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岩櫃城 [隠れ郷土史]

本郭跡1.jpg
吾妻郡の岩櫃山中腹にある岩櫃城は上田城と並んで真田の2台拠点といっていい。
遠目に岩櫃山を見ると岩の塊のような山で、大岩、奇岩、断崖、洞窟がゴロゴロしているそうですが、今日の記事の取材時、私は岩櫃山頂方面への登山道までは足を踏み入れていません。吾妻線の群馬原町駅で下車すると岩櫃山の岩々は見えないのです。正規の登山道は次の郷原駅です。

真田氏は2016年の大河に決まる以前から人気が高いが、確かな文献に表れるのは、講談で有名な真田昌幸の父で、信之や幸村の祖父にあたる真田幸隆からです。
それ以前の真田氏はよくわからない。祖先は北信濃の海野氏、もしくは滋野氏と伝えられるが(禰津氏とも)、これは信州松代藩の真田家が後年にくっつけた可能性もあるそうです。長野県上田市郊外の上田菅平IC近くに真田という地があって、そこに発祥の地と謳った館跡があるからそこの地侍だったのかも知れない。
でも、滋野氏が氏神としていた白鳥明神は修験の神なので、滋野氏自身が修験者の大檀家だったという説がある。講談の世界で真田の配下に忍びの者たちがやたらと登場するが、実際は黒づくめで手裏剣を飛ばす忍者ではなく、修験者のような出で立ちか、巫女、山伏、雲水に扮して諜報活動や情報収集をやっていた人たちではないだろうか。

真田氏は北信濃の村上義清に押されて一旦は上州に落ち延びるが、後年武田氏の旗下に入って真田領に復帰した。
その後は吾妻方面への司令官に任命され、特異の調略を駆使して吾妻の各諸城を陥とすか傘下にしていく。羽根尾、鎌原、岩櫃の斉藤といった連中である。
真田氏は上州に落ちて来て羽根尾氏に匿われたことがあるそうです。だが武田の傘下になってからは非情にもかつての恩人を攻撃する立場になってしまったとか。
吾妻郡を手中に収め、その先には名胡桃城で述べたように上州沼田がある。そこで小田原北条氏と直に接することになったのは名胡桃城事件で述べたとおり。
名胡桃城を訪れた翌日だからショウさんと飲んだ翌日、岩櫃城に向かうことにした。
その前に腹ごしらえ。
もりや-1.jpg
ガラガラ-1.jpgガラガラ-2.jpg
もりや-2.jpg
朝飯.jpg

高崎駅の吾妻線.jpg
吾妻線に初めて乗車しました。
高崎駅から出ています。渋川駅から分れて吾妻の山間に入る鉄路。
今回、以前にUPした八高線や上毛電鉄のように、駅をひとつひとつ写真に収めるのは止めました。私が乗車した吾妻線115系統は、ドアのガラスや座席の窓ガラスに埃が付着して汚れてたのね。言っちゃぁ悪いがまぁ汚いこと。首都圏の在来線車輌のガラスの方が磨かれていますよ。
上州特有の風に吹きつけられた埃がくっつく地域だし、1時間に1本走るかどうかの吾妻線だから、ガラスを洗ったってすぐに汚れるのはわかるけどさ。
それと吾妻線は(信越線もそうだが)乗客が自力でドアを開けなきゃならない。
そんなに軽いドアではない。駅で下車しないのにいちいち人力でドアをこじ開け、写真撮ってまた閉める、こんな所作を繰り返すのが億劫だったので沿線風景は撮影していません。
それでも並行して流れる吾妻川に目を洗われ、小野上駅の側線に砂利や砕石を積む貨車が留置されていたり、小野上温泉駅で幾人かの客が降り、沿線風景はなかなかの趣でしたよ。
SUNおのがみという温泉宿があって、そこに1人で泊まったら贅沢な寂寥感たっぷりだろうなとバカなことを考えたりした。
http://www.sun-onogami.com/
中之条駅という駅があって、あのもと大臣さんのお膝元ですよ。出直し立候補して当選したけど、全てを釈明したとは言えないですよね。
ドリルでPCのHDを破壊したとか報道されてたし。何をやってんだかね。
広報版.jpg
中之条駅ホームでは真田に扮した少年少女たちが太鼓を叩いて歓迎、送迎していました。来年再来年と真田丸で盛り上がるでしょうな。
群馬原町の吾妻線.jpg
群馬原町駅.jpg
私が降りる駅は群馬原町駅。この駅周辺をⅰ―Phoneで見たら、駅北側が区画整理されており、ベイシアがあるじゃないか。
地図で大雑把に位置関係だけ見たら、岩櫃城と距離的にもっとも近い駅はその次の郷原駅なのだが、前回の名胡桃城散策で実践したように(後閑駅→沼田駅)、一つ手前の群馬原町駅で降りた方がタクシーを拾える可能性が高いのではないか。

(郷原駅は岩櫃山の南側にある。岩櫃城が郷原駅から見て岩櫃山の向こう側なんです。ハイキングコースだと郷原駅が起点らしいが、岩櫃山をモロに山頂まで登るハメになる。)

群馬原町駅で下車したら、SUICAのタッチパネルが見当たらない。
窓口でひとりでヒマそうにしてた駅員に渡した。
「何処から?」
「高崎」
ハンディターミナルのような簡易読み取り機にあてて。
「840円」
ボソッと言いやがった。この駅員さん愛想の無い野郎だったですよ。如何にも最初っから乗車券買って来なさいよと言わんばかり。(穿った見方ですよ。)
こっちも内心で、「俺もヒマ人だがそっちこそヒマそうにしやがって」って悪態ついた。
SUICAが使えない.jpg
10月から.jpg
吾妻線は、中之条駅、長野原草津口駅、万座鹿沢口駅、この3つの駅でしかSUICAが使用できません。
それも、「3つの駅で使用できるようになりました」のポスターを見たら、利用可能になったのは2014年10月1日からでほとんど最近からだった。
駅前の情報提供所みたいなのがあって、そこに真田の幟と、ぐんまちゃんゆるキャラグランプリ1位と、ぐんまちゃんの石像があった。
2016大河は真田丸.jpg
ぐんまちゃん像1.jpg
石像だと固いね。ふんわり感がない。あまりカワイイと思わなかった。さて、タクシーは。。。???
いたいた。1台だけ停まってる。でもエンジン切ってるのはまだしも運ちゃんがいないぞ。
車内を覗きこんだら運ちゃん寝てた。シートを背後に倒して爆睡してやがる。窓をトントン叩いたら慌てて飛び起きましたね。まぁ客待ちしている間は寝てるしかないでしょうけどね。
「すみません、ええっと・・・」
「岩櫃城まで」
「温泉ですか?」
「おんせん??」
こういうのがあるんです。
http://www1.town.higashiagatsuma.gunma.jp/www/toppage/1204045202906/APM03000.html
岩櫃城温泉.jpg
「真田の城山ですよ」
「ああ、岩櫃城の跡ね。いい城みたいですよ」
みたいですよ?
往路タクシー.jpg
タクシーは岩櫃山の北の道をうねうね上がっていく。
「歩いて行けるの?」
「いや、遠いです。坂もあるし。下りを歩いてくる方はいますが。。。」
確かに歩いて降りて来る客が幾人かいるが、いずれも軽い登山ルックだった。
岩櫃城へ向かう道はところどころ狭い箇所もあるが、ガレれもなく舗装されています。岩櫃城は岩櫃山の中腹にあって、その先に頂上がある。山麓には平沢という集落があって、おそらくそこは往時は家臣団の根小屋だったと思われるのですが、そこの集落へ至る生活道路でもあり、その先には宿泊施設も兼ねた吾妻境温泉、コニファーいわびつという施設がある。
http://www.iwabitsu.co.jp/content.html
「行かれるお客さんを時々乗せますが、お客さんもそういうの好きなんですか?」
名胡桃城へ乗せてってくれた沼田タクシーの運ちゃんもそんな質問して来たな。饒舌だね上州の運ちゃんは。この運ちゃんはずっとマスクをしてたから風邪ひいてたのかも知れないがよう喋る。
「まぁ嫌いじゃないけど。。。来年・・・2016年か。放映されるんでしょ?」
「ええ、そう決まったみたいですね。今日からこちらに来られたんですか?」
「昨日は名胡桃に行った」
「名胡桃に行かれたんですか?そうですか。それで今日は岩櫃に。なるほどねぇ。。。」
岩櫃幟.jpg
タクシーは幟がはためく岩櫃城登城口駐車場に滑り込んだ。
「帰りにまた呼ぶから。でも帰りは5千円札しかねぇけど大丈夫?」
「なんとかします。でも帰りはお迎えの分が加算されますから」
タクシーは私を登り口の駐車場で降ろして引き返していった。
駐車場.jpg
登城口です。
登城口1.jpg
またかよ!!
くま.jpg
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