土産にふきの煮物をいただいた。タッパに入れてある。
気持ちは嬉しいけど荷物になる。困ったぞ。さてどーするか。
うさこのCafeへ持っていった。。。(続く)
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消えたゴールド免許 [コラム雑記帳]

カフェ・ド・ノアが面してる前橋駅前けやき通りは3車線と道幅が広い。
昭和28年か31年まで走っていた東武伊香保軌道線の名残だと思います。この界隈は前橋駅前を左折して走って来ると中央分離帯を越えて進行方向右側にパーキングがある。そこに停めようとUターンしたら白バイに捕まった。
Uターン禁止1.jpg
Uターン禁止2.jpg
幸い白バイの警官いわく、「ここUターン禁止です。でもちょうどアナタがUターンした瞬間、小学生の子供が私に話しかけてきたんですよ。なのでその瞬間は見てないんです。今回は厳重注意にしておきますのでついてきてください」で済んだ。
厳重注意を受けた場所です。
ここに連れてかれた.jpg
実はですね。
私は上州で3回捕まってるんです。この白バイ事件の前にも2回ヤラレたの。その3回は上州に赴任した平成24年4月~7月の4か月に集中してるんです。
初回は赴任した4月、前橋市内の国道17号、県庁南辺りで運転中、東京の女性社員と携帯電話してたら白バイに捕まり、幸楽苑の駐車場に誘導されて反則切符切られたの。
2回めは5月か6月だった。今度は安中市内。確か居酒屋なすびに向かう214号か、その南を走る217号だと思うのですが一時不停止でヤラれた。何処に隠れてたのか、待ってましたとばかりにパトカーが飛び出してきたんです。
「停止したつもりですがねぇ」
「ダメだあんなんじゃ・・・」
私は停止したつもりだったので抗弁したが、吐き捨てるように言われて切符きられた。
その時から僅か1ヶ月か2か月後の3回めがここ前橋表町だったんです。3~4か月で都合3回ですよ。何で上州ってこんなにパトカーや白バイが多いんだ?って思ったモン。
おそらく県内のくるまの総台数より、いち家庭でも所有数、所有率が上位なんでしょうな。
2回つかまったことで、次の更新でゴールド免許じゃなくなるのは確定したようなもの。ペーパードライバーのゴールド免許じゃなくて、そこそこ運転してのゴールド免許証だったのに。
3回のスピード違反クリアして、それなりの歳月をかけて得たゴールド免許だったのに。

実はもう1回あって。。。[たらーっ(汗)]
これは相手が100%悪いんだけどもう時効だろうから書いちゃいますね。同じ年の秋に国道17号(東国文化歴史街道)を高崎方面から県庁に向かう途中、石倉三丁目の手前にある利根川の支流と上越線を跨ぐ高架橋を下ると、これって2車線分じゃないの?って思うくらい非常に狭い3車線があるんですが、県庁方面の直進方向で信号停車してたら右折レーンを走って来た大型セダンの乗用車が私のくるまの右サイドミラーを吹っ飛ばしてそのまま右折した。
この辺りです。
この辺りだった.jpg
私は落ちたミラーを拾いあげて相手を追った。相手のくるまのナンバーを覚えてブツブツ繰り返しながらクラクション鳴らして追いかけた。
だが踏切の辺りで見失った。事故現場から数百メートル離れていたが、そこで停止して携帯で警察を呼んだら、私のミラーを吹っとばした相手の運転手が横合いから徒歩で現れ、
「すみません。ミラーやっちゃいましたか。探してたんですよ」
「・・・」
探してた?
嘘つけお前逃げたじゃねぇかと思ったよ。
相手は無言でくるまから降りた私を見て一瞬、ギョッとしたがすぐに警察が来た。
警官も怪訝そうだった。
「事故の場所からここまで随分距離がありますね。。。」
相手は「すぐには気付かなかったんで・・・」とか何とか言ってましたよ。こっちも勤務中で社用車だし、名乗り出て来たんだからそれ以上に事を荒立てるのもどうかと思って余計なことは言わずに淡々と応対した。

上州はくるまの総台数の割に警察官が多い気がする。東京神奈川の比じゃない。
昼中に走ってると、高崎~前橋方面の往復で最低でも3台、多い時は5台に出くわしたことがある。
私だってそんなにスピードを出すわけじゃない。車内で携帯しなきゃいいんだし、一時停止で停車すればいいんです。
上州で身に付いた一時停止線での完全停止を神奈川県内で実践したら後ろのくるまに「ビーッ」って鳴らされたことがある。

上州の若い女性社員にちょっとだけ呆れられた。
「3回も捕まってたんですかぁ?」
「うん」
「そんなに事故ってたんですかぁ?」
「当て逃げされた事故は1回だけ。他は捕まったの」
「でもアタシが通勤途中で追突した時、何やってんだぁって叱りましたよねぇ」
「自分の違反と、社員に注意しなきゃなんない時はまた別なの」
「ふぅん・・・(白い目)・・・ぶつけられた時って追いかけたんですよね?」
「追いかけたさ」
「うっわぁ~、〇〇さん(私のこと)に後ろから追いかけられたらこっわいだろうなぁ~」
「・・・」憮然とする私。「社用車だったし、保険には会社の名義が絡んでるから、(相手に対して)事を荒だてようって気はなかったよ」
違反運転手.jpg
私は船山温泉で誕生日を迎えてから免許更新手続きに行ったのだが、違反運転手で2時間講習でした。
「違反運転手、2時間だって・・・」
通知を見ながら呆れカオのジャン妻である。
「しかも私に内緒で捕まって・・・」(ジャン妻)
そう、ジャン妻にはしばらく隠しておいた。私は上州で警察に都合4回お世話になっている。違反切符は2回。それらは全て上州に赴任した最初の前半、半年間に集中している。
さすがに5回め以降は捕まってません。「免停になったら東京に強制送還されるよ」と脅かされたからです。東京に帰りたくないから安全運転に徹したつもり。
でもゴールドは消えてしまった。上州で得たものはた~くさんあったが、唯一失ったのがゴールド免許。。。
「くるまの保険料が高くなるからゴールドに戻ってよっ!!」(ジャン妻)
いつか戻るよ。戻れたらな。
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カフェ・ド・ノア [Cafe]

私が上州でただ一つだけ、コーヒーを飲んだ喫茶店が閉店してしまったのです。前橋のけやき通りのこの店。
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あっさり貼り紙が。
「当店は4月28日をもちまして閉店とさせていただきます。長年のご愛顧ありがとうございました。カフェ・ド・ノア」
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実は私、4月の終わり近くに日帰りで上州に来てます。上州の担当を外れるにあたっての残業みたいなものです。その時は営ってました。
ありし日-1.jpg
ハムエッグをむさぼり喰いました。
ハムエッグ.jpg
ハムエッグUP.jpg
その後、5月1日にまた日帰り出張で行ったらいきなり閉まってましたからね。
飲食店ってそういう予告なしのクローズをする場合があります。告知するとめんどくさい部分もあるんです。これはこれで一つのやり方なんですよ。未練なくあっさりとね。

上州はくるま社会なので喫茶店が少ないような気がしますが、もともと私は喫茶店って行かないのです。時間潰しをするのが苦手なんです。コーヒー飲みながらとはいえじーっとしてるのが嫌なの。周囲に喫煙者もいるからね。
スイーツとか甘いものを摂取しないからかもしれない。
都内でもスタバ、ベローチェ、ドトール、スタバ、そういう場所も殆ど行かない。待ち合わせとか面談で仕方なく、たま~に利用する程度です。でも面談なんかだと相手の話を聞いてこっちもそれに助言を与えて返さなきゃなんないから、終わって店を出ると喉がカラカラになる。
疲れる。喫茶店に行って疲れてどーするんだ。

私がこの店を利用したのはこの通りに大事な行政があるからです。内容によっては緊張を伴うケースが少なくなかった。
この店喫茶店でコーヒー飲みながら、オマケに付いて来るチョコを齧りながら最後の書類チェックをしてた。
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毎回毎回時間にして15分もいなかったですよ。出されたコーヒーを一口含んで、「熱っ」、やや冷まして二口めをズズッ、三杯目でズズズッツ、それで終わり。口直しに冷水をガバッと飲み干して、「勘定」。

近年、昔ながらの喫茶店って少なくなったった。後継者がいないからかな。
ジャン妻も言ってた。「チェーンカフェも安いからあれば利用するど、そういう店すら少なくなってきてる」って。
ましてや個人で営ってる喫茶店ってのはホントに少なくなった。利用しない私ですらそう思う。
上大岡の焼き鳥屋の筋骨隆々たるマスターなんか、「そういう店って少なくなったよねぇ。最近、そういういい店を見つけて入ってみたらコーヒーが500円もするんだよ」
私は喫茶店のコーヒー500円が安いのか高いのかそれすらわからないのだが、後で聞いたジャン妻は「それって普通の値段だよ」って言ってた。マスターは自分で焼く焼き鳥の値段をベースにしてるのかも。
ところが昨今、チェーンカフェもクローズするところが増えている。伊豆八幡野高原さらの木へ向かう車中でジャン妻が助手席でコーヒー飲みながら言うには、(家で炒れてポットに入れて行くんです。)
「もうすぐ会社近くのドトールも終わりなんだよね」
「ドトールも閉店するんだ??」
「そういう店すらどんどんなくなっていくんだよね」
「何でさ?入ってるビルが老朽化して、耐震の問題もあって取り壊すから?」
「それもあるだろうけど、コンビニでコーヒー出すようになったからだよ」
コンビニでねぇ。
そりゃ喫茶店はおろかチェーンカフェも廃れるわなぁ。

カフェ・ド・ノアのコーヒーは幾らだったか忘れました。でもそんなに高くなかった。私が行くのは昼前の午前中か、午後3時以降でしたね。混んでたのはついぞ見た事ない。
もしかして5%→8%の増税で折れちゃったのかもね。

店内、昔ながらの喫茶店、独特のニオいでしたよ。古い映画館の待合みたいな、昭和の匂いがした。
店内1.jpg
店内2.jpg店内3.jpg
過去記事です。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-01-10
この記事では喫茶店でおまけが付いて来るという名古屋のカルチャーに付いて触れています。マスターが名古屋のご出身かどうかはわからなかったが、カフェ・ド・ノアで検索するとホントに名古屋市の喫茶店がヒットしたからね。名鉄名古屋本線の桜っていう駅近くでした。
ありし日-2.jpg
苦労して営業してたんだろうね。11時前なのにモーニングのメニューが出てたり、午後3時過ぎてもまだランチのメニューが出てたりしたからね。
仕方がない。諦めましょう。

この店に来る時、上州に来て最初の頃は電車でしたが、そのうちくるまで来るようになった。
くるまを停めたのは店の向かい、Times前橋表町のパーキングです。
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そういえば思い出したぞ。(続く)
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E231系荷物室 [鉄路と風景]

上野駅から高崎線に乗車したら籠原駅止まりだったので、籠原駅で後続の新前橋行に乗り換えようとした。
新前橋行ってのは珍しい。私はその一つ先の前橋に公用があったのだが、新前橋からはタクシーを利用した。
籠原駅にやって来た後続の電車は15両編成だが、籠原駅で前方5両を切り離して10両編成になる。前方はやや混雑するので後方車輛に歩いてったら、ガラガラの最後部車輛(1号車か?)に、普段見慣れない妙な垂れ幕が架かっていたのですよ。
何だろう?と思って近づいたら、最後方部の4人掛け座敷シートとフロアとの境目の天井から、「荷物室」と描かれた布幕が下がっていて、運転室兼車掌室前の乗車ドア一帯に、青い荷物カゴが数個、年季の入った布袋が数枚、整然と並べられていていた。
荷物室?.jpg
荷物が置いてある1.jpg
幾つかあった布袋には深谷、本庄、倉賀野・・・籠原駅から高崎駅までの途中停車駅名が殴り書きされていて、中には熊谷-岡部と描かれた袋もあった。
最後部の座席には私以外は誰もいなかったのでつぶさに観察してたら、籠原を出て高崎までの殆ど各駅のホームに駅員さんが待機しており、車内に積んである袋を持ってったり、持参した袋を投げ入れてたりした。
本庄駅入ったら大粒の雨になった。熊谷から先の駅はホーム屋根が中央付近だけで、ホーム前方や後方には屋根が無い駅が多いのです。待機していた駅員さんはビニール傘をさして待機していてボタンを押してドアを開け、持参した袋を籠に入れ、本庄駅宛の袋を手に取っていた。
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そういう作業はひと駅毎に繰り返される。
見てると荷物入れ替えの度、車掌さんに、「お疲れ~」、「じゃぁお願いします」って声をかける駅員もいれば、ブスっとした表情で荷物を投げてすぐさま踵を返す駅員もいたね。これはJR車内の力関係に違いないとニヤリ。
荷物を持って来た6.jpg荷物を持って来た7.jpg
荷物を持って来た8処理済.jpg荷物を持って来た9処理済.jpg
布袋は床に置いてあったり籠に被せてあったりだった。各駅での入れ替えは布袋だけで、青いカゴは高崎駅まで床に置いてありましたね。籠の中に何が入ってるのか見えなかったが、何かブ厚いもの、かさばるものが入っていて上げ底になっているようです。
荷物が置いてある2.jpg
高崎駅に着いて車掌が交代した。交替した車掌さんは昨日の記事で八高線に乗り遅れた外人さんに対応していた方です。
同時に高崎駅ホームに待機していた作業着姿の人2名か3名が荷物室にドカドカ上がり込み、ここ高崎駅まで積んできたカゴやズタ袋を力任せに全てホームに運び出した。
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ホームには台車があって箱はそれに積まれた。最後に「荷物室」の幕を外し、車内に一礼して作業終了。
ローカルな光景だった。首都圏内では見ない光景だが、この電車の最後部車輛の一画は、始発の上野駅から荷物室だったのだろうか。

電車は終点、新前橋駅に着いた。
次の電車まで20分ほど間があったのでホームに降り、タクシーで前橋駅前けやき通りの行政に向かおうと歩きだしたら、高崎駅で交替した車掌さんと殆ど横並びに歩いたので訊いてみたの。
「あの荷物室って何を運んでるんです?」
「ああ、あれはですね。主に新聞なんですよ」
新聞?
「駅員さんが読むの?」
「いえっ、売店や駅前の新聞配達店に運ぶ首都圏の夕刊なんです」
へぇ、そうだったのか。
「空いてる時間帯でないとできないよね」
「そうですね。朝とか混雑する時間帯は無理ですから。ちょうど今くらいの時間に・・・」
空いてる時間帯に運ぶように答えてくれたが、空いてるからというよりも、夕刊を運ぶからこそこの時間帯なんだと思います。

私が見たところ、高崎駅で籠を運ぶ作業員さん数名は駅構内を台車で運んでいたが、カゴはそれなりの重量があったようです。両腕で抱え、腰を下げて運び出していた。軽くはないですね。紙の束って重いですから。おそらく夕刊の首都圏版が束になって入ってたのではないだろうか。となると荷物室のスタートは上野駅だろう。
では青い布のズタ袋には何が入っているのか?
「袋には何が入ってるんです?駅員さんの給与明細とか?」
何てバカな質問をしたのかと後で後悔したが、それにも真面目に答えてくれた。
「書類とか、駅構内に届けるものです」
具体的には効かなかったが、後で調べたら、駅構内に掲示するポスター、パンフレット、遺失物、通信関係の書類、業務伝達文書だという。
業務伝達なんかメールでやりゃいいって?駅員さん、運転手、車掌、保線係が終日デスクに座ってるわけないでしょうよ。

私は今回こういう光景を初めて見たが、最後部車輛の荷物室はここ高崎線だけではなく、宇都宮線の黒磯行や地方のJRには今でも見られるそうで、それらは主に昼過ぎに発車する下り旅客列車の最後部を簡易的な荷物室に設定するようです。
首都圏版の夕刊を地方都市に運ぶから下り方面の電車に限定され、上り電車はそういうのないらしい。
以前は1輌まるごと荷物室車輛になったという。でも荷物車であって貨物車ではない。貨物に準じてはいるが、あくまで旅客列車の一部なんですな。
ルーツはこれです。
荷物車.jpg
懐かしいですね。これが荷物専用車、自走できる電車です。
近年私も大宮駅構内や大井町の車検区粋に留置してあるのを見かけたことがあります。立川の帰途、北府中駅構内でも見たな。でもそこらを現役で走っているの風景は見かけなくなったね。
YouTubeから.jpg
現在のJRは貨物は一部の専用物に限定され、一般の荷物取扱いが減った。そりゃそうです。くるまの方が早いし。宅急便だって普及してるしね。
荷物専用車での需要は少なくなったので今回取り上げたように旅客車両の一部に荷物室が設けらるようになった。あくまで小さい配送量です。
荷物室の区切り方は今回のように「荷物室」と描かれた幕を吊り下げる。
でもこれだと私は覗こうと思ったら覗けたので、思い切ってカーテンで区切って入れないようにしちゃったり、開閉ドアの内側の両端から黄色いロープで「荷物室」と描いた札を引っ張って固定する。
町内会のゴミ出し場に被せるカラス除けネットのようなもので区切ったりもする。
簡易的に仕切るけど荷物列車ではなく、あくまで主役は旅客、旅客車輛なんです。後方車輛が殆どで、前方車輛や編成の中央付近には設けられない。
おそらくはその日の積載量によって荷物スペースは異なると思う。となると締め切るドア数も違うのかも知れないが、新聞の部数はある程度は一定だからそんなに変わらないかも知れない。休刊日は設けられないでしょう。
荷物室解散.jpg
高崎駅で10.jpg
荷物室が解散して、普通の車輛になった。
お疲れ様でした。私はこれから前橋某所までタクシーで向かった。そこで「あれっ?閉めちゃったのかよ」と愕然と・・・までいかないけど、ちょっと残念な現場に出くわすんです。

おまけ、余談ですが。
京成線に行商列車というのがあった。モノを見たわけではないが、京成大久保駅にこんなのがあった。
行商列車?.jpg
これはかなり前に撮影した写真なんですが、今回の荷物室と同じように最後部車両だそうです。
でも今は廃止されたらしいです。先月、京成大久保駅に下りたらなかったんですよ。
はがされてた.jpg
その廃止の記事です。
http://www.asahi.com/and_M/interest/TKY201303290058.html
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八高線で上州入りするには [鉄路と風景]

私は上州に出張に行く際、主に新幹線を利用していたが、横浜から直に行ける湘南新宿ラインを利用することもある。
もしくは上野駅から高崎線とかも。
前橋に直に行く場合、東武特急で伊勢崎経由で行ったこともある。
上州まで行くのに一度も利用したことないのが八高線。八高線の八は八王子(東京都)で、高は高崎です。それに初めて乗ったの。高崎までじゃないですよ。八王子から高麗川までです。
八王子駅の八高線.jpg
町田市で公用を済ませた後、八王子経由で川越市に向かった。町田駅12:12発の横浜線快速で、八王子駅から八高線の川越線直通で向かうプランだった。
八王子駅に停車中の八高線車輛を見て「??」って思ったのは、高崎駅や倉賀野駅で見慣れた車輛と違うんです。そっち方面のは確か気動車(ディーゼルカー)だったが、私がこれから川越へ向かう車輛は電車で、首都圏の通勤車両のちょっとデザインを変えたヤツだった。
途中の高麗川駅から川越線に入って東へ転じる。高麗川駅には上州で見た車輛(ディーゼルカー)が停車していた。「おっ、あったあった」とひとりで頷いた。電化非電化車輛の揃い踏みになった。
ディーゼルカーはエンジン停止していたようです。
電化非電化揃い踏み.jpg
八高線ってのは二つのカオがあって、高麗川駅を起点で考えた場合、南の八王子までは電化されていて、北の高崎方面は非電化なんです。総数92kmの八高線は高麗川駅で南北に分断されているのだ。別の路線に見えなくもない。
非電化は八高北線、電化は八高南線ともいうそうです。(これは正式な名称ではなく利用者やマニアの通称です。)
架線が張ってないから通し運転はないらしいのだ。架線が張ってなくてもディーゼルカーなら八王子~高崎の直通はできそうだがそういう設定はないようです。
でもあっても通しで利用する人は稀ではないだろうか。時間がかかり過ぎます。大宮まで出て新幹線に乗る方が遥かに早い。
八高線は埼玉を南北に走ってますが、埼玉県内を東西に移動する人の方が遥かに多いのではないだろうか。だから西武線、東武線、秩父鉄道たちが八高北線の幾つかの駅に寄り沿ってサポート?しているのかも知れない。
上州へ向かう鉄路1.jpg
高麗川駅を出て川越線に入ると車窓から高崎方面への鉄路が見えた。
「あの鉄路は上州に通じているんだ・・・」
そういう感慨も一瞬で、すぐに視界から消えていった。
真ん中にある草に埋もれた鉄路は廃止になった太平洋セメント専用線だと思います。
上州へ向かう鉄路2.jpg
上州へ向かう鉄路3.jpg
私はそのまま川越方面へ向かったのだが、後日、八王子から高崎まで全線を通して利用する人の立場になって考えてみた。どれだけの時間を要するのだろうか。
実は高麗川駅に入る前の車内アナウンスがふるってまして・・・。
「高麗川駅から先、高崎方面への接続はすぐにはございません。1時間14分待ちで。。。」
いちじかんじゅうよんぷんまち???
。。。の後はよく聞き取れなかったのだがそこだけ聞こえた。
1時間14分待ちとは長過ぎる。私はこの日、町田駅を12:12発の横浜線快速に乗車して八王子発12:38の八高線に乗り換え、途中、分岐点の高麗川駅着が13:19だった。そこから北へ、上州高崎方面へ向かう乗客は高麗川駅で1時間14分も待たなきゃならないのである。
1時間以上も高麗川駅で時間潰せるだろうか私?何すればいい?
じゃぁそれだけ待ったとして、次の高崎行は14:33発で、高崎着は15:57だった。
八王子駅から3時間以上です。横浜線町田駅から3時間半。
ジャン実家からだと4時間半かかるのがわかった。マトモに動いてれば湘南新宿ライン(できれば特別快速)で2時間半弱というのが如何に早いかというのもわかった。
でも八高線ってローカルムードいっぱいなので、乗ってみたら旅情満載なのは想像していいでしょう。
八高線高麗川から下り.jpg
八高線小川町から下り.jpg
地図で見たら高麗川から先はヒョロヒョロ曲がりくねって上州へ一生懸命に向かっている。線形が真っ直ぐでないんです。トンネルが見当たらないですね。
途中、前述のように、西武線や東武線、秩父鉄道が心配そうに寄り添ってくるのが微笑ましい。
倉賀野駅の八高線2.jpg
八高線は生糸生産の盛んな上州とそれらを輸出する横浜港を結ぶ目的や、上越線方面と横浜を結ぶ軍事輸送のバイパス路線だったそうです。
現在の乗客路線は高崎を起点にしているが、前に「群馬の森」記事でそこにあった弾薬製造所とそれらを運んだ岩鼻軽便鉄道に触れたように貨物起点は倉賀野駅だったのである。
高崎線から見ると倉賀野駅で出た八高線鉄路は西に逸れようといする。すぐ北藤岡駅があってそこは高崎線との合流地点でもあるが高崎線側にはホームはないんです。八高線のみ。
現在は鶴見~新川崎~武蔵野線に沿った武蔵野貨物専用線があるが、それが無い往時は倉賀野駅が八高線を敷設するに至った軍事貨物迂回路の分岐点といっていいのではないか。
八高線ホーム.jpg
これは高崎駅の八高線ホーム。3番線です。
ホームは2番線と4番線になっていて、4番線の食い違い延長上に八高線3番線ホームがある。
八高線ディーゼルカーは僅か2輌足らずだからロングホームは要らないけど、何だか端っこに取って付けたようにあるので継子扱いされてるように感じたぞ。
高崎駅構内図.jpg
私を上野駅から乗せて来た高崎線は2番線に停車したと殆ど同時に15:50発の高麗川行がジンゴロリ~ンとディーゼル音をたててゆ~っくり発車したが、ホームに歩いてきた外国人さんが高崎線の車掌さんに問いかけている。しきりにサカト、サカトって訴えている。
サカト?
坂戸は東武線の駅ではないの。
車掌さんは外人さんが乗り遅れた現実を知ってちょっと困惑していたが、仕事だから無情にも次の時間を教えた。
「17:07ですね」
サラッと言ってのけた。表情にやや気の毒そうなイロがあったのが救い。でも事務的に淡々と応対するしかないだろう。
外人さんはやや途方に暮れたようだが、高崎発17:07で小川町か越生で乗り換えたら19:00には坂戸に着くだろう。1時間10分以上、高崎の何処かで待ったのだろうか。
この車掌さんは明日次の記事、新前橋駅で私の質問責めに遭うハメになる。また再登場します。
車掌さんと外人さん.jpg
しかし少ない本数ですね。
外人さんが途方に暮れるのも無理ないです。
高崎駅発の少ないこと.jpg
私は未だ高麗川から高崎までの非電化区間を通しで乗車したことはない。それを実践するにはまる1日空けて、行く前に運行状況と待ち時間をどう潰すかを慎重に見なくてはならないだろうなと思ってたら、ジャン実家に昔ながらの時刻表があったのでパラパラめくってみた。
八高線時刻表.jpg
上州への日帰り出張で八高線経路を利用したら会社に怒られかねないな。
いつか実践してみたいものけど時間の無駄かも。我ながらヒマというか、八高線の八王子~高崎の全面展望をダラダラ眺めて満足しました。
トンネルが一つもなかったですよ。
http://www.youtube.com/watch?v=44fkDjqNqbA
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県庁所在地と上州玄関口 [コラム雑記帳]

同じ県内の地域同士で、「これまでは対立構造だったが今後は並存していこう」、「ではそのルーツって何だったっけ?」という話題になることがある。
例えば、青森県の場合、「津軽地方と南部地方とあって、南部氏の被官だった大浦氏(津軽氏)が小田原参陣で先に独立を勝ち取ったことに端を発し・・・」
その後の檜山騒動、相馬大作事件、戊辰の野辺地戦争等あって、現在でも多少の地域摩擦があるそうです。
驚いたことにこのネタは青森県のHP、「青森県史の質問箱」で県の環境生活部県民生活文化課がUPしているんです。官庁が公的に発信、証明したに等しい。
他県の者が知らずに青森県新事業所を立ち上げる場合、青森を冠にするか、津軽を冠にするか、名称に気を遣うそうです。

福島県会津若松市の知人にこう言われたことがある。
「県庁は福島市で商業都市は郡山かも知れないが、観光都市は会津だよ。外から来るお客さんがいちばん多いのは会津若松だからね。博物館もあるし・・・」
ライバル心が出ていますねぇ。
では会津若松市に県庁を置かなかった最大の理由って???
書かなくてもおわかりでしょう。

南北に長い長野県にも松本市と長野市の分県構想がまだあるみたい。松本は筑摩県だったのを明治9年(1876年)長野県に一本化されたんです。
だから全国で最も有名な県歌、信濃の国を唱歌することで、信濃はひとつなんだよと。

同様に群馬県にもある。
前に載せたランパスの記事で、ランチパスポート前橋・高崎っていったいどっちがメインなの?というのを見つけた。
ランチパスポート前橋高崎.jpg
何でも全部で88店舗あって、前橋が44店、高崎も44店だそうな。
編集者側は、「平等なんです。実は偶然なんですよ」と言い切っていた。
偶然?ホントかな?気ぃ遣って調整したように思えますが。
群馬県庁.jpg高崎市庁舎.jpg
県庁所在地の前橋市と新幹線による上州玄関口の高崎市。この両市も対立と並存についていろいろ過去に言われて来たようです。
今までは遠慮してたけど書いちゃいますが、このルーツは県庁争奪戦なんです。
明治新政府の廃藩置県まで遡ります。廃藩置県で最初に群馬県が誕生したのが明治4年(1871年)10月28日だが、この時、最初の県庁機構は高崎市に置かれたそうです。
史料によればその場所は大信寺ともいうし高崎城内に置かれたとも。大信寺といえば駿河大納言卿が眠るあの寺だが、その頃は高崎城内にあったのかも知れない。
ここで政務を執ったんでしょうか。
大信寺.jpg
私は学者ではないので、何か間違い等あったらご容赦願いたいのだが、明治5年に県令が交代したら県庁は前橋に移転した。この時代は新政府の過渡期なのか県領域の見直しや統廃合がよくあって現在の県のカタチを成していません。移転理由は高崎城内が新政府の兵部省に接収されたからだと思う。他に適当な建物がなかったのかも知れない。

当時の県令で河瀬秀治という人。この人は合併前の群馬県令&入間県(県庁は川越)兼務のダブル県令だったので、前橋と川越を行ったり来たりしなくてはならないのでタイヘンだった。
今だったら関越道でブッ飛ばせば、または新幹線~両毛線で60分少々で行けるが、往時は移動時間が長過ぎた。

翌年明治6年(1873年)に群馬県は入間県と合併して熊谷県になる。この時も前橋と川越どっちに県庁を置くかという争点になった。その結果、折衷案のように中間地点の熊谷に置かれた。前橋は一旦は県庁所在地ではなくなった。
(この合併は前橋と川越の長きに渡る密接な関係に基づくもの。
宝永3年(1706年)の利根川の氾濫で前橋城の一部が崩壊し、当時の藩主が前橋藩を廃して川越藩に移転した。その後、前橋は川越藩の分領みたいになった関係がかなり長く続いたのです。)

またまた明治9年(1876年)に県領域の再調整が行われる。この統廃合には熊谷県が分割されたり、館林県や旧栃木県が絡んだりするのだが、この時に群馬県が復活して県庁を高崎城内に置こうとした。
だが前述のように城内は兵部省、陸軍が抑えている。どこで政務を執ろうか。。。
市内の安国寺(中華ライチの前?)に仮庁舎を置いた。
夜の安国寺.jpg
でも手狭なので、その時の群馬県令で楫取素彦という人(来年の大河に出るかも・・・)が県庁を設置すべく高崎の商人に交渉する。県庁誘致は町の発展になりますよ、お金を融資してくれませんかと。
だが史料に意外な記述があった。「新人物文庫」から抜粋すると、商人たちからいい返事を貰えなかったという。殆ど妨害に近かったとか。
楫取県令が高崎市に着眼した理由は・・・
①中山道と例幣使街道の分岐点だった
②利根川水運の最上流地帯だった
③鉄道が通る前から城下町、宿場町、伝馬制度の駅でもあった
要は今でも東京方面からの鉄道や高速道の中継地たる位置だから・・・。子供でもわかりそうな理由だが、市の商人たちはもともと中山道の主要な宿場街として発展していたので、逆に県庁設置に冷めていたというのである。
楫取県令は個別に説得したようです。でも応じてくれなかったので高崎市内での設置を諦め、今度は前橋の商人たちに費用調達を働きかける。初代市長になる下村善太郎他、勝山、藤井といった有力商人25人(主に生糸商)から必要額が集まった。
簡単に言えば、前橋市は資金が集まった、それだけだと思う。楫取県令や下村市長は内務省に掛け合い、大久保利通卿からもOKを貰った。

ここで私が謎に思うのは。。。
明治14年(1881年)太政官からの県庁前橋設置確定の布告に高崎市住民数千人規模が県庁に押しかけ軍隊まで出動した騒ぎに発展したのは何故だろう。反対したんじゃなかったの?
説得に反対したのは商人だけだったのだか。住民総意ではなかったということか。
反対された楫取県令でよく囁かれるのが、高崎の住民に対して、「県庁の前橋移転はあくまで一時的なものであり、地租改正の業務が終了すれば県庁を高崎に戻す」と約束して納得させたというもの。
反対されて資金的に無理だから前橋にするよと言えばよかったのではないかなぁ。

この県庁問題は裁判に持ち込まれ、明治15年(1882年)の判決でも県庁誘致を願う高崎住民の訴えは退けられた。その後も実現することはなく今日に至っているが、今現在でも尾を引いてるのだろうか。
だからという訳ではないが、私の公用で、安中市、太田市、伊勢崎市の行政担当官が私の出す申請書によっては、「これは最終的には県の方にあがりますので・・・」・・・何だか県を立てるように言われたものだが、高崎市からは「県の方へ」って言われたことがないんですよ。

県庁誘致云々とは別に、私は前橋の知人に、「新幹線の駅が・・・」、「ヤマダ電機の本社が移転したから・・・」、他にもあって、「・・・だから前橋は寂れたんです」というグチを聴いたことがある。
ヤマダ電機の本社移転については、「これは都市伝説ですが・・・」と前置きされたうえで、山田昇社長の娘さんのいたましい事故死に絡むと言われた。他にもいろいろ耳にしたのですが、亡くなられた方だしご遺族のこともあるのでこれ以上は控えます。
県庁を誘致できなかった高崎市民は新幹線を誘致するのに成功した。この時も誘致合戦になったが、机上の地図で見ても前橋を直接通るには乗り換えにしても線形が悪いように見える。
その途中、新前橋という駅がある。
両毛線と上越線&吾妻線の分岐駅です。駅の設置についてとやかく言うと安中榛名駅の時のようにお叱りをいただくかもですが、上越線ルート初期設定案の際、高崎駅から先は真っ直ぐ北上させて渋川方面へ向かう案だったという説がある。県庁を持ってかれた高崎市の意趣返しのような記載も見た。
これには前橋市が反対したそうです。でも市内に誘致すると利根川を2回渡らなくてはならない。県庁に近い市中心部に持って来るのは断念したが、利根川を渡らずして両毛線と上越線との接続駅として開業したのが新前橋駅です。
高崎駅.jpg高崎駅のMAX.jpg
前橋駅.jpg両毛線.jpg
どっちが発展してるかといえば・・・
私見ですが、駅前の風景で見た場合は高崎駅だと思う。そりゃ新幹線の停車駅だし、長野や新潟方面へのJCTでもあるし、ヤマダ電機、高島屋、若者向けの店が多いし、出張族が泊まるビジホも多いからね。
パッと見、高崎駅前と前橋駅前の違いを簡単にザックリ言えば、やや空洞化した商業都市と官庁街の違いといっていいのではないか。
前橋の有名酒場、「つくし」の旦那が言うには、
「ここは官庁街なんで夜遅い時間だとお客さんサッパリです。お客さん(私のこと)のようにご自分で調べて足を運んで来て下さる方も稀にいますが・・・」
「今の時代、ネットとかで情報得られるからかなぁ」(私)
「何でウチの電話知ってるんかなぁと不思議だったんですが、そういうのから情報を得るんですね。ウチに電話かけてきて、今から10人入れますか?って言われてもウチは無理・・・」
結局は県庁をGETしたことで官庁街になり、夜の遅い時間帯だと人があまり歩いていないと。けやき通りの先にある歩道橋で、夜分に若い女性と鉢合わせした際、その女性は顔をそむけ、私の横を通り過ぎたら逃げるように走っていきましたからね。(苦笑)

高崎駅前は商業都市、商店街なんですが、私は再開発前の高崎市街を知りません。今の風景を見て思うには、やはり消費者は郊外のロードサイドに流れ、駅近くの昔からの通りにはシャッター商店街が多いです。
その代わり、地代が安いのか若くして独立された店主さんが多いですね。
小料理屋でママとの会話で、
「高崎って東京と比べてどうですか?」
「新幹線の駅前なのに人が少ないのがいい。混む街ってのは黙っても人が集まるから集客努力をしないからね」
これはいい意味で言ったのよ。いい店が多いのに人が少ない街だったな。週末を除いてね。
料理の提供がノンビリしているのは人がいないからだと思うんですよ。グレードは高い店が多かった。ハズレもゼロじゃないが殆どなかった。

「群馬って政治家さんが幾人も出てるじゃないですか?」
「その政治家さんが多いが為にねぇ・・・」
・・・の後を書ける範囲で言うと、例えば会社で夜食寿司の出前を取る時、どこそこの寿司屋は○○○派、○○党だからイカンとか対立するケースがあるんだって。

人口総数は長年一貫して前橋市の方が多かったが、もともと広い前橋市に対抗せんとしたか、高崎市は吉井町、旧榛名町、倉渕の辺りまで吸収して大きくなってきた。今は県内一です。
安中市や富岡市は単独で頑張っている。富岡市は製糸場があるから富岡の看板を死守するだろうな。
両市とも自動車必須地域なので、高崎駅前橋駅よりも高崎IC前橋IC付近の方が人が多いです。もちろん歩行者ではない。くるまです。

あっ、別に私、両市を煽るつもりはないですからね。あくまで私見を交えた聞き取りを書いてるだけですよ。
では現在の両市の関係は。。。
別に悪くないと思うよ。若者なんか何も言ってないですよ。高崎市内に出店する店主や若い芸術家の卵たちが前橋グリーンドームのイベントに出店、出展したりしてるからね。文化交流は盛んです。ただ、人口総数の絶対値が少ないからハデに見えないだけです。東京と比べないでくださいね。
住んだ1年間、余所者の私は、「県庁がねぇ・・」、「県で一番高い建物がねぇ・・・」、「新幹線がねぇ・・・」、程度はよく言われたよ。ところがある酒場で、「そんなん言ってもしょうがないよ。思い切って両市をひとつにした方が群馬県全体の発展になるんじゃないか?」・・・というお声も聴いた。

上州でお世話になったもと田舎娘さんと初めてお会いした際、私が県庁所在地に来るのか新幹線の停車する玄関口に来るのか、どちらだろうって思ったって仰ってた。私はたまたま高崎市に住民税を1年支払う環境になっただけで、前橋なら前橋でそれなりに楽しんだとは思います。

そして。。。
夜の上州玄関口.jpg
旅は終わらないのだ。。。
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狡兎死して走狗烹らる [隠れ郷土史]

後半に入りましたね。同じ軍師モノで風林火山に比べたら軽いですが、観てはいます。
主役.jpg
官兵衛が土牢から救出され、それまでの爽やかな人格から少しは軍師らしく陰険な人格に変貌するかと期待したのだが、思ったほど変貌してないみたいですね。
今後も岡田准一さんのイメージでいくのかな。
笑っちゃったのが、餓死寸前の三木城に出向いて、「地獄からの使者・・・」
コケおどしてどーするって。(笑)
それでいて小寺を見逃しちゃったし。
(小寺の息子は後年、黒田家の家臣か客分で養われるそうですね。)

「だし、また出るの?回想で?」(ジャン妻)
「さぁな」
悪い予感がしたの。案の定これもコケおどしでしたな。桐谷美玲さんが口から血というか紅をたらしてた。あの人は化粧品のCMにも出てたから余計に笑えた。
安っぽいホラー以下ですよ。どなたが演出してるのか。。。

光秀への伏線かと思いますが、佐久間信盛の追放場面で、
「佐久間って何したの?酷じゃない?」(ジャン妻)
「佐久間はねぇ・・・勝家秀吉光秀たちが、やってアタリマエの戦果を挙げられなかったか、遅かったんだろうな。それと恩賞として分け与える領地が無かったから粛清されたんだと思うよ」

でもこれから村田雄浩さんが演ずる宇都宮鎮房(城井鎮房)も出て来る。炎立つでもそうだったけど、村田さんって中央政権に抵抗する役が似合ってる。これは期待しています。
でも、あの謀略、騙し討ちは描かれるのかな。

さて、黒田家のネタで私が気になることがある。
ジャン自室の史料棚にあるGakken書籍の一つをパラパラめくってたら、「在地系城郭と支城体制の終焉、家臣団統制に利用された元和城割令」という長ったらしいタイトル、難しい記事があった。
流し読みでも疲れたのでトバそうとしたら妙な一覧表があった。黒田家が筑前(福岡)に移封されてからの家臣団のその後というようなもの。
タイトルを見たら、「福岡藩・黒田家の六城主および万石クラスの大身の粛清」、という穏やかならぬタイトル。
その内訳が異様である。
粛清された家臣たち.jpg
まず六城制の重臣たち。

井上之房、黒崎城。。。17600石、忠之時代に知行没収、無継嗣断絶など
これって高橋一生さん演じる九郎右衛門のことですよ。
高橋一生.jpg
三宅家義。。。若松城、2700石、忠之時代に大幅減封。

母里(毛利)友信。。。鷹取城、14000石(18000石とも)、忠之時代に知行没収、立退き
速水もこみちさん演じる太兵衛ですね。随分な仕打ちですな。
速水もこみち.jpg
手塚光重。。。鷹取城、2700石、忠之時代に知行没収、召放ち
この人は後藤基次が長政との確執で出奔した後、前述の母里友信が益富城に移った後に鷹取城に入った。

そして後藤基次。。。益富城、14000石、長政時代の慶長11年出奔
これは有名ですね。二代目の社長、長政とソリが合わなかったということ。

中間(黒田)統種、松尾城、2500石、忠之時代に知行没収、立退き

栗山利安、麻氐良城、15000石、忠之時代に黒田騒動により南部氏預かり
濱田岳さん演じる善助の子です。主君忠之を幕閣に訴えたんです。
濱田岳.jpg
城持ちではないがまだいます。
黒田直之、12000石、長政時代に知行没収、牢人
加藤(黒田)一成、12000石(16000石とも)、万石クラスの者では唯一存続
黒田政成、10000石、長政時代に知行没収
黒田利則、10000石、長政時代に知行没収
彼らは黒田一門です。直之、利則は官兵衛の異母弟で、政成は官兵衛の実弟兵庫の嫡男だから甥にあたる。
黒田一成という人は官兵衛が有岡城で幽閉された時の牢番の息子で、藩祖を生き永らえさせた恩人だからこの家だけ別格扱い。

最期にもうひとり、小河之直、10000石、光之時代に知行没収
裏付けはないが、おそらくこの人は磯部勉さんが演じた小寺の重臣に連なる者かと思う。

この無情な仕打ちは官兵衛ではなく、二代長政~三代忠之~それ以降の仕置きです。知行を減俸か没収され、放逐されたか自ら身を引いたかです。
後藤基次みたいに長政とソリが合わず自ら出奔したのはさておき、これはどういうことなのか。

関ヶ原の恩賞で黒田長政が大領筑前を貰って福岡に本城を築いた際に筑前六端城の制を敷いた。
それは豊前との国境6ヶ所。そこに井上、母里、栗山他、創業時の重臣を据えた。同じ領国内に小大名が蟠踞してるように見える。
外城を与えられてたのか.jpg
だが慶長20年(1615年)に一国一城令が布かれる。大名の領国・・・すなわち後の藩に、大名が居住するか政庁とするのは一つの城郭のみで他は破却せよというもの。一部の例外(加賀藩、伊達藩他)を残して施行された。
それまでは黒田家に限らず、大身の一門や上級家臣、創業の功臣たちが実質上の城館の主だったのだが、それらを幕閣から出た命令だからという名目で没収、減封したのではないか。
これは幕府側からみたら諸国の大名勢力、軍事力を抑制して、徳川家の支配強化するのが目的で、その対象は外様大名の多い西国を睨んだに違いない。
だが案外とこの干渉に対して言い渡された大名側は迷惑に思わなかったのではないだろうか。長政や、黒田騒動で知られる忠之からしたら、創業以来の重臣が煙たくなっていて、国境に万石以上の家臣が6家もいてももったい限りだと。でも領主の意志だけで重臣たちの勢力削減を行うといろいろ面倒なので、幕府からそういう触れが出たのを幸い、分散してた上級家臣の持ち城をなくして力を削減、一国一城に纏めたのではないだろうか。結果、家臣団や領民が城下町に集まるという大名での中央集権、発展も進んだのである。
そして前述の表のようになった。もちろん明治まで存続した家もあったが、タイトルのとおりではないか。
ドラマではそこまで描かれるか。描かれまい。官兵衛が亡くなってからの話である。
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炭水化物ダイエット一考察 [コラム雑記帳]

タンメンの一例.jpg
いきなりタンメンです。
見りゃわかるってか。このタンメンをオーダーする際、驚くことに、「麺抜きでお願いします」って放ったヤツがいる。
それはウチのある上役です。

その上役、私が上州から戻ったら激痩せしてた。
その前は巨漢と言っていい肉厚だったのだが、何かの数値が異常で引っかかったらしく、ダイエットにトライしたんだと。
上背があるので見る見る痩せていくのがテキメンにわかる。炭水化物ダイエットなんだそうです。麺を喰わない。ご飯も全く喰わないんだって。
もちろん酒なんかNGで、もっぱら野菜ばっかり。
野菜を喰うのはそりゃ結構だが、タンメンを「麺抜き」でオーダーして上に載ってる野菜だけ、具だけ喰うんだと。その店の人は目が点になり、一瞬絶句、固まったそうです。
「そんなんできるの?」
「できた。でも、お待ちくださいって言われて店主に相談して、値段は変えられませんって言われた。でもそれでいいからって言ったの」
「・・・」
できたんだぞって得意満面でしたね。それって店側にしたら反則でしょう。牛丼屋に行って「ご飯抜き」って要求するなら牛皿にすればいいけど、麺をなくして具だけちょーだいってのは初めて聞いたな。
店側も相当困惑したと思うよ。はた迷惑な限りである。そんなんだったら店を選べばいいのにさ。

「野菜炒めとかなかったんですか?」
「その店にはなかった」
なかったぁ?
ちょっと理解に苦しむ。どういう店に行ったのか。タンメン専門店でも行ったのだろうか。
「一人で?」
「いや、〇〇と二人で」
〇〇とは20台後半の有望株、若手の男性です。同行する〇〇は付いていくと役得があって、彼が食べないご飯をその〇〇が食べてるらしいんだな。2人は上司部下の関係なんだが、上司は見る見る痩せ細り、部下の〇〇は上司の喰わないご飯を喰ってみるみる肉厚になってきた。ノコノコ付いてって施し・・・失礼・・・小分け、おこぼれに預かるのもどうかと思うね。
私は下手でマニアックな比喩で評してやった。
「それって大型犬を散歩させて飯食いに行って、飼い主が自分が喰わないで犬に餌あげてるようなモンじゃない?」
この意味は伝わらなかった。これは征韓論で敗れた西郷隆盛が山に分け入って猟をする際、飼っていた犬(狩猟の大型犬)を散歩じゃないけど狩りに同行させ、どっかの食事処で鰻飯を次々に注文したはいいが、自分は節制中だから殆ど喰わず犬に鰻飯を何杯も食わせたというもの。
鰻飯を出した家人だか店主は陸軍大将西郷隆盛とは知らず、「失敬なヤツだな」と思い、更なるお替りを所望した西郷に「もうごわはん」って怒ったそうです。西郷は高額紙幣を置いてその場を立ち去ったとか。
そんな話が通じるワケないか。店側に失礼だよと言いたかったんだが。

確かに一気に痩せるには効果があるだろう。でも低炭水化物ダイエットっていろいろ弊害も噂されていますね。
肥満者や糖尿病を持った人の食事療法です。
出たくもなかった会社の宴会の席上でその話題になり、そヤツに別の男性がこう質問した。
「それって、○○○が出なくなりません?」
「そう、出ないんですよ」
○○○は想像してくれ。宴席で言うんじゃねぇよ。料理がマズくなる。
実際、炭水化物を取らないと○秘になるそうです。他にも、まれに頭痛、脱力感、発疹やけいれんが起きる人もいるとか。
「まだ続けるの?」
「あと10KGくらい・・・」
「そこまでするか・・・」
浜松の貴田乃瀬の主人も25kgダイエットが成功して血液がサラサラになったと豪語していたが、「医者に知れたら怒られます」という一気痩せをしたらしい。
もっとも店主は、「今からはゆっくりゆっくり痩せて80kgまで落とそうかと。そのうえで運動して筋肉をつけないと・・・」
「何を食べてました?」
「豆腐と野菜です。牛か馬になったと思ってひたすら野菜を食べるんです」
そりゃ血糖値、コレステロール値、尿酸値は軽減され、体重も減るでしょう。でも長期間続けるとアブないという報告もあった。炭水化物を取らないと蛋白質や糖分が高く摂取されるから腎臓機能が悪化するとか、血糖値が低くなり過ぎるとか。。。

炭水化物ダイエットってのは、炭水化物を全く摂取しないのではなく、制限するというのをわかってないらしい。一切摂らないのではなく、量を減らすんですよ。
全然喰わなくっていいわけない。だって炭水化物ってタンパク質や脂質と並んで3大栄養素の一つだから、全く摂取しないって私は理解できない。
炭水化物を減らすと腹持ちもよくない。ストレスがたまるね。
「家で弁当作って貰ったらどーです?」
「う~ん・・・」
どうもそういう奥方ではないらしい。それ以上は余計なお世話だから突っ込まなかったが、先日、コンビニ袋にバナナが1本入ってたのを見たぞ。
もうご飯も麺も喰わないで1年になるそうです。どうも自己陶酔に浸ってるようにも感じる。

私はジャン妻が「ダイエットする」と言ってもこのやり方はススメない。
「最近、食事の量を減らしてるのよ。アナタみたいに新陳代謝がよくないの」
「だったら○○さんとランチに行くなよ」
○○さんとはジャン妻の上司です。脂っ濃いものが大好きなの。唐揚げ喰い放題とかそんなのばっかり行く人で、いちどジャン妻はその上司さんに連れられてカレーバイキングに行き、「お腹が苦しい」って言いながら社に戻った。当然、その日の晩メシは貧しい限りだった。
「ダイエットするんなら誰かと行っちゃダメだよ。ひとりで完結しないと」
「・・・」
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日本人間ドック学会発表新基準値 [病院と健康]

飲み食いネタが続いた後で突然、健康談義になりますが、この数値を見てください。日本人間ドック学会が発表した新基準にちょっと困惑しています。
新基準.jpg
生活習慣病の主な要因である血圧、LDLコレステロール、中性脂肪の基準が緩くなった。大幅に緩和されましたね。
ご存じの方も多いと思いますが随分とユルい基準になったなぁ。私にとっては朗報といっていいんだろうか。
これだといわゆる病気予備軍が減ることになる。
じゃぁ今までの基準は一体何だったのさ。

血圧、これまで上が140以上、下が90以上で高血圧だった。新基準では上は147まで、下は94まで正常値なんだと。
私はだいたい朝起きて上が140台で下が90ちょっとなの。先日、かかりつけのクリニックで計ったら上が138で下が88だった。これはちょっと数値が良すぎたのね。その前なんか上が90台で下が60台だったのでお医者さんもビックリしちゃって薬のミリ数が減った。フラフラしたもん。
処方箋持って薬局に行ったら、
「減ったんですね」
「暖かくなったからかもな。やはりやや高めじゃないと調子悪いよ。株価と一緒で高値安定だったらいいんだけどな」
新しい基準だったら服用しなくてもいいのかって考えたりしたよ。

私が血圧以上に気になる中性脂肪の値も緩和された。
150以上が危険域だったが、新基準では男性39~198、女性が32~134だって。
何で男女別にするのかワカランよ。
私は中性脂肪がやや高め。でもバラついていて、ここ3~4年の数値は228、380、197、193です。ホント、ギリギリOKになってしまった。医者からはせめて150を割りなさいと言われてますけどね。

LDLコレステロール、悪玉ですね。これも緩くなった。
これは140以上で脂質異常症だったが、新基準これまた男女別に分けられ、男性が72~178、女性は30歳から80歳まで3段階に細分された。
例えば45~64歳は73~183の範囲が正常値とされた。
私は先日の検査では119だったんですよ。信じられないでしょうけどホントです。

主治医は言います。女医さんです。
「血圧以外ではまだ薬を服用するほどではないけど少しはお酒を控えなさい。それと歩くっていいことよ」って。
私、歩いてます。余暇にスポーツをやる余裕もその気も全くないけど、営業でもないのに外回りが多いので歩いています。
ジャン妻が先日、私に言うには、
「伊東さんが言ってたよ。○○さん(私のこと)よくあれだけ歩いて廻りますよね。何で会社のくるまを使わないんですかねって。使っていいんですよって」
ヤナこったって思った。
伊東とは伊東甲子太郎(仮名)という最高責任者です。この伊東ってのは都内に住んでるクセに電車嫌いでいっつもくるまなんです。それも社用車。
会社には社用車が数台あって、伊東も含めた上役連中は皆、移動に使ってます。2台が東京に停めてある。でも私は使わない。伊東他本社の幹部は殆ど全員が東京都内に住んでるからいいけど、私は神奈川横浜なので社用車を借りても東京の駐車場に戻した後、そこから電車で神奈川まで帰らなきゃならないのだ。それが面倒なの。だったら最初から最後まで電車、徒歩の方が気が楽です。

私の公用先は行政なんだけど内容的に分庁舎が多いので本庁舎ほど駐車場が完備されてないのもある。それでいて殆どが駅から遠い。駅に隣接してるのは横浜市○○区と川崎市○○区くらいですね。
まぁ伊東も私に気ぃ遣ったんだろうけどジャン妻でなく私に直に言えばいいのにね。この辺り如何に私が煙たく見られてるかということだが、私は現在、内勤より外勤が多く、それは電車移動がメインだけど社内で最も歩いているのは間違いないと思うの。

では従来の基準が厳しすぎたのlだろうか。
そうとも言えないのではないか。薬への依存が緩和されることはいいことかもしれないがその反面、厳しい基準で取り組んでこその病気削減、努力が無になってしまう。
私は思うんだけど、これって国民の健康の為というよりは、破綻しかけてる医療費の削減を狙ってるんじゃないかな。
それに各方面の利害が絡んでないか。基準緩和で患者さんが減ると医療費も減るから、お医者さんと製薬メーカー、卸さんの業界が商売にならないからいろいろせめぎ合いになってるんだろね。

イヤな言い方ですが、成人病、生活習慣病、または予備軍を含めた患者層へのお薬ってのはドル箱なんですよ。風邪薬なんかより遥かにね。ずっと付き合っていかなきゃならないからです。
私は今回の基準値改訂・・・と言っていいのかどうか・・・これは朗報に捉えない方がいいと思う。20台の若い衆でまだまだこれからの人ならいいけど、既になってる方は安易に上限を下げない方がいいと思うのだよ。。。
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大船最強大衆酒場? [居酒屋]

大船行こうよ」
「マジかよ。今日は金曜だよ。混むよ」
「大丈夫だよ~。あの店いつ行ってもガラガラじゃん」
ナメてやがるな。それは過去に行ったのが平日ばかりだからだよ。ダメもとで電話したら大将が出てシブいトーンのお声で、「二人なら大丈夫ですよ」・・・ところがどっこい行ったら激混みだった。カウンターのお客さん無理くりズレて貰ってギリギリ2席を確保、かなり肩身狭く割り込んだよ。
さぁ入るぞ.jpg
「混むのね」
だから言ったじゃないか。
「そりゃぁ金曜だもの」
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お通しが枝豆だった。あれ?いつものカジキはよ?
「スミマセンいつものカジキが今日終わっちゃったんで・・・」と言いながら後でシシャモを焼いてくれた。

サーロインは欠かせない。
「これが一番、高いんじゃないの?」(ジャン妻)
未だに価格不明です。この店、全部そうですけどね。
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ゴーヤチャンプル。バラ肉とスパムが美味しい
「珍しいね。アナタがゴーヤ食べるの」
「バラ肉とスパムだけ食べるの」
「・・・」
ゴーヤチャンプル.jpg
焼き場の大将の他、若い男性1人と女性2、うち1人は店の中核を担うコアなおねーさん。
私は大将の串焼きよりも、そのねーさんが担当する大皿料理、一品料理を好むようになった。
そのねーさんは皿に盛られた料理を温め直す。焼いて、煮て、温め、一度に3種類の料理を手早くさばいているんです。その間、激混みの店内、背後のテーブル席から注文が飛んで、待ってましたとばかりに、「はぁい、どんどん言ってくださぁい」

見てたら生ビールのジョッキが棚から無くなっちゃったみたいだ。でも俺らの空いたジョッキがまだ残ってる。気が付かないのか下げ忘れてるんです。
「これ、返すよ」と俺。「空いたジョッキ無くなっちゃったんでしょ?」
そしたら隣の男性客も、「俺も返すから・・・」
もうひとりのおねーさんがすぐさま洗いにかかった。

ねーさんはピンク色の何か指先ですりつぶしている。
「何してるんです?」
「鮭のお握りです。ウチの鮭お握りって中に入れるんじゃなくって、全体にまぶすんです。ほぐし身とかは使いたくないんでぇ・・・」
「骨抜いてる・・・」
「アタリマエだっ」
平成24年のいつだったか、ジャン妻の握った鮭の握り飯に中骨が入っていて、私は憤慨しながら現場の隣の畑に捨てたことがある。
この事件は上州の現場で伝説になっていて、私が罵ってたら複数の主婦パートさんから大ヒンシュクをかった。「いいじゃないの中骨くらいさぁ」とジャン妻を擁護する避難が返ってきた。
「焼いた鮭の身をほぐして全体にまぶして握るお握りっていいなぁ・・・」
「嫌味か」(ジャン妻)
私は羨望した。なのでそんじょそこらのお握りと違ってやや時間がかかるの。さすがに握りながら他の料理を並行して手掛けるワケにいかず、「お待たせしちゃったんで少し・・・」
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ホントにちっちゃいけど、見てください。全体にまぶしてあるでしょう。
大皿料理以外、ハンバーグも目の前でペタペタ叩いて煮込んでましたね。

米茄子のグラタン。結構出てましたよ。
米茄子グラタン.jpg
空芯菜炒め。
中国野菜ですね。茎の芯がない野菜です。これも美味しかった。でもどんだけの量のニンニクを使ってるんだろ。
「明日、アナタ大丈夫?」
「う~ん。。。」
翌日はかなり腹がユルかったね。
空芯菜炒め.jpg
オムレツ、チーズ入りです。
「あっ、マヨネーズもこんなについてる・・・」
どうも最近、ジャン妻はマヨネーズやタルタルソースを忌避する傾向にあるな。
オムレツ.jpg
カレー煮込み。
「ご飯かパン付けますか?」と言ってくれたがそれは固辞しました。カレーに生酒ですよ。
カレー煮込み.jpg
カレーと生酒.jpg
これは後から大将が出してくれた。シシャモもそう。
後から.jpg
シシャモ.jpg
スープ.jpg
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殆どのメニューが価格不明で、おそらく価格表は大将の頭の中にしかないのではないかなぁ。手軽な串焼き屋に見えるけど見た目に騙されず高級居酒屋と割り切って使うべし。
でもこれだけの料理と、ジャン妻と2人で生3杯、生酒6杯で11000円。
「今日は安いな」
「結構人たらしだよねこの店」
これはいい意味でね。
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丸大ホール食事編 [居酒屋]

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川崎の丸大ホールは食堂と謳ってるけど居酒屋です。
料理は安くてまぁまぁ美味しい。でもこの店は料理がどうこうではなく、朝8:30から飲めること、大衆酒場の臨場感溢れる活気、昭和下町を色濃く残すこと。そういう雰囲気がウリだと思うのです。
上州から戻って数回しか行ってないけど、来るのは勤務日の朝か午前中、遅めの朝メシか早めの昼メシに利用しています。
朝でも昼でも明るい時間帯に入ると聞かれるのは、
「お食事?お酒?」
「食事だよ」
もしくは先にこっちから言います。「肉野菜炒めご飯付きで」
すると、お店のオバちゃんが大きいペットボトルに入ったウーロン茶を出してくれる。
冷えたウーロン茶を入れてくれる1.jpg処理済~冷えたウーロン茶を入れてくれる2.jpg冷えたウーロン茶が置かれる.jpg
私はウーロン茶を飲みながら朝っぱらから赤い顔して飲んでる常連さんを恨めし気に見る。でもすぐさま思い直すように心中で呟く。
朝から飲んでる人だって普段は働いてるんだ。夜勤明けかも知れないしね。
ご隠居さんが朝から昼から呑んでたって別に構わないさ。でも俺は現役だから朝から飲んだりしないぞ。
自分に言い聞かせるように呟く。すると気にならなくなる。
朝の店内1.jpg
朝の店内2.jpg
平日に休んだ時に、「さて、飯を何処で喰おうか、川崎まで行って丸大ホールで朝酒といこうかなぁ」ってアタマに浮かぶ時もありますよ。
でもそれって完全な朝酒か昼酒だし。ラーメン屋で昼に餃子とかでビール飲むのとは違う。一杯飲んだらそっから先、果てしなく堕落しそうな自分がコワい。
休日に定期で川崎まで来るのも億劫だしな。
でもこの店で誰にバッタリ会うわけでもないのでいつか朝から飲んでみたいけどね。
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ラーメンの具は最低限のもの。メンマ、ネギ、ナルト、チャーシュー、ワカメです。
スープは鶏ガラ系プラス魚介系のアッサリした昭和のスープ。カツオ節、煮干し、昆布、ホタテ貝柱も入ってるかも。
この店には酒の料理はもちろん、中華、丼もの、かけ、もり、天ぷら蕎麦まであるので、汁のダシは蕎麦と共通かもです。
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蕎麦屋さんのラーメンよりちょっと美味しい感じのレベルです。
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五目ラーメンです。
何故かネギが別皿で出されるんですよ。
お店のメニューには五目ラーメンと五目そばと両種類あるので間違えないように。でも店側から「五目はおそば?ラーメン?」って聞かれます。
じゃぁ五目そばってどんな日本そばなんだろうね。
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五目ラーメン3.jpg
五目ラーメン4.jpg
これまた最低限の具ですが、熱々に玉子を落としてるんですよ。
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タンメンです。
いずれも麺が若干、柔らかいんだよな。でもまさに昭和の味ですね。ジャン父に連れられて食べた地元の中華の香がする。懐かしい。。。
子どもの頃、店で喰うラーメンと家で喰うインスタントラーメンが違うのがずーっと疑問だった。乾麺と生麺、粉末スープと液ダレスープの違いを知ったのは中学生になってからだったな。
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タンメン3.jpg

ではついでに定食編を。生姜焼。
この生姜焼きは失礼ながら、〇〇軒より肉が柔らかいです。タレとショウガにちゃんと浸けこんでるからでしょうな。
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肉野菜炒め。
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肉野菜炒め2.jpg
ハンパじゃない量の炒飯。
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ハムエッグ。
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黄身がトロ~リしています。箸ではすくえないので、皿に残った黄身は飯にぶっかけ、醤油をちょっとかけるとハムエッグと卵かけご飯がダブルに味わえるというもの。
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アジフライを定食にしました。
これでご飯少なめなんです。何も言わないとご飯が多いの。余っちゃうんで最近は「軽くしてくれぇい」ってお願いしてます。
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この店の名物、オムライス。
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オムライス2.jpg
そしてカレーうどん。「ウチで食べたら他所じゃ食べれなくなるよ」と豪語する強気の逸品です。
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ラーメンでも居酒屋でもオムライスでもカレーうどんでも検索するとヒットする川崎の名店です。

今回の写真は全て朝か午前中の食事バージョンです。飲んでません。ホントですよ。夜の写真は今回はないけど、人間ドラマを見るなら絶対に夜の方がいいです。相席必至です。
上州から戻って久々に夜に行ったら、前に見て笑いが止まらなかったオバちゃん二人の漫才は今でも健在だった。
「オバちゃんその煮込みは俺んとこじゃないか?」
「今、持って行こうとしたのよぉ」
ボケを突っ込んだらややムッとして、テーブルに置いた途端にニコ~ッと笑う。間違って隣の旦那の注文した料理が俺んとこに来たりすると、
「これは俺じゃない、そちらの旦那さんだよ」
こういう口調で通じるのは私もそれなりに年を経たということか。
見上げると・・・.jpg
何とか大吟醸とかそういう高い酒はないです。利休と大関だけ。
本日のおススメもなし。宴会コール料理はあるのかないのか不明。
本店とあるからには支店もあるのかどうか不明。
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この店の本当の良さ、幸せを実感するのは朝酒を経験してからだろうな。
でも未だTryしないよ。まだまだ現役だからね俺は。
とはいうものの、この記事の文章書いて自分でも思うんですが、どっしようかなぁ、朝から飲みに行こうかなぁ、何だか迷いが、煩悩が出まくってますね。(苦笑)

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長谷川 [居酒屋]

昨日載せた店のママが、
「○○川さんって行ったことある?」
「ありますよ何回か。ここが満席でフラれたら行くけど・・・。距離的にこの店が近いのとママのキャッチで最近ご無沙汰だなぁ。」
「笑、どんなお店?」
ここと違って・・・と言いかけて止めた。ここみたいに奇をてらった長ったらしいメニューじゃなくって正統派の左党(酒呑み)の肴ばかりの店だよと言いたかったの。
新潟日本海がメインの酒肴ばかりですよ。妙なアレンジしたのは一つもなかったな。ポテサラに明太子っぽいのが混じってるくらいかな・・・」
「新潟県のご出身なのかしら」
「いや、マスターが新潟は仕事関係で関わったって言ってた」
「あの白い髪のステキな男性?いつも朝、お店をお掃除されてる方でしょ」
「そうそう。もう70過ぎてるけどしっかりした背筋だしね。あの方はあれよ、見た目は細いけどもとは力道山道場の出身なのよ」
「ええっ!!」
そうなんです。過去記事を見て下さい。http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-11-19

「あの方、プロレスラーだったの?そうは見えないけど・・・」
「いや、ボディビルだって。何でそういう世界に入ったか訊いたんだけど、戦後の荒れた時代に悪仲間から喧嘩に誘われても、これから力道山道場に行くからって言うと悪ダチが引くんだって。すると喧嘩をしなくても周囲に一目置かれるんだって。それが目的で道場に入ったとか何とか仰ってたな。でもそれってウチにある雑誌(辰巳出版のGスピリッツ14号)に載ってたマスターのインタビューで見たのよ。最初、何処かで見たなぁと思ってさ。初めて入った時にその記事の話をしたら、奥からアルバムやら新聞記事の切り抜きやらお宝が出るワ出るワ・・・」
「話してたら止まらなくちゃってお店のママが制止したからね」(ジャン妻)
「レスラーは巡業に出ちゃうから、道場でボディビルを教える側になったんだって。すると銀座の親分衆とかが練習に来て、親分さんより重いのを挙げてると親分から“先生”って呼ばれるんだってさ・・・」
「そんな凄い方だったんだ・・・」
「行ったことあるの?」(ジャン妻)
「ううん、ないわよ。興味はあるんだけどお互い営業時間中だから行けないしさ」
「俺らこの店が満席でフラれたらあっちへ行くけどね」
「でもその前に大抵、この店でママにキャッチされるからね」(ジャン妻)
[わーい(嬉しい顔)]
お店の入口.jpg
酒房○○川といいます。
マスターは昭和12年のお生まれ。
力道山道場のご出身です。レスラーではなくボディビルです。明治大学のアマレス部を経て、初期の頃の国際プロレスに携わった。リングアナだったそうです。
まだバックナンバーが手に入ると思いますが、辰巳出版のGスピリッツという雑誌、14号にマスターのインタビューが堂々8頁に渡って載っている。
戦後すぐの混乱の時代~興業界の黎明期の生き字引です。初めて入った時はそのネタでヘンな盛り上がり方をしたが、普段はそういう話はしません。
店内の客層は中高年層のサラリーマン100%といっていい。若い男女なんて見たことないなぁ。あまり静かな店じゃないの。今日一日の成果は今後の方針を侃侃諤諤、悲憤慷慨する様はサラリーマン社会の縮図が詰まっているような店。そういうお客さんに対してマスターはマッタリ、ホンワカ、柔らかいトークで接する。
肴はお酒に合うものばかり。
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お品書き2.jpg
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グランドメニュー1.jpg
グランドメニュー2.jpg
炙り盛り合わせ。エイヒレ、小イワシとか。マヨネーズがあるのが嬉しい。
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ホッケのちょい焼き。
ホッケってデカいからこういう切り落としもなかなかいいです。
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アスパラ肉巻き。
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ややピリ辛のポテサラ。色が桃色なのはおそらく明太子がちょっと混ざっているんだと思います。
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ジャン妻が好きないか天。
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「実はいか天って好きなのよ」(ジャン妻)
「だったら家でやってよ」
「・・・」
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〆の蕎麦。これで1人前です。味噌汁も美味しいよ。
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おそばと味噌汁.jpg
お酒は日本酒、焼酎が中心で、最近流行のイロのついた若者向けの酒なんて一つもない本格派の店。
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お店の女性に訊いたんだけど、
「もしかしてマスターの娘さん?」
「よく言われるんですけど違うんです。でも従業員の誰に対しても家族の様に接してくれるんですよ」
マスターがテーブルを丁寧に拭く仕草は四角いリングを磨いてるように見えるのは気のせいか?
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お店のHPです。
http://www11.ocn.ne.jp/~shubou-h/
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武寅 [居酒屋]

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3周年のお花.jpg
よく行く店が開業以来3周年を迎えた。
3年前だと私らが上州に赴任する前である。この店で若手リーダーたちが送り出し会を開いてくれた。
上州から戻ったら当時の料理人やスタッフが誰も辞めずに今日に至っていて、だんだんに料理の腕が上がってきてハズれがなくなった。
長ったらしいメニューも理解しやすくなった。こっちの嗜好も店側に伝わり、要望も通りやすくなった。
お品書き1.jpg
生ハムと燻製茹で玉子のポテサラ。
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つくね炊き合わせ
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安納芋と新ジャガの唐揚げ。安納芋は薩摩芋です。
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出ました海老マヨ。
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角煮と根菜炊き合わせ
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もはや忘れた何かの炒飯。
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お品書き2.jpg
茹で豚と豆腐のサラダ
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豚巻椎茸とエリンギのバターソテーだったかな。
豚巻椎茸&エリンギバターソテー.jpg
刺身盛り。
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蒸野菜盛り合わせ。タレに付けていただく。
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加賀太胡瓜と茄子の浅漬け、ご飯と味噌汁。
この店のご飯は釜で炊きます。
私は釜で炊いたご飯を昼に喰っても何ともかんとも思わないんだけど、夜にお酒の後に喰うと美味しいなぁって思う。熱々でやわらかい。
ジャン妻はこの店、ランチでもよく利用するけど私は昼はあまり行かない。釜で炊くご飯がウリとはいえ、サラリーマンのランチで1000円近くするのね。別に釜で炊かなくていいからもうちょっとボリュームが欲しいと思うのだ。
加賀太胡瓜&茄子浅漬け.jpgご飯と味噌汁.jpg
お品書き4.jpg
「何を最初にオーダーするか当てましょうか?」(ママ)
お品書きの黒板に見入る私。
「もしかして・・・???」
「そうっ、上から6番目のヤツ」
鶏ひざ軟骨の柚子マヨ和えだった。
「○○さんマヨお好きでしょ」(ママ)
「そりゃ好きだよ。嫌いなヤツなんているのか?でもマヨラーじゃないぞ」
ジャン妻は横目で睨んでる。この店は最近になって私への悪戯というかからかい半分にマヨネーズやタルタルソースをやたらと多めに出すようになった。エビマヨ、軟骨マヨ、いずれも揚げたのをマヨで和えたものです。
「ママ、ゆずだけでいいから」
「ゆずだけぇ?ヤダよそんなの」
「マヨ少なめでお願いします」
「旦那さんそれでいいんすか?」(ママ)
「ちょっとママっ」
「多めでお願いします」
出て来た軟骨マヨにはマヨネーズが小皿で別についてきたぞ。
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「ちょっとぉぉぉ(呻るような声で)、止めてくれるぅぅぅこの人にそういうことするのぉぉぉ。それ貸してっ。箸伸ばさないでっ」
「店側の厚意を無にするんじゃないっ」
来た途端にお品書き黒板の軟骨マヨが消えた。「鶏ひざ軟骨ヤマでぇす」
「ちょっとママ」
「なに?」
「軟骨マヨが俺らがオーダーした途端にヤマになってるけど。ひょっとして最後のひと皿分、在庫一掃せんが為におススメしたんでしょ」
「ち、違うわよっ!!お好きだそうなぁと思っておススメしたのっ!!」
「今のは悪い冗談」
「この人、軟骨ってあまり好まないのよね」
「えっ、じゃぁ無理におススメしたみたいで悪かったかしら・・・」
よく言うよな今更。
「いいんですよ。マヨがメイン、軟骨は添え物さ」って言ってたら軟骨がマヨにボトッと落っこった。
ボトッ.jpg
「わざとやったでしょっ」
「いや、たまたま箸から滑った・・・」
「もうマヨネーズ貸してっ」
「ヤダ」
枝豆の天ぷらにもマヨが似合うな。
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ジャン妻の眦が釣り上がった。
「貸ぁしぃなぁさぁいっ」
「この小皿は箸置きにする。つきだしだと思えばいい」
箸置き.jpg
[パンチ]
最期にひと舐めして下げて貰いました。

安納芋のかき揚げ。
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角煮と米茄子のみぞれ揚げ出し。
角煮&米茄子みぞれ揚げ出し.jpg
高菜明太子炒飯
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お品書き3.jpg
カツオガーリックステーキ
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カツオガーリックスエーキ2.jpg
この店は基本、刺身盛、ピザ、炒飯、大きめの煮魚以外の勝利はひとり一皿ずつ出すんです。3人いる男性スタッフのうち一人の若手が料理を持ってきた。
「いいわよお皿一つで」
「よろしいんですか。ママがお取り皿お二つ替えて来なさいって・・・」
「ママはねぇ。俺らの仲を裂こうとしていっつも二枚持って来るんだよ」
[わーい(嬉しい顔)]
コーンと水菜のピザを持ってきた。
コーンと水菜のピザ.jpg
「さすがにピザは皿二枚に分けないよな」
[わーい(嬉しい顔)]
「分けて持ってきたら何か俺らに含むところでもあんのかって思うよなぁ」
[わーい(嬉しい顔)]
またまた生ハムと燻製茹で玉子のポテサラ。
またまた生ハム&燻製玉子のポテサラ.jpg
またしても海老マヨ
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米茄子と揚げ豆腐のなめこダシ。
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塩むすびとシジミ赤だし
塩むすび&シジミ赤だし.jpg
いつも混んでます。
店の前を通るとママが脱兎の如く飛び出してきてキャッチされます。行く前に必ず電話を入れるか、外でじーっと立って気付くのを待ったりする。
それでも席が空いてなくてフラれたことが最近2回あった。その後でジャン妻がランチに行って、
「ママに先日はよくも袖にしやがったなって言っとけ。しかも2回も。」
「こっちが言う前にママからごめんなさいって言ってきたわよ」
同じ日の夜にママが言うには、
「今日のお昼、会社の方に声かけて悪かったかしら・・・?」
ジャン妻が昼にひとりで来たらテーブル席に部下のM子と雪子がいて二人でランチしてたんだと。ママは「ご一緒されますか?」とススめたんだが、ジャン妻は固辞してひとりカウンター席。最近ジャン妻はM子と雪子を叱責・・・というか叱咤する立場でもあるのだ。
「さてはお前の悪口言いながらランチしてたんだろーな」
「ちょっとねぇ。おそらく彼女たちはアタシに対しての意見交換もしてたでしょうからねぇ」
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ママがお会計中、男性スタッフに耳打ち。
「○曜日、7時から3人予約できるかな?」
確認の後、「できますよ」
「じゃぁママには内緒にしといてくれ。君がGETした予約客ってことにしといてよ」
「はぁ・・・」
そしたらママが出てきた。おそるべき嗅覚である。
「なぁに喋ってんのよっ」
「何でもない。次はいつ来れるかわからないけどまた・・・」
ここで予約受けた男性はニヤリと笑った。
「そんなん当日まで黙ってられるわけないでしょっ」(ジャン妻)
「・・・」
「何でママじゃなくて彼に言ったの?」(ジャン妻)
「内緒さ」
「・・・」
実は彼、料理の順番でちょっとしたポカをやって店主に叱られてたの。少ししょげてたっぽかったからね。だから声をかけたのさ。こう見えても優しいのよ俺。で、当日、行ったらすぐに通されたので、
「ママに内緒にしとけって言ったじゃんかよ」
「む、無理です[あせあせ(飛び散る汗)]今日のご予約のお客様は誰?って打ち合わせするんで。。。」
そりゃそーだ。
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この日は同席者がいたのと、ちょっとワケありな飲み会だったのでで料理写真はなし。メニューボードだけ。
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